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026.改造

 アキオがケルビのハーネスをつけている間に、ユイノは私物を御者台の荷物入れに入れて、ラピィに挨拶をする。

 舞姫ダンサーはケルビに慣れているようだ。


「あ、アキオ、ひとつ聞いてもいいかい?」

「なんだ?」

「『ナノクラフト』で、食べ物を新鮮なまま持っていくことはできるのかい?」

「できる」

「じゃ、ちょっと待ってておくれよ。すぐ戻ってくるから」

 そう言い残して髪に青い布を巻いたユイノは、風のように駆けだす。

 あっという間に庭を出て行ってしまった。


 踊子ダンサーの姿が消えると、アキオは宿屋に戻り、ザックとライフルを持って受付に行く。

 支払いその他の手続きをしようとすると、すべてダンクの手配で終わっていると告げられた。

 アキオは了承して出発することにする。


 庭に出て馬車の御者台に乗る。

 荷物はいつも同様、御者台の荷物入れにしまった。

「アキオ!」

 出て行った時と同様、風のようにユイノが駆け戻ってきた。

 手に何か袋を持っている。

 ユイノは素早く御者台に上り、アキオの隣に座った。


「この2つを新鮮なままにしてくれないかい」

 袋を開ける。

「これは?」

「ラズリとピロシュさ。この街で有名な店の甘味だよ」

「わかった」

 なぜ、こんな菓子が必要なのかわからないが、ユイノの言うとおりにする。


「これで、7日間はもつ」

 処置を行ったアキオは断言した。

 実際は300年以上保管可能となる。

 アキオがある目的のために、最初に生み出したナノ技術を応用したものだ。


「ありがとう、アキオ。きっとこれが役に立つはずさ」

 ユイノが良い笑顔で言う。


 ラピィに声をかけ、通りに出た。

 街門で、通行をふさいでいた衛士は、アキオの顔を見ると、手を振って通してくれる。


「あ、あの、アキオ?」

 門を過ぎてしばらくすると、ユイノが珍しくためらいながら話しかけてきた。

「お願いがあるんだ」

「なんだ?」

「あんたのコート、それアキオが自分でつくったんだろう?」

 アキオはうなずく。

 朝、尋ねられた時に、そう答えたはずだ。

「手持ちの材料で作った。案外簡単だったな」

「あの、あのね、あたしも同じようなコートが欲しい……」

 胸の前で手を組んでユイノが言う。

「ユイノはコートを持ってないのか?このあたりはまだ寒いだろう」

「コートは持ってるさ。でも、そうじゃなくて――」

 ユイノは言いよどむと、

「あんたと揃いの服が欲しいんだ」

 アキオは少し考える。

 どうせ連れていくなら、安全性が高まるようにしてやった方がよいかもしれない。

 彼とキイのコート、仮にナノ・コートと呼んでおく、なら、挟み込むナノ・ジェルへのプログラムで防寒、防暑、防汚、防刃機能を持たせられるし、前に作ったときのデータもある。

「わかった。しかし、おれは馬車を操車しなければならないから、今は作ることはできない。落ち着いてから製作することになるが、いいか?」

「あたしが馬車を操車できるよ。移動しながらじゃできないかい」

 アキオはしばらく考えて、

「たぶんできるな。ではそれでいこう」

 これからの旅は、それほど危険なものにはならないと思うが、念のためだ。

 早めに防御機能のついた衣服をユイノに着せたほうが安心だろう。


 いまのラピィの速度で、アイギスの着弾場所までは、およそ50分。

 それから、さらに20分ぐらいガブン寄りから緊急の信号弾が打ち上げられている。

 おそらく、そのあたりにゴランが出没し、盗賊の隠れ場所があると考えられる。

 だとしたらアイギスを利用できるはずだ。

 ミーナは、この機会に、アイギスのセンサーをフル稼働させて、ミサイルの飛行地域の情報を収集しようとするはずだ。

 その情報にアクセスできれば、上空からセンシングしたゴランと盗賊の動きを知ることができる。


 以前のデータを利用できたので、ユイノのコートは20分ほどで完成した。

 その間、1度だけ、マーナガルの襲撃を受けたが、あっさりと避雷器パラトネと短剣で殲滅せんめつした。銃を使わないのは音を立てたくないからだ。ユイノがアキオの戦闘をみて大喜びする。

 黒犬が出るということは、あたりにゴランはいないということだ。


「さすがだねぇ、ぴったりだ」

 馬車の中に作った鏡の前で、ユイノは、ナノ・コートを身に着けて、くるくる回りながら言う。

 嬉しそうだ。

 アキオは、今は御者台で馬車を操車している。

「色はどうする?」

 前を向いたままアキオは尋ねる。

 コートは、まだ、万能布の色であるグレーのままだ。

「そうだね、やっぱり赤かな。髪の色に合わせたいんだ」

(髪にあわせると真紅スカーレットか。美しいが派手すぎないか?)

 そう思い、

「無理に髪色に合わせなくていいぞ」

「うーん」

 ユイノは少し考えた後、

「やっぱり赤にするよ」

「そうか。髪の色に合う別な色でもいいと思うが――」

「アキオも黒髪に黒のコートじゃないか!」

「そうだったか?」

 アキオは虚を突かれる。

 彼は、単に夜間迷彩にもなる黒にしただけだ。

「そうだよ。アキオの髪は、綺麗な漆黒だからね」

 言われて、アキオは、いまさらながら自分の髪色に気づいた。

 長らく白と黒のメッシュだったのだが、変装をくりかえすうちに、いつのまにか黒になっていたようだ。

 まあ、彼にとってはどうでもよいことなのだが。


 結局、彼女の希望通り、真紅スカーレットが基調カラーのコートになった。

 アーム・バンドを操作して、ユイノのナノ・コートの色を変える。


「どうだ?」


 馬車の進行をラピィに任せてアキオは振り返る。

 道なりに安全に進むだけなら、彼女ラピィに任せていて問題ない。


「いいねぇ。アキオ!」

 ユイノは、真紅になったコートを着て、鏡の前でさまざまなポーズをとる。

「似合ってるかい?」

 身体ぴったりに作られた伸縮性のあるコートが、ダンサーの動きにつれて素晴らしいラインを浮かび上がらせる。

 形よく膨らんだ胸とそこから続く細いウエスト――ユイノがくるりと回ると、細い肩からくびれたウェストへ流れつつ可愛い腰へと続くラインが見える。 


 腰回りには、まだ成熟した色気はないから、まさしく妖精のような感じだ。


 小柄な紅い炎の妖精だ。


 アキオは、昔、彼女・・が好きだったおとぎ話の挿絵を思いだす。

「――妖精みたいだな」

 思ったままの感想を述べると、ユイノは突然ポーズをとるのをやめて、素早く荷台から御者台に上り、アキオの横に座って腕に抱きついた。

 そのまま腕を締め上げる。

 小麦色の頬がほんのり赤い。

「ありがとう、アキオ」

「ダンサーなのに、人に見られるのが恥ずかしいのか」

 アキオが意外そうに言う。

「い、いや、恥ずかしくなんかないよ」

 そう言ってから、うつむいて小声で続ける。

「お客じゃなく、あんたに見られるから恥ずかしいんだよ」

 すぐに顔を上げて、

「でも、褒めてくれてありがとう」

 ニッコリ微笑んだ。

「うれしいよ。本当に!」

 きらめくような笑顔を見せる赤髪の美少女を見て、アキオは目を細める。

 自然にウェーブのかかった豊かな髪が、穏やかな馬車の揺れに応じてなびく。

 これだけ喜んでくれるなら、作った値打ちがあるというものだ。


「そろそろ目的地だ」

 アキオは言った。

 コートを作りながら、ユイノには、今後の、おおよその予定は教えてある。


 アーム・バンドで時刻を確認する。

 あと30分ほどで、アイギス・ミサイルが到着するはずだ。


 地形を見て座標を確認し、道かられて石だらけの荒野を進む。

 ここまで人影は一切目にしない。

 ゴラン警報がでているのだから当たり前だ。

 その意味でアキオたちは幸運だった。


「ここだ」

 アキオは荒野の土が盛りあがり、崖のようになった場所に馬車を停めた。


「あと10分足らずだ。しばらく待とう」

 そう言って、御者台から降り、馬車の横で仰向けに寝転がって空を見る。

 頭の下に手を差し入れて枕にする。

 コートが汚れるかもしれないが、どうせナノ・マシンがきれいにしてくれるので問題はない。

 隣で小さな音が鳴った。

 横を見ると、ユイノも同じように並んで寝転んでいる。


 それから数分、二人とも黙ったまま空を眺めていた。


 やがて――


 空の彼方から金属音が聞こえ始め、小さな点が現れる。徐々にそれが大きくなった。

 アイギス・ミサイルだ。

 やがて銀の点は、視力強化しなくても視認できるほど大きくなり、細長い長方形のロケットの形になる。

 その後、ロケットの先頭部からガス噴射が行われ、頭を上に向け始めた。

 そのまま、時速40キロ程度でアキオたちの近くの丘に着弾する。

 ぶつかる寸前にさらに逆噴射をしたらしく、それほどの音も衝撃もなかった。

 見事なロフテッド軌道後の着陸だ。

 アキオはミーナの飛行プログラミングに感謝した。


 少量の土ぼこりが収まると、アキオはミサイルに近づいた。

 そっと、機体に触れる。

「少し熱いから、しばらく待って作業にはいろう」

「すごいねぇ。これが、ミサイル、ってやつかい」

「そうだ、これを使って馬車を作り替える」

「難しいのかい」

「いや、ミサイルを三分割して馬車に入れ、放置するだけだ」

「うーん、簡単そうだね?たぶん」

 ユイノは、よくわかっていないようだ。


 ミサイルが冷却されるのを待つ間に、アキオは、アイギスにアクセスして、飛行時の情報を調べる。

 予想どおり、ミーナは、アイギスの飛行経路上において、センサー感度を最大限にして、あらゆる情報を収集させていた。

(さすがだ、ミーナ!)

 アキオはAIに感謝して、データをアーム・バンドにダウンロードする。


 20分後、手で触れられるほどの温度になったミサイルを、アーム・バンドのコマンドで、三分割する。


 空気の射出音とともに三つに分かれた各部を、身体強化して馬車に積み込む。

 一つが240キロ程度なので、なんの問題もない。

 馬車が、1トン程度の重さに耐えるのは確認済みだ。

「力持ちだねぇ」

 ユイノが感心する。

「ナノクラフトの身体強化だ」


 ミサイルを積み込むと、ユイノと共に御者台に乗り、ラピィに頼んで道にもどるコースをとる。

 ゆっくりと進ませて道に出ると、少しガブン方面に進んで荒野の先の樹林地帯に入った。

 そこから道を逸れ、森の中にしばらく進んで馬車を停めさせる。

「ここなら、人の目に触れることもないだろう」

「どうせ、ゴランのおかげで人はいないだろうけどさ」

 アキオはうなずき、

「ここで改造作業に入る。3時間ほどで終わるだろうから、その間、ラピィは馬車から離れた樹につないでおく」

「そして、あたしとアキオは女性を救出に行く、ということだね」

「そのことなんだが、ユイノはここで――」

「いやだね!」

 アキオを遮ってユイノが叫ぶ。

「あたしはあんたと行くんだ。そして、あたしが、あたしがアキオを守る!」

「――!」

 突然のその言葉は、アキオの胸を強く打った。

 それは、まさに、あの、カマラの言葉だ。

 アキオの脳裏に、共に美しいが、まったくタイプの違う二人の顔が重なって見える。

「ユイノ……」

「もう決めてるからね。何をいっても無駄だよ」

 アキオは、燃えるように赤い髪をなびかせ、燃えるように紅いコートをまとい、光る青い瞳で断言する少女に何か言い返そうとして、やめた。

「わかった。行こう」

 真剣な目でにらんでいたユイノが、ぱっと表情を変えてアキオに抱きつく。

「ありがとう。だからアキオが好きなんだ」

 アキオは、苦笑いしてユイノを離し、ラピィを樹につなぐ。

 じっとしているように、と囁くように話しかけ、いざという時には彼女ラピィが自分の判断で逃げられるように、首のバックルを緩くしておく。


 御者台の荷物入れから必要な装備を取り出すと、馬車に向かい、アーム・バンドを操作した。


 破裂音と共に馬車が透明な膜に包まれる。

 ミーナと共同開発したナノ・マシン用密閉テント、コクーンだ。


 続いてパネルにタッチし、昨夜から組み上げておいた変形コードをナノマシンに転送し、起動させた。

 低いハム音が流れて、ミサイルに搭載されたヒート・パッドが稼働し始め、コクーン内部が薄く光りだす。


「きれいなもんだねぇ」

 ユイノがうっとりとした表情でつぶやく。

「さあ、行こう」


 アキオは装備に手を伸ばした。


 アサルト・レイル・ライフルRG70を肩にかけ、キイの短剣をコートの腕のシースに、そして、念のためのSUGガウエルP336を腿に着けたホルダーにす。

 少し迷ったが、結局は持って行くことにした薄いエクストラ・ナノ・パックケースを背負う。色はツヤ消しの黒(マット・ブラック)だ。


 かつてアサルト・ライフルと呼ばれた軍用小銃は、大口径化した際にバトル・ライフルとなり、電磁力による射出機構を備えて、アサルトの名称に戻された。

 RG70は、M16アサルト・ライフルを生み出したコルト社が地球最大国家のトルメア共和国に吸収されて生まれた名銃だ。


 P336は、294年前まで地球の永世中立国と呼ばれた国の製品で、アキオの母の故郷の軍用銃として採用されたこともある拳銃の後継機だ。ライフル同様、火薬から電磁射出機構に替えられた際に、名称をガウエルに変更された。


 共に、アキオが少年兵の頃から愛用する、信頼に値する武器だ。


 向かうべき場所は分かっている。

 ミーナがアイギスに集めさせた情報から判断して、この場所からガブン寄りに5キロの地点だ。

 その手前に、ゴランがいるらしい。


 計画は単純シンプルだ。

 まず、ゴランを殲滅せんめつして、盗賊を殺処分する。

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