311.西の国から来た友人、
アキオは、ベッドから脚を降ろして座ると、シャツを身に着けた。
「コラドは」
「怪我が治ってからは、ニューメアの監獄で幽閉しているわ。もう少ししたら、何らかの精神的治療を施そうと思っているの」
「そうか――」
戦犯の処遇は、彼が関知すべき事柄ではない。
アルメデに任せるのが正しい選択だ。
彼自身が行えば、殺すか再起不能にするかのどちらかになってしまうだろう。
「キルスとカイネは」
思いついたようにアキオが尋ねる。
「カイネは、自ら申し出て、高い城で蟄居しているわ」
アキオはうなずいた。
「なんだか、憑き物が落ちたみたいに穏やかになって――傍にはずっとキルスが一緒にいるの」
カイネの穏やかな表情――想像できなかった。
アキオは、張り詰めた少女の顔しか知らない。
「ニューメアの執務はどうしている」
「高い城には、わたしのAIがいるから問題ないわ。それにアルメデ自身もね」
「君自身――前にいっていたクルアハルカだな」
「そう。彼女は、わたしたちのせいで大変な怪我をしたの。もうすっかり治ったけど」
「そうか」
「キルスもカイネも、もう国には関わらないといっているわ。だから、時期をみてハルカの容姿を元に戻して、王位についてもらうつもりよ。もともと彼女の父親が、カスバス王だったのだから」
アルメデのことだから、嫌がる娘を無理やり王位につけるわけではないだろう。
「わかった」
そう言って、アキオは、部屋の扉に目をやった。
「さっきから、入り口近くでこちらを覗いているのは誰だ」
「気づいていたのね。入ってらっしゃい」
呼びかけに応じて、おずおずと淡青色の髪の少女が入ってくる。
「ヨスルか。無事だったんだな」
ただひとり、ナノ・マシンを持たない生身の身体で彼を庇って、槍に全身を貫かれた少女だ。
立ち上がったアキオは、少女に近づき、頭を撫でた。
「ヨスル。よくやったな」
「あ」
小さく叫んで、彼女はアキオに抱き着いた。
魔法使いの眼から涙がこぼれる。
あの戦闘の最中に交わした刹那の約束をアキオは覚えていたのだ。
「ほらね。絶対アキオはあんたとの約束を覚えているっていっただろう」
ユイノが笑う。
「彼女も、この三か月、ずっとあなたに添い寝していたのですよ」
アキオが眼をあげてアルメデを見た。
「今や彼女もジーナ城の一員です」
「そうか――」
アキオは、胸元で揺れる水色の髪を見おろし、ピアノの顔を見た。
「ラピィやシミュラほどじゃないけど、あたしにも、今、アキオが何を考えたかわかったよ」
ユイノがとぼけた口調で言った。
「ボクにはわからなかったなぁ。何を考えたの」
「決まってるじゃない――」
そう言って、舞姫は、アキオの口調をまねる。
「俺のまわりには、なぜか俺を殺そうとした女があつまってくるぜ」
「なんだよそれ、全く似てないよ。だいたい、ぜ、ってなんだよ」
賑やかに笑う少女たちの顔を見ていたアキオは、もうひとり、入り口の向こう側にいることに気づいた。
「あれは――」
「ああ、あの人は違いますよ。ゲストです。もうジーナ城の少女の席は満席ですから――さあ、入ってください」
アルメデの声に応えて、鮮やかな藍色の髪の美貌の女性が入ってくる。
アキオに見られるのを恐れるように、カマラの後ろに隠れた。
「アキオとは、事実上、初対面だったわね。西の国のメキア女王です」
「そうか」
特に興味もなさそうにアキオが応える。
「ほらぁ、言ったでしょう。絶対アキオは何とも思ってないって――さあ、挨拶して、メキアさま」
シジマに促され、カマラの背後に隠れたまま女王がアキオに近づく。
カマラがメキアを自分の前に回した。
当たり前といえば、その通りなのだろうが、髪の色と年齢こそ違え、ふたりは本当によく似ていた。
「こやつは、すっかりカマラが気に入っての。数日おきに西の国からここにやって来おるのだ。おぬし以外には不愛想な、この娘のどこにそれほど惹かれるのかはわからんがな――」
「そういえばそうだよね。いや、不愛想とかじゃなくて……カマラが好きだってこと。顔も体型も同じなのに」
「カマラ」
アキオの呼びかけに少女が応える。
「わたしは姉さまに対して、何の遺恨もありません。むしろ、わたしを生み出してくださって感謝しています。そのおかげでアキオに会えたのですから」
カマラは、メキアを姉さまとよぶことにしたらしい。
「さ、姉さま」
カマラがアキオの前に女王を押し出した。
「アキオ・シュッツェ・ラミリス――」
「アキオでいい」
「では、アキオ――殿。今回のこと……」
「済んだことだ。カマラが良ければそれでいい」
彼は女王の言葉を遮って簡潔に言った。
言葉など、いくら積み重ねてもほとんど意味はない。
「王女病はどうなった」
「完全に治りました、何の心配もありません」
横手からアルメデが説明する。
アキオは、改めてメキアを見た。
美しい女だ。
彼女の手は、髪の毛の色以外、まったくといってよいほど同じ容姿の少女の手をしっかりと握っている。
「西の国の統治は大丈夫なのか」
アキオが尋ねた。
大国、西の国の女王が、それほど頻繁に国を空けては国政が成り立たないだろう。
彼の問いに、メキアが口を開こうとしたその時――
「はっはっは」
高らかな笑い声と共に、部屋の入り口に背の高い人影が現れた。
「メキアさまには、優秀な僕が、たくさんおりますゆえ、少々国を離れられても何ら問題はないのです。このわたくしを筆頭として――」
そこには、すっきりと髭を剃り、長髪を緩やかなウエーブで後ろに流したマイス・フィン・ノアスが立っていた。