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030.迷走

 少女二人を抱えているため、行きよりは少し時間がかかったものの、ほどなくアキオたちは出発地点まで戻ることができた。


 馬車を包んだコクーンの光は消えている。改造は終わったようだ。


「早かったね」

 少女たちを広げたシートの上に降ろしたアキオにユイノが声をかける。

「まだ日暮れまでしばらくある。シュテラへ帰るか?」

「それはまだ早いね!」

 アキオの提案をただちにユイノが却下する。

「なぜだ?」

「あの娘たちの気持ちが落ちついてないからだよ」

「そうなのか?」

 アキオの見る限り、少女たちは、初めのうちは茫然ぼうぜんとした様子だったが、その後は挨拶もできたし、盗賊に仕返しもして、かなりまともになっているように思えたのだ。

 彼がそう言うと、

「アキオは何もわかってないねぇ」

 ユイノがため息をつく。

「あの娘たちの気持ちが危ないのは今夜だよ。このまま街に返したら、色々聞かれてめちゃくちゃになっちゃうよ。いまあの娘たちに必要なのは時間さ」

 舞姫ダンサーは可愛い指でアキオを指し、

「考えてごらんよ、あの娘たちは、昨日の昼からずっと――」

 そういって言葉を途切らせる。

「そうだな……」

「とにかく、何も考えられないまま、さっきまで過ごしてきた。少し落ち着いたこれからが勝負なんだ」

「そうか」

 そのへんが、どうもアキオにはよくわからない。

 肉体が元に戻ったら、何の問題もないように思えるからだ。

「体の問題ではないんだな……俺が最初に腕を失った時――」

「ええっ、そうなのかい?」

 ばっとユイノがアキオの腕に飛びついて、さする。

「いや、もうずっと前のことだ」

 アキオは苦笑する。

 そう、何百年も前の話だ。

人工腕アーティフィシャル・アームがつくまで不便だったが、それ以降は特に不便は感じなかった。まして、彼女たちの体は完全に元のままだ、何が問題かわからない」

「あー、もういいよ。アキオに、この話をしたのが間違ってた。とにかく、あたしに任せて、今夜はこのあたりに泊まって、明日以降、シュテラに帰る、いいね」

「わかった」

 もとより、彼女たちのことは、すべてユイノに任せるつもりだ。

「依頼人への報告だが――」

 彼は、ダンクからこの世界の伝書鳩であるガルを渡されている。

「明日以降だね。アキオの話だと、ゴランが退治されたことを知ったら、今からでも大人数おおにんずうでやって来かねないみたいだから」

「そうしよう」

 アキオはうなずいて、

「泊まるのはいいが、ここではまずい。向こうに川が流れている平地があった。水を使いたいから少し移動するが、その前に馬車の改造部を確認したい」

そう言うと、アーム・バンドに触れてコクーンを解除した。


 一瞬で透明な繭は空中に消える。

 馬車に近づき、後部の扉を開いた。

 一見、木製だが中身は強化ジェラルミン製だ。


 広い馬車の内部は、かつては一部屋モノ・セルだったが、今はいくつかのパーティションに仕切られている。


 一番奥が小型研究室ミニ・ラボだ。その隣が工作室ワークショップ炊事場ギャレー、そして隅にトイレの個室がある。シャワーはナノ・マシンが体内にいる限り不要なので設置していない。


 それ以外は、普通の馬車のように、壁沿いにいくつかの寝台が設置してあり、真ん中にはテーブルとイスが設置されている。

 寝台の周りは、状況によって硬質な壁になるカーテンによって仕切られている。


 アキオは研究室ラボと工作室の装備を見て微笑んだ。

 やはりミーナは良く分かっている。伊達に300年近く一緒に研究はしていない。

 うまい配置と機械類の選択だ。彼も手を加えたので、さらに使いやすさは向上している。


「すごいねぇ。ここだけでずっと生活できそうじゃないか」

 馬車に入ってきたユイノが感心する。

「その可能性も考えてある」


 アキオはそういうと、馬車を降り、眠ったままの少女二人を車内に運び込んだ。

 寝台に寝かせる。


 再び外に出て、おとなしく待っていたラピィに声をかけ、優しく叩くと馬車につないだ。


「少し移動させる」

 武器や荷物を御者台に乗せ、ユイノが乗り込むと、馬車を出発させた。

 道に戻り、ガブンに向けしばらく進ませてから再び森に入る。


 「ここだ」

 アキオは、小川から少し離れた森の平地に馬車を停めた。

「ちょっと開け過ぎてないかい?夜の見張りが大変だよ」

 あたりを見回して、ユイノが心配する。

「この馬車の半径30メートルは安全だ。ゴラン程度なら自動的に撃退するし、魔法も衝撃波と避雷針で防ぐようになっている」

「そうなのかい」

 ユイノは少し疑わし気に馬車を見た。

 が、すぐに彼を見て、

「アキオ、二人をそろそろ起こしておくれ。それと、ラズリとピロシュも元に戻してほしい」

「わかった」

「あとは、お茶だけど、道具はあたしが持っているからいいとして――」

「必要なものは言ってくれ」

「これから、あたしはあの娘たちとしばらく話をするけど、その後で体を拭いてやりたいんだ。ナノクラフトで綺麗にはなっているけど気分の問題があるからね。川で水浴びさせるのも可哀そうだし――水を入れる器と布はあるかい?」

「それより、もっといいものがある」

「なんだい?」

「これから用意する。とりあえず、二人を起こして、甘味を食べられるようにするから行ってくれ。お茶のためのお湯は、中の炊事場ギャレーから使えるようにしておく。俺は外で作業をしているから、ユイノは馬車の中で話すればいい」

「わかったよ」

 彼女はそういうと、馬車の中に入っていった。

 アキオはアーム・バンドを操作して、少女を覚醒させ、お菓子の状態維持を解除する。

 川から水をんで、車の上のウオーター・タンクに入れる。ポンプで吸い上げても良いが、身体強化して人力マンパワーでくみ上げたほうが早い。

 一応ナノ・マシンで浄化しておいた。


 次に、馬車の下部からナノ合板を取り出して、目的のものを組み始めた。

 ひと通り作業が終わると、アキオは小川近くの木の根に頭を預けて横になった。

 さすがに、NMC(戦闘型ナノマシン)を使用すると疲労が残る。


「アキオ?」

 声をかけられて目を覚ます。いつのまにか眠っていたようだ。

「――!」

 目を開けたとたん、すぐ目の前に、ユイノの海のように青い目があるので驚いた。

「なんだい、死んでるのかと思ったよ。まったく動かないんだから」

「終わったか?」

「ああ――でも、アキオに相談があるんだ」

「なんだ?」

 ユイノは困った顔になり、

「無かったことにした――」

「なんだって?」

「あの娘たちは、盗賊に襲われてはいない、ってことだよ」

「どういうことだ?」

「なんていうか――ふつうはね、ケガをしたり、傷があったりするわけだよ」

「そうだろうな」

「でも、今回は、傷もなにもかも、まったく消えてるんだ。ナノクラフトで」

「良かったな」

「駄目だよ――いや、それはいいんだけど、だから、いつもとは勝手が違うんだ。いつもなら、あったことを認めて、それを乗り越える手伝いをしてやるんだ、だけど――」

 アキオにも、ユイノの言いたいことが分かってきた。

「傷という証拠もないし、記憶がぼんやりして夢みたいにはっきりしていない、そういうことだな」

「ゴランに襲われたのは、はっきり覚えているみたいなんだけどね。それ以前と、そして今も、なんだか記憶が曖昧らしいんだ」

「盗賊二人を殺しただろう?」

「あれは、仲間や護衛を殺された復讐ということらしいよ」

 アキオはうなずいた。

 ふたりが彼に礼を言った時の、少しかすんだ目を思い出す。

 ナノ・マシン投入時に、体内性モルヒネであるエンドルフィンに加えて、セロトニンも多めに分泌させたから、傷再生による肉体負担も重なって、目が覚めてからも意識のはっきりしない状態が続いているのだろう。

 さらに人は嫌なことを『無かったこと』にしたがる。


「では、とりあえず、それでいくか?」

「いいのかねぇ」

「今、一番はっきりしているのは、彼女たちの記憶ではなく、体の傷がないという事実だ」

「そうだね」

「それをはっきり認めさせるために、これを使う」

 アキオは起き上がると、ユイノの手を引いて、川沿いに張られた布の幕へ導いた。

「アキオ、これは!」

 布を掲げて中を見たユイノが驚く。

「この世界ではなんというのか……露天風呂だ」

 工作用ナノ・ボードを組み合わせて水漏れしないようナノ結合し、水を入れてヒートパックで加熱しただけの簡易風呂だ。かなり大きく、5、6人は入られる。

「風呂か――こんなもの、よっぽどの金持ちじゃないと自前じゃ持てないよ。それを、よくこんな野外で――」

「これに入れば、彼女たちの体に傷がないことがはっきりするだろう」

「そうだね……やってみるよ」

「ユイノも一緒に入れ。ナノ・マシンには熱が必要だが、そのためには風呂に入って熱を与えるのが一番だ。君のナノ・マシンも今日はよく働いてくれただろう。ねぎらってやれ」

「そういうもんかねぇ」

「そうだ」

(熱がエネルギー源のナノ・マシンは風呂を好む――)

「わかった、じゃあ入るよ」

「幕の前に、緊急衣料エマージェンシー・ウェアとタオルは置いておく。使い方はわかるな」

今朝けさ教えてもらったからね」

「ああ、ユイノ」

 馬車に向か合う舞姫ダンサーを引き留める。

「あの甘味は役にたったのか?」

「当り前さ。ショックを受けた時は、まずは甘いものさ。その後で話しかける。まあ、今回は、事情が特殊だからはっきりとした効果はわからなかったけどさ」

 ユイノは複雑そうな表情になった。


「じゃあ、入らせてもらうよ」

 馬車に消えるユイノを見送ると、アキオはラピィの顔を見に行く。

「機嫌はどうだ?」

 声をかけ、大きく、おとなしいケルビの胸に耳を当てて、海鳴りのような体内音を聴く。

 アキオは、ラピィの力強い穏やかさが好きだ。

 大きい生き物はこうでなければならない。


 気がつくと、あたりが暗くなりかけていた。

 日が暮れようとしているらしい。


 ラピィに水をやって、馬車の中に入ると、炊事場ギャレーで夕食の用意をする。

 濃縮ミルクをカップに注ぎ、レーションの種類を選んで馬車中央のテーブルに運んだ。


 しばらくすると、少女たちが帰ってきた。

 洗い髪にぴったりとした緊急衣料エマージェンシー・ウェアがよく似合っている。

 年齢の違いか、体形はキイよりは幼い感じだ。

「ありがとうございました。アキオさま」

 ブルネットの髪のミストラが言う。上気した頬に水色の瞳が美しい。

「アキオでいい」

「そういうわけにはまいりません。あなたさまは命の恩人です」

「わたくしからもお礼を申します。アキオさま」

 プラチナ・ブロンドのヴァイユも続ける。彼女は金色の瞳と相まって美しい人形のようだ。

「まあ、いいからいいから。さ、ふたりともお腹が空いているだろ。せっかくアキオが用意してくれたんだ。早く食べよう。これが美味しいんだよ」

 気を利かせたユイノが割込み、全員そろって、レーションの食事をとる。


 だが、会話は弾まなかった。

 少女二人は、食事をとりながらも眠そうに、うつらうつらする。

 やはり、昨日までの緊張の反動と、肉体再生の疲労がひどいようだ。

 エンドルフィンの影響も現れている。

 それでも、彼女たちの身に起きたことへの疑問をぶつけられるよりましかもしれない。

 そのまま静かに食事は終わった。


 アキオはユイノと相談して、仕切り布を硬化させて個室にした部屋に二人の少女を送り込んで、早々に寝かせることにする。


「どうだ?」

 部屋から出てきたユイノにアキオが尋ねる。

「おかしいとは思っているようだけど、傷がないから納得しようとしている、ってところかね」

 ユイノは形の良い眉をひそめる。

様子見ようすみか」

「そうだね。明日の朝まで待ってみるよ」

 そういって、ユイノは口を隠して可愛くあくびをした。

 彼女にも、身体修復の影響がでているようだ。

 ゴランの攻撃で、かなりひどい骨折をしていただろうから当然だ。

「ユイノも寝るんだ」

 アキオが言うと、舞姫ダンサーは素直にうなずいた。

「そうさせてもらうよ。おやすみ、アキオ」


 ユイノが自分の部屋パーティションに入ると、アキオは工作室に向かった。

 いろいろと触れて、念願の工作機械類を確かめる。

 御者台から持ってきたキイの大剣を取り出し、作業台に乗せて彼女好みの剣のデザインを考えた。

 しばらくすると、さすがのアキオも睡魔に襲われ始める。

 時刻を見ると午前1時だ。そういえば昨夜は徹夜だった。


 アキオは、馬車を出て、風呂に向かう。

 浴槽は、いくつか置かれたメナム石で薄暗くぼんやりと浮かび上がっていた。

 湯温は、浴槽の端に沈めたヒートパックの熱で適温に保たれている。

 服を抜ぎ、かかり湯をしてアキオは湯につかった。


  四方を布に囲まれた浴槽だが、天井はないので、見上げれば星が見える。

 アキオは浴槽にもたれ、空に浮かぶ3つの月を眺めた。

 目を閉じると皮膚から熱を受け取ったナノ・マシンが心地よさげに震える幻想が見えた。

 今日一日、よく働いてくれた道具ナノ・マシンに感謝する。

 

 しかし――アキオは昼間の交戦を思い出して、唇をかんだ。

 圧倒的に強力な武器を持ちながら、ぶざまに攻撃を受け、危うくやられてしまうところだったのだ。

 敵の戦力と攻撃方法の可能性をもう少し細かく分析し、対応する必要がある。

 こうなると、ミーナのサポートが無いのが痛い。

 認めたくないがアキオはそう思った。


 思考にふけるアキオの耳に、かすかに布のすれる音が聞こえる。

 振り向いた彼の前に、ミストラが一糸まとわぬ姿で立っていた。

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