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297.哀悼

「シミュラ」

 塹壕内で兵士たちに指示を与えながら、アルメデが声をかけた。


 腕を組んで壁にもたれ、眼を閉じていた黒紫(ブラック・パープル)の少女が身体を起こす。


 優秀な現場指揮官として、アルメデは壕内のすべての動きを即時把握している。


 戦いの喧騒けんそうのなか、密かに目を覚まし、彼女に見つからないように、ひっそりと壕を出て行ったヴァイユのことも知っている。

 彼女は、あえて行かせたのだ。


「やっとだね」

 言いながら近づく少女にアルメデは告げた。

「あなたにお願いがあります」

「わかっておる」

「危険な仕事です」

「いいからいうのじゃ」

「さっき、アキオを救いに、皆が出て行きましたが、おそらく傷を負って荒野のどこかに落下するはずです。あるいは彼女たちだけでなくアキオが地面にいる場合もあります」

 なぜ、そんなことが――と言いかけて、シミュラは口を閉じた。

 それを予想できるのが、アルメデであり、ユスラなのだ。

「わかった、それで、どうするのじゃ」

「ラピィを起こして、自走砲台火神(アグニ)を排出して空になった馬車で彼女たちを保護して欲しいの」

「わかった」

 短く答える。

 アルメデが、ラピィを起こして、といったのは、彼女も連れ帰って来て欲しい、という意味だということはわかっていた。


「地表は、ギデオンだらけでひどく危険です。あなたにしか頼めないの」

「わかっておる。他の娘では、いつ気を失うかわからぬからな」


 そういって、シミュラは魔女の帽子を被ると、壁に立てかけてあった噴射杖ロケット・ケーンをつかんだ。

 塹壕の梯子はしごの一番上まで手を伸ばして、身軽に飛び上がる。


 わずかに顔をしかめた。


 ナノ・マシンを体内に持たない彼女は、戦闘の最初の頃に受けた身体の重要(バイタル)部分(パート)の傷が、まだ治ってはいないのだ。

 ジーナ城の少女たちの中で、ある意味、もっとも怪我に弱いのは、アルドスの魔女である彼女だ。

 今も、傷ついた部分をPS細胞で補って、活動を維持している。


 もともと、王族らしく感情や苦痛を表に出さないよう教育を受けた彼女は、100年の荒地での孤独に耐えるほど我慢強い性格もあって、滅多なことでは痛みを表に出さない。


「さて、行くかの」

 そう言うと、シミュラは噴射杖ロケット・ケーンに乗って地面を飛び立った。

 彼女に気づいて襲ってくるギデオンの槍をかわしながら、地表に残る火神アグニへ向かう。


 その近くに、馬車とラピィを包んだコクーンがあるはずだった。


 ――あれか。

 シミュラは斜めにかしいだまま、沈黙している万能兵器火神(アグニ)を見つけた。

 さいわい、その付近にはギデオンはいない。

 急旋回と背面飛行を組み合わせて、彼女は馬車の近くに降り立った。


 アーム・パッドの数値から、ラピィのコクーンの位置を割り出し、暗号通信で、コクーンの解除暗号コードを送信した。


 パシュ、とも、パリン、ともとれる音がして、地面に横たわるケルビの姿が現れた。


「ラピィ」

 シミュラは声を掛けながら走り寄る。

 切断された左前脚が、ほとんど再生されていないのを見て、不吉な予感に襲われる。


 シミュラは、ラピイの頭に顔を寄せ、自分の額にある触手を当てた。

 だが――何も感じなかった、見えなかった。

 それはつまり、アキオを愛した異種生物のラピィは、完全に脳死したことを示していた。


「おぬし――」

 シミュラは絶句する。

 昨夜、ふたりでジーナ城を抜けだしたばかりなのだ。


「何を寝ておる。今こそ、おぬしの力が必要なのではないか。起きよ。起きて、アキオのために戦え!」

 ラピィは動かない。


 身体の傷が原因ではなかった。

 キラル昏睡コーマの最終発作が原因だった。


 それが分かっていても、シミュラは叫ばずにはいられなかった。

「他の誰より、わたしは、おぬしがアキオに持っている気持ちをよく知っている。だから――こんなところで寝るな。なあ、ラピィ」

 少女は、しばらく待ったが、ケルビが反応を示さないのを見て触手を離した。

 ラピィの首に手を当てると、目を閉じて、口の中で小さく言葉を発した。


 ゆっくり立ち上がると、馬車に向かう。


 馬車には、ケルビなしで移動させるための、ミニモーターが装備されているはずだった。

速度は遅いが、それで移動する以外、方法はなさそうだ。


 小さく鈴が鳴るような音がして、アーム・バンドにメッセージが浮かんだ。

 ユイノが傷ついて荒野に墜落したのだ。


 全員が装備するアリス・バンドが発信機となっていて、その位置がバンドのディスプレイに表示される。


 シミュラは金属製の馬車のハーネスを持つと、そこに設置されているボタンを押してゆっくりと走らせ始めた。


 ユイノに次いで、ヴァイユも墜落したとの情報が表示される。

「いかんな、急がねば」

 シミュラは肩から4本の触手をだして、それで地面をつかんで馬車を引きだした。

 それでも速度はそれほど上がらない。


 ギデオンが包囲ほういの輪を絞るように、だんだんと近づいてくる。

「ダメか」

 そう思った時、背後から巨大な影が近づき、彼女を押しのけた。


「ラピィ」

 驚く間もなく、ケルビは、ハーネスをむと、そのまま素晴らしい速さで走り出した。

 左足を膝から失った、事実上、3本の足で荒野を駆ける。

 シミュラは、御者台へ腕を伸ばすと、ジャンプして座席に座った。


「まずはユイノのところじゃ」

 そういって、目印となるものを教える。

 背中に触れると、ケルビ特有の4つの強い心音が響いてきた。

「おぬし、狸寝入(たぬきねい)りをしておったな。心配かけおって」

 そう言いながら、シミュラは額の触手を伸ばし、ラピイの額に当てた。

「なんじゃ――」

 シミュラの声が驚きに震える。


 ラピイの意識には――何もなかった。


 本来なら、漠然(ばくぜん)とした考え、記憶、景色、気持ち、そういったものが、混然(こんぜん)一体となった混沌ケイオス雑音ノイズの上に、意識が鎮座ちんざしているものなのだ。


 だが、力強く走るラピィの意識は、暗黒だった。

 踏み込めばそのまま連れ去られてしまいそうな暗闇の深淵だ。


「そうか――」

 シミュラは(かす)れた声を絞り出した。

「さすがじゃの」

 ケルビは、すでにキラル症候群シンドロームで意識を喪失(そうしつ)していながら、身体だけでアキオを助けるために走っていたのだ。


 細胞の記憶――


 彼女は、かつて風呂に入りながら、シジマとアキオが話していたことを思い出した。


 記憶と意識は、脳だけに刻まれ、生み出されるものなのだろうか、と。


 アキオは、その通りだといい、シジマは、はっきりとした反証がないから未確定だと主張していた。

「そうだな」

 その時、アキオは遠い眼で呟いた。

「それならば、取り戻す方法はある」


 そして――シジマの考えを裏付ける、はっきりとした証拠がここにあった。


 あまりに強い思考、願いは体内の細胞に深く刻まれ、身体を動かすことがあるのだろう。

 ケルビという種族特有のことかもしれないが――


 眼の(はし)に紅い髪の毛をとらえたシミュラは、走ったまま、触手を伸ばしてユイノを拾いあげた。


「よし、次はヴァイユじゃ」

 そういって、ラピィに次の目印を指示する。


 ラピィは彼女の言葉に反応しヴァイユの墜落地点に向かう。

 やはり彼女は分かっているのだ。


 シミュラは手を伸ばしてラピィの首筋を撫でた。

「おぬしは大したやつじゃ――」

 シミュラの大きな黒紫ブラック・パープルの瞳は、感動とやさしさに満ちていた。


 PS細胞で作った目のため、涙腺をもたない彼女だが、もし泣くことができたなら、熱い涙を流したことだろう。


 ヴァイユを救助したとき、荒野に凄まじい音と光が渦巻いた。

 咄嗟とっさにシミュラは車内に退避する。


 窓から外を見ると、黒いギデオンが、ものすごい勢いで銀色の物質に変わっていくところが見えた。

 アキオが、なにか()()()()()を加えたに違いなかった。


 爆発が収まって外に出てみると、あたり一面が、かなりの熱を持って焼け()げていた。


 ――たいしたものだ。

 シミュラは感心する。

 この点でも、アルメデの予想は正しかったのだ。

 彼女とて、正確にこういった事態を予測したのではないだろうが、もし、ユイノとヴァイユをあのまま荒野に放置していれば、いかになのコクーンで包まれていても無事ではすまなかったことだろう。


 地面は多少のダメージを受けていたが、強靭な肉体のラピィはまったく影響をうけていなかった。

 それを知って、またシミュラの瞳は()()()()でうずくのだった。


 やがて、小さく頭をふって御者台(ぎょしゃだい)に戻ろうとした彼女は、車輪の横に転がる赤い立方体(レッド・キューブ)を見つけた。


 そのまま、一度、馬車に乗り込むが、再び戻ってキューブを取り上げ、コートのポケットにしまっいこむ。



 塹壕に帰ると、ギデオンに完全勝利した喜びに皆がわいていた。


 馬車に入り、まず最初に少女たちの様子を見たアキオに彼女はラピイの死を告げる。


「褒めてやってくれ。こやつは――死んだ後もなおお前に尽くしたのだ」


 アキオは、立ったまま、今度は心臓も止まったラピィに手を触れた。


 その姿に、かつて少年兵のアキオが瀕死の像に寄り添っていた姿が重なって、再びシミュラの胸は熱くなる。


 アキオは動かない。

 ただ、てのひらを、ラピィの胸に当てて目を閉じている。


 彼との生活で少女たちは知っていた。

 それが、彼の死者に対する深い哀悼(あいとう)の態度だといういことを。


 沈黙があたりを支配する。


 突然、インナーフォンに男の声がした。


 全員に聞こえる、オープン・チャンネルで話しかけているのだ。


「アキオ・シュッツェ・ラミリス・モラミス――」


 アキオは、ラピイから手を離し、顔を上げた。

「カイネ――いや、キルスか」

「そうだ」


「意識が戻ったのね、よかったわ」

 アルメデが優しい声を出す。

「話はうかがいました。ご尽力ありがとうございます、女王さま。正式なお礼を申し上げたいところですが、いまは、火急(かきゅう)の要件がありますので」

「どうしたのです?」

 アルメデが尋ねる。

「結論からいいます。そちらに今、爆縮弾を搭載したミサイルが向かっています」

 はっとアルメデは息をのみ、

「我が国のミサイルですね。止めることは」

「できる手は打ちました。もはや不可能です」

「――残り時間は」

「あと10分あまり」

 キルスは、暗い声音(こわね)で、全員の死刑宣告を行った。


「あなたは――」

「わたしも、荒野近くの別荘に来ています」

「なんですって!では――」

「はい。今から爆発から逃れる方法はありません。おそらく、西の国、サンクトレイカ、エストラの一部もこの星から消え去ることになるでしょう」

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