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317.日常


「彼女たちは、命を賭して俺を救ってくれた。そして俺を――人間にしてくれた。その借りは返さなければならない」

「おぬしのやることは、あやつらからおぬしを奪うということだぞ」

「それは――すべてを手に入れることはできない。だが、この世界は彼女たちに残したい。そこに俺はいなくとも、彼女たちがいさえすればいい」



 本来なら、「流れよわが涙、」に続いて、すぐに最終章「最後から二番目の真実、」に入る予定でしたが、あと少し、作者のわがままで平和な日常を描きたいと思います。


 もう少しだけ――


 

 その後、アキオは少女たちと農園へ向かった。

 夕食を、そこでとるためだ。


「アキオは、この農園は初めてですね」

 ヴァイユが、彼の腕につかまって歩きながら言う。

「そうだな」

「ここは、この2か月、忙しいわたしたちに代わって、アカラとギデオンが開墾と世話をしてくれた農園です」

「どうやって」

 アキオが眉を上げた。

 まさかギデオンが、例の黒槍形態で直接農作業をすることはないだろう。

「ヒトサイズのナノ・バルーン――リトーの縮小版ですね――を操作して」

 少女は、金色の眼に微笑みを浮かべて続ける。

「もちろん、危険はありません。ギデオン本体はアカラが監視していますし、バルーン自体にも制限がかかっていますから――でも、わたしは、もうギデオンは悪いことをしないと信じています」

「おぬしは人が好いから見ていて心配じゃ」

 すぐ後ろを歩くシミュラが口をはさむ。

「父親と違って、ですか?」

 ヴァイユは小首をかしげ、

「わたしなどより、シミュラさまの方がもっときれいな心をしておられます」

「な、なんじゃ急に。アルドスの魔女をおだてても、何も出んぞ」


 並んで歩く少女たちは、慌てて顔の前で手を振るシミュラを見て微笑む。


 足下(あしもと)には、恋月草が光りながら揺れている。


「お腹は空いていますか」

 ヴァイユと反対側の手をつなぐカマラが尋ねた。

「いや、だが、君たちと一緒に食べたい」

「わたしも、あなたと食事がしたい」

 カマラは、通路に埋め込まれたメナム石と、日光で充電された電力を使って輝く石塔で浮かび上がる風景を見回し、

「アキオ、ここはシャルレ農園を参考につくったのですよ」

「そうか――」

「オルガは元気でしょうか」

「君たちの対処が速かったから、おそらく大丈夫だろう」

 目覚めた後、アルメデから簡単な経緯は聞いている。

「今度、時間ができたら一緒に行ってくれますか」

「行こう」

「はい」

 カマラも彼の腕に抱き着く。


 しばらく歩くと、東屋(あずまや)が見えてきた。


 一般的な正方形ではなく、大きく横に長いそれは、もはや野外食堂というべきものだったが、最初に庭園に造られた小さな休憩所の時の呼び名が残って、今も少女たちは東屋(ガゼボ)とよんでいるのだった。


 その下に設置されたテーブルには、すでに料理がならんでいた。


「あれか……」

 あわただしく立ち働く、複数の雪ダルマ(スノーマン)に似た白いナノ・バルーンを見てアキオがつぶやく。


「食事の支度、感謝します」

 ユスラがナノ・バルーンに礼を言った。

「どういたしまして、マム」

 アカラの声が応える。

「ライスたちの調子はどう?」

「いいですね」

「ライス?」

 つぶやくアキオにカマラが説明してくれる。

「ナノ・バルーンの名前です」

(ライス)というのは――」

「正式にはライス・ケーキですね。極東の食べ物だそうです。色と形からラピィが名付けました。なぜか彼女は地球文化が好きで詳しいのです」


 アキオ自身は、そのライス・ケーキなるものを知らない。

 その食文化は、国土と共に海の底に沈んだのだろう。


 彼女の話では、元ケルビの少女は、アキオすら知らない極東のお菓子にも造詣ぞうけいが深いそうだ。


「どうぞ、ボス」

 ライスの一体が引いてくれる椅子にアキオは腰かけた。


「では、いただきましょう」

 以前と同じように、ユスラの言葉で食事が始まる。

 神のいないこの世界では、何かに祈りをささげてから食事をするという習慣はないのだ。


 以前と同じ、と彼は思ったが、テーブルに並べられた食事の質はまるで違っていた。

 使われている食材の種類と豊富さが段違いだ。


「驚きましたか。この数か月で、ずいぶん食べ物が豊かになりました」

 アキオの向かいに座るピアノが笑顔で言う。

 彼女の隣にはヨスルが座っている。


「ニューメアか」

「はい、女王さまが、の国から食物の種を取り寄せられたのです」

 アキオの視線を受けて、アルメデが説明する。

「この世界に来てから、およそ20年かけて、少しずつ、地球の食材に似たものを捜しました」

 くす、っと笑い、

「こう見えても、地球にいたころは、わたしは食べ物にこだわらない質素な女王といわれていたのですが――」

 女王は皿にナイフとフォークを置く。

「この世界、特にカスバスの人々の食生活には、早々にを上げてしまいました。金属をほとんど産出しないカスバスでは、手に入る金属のほぼすべては武器に使われ、調理器具は土鍋のたぐいしかなかったのです。その上、いえ、それだからでしょうか。人々の食への関心も薄く、慢性の栄養失調で多くの民が亡くなっていたのです」

 ふっと、アルメデ遠くを見る目になり、

「さらに、カイネは――あの子は、わたしに輪をかけて料理に無頓着むとんじゃくで……おかげで、食文化研究所を立ち上げるのにずいぶん苦労しました」

「でも、そのおかげで、今、ジーナ城で食べる食事は、たぶん大陸最高だと思うな。ねぇ、ユイノ」

「そうだね。あたしの見るところ、西の国のあの男は、この城の食事を目当てに通ってるね――」


「ああ、残念です。そんなふうに思われていたとは」

「ひやぁ」

 背後から突然かかった声に、ユイノが飛び上がった。


 農園の薄暗がりから、メキアと共に、明るい東屋あずまやに姿を現したマイスが笑顔で言う。


「確かに、ここの食事は素晴らしいですが、実を申しますと、わたしも食事にはさして興味がないのです」

「何用ですか。あなた方の食事は、城内に用意してあるはずですが。今宵は、私的な食事会なので……」

 アルメデが硬い声を出す。

「いえ、そろそろお(いとま)をしようと思いまして」

 話し出すマイスの腕をメキアが抑え、

「あなたにお知らせしたいことがあるので、失礼を承知でやって来ました」

「なんでしょう」

「この度、わたくしメキア・フェン・サイアノスは、このマイス・フィン・ノアスと婚儀を執り行うことになりました」

「まあ」

 アルメデは笑顔になるが、

「え、結婚するってこと」

 シジマは眼を丸くする。

「この男と?」

 ユイノも驚いて席を立っている。

「いや、女王さま、そんなに慌てて結婚することはないと思うよ。まして、その男となんて――」


「シジマさま、そしてユイノさま。皆さまに対しては、アキオ殿の奥さま方、つまり王妃さまとして、極力、ご無礼のないように応対させていただいておりますが――」

 マイスが珍しく表情からニヤニヤ笑いを消す。

「わたしはともかく、メキアさまを侮辱するようなものいいは看過かんかできません」

「マイス・フィン・ノアス公爵――ご無礼をお許しください。メキアさま、あなたの夢が現実となりましたね」

「えっ」

 複数の少女たちが声をあげ、さっと口を手で口をふさいだ。

「わかっておられましたか。さすがは100年女王さま――」


「そうなのですか」

 マイスが驚いてアルメデを見つめている。


「これまでの、メキアさまの態度を見ていたら分かります」

「ええ、すぐわかりましたね」

 ユイノが微笑み、

「そうですね」

 ミストラとヴァイユもうなずく。


「まあ、これぐらい()()()娘には、おぬしぐらい()()()()()男が似合いじゃ」

「まあ」

 メキアが怒りもせずに良い笑顔を見せる。

「もうひとりの100年女王さまも、お見通しでしたか」


「え、え、そうなの、そうだったの」

 事態を把握(はあく)できないシジマが慌てる。

「ま、まあ、そういうことだね。あたしには分かってたよ。なんとなくだけど」

「ユイノずるい。キィさんは?」

「あー、そうだね、そうかも知れないとは――」

「いや、眼が斜め上を見た。絶対嘘だ。カマラは?カマラ――」


 銀色の髪の少女も立ち上がっていた。


 ゆっくりとメキアに近づく。

 手を取った。


「姉さま。おめでとうございます」

 メキアの眼から涙がこぼれる。

 少女は横を向いて長身の伊達男を見上げた。


「マイス」

「はい」

 おもわず彼の声が半音上がった。

 マイスにしては珍しいことに、彼はこの少女がどうも苦手なのだ。


 それは夜道で彼女を襲ったという過去のせいなのか――


 あるいは、少女がメキアとまったく同じ身体をしている、という事実が彼を委縮させるのかもしれない。


「姉さまをよろしくお願いします」

「命に代えましても」


「サンクトレイカには?」

「まだです。先ほど決まったことですので」

 そういって、メキアは涙を拭き、

「マイスが、この人が結婚を承諾してくれてすぐに、あの光が――」

花火ハナビですね」

花火ハナビが始まって、それを露台バルコニーからふたりで眺めていたのです」

「そうでしたか」

 アルメデはうなずき、

「いずれ、あらためてお祝いをさせていただきます」



 マイスのエスコートでメキアが東屋を出て行くと、食事が再開された。

「メデ、いやユスラ」

「はい」

 桜色の髪を揺らして少女が応える。

「サンクトレイカはどうなっている。君が――」

「いいえ、アキオ。わたしは()()()()()()()ですから。サンクトレイカには参りません。もちろん、愚かなルミレシアは退位させました。今は娘と平和に暮らしています」

 アキオはうなずいた。

 それが、一番良い着地だろう。

「サンクトレイカは、ノランが王位につきました。随分渋ったので、説得には苦労しましたが――」

 そういって、ユスラが顔を曇らせる。

「ユスラ、そんな暗い顔をしてはいけません。アキオは気にしませんよ」

「はい、アルメデさま」

 彼を見て女王が告げる。

「公式には、英雄ノランが魔王を撃退し、悪魔の霧を払ったことになっているのです」

「それでいい」

 間髪かんはつをいれずアキオが言う。

「でも、でも、あんまりです。一番の被害者で、一番傷つき、一番多くを失いながら、すべてを救ったのはアキオとミーナなのに」

「そうすることで()()()()()()が平和なら」

「あなたの世界、ですよ。アキオ」

 アルメデが指摘する。

「そうだな」

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