298.銀塔
「というわけで、カイネ・マリアは、あなたが死んだ――アキオの少女たちによって殺されたと思って、爆縮弾を戦場に打ち込む作業を始めたのよ」
高い城125階の、半壊した再生補助カプセルの中で、急速に肉体再生を続けるキルスにラートリが説明している。
「発射手続きは、おまえには止められないのか」
「カイネの眼につかないようにメデに作られたわたしは、ただの傍観者。あくまで城のシステム外にあるAIに過ぎないのよ。システムが再起動しているときや、一時的に停止している時には、こうやって活動できるけど、メイン・システムに介入することはできないわ。残念だけど」
「わかった」
ルイス医師が渡す、ジェル系の栄養剤を飲みながらキルスが応えた。
ナノ・マシンに対して一定の知識を持っているラートリの指示で、ルイスが作った薬剤だ。
それにしても――ルイスは、適切な熱源と栄養剤の併用で、見る間に復元されていくキルスの身体を見て言葉を失い、同時に少し寂しい気分になる。
ナノ・マシンが普及すれば、おそらく医者は職を失ってしまうだろう。
キルスのカプセルの隣には簡易ベッドが運び込まれ、点滴を受けるハルカが眠っている。
「そろそろいいだろう」
キルスがカプセルから立ち上がった。
「宰相、あなたは回復されたばかりです。無理をされてはいけません」
これほど急激に、肉体が復元した患者は見たことがないが、とりあえずルイスは、そう声を掛ける。
「いや、以前、暗殺に巻き込まれて負傷した時も、こんな感じだった。大丈夫だ」
そう言いながら、キルスはカプセルの壊れた部分から外に出た。
半裸の彼に、ルイスがニューメアでは一般的な服を彼に渡す。
薬剤その他とともに、用意しておいたものだ。
「ラートリ、システムが再起動したら、お前は消えるんだな」
服を着ながら、キルスが尋ねた。
「そうよ――でも、たぶん、しばらく消えることはないと思うわ。カイネは、システムをダウンさせることで、メデが設定した安全機構を無効にして、ミサイルの弾頭を爆縮弾に換装させた。その上で発射手続きを自動実行させて出て行ったみたいだから――たぶんシステムは再起動させないようにしているはず。システムが復旧することで、発射手続きを無効にされることを恐れて」
「出て行った?どこへ」
「アキオたちが戦っているドッホエーベ荒野よ。そこは爆縮弾の目標地点でもあるわ」
「ミサイルの目標地点――どういうことだ?そんなことをしたら……」
「そう、カイネはあなたの後を追って死ぬつもりなのよ。アキオや彼の少女たちを道連れにね」
着替え終わったキルスがAIに尋ねた。
「カイネはわたしが死んだと思っているんだな」
「だから、アキオを道連れに死ぬつもりなのよ。不幸な偶然が重なって――というより、あなたの仮死状態の姿の衝撃が強すぎて、彼女、正常な思考ができなくなったのね」
「それならば、わたしが無事だと伝えられれば、ミサイルの発射は止められるな」
「おそらくは――」
「彼女は城を出たといったな。カイネに連絡を取れるか?」
「ここからは無理ね」
「どこならできる」
「ミサイルのコントロール・ルームなら」
キルスはうなずいた。
「ラートリ、爆縮ミサイルをコントロールしている部屋を教えてくれ」
「ちょっと待って――普段は使われない、第二サブ・コマンドルームね。場所はわたしが指示するわ。壁面表示案内は、今使っている音声パックと同じで、わたしにも使えるから。壁に表示される矢印に従って進んで」
「わかった」
キルスは歩き始め、よろめいて壁に手をついた。
「20年ぶりだとうまく歩けないな」
秀麗な顔に苦笑を浮かべる。
「宰相、わたしも行きます」
「ルイス。君はここに残ってクルアハルカの手当てをしてくれ。彼女はひどい重傷だ。ナノ・マシンを持たない身で、よくさっきまで意識を保っていたものだ」
そういって、苦し気に呼吸をしながら眠る少女を見る。
「頼む」
「わかりました」
ルイスはうなずいた。
部屋を出たキルスは、分岐ごとに壁に大きく浮かび上がる矢印に従って早足で歩く。
身体のふらつきは、しばらく歩くうちに、収まっていた。
時々衛士たちとすれ違うが、みな彼に目礼をして疑いの目を向けるものはいなかった。
彼は本物のキルスなので、ある意味、当然なのかもしれない。
エレベーターに乗り込み、地上128階で降りる。
さらに壁面の矢印に従って進むと、ある部屋の前の扉で星印が点滅していた。
「ここか」
〈ここが第二サブコマンドルーム。いまは、科学者しかいない〉
彼の問いに、ドアに文字が浮かんだ。
地球語だ。
文字がフェード・アウトして、新しい文章が浮かぶ。
〈がんばって、キルス。わたしも自分でできることをやってみるわ〉
まるで、あの男のAIのようだ――
苦笑しながらキルスはうなずくと、ドアを開けようとした。
ロックが掛かっているのを知って、センサーに眼を近づける。
素早く眼紋認証が行われ、ドアが解錠された。
キルスが予想したとおり、完璧主義のカイネは、彼の眼紋まで模倣していたのだ。
「宰相。どうかされましたか?先ほど出て行かれたばかりなのに」
中にいた科学者らしき白衣の男たちが驚いた顔になる。
疑問に思われるのは分かっていた。
だが、キルスは、こういった場合の対処は分かっている。
彼は100年間、宰相を務めた男だ。
毅然としてキルスは言った。
頭ごなしにだ。
「質問をするな。今現在、進行している作業の確認をしたい。簡潔に話せ。疑問があれば、その都度聞く」
「は、はい」
リーダー格の男が、背筋を伸ばして返事をした。
アルメデは嫌うが、これは、命令されることに慣れた相手に、命令に慣れた人間が発した簡潔な言葉に対する自然な反応だった。
発射手続きは進んでいる。
時間がないのだ。
キルスは腕を組んで科学者の説明を聞いた。
最後に科学者が言う。
「爆縮弾の発射まで、あと28分。その規模は50IMPです」
「なんだと?」
IMPは、トルメアで使われていた爆縮弾のエネルギー単位だ。
爆縮から名付けられている。
前回、地球で使われた爆縮弾の威力は10IMPだった。
それでも、地球で史上最大級の核爆弾といわれている、100メガTNTトン換算の威力があった核爆弾の皇帝の500倍の爆発力だったのだ。
「その威力では、ニューメア自体も被害を受けてしまうだろう」
「計算では、我が国が誇る対電磁障壁が被害を防いでくれるはずです」
「ばかな――」
キルスは深いため息とともにつぶやく。
対電磁障壁というのが、どういうものかは知らないが、それほどの爆発が起きて一国だけが無事なはずがない。
「核の、いや爆縮の冬はどうする」
「他の愚かな国々と違い、我々には高位魔法があります」
男が自身に満ちた表情で答える。
これ以上会話を続けても無駄と判断したキルスは言った。
「わかった。とりあえず発射手続きは中止しろ」
「わかりました。解除暗号を入力してください」
「お前たちが入力しろ」
「あなただけが、ご存じなのです」
科学者の顔に浮かぶ疑問の色が濃くなった。
それを見て、キルスは、さらに高圧的に命じる。
「いまからドッホエーベに行く。ニューメアで一番速い乗り物を用意しろ」
こうなったら、カイネに直接会って自分が無事なことを知らせ、ミサイル発射を停止させる他ないだろう。
その間に通信が回復するなら、それに越したことはないが。
「実験機エルメ・バードは超音速。あれが最速でしょう」
「いや、銀色の塔の方が速い」
「確かに、あれならドッホエーベまで18分です」
「それでいく。用意しろ」
「わかりました」
3分後、キルスは、高い城のセントラル・タワー先端にある宇宙ロケットの座席に座っていた。
かつて、子供だったアルメデが誘拐されて閉じ込められたロケットに酷似している乗り物だ。
「誰の趣味か知らないが、こんなものを作るとは――」
科学者のカウント・ダウンを聞きながらキルスが苦笑いする。
「歴史は――」
ゼロ、のアナウンスと共に、高い城先端部の銀の塔は凄まじい加速度で発射された。
「繰り返す、だな」