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293.窮地

 荒野を縦横に駆け回る小型サイズのブラック・トーラスに、帯電させたアカラを体当たりさせながらアキオは考える。


 広大な平原の中、陥没した荒野としてドッホエーベは存在している。


 いま、周りの平原は数百億のギデオンによって埋めくされ、それらは徐々(じょじょ)に荒野に流れ込んできている。


 事実上、彼らは無限の敵に囲まれているわけだ。

 この状況ならば、即時撤退(てったい)常道(じょうどう)だろう。


 すでに目的であったデータ・キューブは手に入っている。

 少女たちだけでも脱出させるべきだ。


 ミーナとキューブさえ、ジーナ城に帰ることができたら、キラル症候群シンドロームの治療法は彼女が見つけてくれるはずだ。


 今、意識を失っている少女たちも、ナノ・エンバーミングを利用した仮死装置で生体時間を止められているから、ギリギリのところで治療は間に合うだろう。


「上空はどうだ」

 アキオは、塹壕に近づくブラック・トーラスを破壊しながらミーナに呼びかけた。


 ミーナも、空を飛びつつ塹壕付近のギデオンを破壊している。


「ホイシュレッケが、ほぼ壊滅したから飛行しながら攻撃してくる敵はいないわ。その点は楽よ。でも、ギデオンの数が多すぎるわね」

「そろそろ撤退てったいすべきか」

「そうね、でも――」


撤退てったい?わたしが、おまえたちを逃がすと思っているのか」

 いきなり女の声が割り込んでくる。

 ギデオンだ。

「空を飛べば逃げられるとでも思っているのだろう。愚かなことだ」

 黒蟻は、女の声で笑う。

「試しに高く飛んでみるがいい。白い悪魔(ベリィ・ジヤヴォール)よ」

 ミーナは、少しだけ考えてから、荒野上空に広がる蒼天に向かって上昇し始めた。


 空中に直線を引くように、まっすぐに白い少女は飛んでいく。

 だが、ミーナは長く飛び続けることはできなかった。

 ドッホエーベを取り囲む断崖から、黒い壁が伸びあがって、ドーム状に空を囲んでしまったからだ。


 ミーナは、腕を前に伸ばし、行く手をさえぎる壁へメーザーを発射した。


 光線の当たった場所のギデオンが蒸発して、一瞬だけ空が見えるが、すぐに新しい黒蟻が補充されて孔はふさがる。


 何度か場所を変えて攻撃しても、結果は同じだった。


 攻撃をあきらめると、ミーナはゆっくりと降下こうかし始めた。


「ギデオンの壁を打ち破って脱出するのは難しそうね。あれだけ多重に防御幕を作られたら突破できない」

「そうだろう」

 ギデオンが満足そうな声を出す。

「ミーナ」

「なに」

「来てくれ」

 アキオに呼ばれて、ミーナが、急降下し、ブラック・トーラスを避けて走るアカラに近づき、並んで飛ぶ。


「あっ」

 ミーナが声を上げた。


 アキオが手を伸ばし、彼女の腕をつかんで、アカラのシートにまたがらせたからだ。


 一瞬、あっけにとられたミーナは、嬉しそうに背後からアキオに抱き着く。


 アキオがハンドル操作をアカラに任せて、ミーナの手を上からつかんだ。


〈ミーナ。本当のところ脱出は不可能か〉

 はっとした仮面の少女が、抱き着いたまま、指をアキオの手にからませた。


 使ったことはないが、もちろんミーナも指話はしっている。


〈いいえ、さっきは、ああ言ったけど、高出力のメーザーを照射すれば、壁が修復されるより早く穴を通り抜けることができるかもしれないわね〉

 素早く正確な指話で応える。

〈何人なら連れていける〉

〈とても全員は無理よ。せいぜいふたりかしら〉

〈ふたりか〉

〈でも、意味のないことを聞くのね。わたしを含めて、誰一人、あなたをおいて逃げ出そうなんて考えるはずがないのに〉

 その言葉に、アキオは痛みに耐えるように、わずかに眉を寄せた。


〈わかっている。だが戦況は刻々(こっこく)変化するだろう。最後の決断としての脱出準備もしておいたほうがいい〉


 アキオの胴に手を回し、背に仮面を当てたまま、ミーナが伝える。

〈わかったわ――でも、連れて行く子をわたしに選ばせないでね〉

〈わかっている〉


 アキオは、指話でミーナに考えを告げ、

〈これからは、もっと派手にやろう。だが、ミーナ、あまり無理はするな。その体で無理をすると――〉

生体頭脳バイオ・ブレインが、向こうの世界へ持っていかれる、でしょう〉

〈そうだ〉

制限装置リミッターがセットされているから大丈夫。そのために全力で戦えないんだから〉

〈では、行ってくれ〉

〈了解〉

 軽くジェットを噴射して、ふわり、という感じて浮かぶと、ミーナは、両手をアキオの首にかけて、素早く口づけをした。

「あー」

 大きな声に振り向くと、すぐ近くを、噴射杖ロケット・ケーンにまたがったキィとヨスルがいた。

 後ろには、ユイノも紅髪をなびかせて飛んでいる。


「さすがは姉さんだ。人間になったばかりなのに覚えが早いよ」

 その言葉に、ミーナは、くすりと笑う。

「だって、模擬試行シミュレーションは、この300年、数えきれないほどやってきたんだもの」

「まいったね」


「来るぞ」

 アキオの声と共に、複数のブラック・トーラスが襲いかかってきた。


 彼はハンドルをつかむと、ハングオン・スタイルでアカラの向きを変え、キィとユイノも鮮やかな旋回を見せて黒蟻ギデオンの攻撃を回避した。


 同時に、一瞬で出現した巨大な雷球アラメイが、トーラスに激突して、敵を爆散ばくさんさせる。


「相変わらず、信じられない大きさと速さの雷球アラメイだね」

「この土地が魔法使いに向いているからよ」

 美しい魔法使いは、義妹いもうとの帽子に手をやって微笑む。


 ユイノも、ナノ・コクーンと、ミーナも使った高濃度のPSを利用した爆弾を用いてギデオンを破壊していく。


 だが、圧倒的な数の優位は揺るがず、徐々に彼らは、塹壕ざんごう近くに追い詰められていった。


 そして、ついに、地面から無数に突き出たギデオンの槍によってアカラが倒され、体力の弱ったアキオが地面に投げ出される。


 迫りくる膨大ぼうだいなギデオンの群れの前には、アルメデの指揮によって塹壕から行われる迎撃もあまり効果がなくなっていた。


「アキオ・シュッツェ・ラミリス・モラミス」

 塹壕の前に立つアキオたちに向かって、ギデオンの声が響く。


「わたしは、()()()()()()()()女になった。だから、あなたが欲しい。そう、あなたの体内に存在する()()()――ナノ・マシンがどうしても欲しい」


「やっぱり、こいつは、コラドに作られただけあって考え方が異常だよ」

 キィが呆れたように言う。


「大丈夫、痛くないから。この槍で身体をまっぷたつにするだけ。すぐに意識はなくなるし、何の心配もいらない」


 一瞬、アキオの眼前に、まばゆい光が発声し、オゾンの匂いとともに多くのギデオンが消失した。

「いいえ、ギデオン。あなたに彼は渡さない」


 空中でミーナの声が響き、さらに多数のギデオンが消失する。


「うるさい女ね」

 ギデオンがそういうと、地面が円形状に大きく陥没し、すり鉢状となり、中を真っ黒い蟻が、高速で縁から中心へうごめき始めた。

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