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027.準備

「ユイノ」

 出発の前に、アキオが声をかけた。

「なんだい?」

「投げナイフを全部出してくれ」

「いいよ」

 ユイノは、さっとナノ・コートをはだけて、ガーター・ベルトからナイフを取ろうとした。

 いつの間に着替えたのか、スカートはひざ上数センチのミニスカートになっている。

 形の良い小麦色の太腿に黒いベルトと銀のナイフの対比が鮮やかだ。

 そこでユイノはアキオの視線に気づいた。

 後ろを向く。

 彼の目に触れないようにしつつ、ナイフを取り出すと、

「はいよ!」

 片足で10本ずつ、全部で20本のナイフを渡す。

 アキオはそれを受け取った。


「それともう一つだ。これから、ゴランの集結地を通って盗賊のアジトに向かう。その前にユイノの体を強化しておきたい」

「どうするんだい?」

「ナノクラフトで身体強化する。具体的には走っても呼吸が乱れなくなり、走る、飛ぶ力が今までの3倍程度になるはずだ」

「本当かい?いいねえ、それ」

「だが、あまりに能力が高く、今までと感覚に違いがありすぎるから、使うためには慣れがいる。まあ、ユイノは運動能力が高いからすぐに使いこなせるだろう。今から強化するから、ここでしばらく走ったり跳んだりしてみて練習してくれ」

「やってみる!」

 元気にうなずく舞姫ダンサーの頭をポンポンたたくと、アキオは、アームバンドからユイノのナノ・マシンに、通常レベルの身体強化コマンドを送った。小脳および運動野の活性化も行う。

「いいぞ」

「やるよ!」

 ユイノは、走ろうとし、

「うわ!」

 一歩目で数メートル飛んで、危うく顔面から地面に着地しそうになる。

 かろうじて手でそれを防ぐが、今度は腕の力が強すぎて横向けに転ぶ。

 倒れた拍子にコートがはだけ、スカートがめくれる。


「こ、これはむつかしいね。でも、面白いよ」

 ユイノは、さっと立ち上がってスカートの裾を引っ張ると、再び走り、ジャンプする。

 今度は倒れない。

 よろめきながらもバランスを保ち、次々とジャンプする。

 だんだん安定してきた。


 それを横目で見ながら、アキオは、ユイノのナイフにナノ・マシンをコーティングする。

 体内に入れば、人なら熟睡しゴランなら心臓周辺組織を破壊して即死させるプログラムをナノ・マシンに転送するつもりだ。


 これが、もとの世界で、彼が世界中の権力者から命を狙われていた原因のひとつだ。

 ナノ・マシンは、使い方によって、まったく予防も回避もできない暗殺道具となる。


 しかも、ナノ・マシンを仕込みさえすれば、一年後、半年後、一か月後と殺す時期を自由にコントロールすることが可能だから、世界の為政者にとっては、これほどおそろしい技術はないわけだ。


 死因も、脳梗塞、心筋梗塞から脳出血まで自由自在。

 単純な癌化だと近代医療で治療されてしまうこともあるが、ピンポイントで循環器系か臓器を破壊すれば必殺だ。

 世界中の独裁者と暗殺者から狙われるのも無理はない。


 簡易に作り上げたプログラムをナノ・マシンに転送するころには、ユイノは、自在に身体強化を扱えるようになっていた。


「さすがだな、ユイノ」

 空中高く飛んで二回転してから高い木の枝に降り立つユイノをみて、アキオは言う。

「いいねぇ、身体強化。でも、これに頼ってばかりになりそうで怖いね」

「その通りだ」

 アキオはうなずく。

 彼女が、正しいバランス感覚の持ち主であることを嬉しく、また誇らしく思う。

 身体機械サイボーグ化とナノ・マシン身体強化に溺れると、兵士は破滅する。

 今まで数多く見てきた事例だ。


 ユイノにナイフを渡して、さきの説明をする。

「俺やユイノのように、体内にナノ・マシンがあれば、その効力はないから、同士討ちフレンドリーファイアーをすることはない」

「つまり、安全に、この小さなナイフでゴランを倒せる、ということかい」

「そうだ」

「わかったよ。ありがとう、アキオ」

 ユイノはにっこり笑った。


「行こう」

 ナイフを装着し終わったユイノに声をかける。

「いつでもいいよ」

「俺が先に走るから後からついてきてくれ。最初は呼吸が苦しくなるかもしれないが、すぐ楽になるはずだ。苦しい間は、吸うことを意識せずに、肺の中の空気を全部出すよう意識すると、多くの酸素を取り込める」

「わかったよ」

 アキオは、最初はゆっくりと、徐々に速度をあげて、数分後にはすさまじい速さで走り出す。

 振り返ると、ユイノは、紅い髪とコートの裾を風になびかせ、形の良い脚を閃かせながら、楽しそうについてきている。

「こんなに気持ちよく走るのは初めてだよ!アキオ」

 アキオはうなずき、少し速度を上げる。


 数分で、アイギスのデータ解析によるゴラン集結地に到着した。

 樹の陰に隠れながら、そっと進むとゴラン4体が巨大な樹の根元に座って、何かをむさぼっている姿が見える。

 どうやら、人間、おそらくは盗賊を食っているようだ。

 視力を強化し、判別できる限りの死体の中に女性が混ざっていないことを確認する。


 ユイノがアキオの肩に触れた。

 彼は、その小さく震える手をおさえ、大丈夫だ、というように軽くたたいた。


 アキオは、RG70をおろすと、静かに肩づけする。

 ゴランごときに無駄な時間を使うわけにはいかない。


 距離はおよそ50メートル。外す距離ではない。

 寒冷地用に手袋をはめたまま撃てるよう用心鉄を広げたトリガーに指をかけ、少女の頬に触るようにやさしく引き金を絞った。

 跳ね上がる銃身を力とタイミングで抑え、4連射する。

 一瞬、白くなった視界の向こうで、魔獣4体の頭が霧散むさんするのが見えた。


「行くぞ」

 固い表情のまま目を丸くするユイノに声をかけ、アキオは走り出す。

 今、発した銃声は、静かな樹林の半径3キロに響きわたっただろう。

 銃声を聞かれたからには、敵は警戒を強めてアキオたちを迎え撃つはずだ。

 ゴランも野盗も。

 

「アキオ!すごいね。ゴランが一瞬で――」

 一時の緊張から解き放たれたユイノが興奮した声で叫ぶ。

「長い間、こればかりやって来たからな」

 アキオは自嘲気味に笑う。


 少年兵として従軍して以来、20年の間、殺し続けてきたのだ。

 殺し、壊すだけの前半生。

 その間に作ったものといえばノーンボック架橋作戦でメコン川にかけた浮遊橋脚橋ポンツーンくらいのものだ。


「まだ、ゴラン3体と賊が残っている。気を抜くな」

 アキオのすぐ後ろを走るユイノに声をかける。

「わかったよ、アキオ!」

 舞姫ダンサーの元気な声が森に響く。

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