300.流れよわが涙、3
「アルメデさま。もうひとつ伝えることがあります」
アキオたちのインナーフォンにキルスの声が流れる。
「前回の失敗から学んで、爆縮ミサイルに先駆けて、C8ミサイルを5基、こちらに向けて打ち込んでいるそうです。これの着弾は――あと3分」
「高性能熱爆弾ミサイルね。5基もあれば、この辺りは焼け野原になるわ」
ミーナがつぶやく。
「ご丁寧なことだの。爆縮弾とやらがくれば、どうせ我らは塵に返るだろうに」
シミュラが皮肉な声を出す。
誰の眼にも恐怖はなかった――ひとりをのぞいて。
「いずれにせよ、わたしたちのすることはひとつね」
ミーナが決意のこもった声で言い、
「そうじゃの、最後まで、できることをするだけじゃ。アルメデ、策を――」
シミュラが女王をみて言葉を失う。
常に毅然とし、恐れを知らぬ瞳で現実を見つめ続け、的確な命令を発していた100年女王が、自身の肩を抱いて震えていたのだ。
「どうしたのじゃ、アルメデ」
シミュラの声も耳に届かないように、小声で何かつぶやいている。
「爆縮……ミサイル、あれはダメ、強すぎる。世界が裂ける――紫の……ここには高速艇もない、もう誰も助からない」
アキオが女王を見た。
爆縮弾の威力を、その目で見たものはごくわずかだ。
おそらく、前回の爆発の記憶があまりに鮮明で、人知の及ばぬ爆発力への恐怖に思考が止まっているのだろう。
彼は、アルメデへ向けて足を踏み出した。
「ア、アルメデさま!」
苦し気な声が響く。
地面に横たわっていたキィが、半身を起こして叫んでいた。
「まだ時間はあります。きっと方法も――最後まで戦うのが、あなたさまではありませんか」
だが、アルメデは反応しなかった。
背を曲げ、眼を瞑ったまま震えている。
今にも膝が折れて、地面に蹲りそうだ。
「女王さま」
重ねてキィが叫んだ。
血を吐く。
だが、彼女は言葉を止めなかった。
「膝を折ってはなりません。あなたの後ろに延々と続く死んでいった兵士への責任と……あなたを見つめる人々への期待のために――」
は、っと女王が眼を開いた。
「立って、そして命じて――アルメデ!」
女王の膝の震えが止まった。
すっきりと背を伸ばし、頭を上げる。
「その通りです。キィ、ありがとう」
さっと振り返ったアルメデは、いつも通りの毅然とした声で命令する。
「塹壕の上に、現在あるだけのコクーンを張りなさい。ラピィは馬車ごと覆うように――」
アルメデは、ラピィに眼をやり、そこに10体のケルビが集まっていることに気づく。
崖上で戦っていたケルビたちが荒野に降りてきたのだろう。
「ケルビたちを覆うようにコクーンを展開――アキオ、これでいいでしょうか。ミーナも」
アキオはうなずいた。
アルメデの肩を軽く叩く。
アルメデは、振り返ってキィを見た。
少女は、うなずくと、地面に顔を伏して気を失う。
女王は駆け寄ると、彼女をコクーンで完全に包み込んだ。
「それで、どうするの」
アキオに並んだミーナが尋ねる。
「まずミサイルを叩く」
「どうやって?ナノ・マシンで包み込む、なんて無理よ」
アキオは、ポーチからキューブを取り出した。
「これをつかう」
「それは――」
「カマラの贈り物だ」
そう言いながら、アキオは、ふらつく足を踏みしめながら、大きく振りかぶった。
「リトー」
叫びながら、美しいフォームで、足を踏み出し、キューブを投擲した。
踏み込んだ地面が深く陥没する。
放物線ではなく、ほぼ一直線に、キューブはドッホエーベ荒野を飛び、平原の上空にある濃い銀色の雲に吸い込まれた。
「顕現しろ」
少女に教えられたとおりのコマンドを発すると、ドン、と霧の中で音がして凄まじい強風が巻き起こった。
竜巻のように渦を巻いて風は中心に集まっていく。
が、すぐにそれも収まり――
「な、なんじゃ、これは」
シミュラが驚きの声を上げる。
平原の上に、果てが見えないほど巨大な球体が出現していたのだ。
「リトー、凝縮」
アキオの言葉で、急速に球体が縮み始める。
すぐに、
「これが――」
ミーナがつぶやいた。
「ああ、わたしの知るリトーじゃな。ただ――大きい」
いま、ドッホエーベ荒野には巨大な人影が立っていた。
身長は、300メートルを超えるだろう。
「それで、おぬし、あれでどうするつもりじゃ」
「ミサイルを叩き落とす」
「ナノ・マシンを詰め込んだ風船人形でか?」
「違うわ、シミュラ。今のリトーは、ぎっしり中身が詰まった金属体よ。熱量は充分。動きも素早いし、岩山だって一撃で破壊できるわ。ナノ・マシンによる体術の知識も持っている――理論上はね」
「そ、そうか」
「メデ、ミサイルの起爆装置の位置が分かるか」
「おそらく、C8―2564タイプのミサイルでしょう。起爆回路は先頭部にあります」
「わかった」
「殴った衝撃で爆発はせぬのか」
「大丈夫。C8爆薬は安定しているから――来たわよ」
空のかなたに小さな点が見え、たちまち巨大なミサイルの形になる。
「リトー、飛来するミサイルの頭部を殴って破壊しろ。5基のミサイルすべてだ」
巨人は、軽く腰を落とすと拳を握って身構える。
「まるで武道の達人みたいじゃの」
「みたい、じゃなくて、達人よ」
ミーナが胸に手を当てる。
超音速で飛来するミサイルの飛行音は聞こえない。
だが、リトーは、はるか遠くまで空中に漂うナノ・マシンを探査針として、その位置、速度を正確に把握していた。
その瞬間を、ナノ・マシンを体内に持たないシミュラ、塹壕で見守るサンドルや魔法使いたちは見ることができなかった。
一瞬後、荒野に衝撃波が響いた時には、5つのミサイルはすべて、先端部分を切断されて、平原のかなたに転がっていた。
ナノ強化された意識と視力を持つアキオやアルメデ、ミーナだけが、何が起こったかが見えている。
リトーは、1基目のミサイルを十分引き付けてから、鋭いフックで先端部分をへし折り、軽くバックステップして2基目のミサイルを肘で破壊した。
流れるような、というより、光が走るような速さで3基目のミサイルに手刀を落として先端部を千切り飛ばし、返すその手をアッパー気味に打ち上げて4基目のミサイルを破壊する。
最後は、打ちおろした肘と跳ね上げた膝で挟みこんで、頭部を切断した。
すべてのミサイルが、正確に荒野の中心を狙っていたから可能な撃墜方法だった。
「なんと……」
シミュラが絶句する。
「あの鈍重な風船人形が、これほど強いとは――」
「強いさ。カマラは、自分の代わりに俺を守るための兵器だといって、リトーを渡した」
「アキオ――」
「感傷にふける時間はありませんよ」
女王として蘇ったアルメデが叱咤する。
「次が本命。空間も次元も切り裂く爆縮弾がやって来ます――何か策はありますか」
美少女はまっすぐにアキオを見た。
その鋭利な碧い双眸を、彼は正面から受け止める。
「ひとつだけ、ある……だが、使うべきなのか――」
アキオが言いよどむ。
「なぜ、迷うのですか」
「それはね、メデ。かつて地球がそれで劇的に変わってしまったからよ。そうでしょう、アキオ――それと、もうひとつ……」
ミーナが彼に近づく。
「世界が変わろうとも、やるべきです」
アルメデが力強く言う。
「どちらでも構いませんよ。アキオ」
突如響いた背後の声に、皆が振り向いた。
そこには、満身創痍のピアノが、杖を頼りに立っていた。