312.道化
「マイスか」
アキオが値踏みをするように男を見る。
食えない男だ。
髪型を正統調なものに変えたため、黙って立っていれば眉目秀麗な大貴族に見えるだろうが、顔に浮かべるニタニタ笑いがそれを台無しにしている。
面従腹背は、お手のものといった印象を与えるのだ。
疑いの気持ちが表に現れたのか、
「おっと」
マイスは両手を上げて身構える。
「戦いはもう終わりましたよ。今は戦後です。なんといいましたか――そう、ノーサイド」
「試合終了のことですか」
アルメデが首をかしげる。
「おかしいですな。戦いの後は遺恨を忘れて全員仲間、という意味だと聞いたのですが――」
「誰から?」
「まあ、だいたいそんなことをいうのは決まってるね」
キィがシジマを見る。
「あ、あれぇ、おかしいな。たしか、そうだと思ったんだけど」
「みんな仲間、とは笑わせますね」
ミストラが眼を細め、
「都合のいい話です」
ユスラが言い捨てる。
「これほど頻繁に顔を合わせておきながら、皆さんの態度はつれないですな」
伊達男が肩をすくめた。
「誰もあなたを招待していません」
ミストラが冷たく言い放ち、
「前にもいいましたが、あなたが、あの事件の首謀者なのですよ」
ユスラも続ける。
「ですから、このような物を身につけさせられているではないですか」
マイスは、ひょろ長い手の袖をまくってみせる。
そこには、手枷のように大きなブレスレットがはまっていた。
「逐一わたしの行動を監視して、怪しいと、この機械が判断した時点で雷球を撃ち込むなんて、あんまりですな」
「雷球じゃなくて、ただの電撃だけどね」
シジマがにこやかに言う。
行動を監視しているのが、あのギデオンだと知ったら彼はどう思うだろう。
「生きていたんだな」
アキオがつぶやく。
別荘から追いかけて荒野に出てからは、塹壕でも姿を見かけなかったので、死んだと思っていたのだ。
「いや、いろいろあったのですよ。実際、三度は死にました。ですが、ある意味、わたしの活躍でこの世界が救われた面もあると思うのですよ」
「ほら話はやめなさい」
ユスラが珍しく冷たい声を出す。
「ああ」
突然、納得したように声をあげたアルメデを皆が見る。
「どうされました?」
「この男をどこかで見たことがあるような気がずっとしていたのですが――」
「晩餐会でですか?」
「いえ、子供の時に呼んだ、ミュンヒハウゼン男爵の話の挿絵に似ていたのです」
「わたしの方が爵位は上ですな」
「ミュンヒ――どんな人なのですか」
マイスを無視してヴァイユが尋ねる。
「彼はこう呼ばれていたのです。ほら男爵、と」
「要するに、世界が違ってもこの手の男の評価は同じということじゃな」
「共通だよ」
「皆さん、納得する結論に到達されたようで、重畳の至りですな」
マイスが、にこやかに笑う。
実に良い笑顔だが、それがかえって胡散臭さを感じさせた。
「ねえ、庭に出ようよ。見せたいものがあるんだ」
マイスに興味を失ったように、シジマがアキオの腕を引く。
「体調はどうですか?」
ヴァイユが微笑んだ。
「カマラに聞いてくれ」
アーム・バンドのバイタル・サインを確認しているカマラを見る。
「完全に正常です」
「お腹は空いていませんか」
ミストラが尋ねる。
アキオは首を横に振った。
「朝から胃瘻管を使って栄養を補給しているから大丈夫だよ。今日はボクが担当だったんだ」
シジマが、にこやかに言い、
「そのあとで、昼の添い寝係のラピィと交代したら、あんなことに――」
少女に睨まれたラピィは、胸を反らしてフンと息を吐き、
「なぜ、アキオがわたしの腕の中で目を覚ましたのか――」
ラピィは、歌うように言い、
「それはね、なんといいましたか――愛の力ですよ、シジマ。あなたにも分けてあげましょう」
野性的に美しい筋肉質の腕を少女に回して後ろから抱きしめる。
「うーん。何かいい返したい……それに、く、苦しい、肉が余り過ぎなんだよ」
豊満な体を押しつけられてシジマがうめく。
それを見て、シミュラが呆れた。
「おぬしたち、新しい道具の開発では、あれほど息があうのに、ことアキオが関係すると、犬猿の仲じゃな」
「それとこれは別!」
二人が見事なユニゾンで叫んだ。
その様子を見ながらアキオはシャツの上から胃に触れて、胃瘻管の痕跡を探す。
もちろんそんなものはない。
抜いた途端に、完全に塞がるからだ。
通常、身体の欠損が激しい場合は、ナノ・ゼリーで満たされたカプセルに入って、栄養と熱量を直接に補給しながら再生を行う。
かつてのシジマや今回のミストラ、ヴァイユのように半身を失った者はそうやって回復したはずだ。
だが、彼の場合は、おそらく身体のいたるところが破損し、細胞自体が極端に疲弊していたため、長期にわたって休養と回復を繰り返さなければならなかったのだろう。
だから、日に数度、胸部から胃に導入管を挿管して栄養を送る方法をとったのだ。
ちなみに、体内に送り込まれる、アミノ酸を主体とした栄養体は消化器官でナノ・マシンによって完全に分解されるため、排泄は行われない。
「行こう」
彼の言葉に、少女たちが眼を輝かせた。
「やった」
片手で拳を握ったシジマは、反対の手でアキオの手を引とる。
彼女に手を引かれたアキオを先頭に、少女たちが部屋を出て行く――
「西の国に帰られますか?女王さま」
部屋に残ったメキアに、マイスは話しかけた。
「そうね……」
「やはり、彼女を手元に置くのは無理かと思いますが――」
黙ったまま、床を見つめる美貌の女王をマイスは見つめる。
彼女の中で、どんな気持ちの変化があったのか彼には分からない。
だが、高位魔法の力で王女病が根治した今、もはや気にする必要もない少女に執着する、何らかの理由がメキア女王の中に生まれたのだろう。
マイスは、彼女の行動に口は挟まない。
ただ、女王の望む結果を得るために行動するだけだ。
彼はメキアに背を向けると、彼女には決して見せない憂いを帯びた表情で微笑んだ。
昔からそうであったし、これからもそうだった。
そのために、彼は、あの怒涛の脱出劇を生き延びたのだ。
世界を救った――彼の言葉は嘘ではない。