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304.流れよわが涙、5

 ドッホエーベ上空で、ミーナがアキオを見つめる。


 眼の動きで、ミーナが着弾に備えて、ナノ・マシンによる加速状態(モード)に入ったことを知ったアキオは自分にも加速をかけた。


 相次(あいつ)ぐ戦闘で、破壊された身体修復のために、栄養も熱量も不足している状態だが、なんとかナノ・マシンはいうことを聞いてくれる。


 あたりを取りまいていた騒音が静かになる。

 戦闘用の一時加速でなく、今のように常時加速状態が続くと、空気の振動波である音が聞き取れなくなるのだ。


 ミーナが、さっとアキオの手を取った。

 加速中でも、意思を伝えることのできる()()で意思を伝えてくる。


〈離れて、アキオ〉

 だが、彼はミーナの言葉を受け入れない。

〈今すぐロックを解除するから、一瞬だけグレイ・グーを放出して一緒に避難しろ〉

 指話(しわ)でそう返す。


 仮面を外したミーナの次元孔ディメンジョン・ホールは、現在、猛烈な勢いで拡大しようとしている。


 それを、次元の()()()()にあるグレイ・グーによって、かろうじて蓋をしている状態だ。


 ミーナは、アキオのロック解除を受けて、爆縮弾が近づいた瞬間に完全にグレイ・グーを解放して異次元からこの世界に流し込み、大量のナノ・マシンと大気を使って爆弾のエネルギーを抑えこむつもりなのだ。


〈ダメよ、アキオ。少量のグレイ・グーでは、爆縮弾の膨大なエネルギーは抑え込めない〉


 アキオは眼を細める。


 それをいうなら、もし今回の爆縮弾が、前回のものより威力があるとすると、この世界すべてをグレイ・グーで覆い尽くしたとしてもエネルギーを抑え込めるかは疑問だ。


〈だから、わたしは、向こうにあるグレイ・グーをすべてこちらに放出するつもり〉


〈そんなことをしたら、次元孔ディメンジョン・ホール際限(さいげん)なく拡大し、君の身体と頭脳を飲み込んでしまうだろう〉

〈グレイ・グーの勢いで、こちらの世界にはじき出される可能性もあるわ〉

〈自分の命で世界を救うつもりか〉

 アキオの指が止まる。


〈ミーナ、俺は、()()()()()()()()()が嫌いだ〉

〈知っているわ〉

〈死ねば終わりだ。生き残ってこそ戦いには意味がある〉

〈そうね〉

〈すでに、今日、俺は、保護するべき少女たちの身をていした働きで何度も命を救われている。この上、自己犠牲などで()()()を失いたくはない〉


〈自己犠牲……違うわ。アキオ、いずれあなたにもわかる時がくる。あなた――今日、叫んだわね〉

〈ああ、何度も叫んでいる〉

〈あなたの()()()を抑えていた蓋が弾け飛んだのよ。わたしの長年のシミュレーションによると、これからは、いろいろな感情があふれてくるはず〉

〈何の話だ〉

〈いま、あなたはジーナ城の子たちに()()()()()()()()。かつて、()()――シズネに感じたものと同様の愛情を。でも、やがて、あなたは少女たちに()()()わ、きっと〉

〈恋――〉

〈その時になれば、あなたにもわかるでしょう。ぼんやりと形の分からない国家や主義イズム、王や顔の見えない国民のために我が身を捧げる自己犠牲と、手の届く恋しい人のために自分の命を使う行為は、まったく違うということに〉

〈ミーナ……〉

〈兵士として長く過ごしたあなたにとって、戦闘における自己犠牲が無意味だというのはよくわかる。でも、自分のとる行動で、身近な愛する人たちを――その笑顔と穏やかな生活を守ることができるなら、命をかける価値があるとわたしは思う――人間メンシュのあなたに、AIマキナのわたしがいうのもおかしいけど〉


〈やめるんだ、ミーナ。俺のいうとおりにしろ〉


 だが、鳶色(とびいろ)の瞳の少女は、にっこり微笑むと、両手で彼の手を包み込み、

〈加速モードって素晴らしいわね。短い時間でこんなにたくさん話せるんだもの。でも、もう時間がきたわ――アキオ、わたしも死ぬのは、自分の存在が消えるのは怖い。だから、なんとかして生き残るつもりよ。最悪、頭脳が()()()()いったとしてもね。彼女(シヅネ)の細胞はシジマが保管しているから大丈夫。さあ、お迎えも来たから――あなたは行って〉


 口とは裏腹に、()()()()()()()()()()()()にそういって、ミーナは不意にアキオの腹に強烈なパンチを放った。


 衝撃で加速モードが解除され、アキオは身体をくの字に曲げたまま荒野に落ちていく。



 アキオを迎えるために荒野を飛び立ったピアノ、シミュラ、アルメデは、彼が弾かれたように自分たちに向かって落ちてくるのを見た。


 まず、ピアノが受け止めるが、勢いが激しすぎるために、噴射杖ロケット・ケーンが弾け飛んで、そのまま回転しつつアキオと共に落下を始める。


 アルメデが手を伸ばし、ふたりに飛びついたが、運動エネルギーを消すことはできず、さらに複雑な回転が加わって3人で荒野に落ち始めた。


 最後に、シミュラが、手を長く伸ばし、噴射杖ロケット・ケーンごとぐるぐる巻きにして、やっと回転を止める。


 だが、落下は止められない。


〈アキオ〉


 遠ざかるミーナに眼を向けたまま落下するアキオの耳にAIの声が響く。

 加速モードを一時的に解除しているのだろう。


〈解除コードを!〉

〈――〉

〈早く、間に合わなくなる〉

〈――〉

〈アキオ!〉


 覚悟を決めて彼は叫んだ。

GG(グレイ・グー)解除コード入力。ラムリエリス150887645」


 ()()の本名と、()()()()()()()()()()から今までに過ぎた秒数を使ったワンタイム・パスワードだ。


「喰らい尽くせ!グレイ・グー」


 カリ、と何かのからが砕けるような硬質的な音が響いた。


〈ありがとう、アキオ〉

 ミーナが穏やかな声を出す。


〈またね――〉

 その言葉を残し、彼女は灰色の糸を引きながらニューメアのある方角へ飛び出した。



「アルメデさま、シミュラさま、アキオを――守ります」

 空をみてピアノが言う。

「おう」

「わかっています」

 そう言いながら、少女たちは、空を向く彼の上に覆いかぶさった。


 次の瞬間、凄まじい破裂音と小爆発のような連鎖反応が始まって、あたり一面が灰色の雲に覆われた。

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