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025.探索

 その後、アキオは明け方までかかって、馬車のレイアウトとデザインを検討ブラッシュ・アップした。


 あらかじめ、ミーナからナノ・マシンを使った馬車改造の原型プロトタイプは、データとしてアーム・バンドに送られていたのだが、実際に使う立場で、より使いやすいものにしておきたかったのだ。


 今回の、アイギスミサイルによる馬車改造は、それほど難しくない。

 要するに、外見は今までの馬車のまま、その内部を、ジュラルミン製のミサイル自身と搭載された材料をナノ・マシンによって分解したのち、仕様書どおりに再構築するだけだ。


 一般的に、微細なナノ・マシンで大規模な工事はできない。


 通常は量子レベルで動き、普通の物理法則からは影響を受けにくいとはいえ、やはり風には弱いし、なによりナノ・マシンは致命的に『力』がないからだ。

 それこそ、『魔法』のように、霧のようなナノ・マシンが馬車を取り囲んで、あっというまに改造終了、などということはありえない。


 だが、条件さえ整えてやれば、ナノ・マシンで、小規模なモノ作りは可能だ。

 閉鎖空間にナノ・マシンと霧状にした材料を飽和させ、熱を加え続ければ、かなり自由度の高い加工が行える。


 馬車の内部に、熱源と分解したミサイルおよび材料を運び込み、プログラム・コードを書き込んだナノ・マシンとともに密閉して加工するだけだ。


 熱源のパワーにもよるが、数時間もあれば改造は完了するだろう。


 巨大な月が地平線に沈み、太陽が上がるころ、ユイノが目を覚ました。

「う……ん」

 小さい伸びをして、ぱっちりと目を開ける。

「おはよう、アキオ!」

「よく眠れたか?」

「ぐっすりだよ」

 そう言って、流れるような動きで寝台から滑り降りると、アキオに近づき、彼が見ていたアーム・バンドのディスプレイをのぞき込む。

「なんだいこれは?」

「これもナノクラフトだ。今日中にする作業を決めていた」

「ゆうべは寝なかったのかい?」

「やることがあったからな」

「一緒に寝てくれたって罰はあたらないのにさ」

 ユイノが、冗談まじりに軽くにらむが、アキオはそれを無視する。

「俺は寝なくても平気なんだ」


 ユイノに顔を洗いに行かせ、アキオはその間にレーションによる朝食を用意した。

 若返った彼女が外で朝食を食べるのはまずいだろう。


「おいしいね、これ!」

 ユイノがレーションを食べて目を丸くする。

「馬車で移動する合間に食べる食事だ」

「これが毎日食べられるなら、旅行も悪くないね」

 どうやら、軍用レーションは、この世界の人間に好評なようだ。


 食事を終えると、ユイノにこれからの予定を尋ねる。

「姿も変わったし、もうあの舞台にも立てないからねぇ。旅に出るよ」

 そう言って、彼女は椅子から立ち上がった。


「とりあえず、宿に寄って荷物を取ってくるよ。新しい名前で旅に出るとしても、シャランにはあたしが元気だって伝えておきたいのさ。心配してるだろうから」

 シャランとは、アキオにユイノを助けてくれと頼んだダンサーのことだろう。

「あの娘とは宿も同じだしね」


「今夜からの仕事については、俺がダンクにうまくいっておこう」

 アキオは言った。

 通行文つうこうもんの件で、薄々、あの男は察しているだろうから、それほど問題はないはずだ。


「金の支払いはどうなってる」

「あたしは自由契約フリーランスだからね。毎回出演後にその日の出演料をもらうのさ、だいたいどこでもそうだね」

「では、そっちは問題ないな。ジロスの方も大丈夫だろう」

「ありがとう。アキオ」

 そう言ってから、壁に作ったままの姿見に映る自分の姿に気づき、

「ついでに、服もいくつか買ってくるよ。これじゃ、ちょっと地味すぎるからね」

という。


「行く先は、どこにするつもりだ?」

 アキオが問うと、ユイノは指を頬に当てた。

「そうだねぇ。とりあえず、王都に向かおうと思ってる」

「サンクトレイカの王都か?」

「そう、シルバラッド。だから、まずはこの街の隣のシュテラ・ゴラスに駅馬車で行くつもりさ」

「わかった」

「じゃ、荷物を取って来るよ」

「ユイノ!」

 立ち上がって、出ていこうとするユイノをアキオが呼び止める。

「なんだい?」

 アキオは万能布を差し出した。

「これで髪と顔を隠して行くんだ。君の髪は目立つからな。友達にも、なるべく顔を見せない方がいいだろう」

「ああ、そうだね。若くなった、なんて言っても信じないだろうし――」

 ユイノは青く色を変えた布で髪を隠し、弾むような足取りで部屋を出ていった。


 それを見送ったアキオは、ダンクを訪ねることにする。

 事務所に彼はいなかった。

 今日は屋敷にいるというので、そちらへ向かう。

 教えられてたどり着いたダンクの家は、例によって黄色いレンガ造りの建物だった。

 しかしその大きさは巨大だ。さすがにナンバー2の富豪、権力者だけのことはある。

 玄関で名前を告げると、執事らしき黒服の男に客間に案内された。


「昨夜はお暴れになられたようで……」

 アキオを出迎えたダンクが笑いながら言った。目は笑っていない。

 ジロスのことを言っているらしい。

「何のことだ?昨夜ゆうべは酒場に行ったが、目当ての踊子ダンサーはいなかったから早々に寝てしまったが……」

「まあ、そういうことにしておきましょう。ジロスは、わたしの配下なんですが、最近、行き過ぎた言動が目立ちましてね。今回のことは良い薬になったでしょう。被害らしい被害もありませんでしたしね。しかし――」

 ダンクは、ぐっと身を乗り出す。

「アキオさん、あなたはお強いんですな。傭兵だと言っておられたが、わたしは信じてなかった。てっきり薬師くすしか医術師だと思っていたんです」

「そのとおりだ。戦うよりも、薬で傭兵仲間を助ける方が得意だな」

 アキオのとぼけを無視して、ダンクが言う。

「アキオさん、昨日の約束、覚えておいでですか?」

「もちろんだ」

「では、今から『お返し』をしていただけますか?」

「いいさ、やろう。用件をいえ」

 アキオの即答にダンクは驚く。

「内容も聞かず、先に返事をされていいんですか?」

「俺が困っているとき、あんたは助けてくれた、あんたが困っているから今度は俺が助ける。それだけだ」

「それをいったら、先にわたしが病気を治してもらったんですがね」

 ダンクは苦笑する。


「内容は?」

 アキオは尋ねる。

「人を探して助け出してもらいたいんです」

「この街の話ではないんだろう?」

「もちろんです。それなら簡単に見つかる。場所は、シュテラの外、魔獣のいる荒野です」

「どのあたりだ?」

「シュテラ・ザルスを出て、ガブン方面へ少し行ったあたり、ということまではわかっているのですが」

 アキオはうなずいて先をうながす。

「昨日、わたしの賓客ひんきゃくが、ガブンからこの街へ向かう途中に野盗の襲撃を受けたのです」

「なぜ、それがわかった?」

「襲われた時点で、護衛がスパロを飛ばしていますので」

「スパロ?」

 聞くと、複数の魔法使いが、最大火力の火球アータルを空高く放つ非常信号のことらしい。

「いつだ?」

「昨日の朝のことです」

「この街の兵力を使えば、野盗ぐらい簡単に制圧できるだろう?」

「もちろん、そうです。ですが、今は、誰も外へ出られないんです」

「なぜだ?」


 アキオの問いに、ダンクが椅子から立ち上がり、窓に近づくと外を指さす。

 その時、アキオは、ダンクの指が小刻みに震えているのに気づいた。

 よく見ると、隠そうとしてはいるようだが、秀麗な顔に憔悴しょうすいの色が隠しきれていない。

 彼の指の先には、赤地に黄色い対角線が引かれた旗がたなびいていた。

「あれは?」

 あまりに何も知らない自分に、ダンクは疑問をもつだろうな、と思いながらもアキオは尋ねる。

警報旗けいほうきです。昨日の昼からゴランが出ているんです。しかも7体も。だから今、ガブン方面への道は封鎖されています」

 そういえば、ゴランが出没すれば警報が出るとリースが言っていた。

「傭兵を使って捜索はできないのか?ゴランを警戒しながら」

「ゴラン退治のための派兵はできますが、この街の通常使用する兵力で扱えるのは4体までです。ここは、傭兵街のシュテラ・ナマドではありませんから。捜索のためだけにゴラン7体がうろつく荒野に人を出すことはできません。たとえ、それがどれほど重要な人物であっても」


 この街の傭兵が扱えるゴランは4体までらしい。

 1分隊スコードあまりの人数で、5体のゴランと戦わされたキイは、やはり消耗部隊(エクスペンダブルズ)だったのだ。


 アキオは尋ねる。

「その賓客ひんきゃくが、野盗もろともすでにゴランに襲われて全滅している可能性は?」

「可能性はあります。しかし、野盗どもはこの地域に慣れている。ゴラン出現に気づいて、早々にアジトの洞窟に逃げ込んでいる可能性の方が高い」

「危険な魔獣が現れたなら、襲撃した人間などゴランに投げ出して、自分たちだけで逃げるのでは――」

「それはない!」

 ダンクは叫ぶように言って、

「それはないのだ」

 もう一度、絞り出すように言う。

 アキオは、ダンクの額に滝のように汗が流れているのに気付いた。冷や汗だ。

「なぜだ?」

「来賓二人は女性だからだ。若く、美しい」

「なるほど、そうか……」

 アキオは納得した。

 もちろんそうだろう。野盗が、せっかく手に入れた美しい女たちをゴランに食わせて逃げるわけがない。

 必ず、連れ帰って、やるべきことを実行するだろう。

 アキオの従軍した戦争でもそうだった。弱者は蹂躙じゅうりんされる。

「はっきり言え、誰が拉致されてる」

「一人はミストラ・ガラリオ、王都からわたしが招いたガラリオ伯爵の令嬢です。そしてもう一人は――」

 ダンクは苦悩に頬を痙攣させ、続ける。

「ヴァイユ・モイロ。わたしの娘です」

 言いながら、ダンクは机を叩いた。

 制御していた感情が一気に爆発したようだ。

 最初の夜に、彼が早くに妻を亡くして独り身であることは聞いていた。

 ヴァイユという娘は、おそらくその妻との子供だろう。


「わかった。すぐ出よう」

 アキオは言った。

 どうせ、向かうのはアイギスがやってくる荒野と同じ方角だし、ゴランなど何体いても大したことはない。


「君は簡単にいうが――失礼ながら、今回の件を頼むにあたって、君のことは調べさせてもらった。君がこの街にくる途中、何体ものマーナガルを倒したことは知っている。しかし、相手はゴランだ。マーナガルとは段違いに危険だ。さすがに強要はできない。わたしはわらにもすがりたい気持ちで君に頼んでいるんだ」

「大丈夫だ。任せろ」

 ダンクはアキオを見つめ、

「子飼いの部下がいる。傭兵ではないが30人ばかり。わたしのためには命もかけてくれる部下だ。彼らを君の下につけるから――」

「必要ない。独りで充分だ」

 アキオは軽く言う。

「それよりも確認だ。今回、俺は傭兵として依頼を受ける。依頼内容は、野盗から女性二人を救出する、ということでいいな。途中、ゴランが邪魔になれば排除するが」

「そうです」

「野盗はどうする。生け捕りにするか?」

「いや……」

 そういって、ダンクは秀麗な顔を鬼のような形相に変えて声を絞るように言った。

証人・・は、すべて殺して欲しい」

「了解した」


 本来、拉致された人間の命を思うなら、兵力で強襲するより身代金を払って取り戻す方が安全だ。

 特に、最初から営利目的か、相手が人質の値打ちを知っている場合には。

 良い交渉人ネゴシエイターにかかれば、人質殺害のリスクは、ほぼ無くなる。


 だが、事態の長期化を望まない家族も多い。

 特に旧弊な社会に住む金持ちや貴族たちは。


 地球での傭兵時代、バックアップについた交渉人ネゴシエイターが言っていた言葉を思い出す。

『長引けばそれだけ、彼女たち(・・・・)が傷物になったことを世間に知られる可能性が増える。たとえ、最初から営利目的で女性たちが無事であったとしても。だから、彼らの多くは人質の命を危険にさらしても短期解決を望むのさ』


 今回の野盗たちが、営利目的で計画的、つまり、現時点で女性たちが無事かどうかはわからない。

 ゴランは、すでに楽観的な考えを捨てているようだ。

 いずれにせよ、彼は、一人たりとも野盗たちを生かすつもりはないのだ。


 衛士へは、アキオの通行を許可するように伝えておくとゴランはいい、

「おい!」

 彼の合図で、部屋の隅に控えていた執事らしき男が、数羽の鳥が入った鳥籠バードケイジを持ってくる。

「ガルです。連絡用に使ってください。通信文のカプセルは、籠の下の引き出しに入っています」

 伝書バトのようなものらしい。

「わかった」

「謝礼は――」

「不要だ。これは、借りを返す行為だからな。任務が終わって、それが希望に近ければ、いくらか包んでくれたらいい」

「欲のないことだが……」

「では、用意をしてすぐに発つ」

「頼む」


 屋敷を出てから、アキオはダンクに、ユイノの件を話し忘れたことに気づいた。

 まあ、ダンクのことだから、そのあたりは察してうまくやってくれるだろう。

 今は、それより重要な案件があり、彼の頭はそれでいっぱいのはずだ。

 

 アキオは鳥籠を手に、駆けるようにして宿屋に戻った。

 いつものコートを身にまとい、ラピィを引き出していると、荷物を持ってユイノが現れる。

 普通に歩いているだけなのだが、その軽やかな身のこなしから、彼女の周りにだけゆるやかな風が吹いているようだ。

「宿屋から荷物を取ってきたよ」

 さすがに旅慣れていて、荷物は大きめのバッグが1つと、肩から掛けたポーチだけだ。

 服は、上が淡い花柄のシャツで、下は長めのふわりとしたスカートに着替えている。

 まるで田舎の少女のように素朴な感じだ。とても歓楽都市の舞姫には見えない。

 アキオは、ダンクから仕事の依頼を受けたことを彼女に伝えた。


「さらわれた女たちを野盗から救出?じゃあ、あたしも行かないとね」

 ユイノが目を輝かせる。

「駄目だ。野盗はともかく、ゴランが7体も出てるんだ。危なすぎる」

「でも、あんたは独りでいくんだろ?」

「そうだ」

「勝算もあるんだ」

「まあ、そうだ」

「だったら、あたしも行く!」

「駄目だ、ユイノ。だいたい君は俺が強いかどうかも知らないだろう?」

「ジロスの手下をやっつけたじゃないか!」

「あれは人間だ」

「大丈夫。あたしはアキオを信じてる。あんたは絶対強い」

「根拠もなく信じるのは危険だな」

「アキオ――」

 ユイノが目に力を込めて言う。

「根拠も証拠もいらない。『信じる』ってのはそういうことなのさ」

「馬鹿な……」

「根拠があったら、それは予想だよ。根拠がないから『信じる』なんだ」

「無茶苦茶だな――駄目だ。連れてはいけない」

 言い切るアキオに、ユイノが食い下がる。

「だいたいさ、アキオ、あんた分かってる?野盗にさらわれた女の扱いを」

「死んでいなければ、どうとでもなる」

「やっぱり!そんな簡単なわけないよ。わかるだろ?若い女が野盗にさらわれたらどんな目にあわされるか」

「知っているさ。しかし無事かもしれない」

「そんなわけないさ」

 ユイノは断言する。

 やはり、この世界では野盗による拉致すなわち暴行ということなのだ。

「だが、問題ないな。身体はもとに戻せる」

 ユイノは、額に手を当てて天を仰いだ。

 アキオは、すごく優しい。それは間違いない。だが、時に人の心がまったくわからない言動をする。おそらく、心のあちらこちらに穴が開いているのだ。

 ならば、自分が、その穴を埋めなければならない。

「身体じゃないんだよ。心だよ」

「心はナノクラフトではどうにもならない。しかし、依頼は救出だからな。あとは父親がなんとかするだろう」

「アキオ!」

 ユイノは声を荒らげて、

「それじゃ駄目なんだよ。最初の手当てが大事なんだ。心のね。だから、あたしに任せて。ダテに何十年も舞踊団として各地を移動してきたんじゃない。何度も襲われた女の子たちを見てきたんだ。年の功もある。やるよ!」

 傲然ごうぜんとそう宣言するが、幼さの残る17の少女が胸をそらして言ってもサマにならない。

「ユイノは男を知らないんだろう」

「それは関係ないさ!とにかく、あたしはアキオについていくからね。あたしの旅はそれから考える」


「ユイノ、君は傭兵じゃなく、ダンサーだ。昨日の今日で、危ない目に合わせるわけにはいかない」

 彼女は、ふん、と鼻を鳴らした。

「アキオ、あんたに見せたいものがあるんだ。ちょっと、こっちに来ておくれ」

 そう言って形のよい顎をしゃくる。


 ユイノは、アキオの手を引いて庭の端まで歩いた。

 アキオに離れているように言うと、何本か植えられている樹々の前に立つ。

 リラックスした様子で呼吸を整えた。

 優美に長い手足と相まって、その立ち姿だけでも絵になる。


「いくよ!」

 ユイノは叫ぶと、いきなりジャンプして横回転した。

 長い脚が風車のようにひらめき、スカートがひるがえる。

 ユイノの左手が、一瞬見えた太腿ふともものガーターベルトに伸びる。

 ベルトには十本余りの細いナイフが取り付けてあった。

 そのまま、彼女の手が弧を描き、同時に樹の一点に5本のナイフがそろって突き立つ。


 地面に降りたユイノは、今度は背後に向かって高く飛び、空中で回転しながら左手をひらめかせ、反対側の樹に向けてさらなる5本のナイフを投げた。

 そのナイフも樹の一点に突き刺さる。

 綺麗に着地し、両手で一瞬、スカートを跳ね上げて、両足のベルトのナイフを手にすると、左右の樹に同時に投げ、突き立てた。


「どうだい?アキオ」

 体を起こし、呼吸を吐いて、アキオに尋ねる。誇らしげな表情だ。

「美しいな。まるで舞っているようだ」

 アキオが素直な感想を述べると、一転、ユイノは身を小さくして照れる。

「そ、そうかい?ありがとうアキオ。嬉しいよ」

「しかし、下着が見えるな。それはいいのか?」

「し、下――いいんだよ。今のはわざとアキオに見せたんだ」

 そう言う割には、小麦色の顔にはっきりとわかるほど血を登らせている。


 アキオは彼女の動揺にはかまわず、

「投げナイフか。なかなかの腕だ」

腕前を評価する。

 ユイノは、その誉め言葉に可愛い笑顔を見せた。

「だろう?この技は、しばらく一緒に旅した曲芸団の娘に教わったんだ。舞踊団のキャラバンといっても、危ない場所を通って旅をするからね。だいたいは傭兵を雇うんだけど、予算の関係で、人数が少なくなってしまうこともあってね」

「ああ」

「そんな時は、あたしも護衛の役目をはたしてたのさ。どうだい」

 にっこり微笑む赤毛の美少女を見ながら、アキオは考える。

 おそらく、昨夜は、死ぬつもりで、ギャングども相手にナイフを使わなかったのだろう。


 今回の依頼だが、ゴランごときなら20体来ようと何とかなる。野盗も敵ではない。

 やはり一番の問題は、彼女が言うように、野盗に女性たちが殺されずに生かされていた場合の対応だ。

 さっきは、ああいったものの、ユイノは正しい。

 アキオの時代の地球では、長く戦乱が続いたため、生き残ることを優先した教育が行われた結果、女性が乱暴されて自殺するという行為は少なくなっていた。

 この世界ではどうなのだろう。そう考えてアキオはユイノに尋ねる。

「そうだねぇ。人による、ってのが答えだろうけど……」

 ダンサーは腕を組んで考え、

「身分のある女性なら、ほぼ死ぬだろうね」

「そうか」

 今回の救出対象は貴族と富裕層の娘なので、自裁じさいする可能性が高いだろう。

 アキオに彼女たちの心の対応はできない。

 せいぜいナノ・マシンを使ってエンドルフィンを分泌させ、様子を見て、セロトニンとメラトニンを追加する程度だ。

 それもバランスを崩すと、すぐに鬱病うつびょうを誘発する。まったく、脳科学とナノ・マシンの相性は悪すぎる。


 アキオは決断した。

「一緒にきてくれ」

「分かってくれてうれしいよ。安心しておくれ。あたしは役に立つから」

 そういって、ユイノはアキオの前でくるりと回る。スカートの裾が美しい円を描いた。

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