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024.爛漫


 体をかがめ、首と膝の下に手を差し入れると、アキオはユイノをそっと抱き上げた。

 再び身体強化させて、彼女を抱いたまま走り出す。

 疾風のように路地を駆け抜け、宿屋の裏手に着くと片手でユイノを背中に背負う。すでに骨折は、ほぼ修復されているようだ。

 そのまま、空いている方の手で壁の突起をつかんで、フリークライミングの要領で、やすやすと2階へたどりつき、壁を回り込んで自分の部屋の窓に向かった。

 窓にカギは掛けていない。

 部屋に入り、ベッドに寝かせる。

 ナノ・マシンに命じて髪と顔の色をもとに戻した。


 しばらくして、ユイノが意識を取り戻す。


「ああ、あ、アキオ?ここは?」

 ナノ・マシンが急激に骨折を修復しているが、その変化に慣れないユイノは意識を朦朧もうろうとさせているようだ。


「宿屋の俺の部屋だ。君が怪我をしたから、今、治しているんだ」

「ああ。そうだ。あたし、手も足も折られたんだ。もう踊れないね」

「そんなものはすぐ治る。今は少し眠るんだ」

 そう言って、アキオはナノ・マシンに命じてユイノを眠らせた。


 3時間後、アキオはユイノを覚醒させる。

「う……ん……アキオ?」

 ユイノは可愛く小さな伸びをして目を覚ました。

 が、すぐに、はっとして、

「そうだ。あたし、あいつらに手と足を折られて――」

 言いながら、慌てて身体を起こす。

「でも、あれ?折れてない」

「もう治った」

「どうして――まさか、あんたの治療魔法って本当だったのかい?」

「俺は君に本当のことしか言っていない」

「あいつらは?」

「路地で寝ている」

 アキオの言葉に、ユイノはほっとため息をつく。

「でも、どのみち、わたしはもうこの街には居られないね。ジロスに盾突いたんだから」

「それは心配ない」

 そう言って、アキオは一枚の紙を取り出す。

「それは――証文?」

「そうだ、さっき、ジロスとか言う奴のところに行ってきた。穏やかな話し合いでカタがついたよ。話の分かる男だ、ジロスは。ユイノに痛い思いをさせて悪かったと金までくれた」

 そう言って、アキオは、重そうな布の袋をベッドの上に置く。

 証文の端に飛んだ血しぶきは指で隠した。

「なぜ、俺にジロスのことを話さなかった?」

「人に頼るのは嫌なのさ。性分だね」

「死ぬ気だったな」

「……」

 ユイノは答えない。

「だから、ジロスに逆らった」

 アキオはきつい調子でいう。


 死は醜い。美しい死などない。それがアキオの300年に及ぶ人生の結論だ。そんな醜いものの爪鉤かぎづめが、ダンサーの素晴らしい技に、体に突き立っていいわけがない。


 ユイノはふっと表情を緩めるとお手上げ、というように手をあげた。

「わかったよ。あんたにはかなわない」

 そう言うと、踊子ダンサーは吹っ切れたような明るい笑顔を見せる。

「怪我も治してもらったし、もう馬鹿なことは考えないよ。ありがとうアキオ。今度は、あたしが大きな借りを作っちゃったね」

「そう思うなら、ひとつだけ俺の言うことを聞いてくれ――君に何をしても怒らないと」

 ぱっとユイノが顔を輝かす。

「いいよ、あたしを好きにして!」

「本当に?」

「もちろんさ。グダグダいうのは嫌いなんだ」

「そうか。良かった。では、ユイノ(・・・)許してくれ(・・・・・)。実はもうして(・・)しまったんだ」


 ユイノは一瞬、あっけにとられていたが、大きな瞳をさらに大きくし、

「え、あ、ええっ。でも、そんな、寝ている間になんてあんまりだろ。特に変わりはないし――えーつまり……あれは、そういうもんなのか?」

 慌ててパタパタと体のあちこちに触れる。

 その様子に、アキオは微笑みを浮かべ、

「安心しろ。君の体には触れてない。しかしユイノは若いな、精神きもちが。そして、そこが可愛い」

「馬鹿だっていうんだろ」

 ユイノが小麦色の肌を赤く染めて言う。



 その顔をじっと見ながらアキオは黙り込み、しばらくして口を開いた。

「昔、こんな話を聞いたことがある。ある猫が老衰で死んで、あの世で目を覚ましたら――」

「猫?」

「この世界のポジに似た生き物だ――とにかく、目を覚ましたら10代の若者になっていた。そこへ老人がやって来た。話してみると、彼は若いうちに死んで、その世界に来たばかりだという」

「どういうこと?」

「その世界では精神の若さが外見となる。つまり、老衰で死んでも最後まで気持ちが若ければ、その魂は青年で、若く死んでも気持ちが老成していれば、その魂は老人ということだ」

「ふうん」

「つまり、気持ちの若さというのは、肉体の年齢には関係ないということさ。俺の見るところ、君の気持ちは少女のままだな」

「アキオ、あんたは不思議な男だね。あんたと話してると、あたしは自分がずっと年下の小娘みたいな気持ちになるよ」


 それに答えず、アキオはユイノの手を取って立ち上がらせる。

 彼女が目を覚ます前に、壁に作っておいた巨大な姿見すがたみに導いた。

 アキオを見上げてついてくるユイノに、そっちを見ろと鏡を示す。


「実際に、ユイノは俺より年下だ」

 250歳ほどだが、と心でつぶやく。

「な、なんだいこれは!」

 姿見を見たユイノが叫ぶ。

 鏡の中では、小麦色をした、もぎたての水蜜桃のように瑞々しい頬の少女が、青い目をいっぱいに開いて口を押えていた。顔の輪郭は若さのために丸みを帯びている。伸び伸びと発達した健康的な肢体が目にまぶしい。

「見たままだ。前にも言ったろう。君を若返らせた。肉体年齢で17歳――」

「アキオ!」

「怒らないという約束だ」

「怒るなんて……」

 ユイノは茫然とした表情になる。

「やり直せ、なんて君には言わない。今のまま、ダンスを磨き、君の踊りを見る人を喜ばせてくれればいい。俺も含めて」

「あんたも含めて?」

 アキオはうなずく。

「わかったよ!」

 叫ぶようにそういうと、ユイノはアキオに抱きついてきた。

「あたしは踊り続ける。あんたのために」

「みんなのために、だよ。それと君自身のために」

 アキオは、ユイノをきつくハグしないように気を付けながら、優しく背中をたたいた。

「でもさ、アキオ。あたし聞いたんだ」

「何を?」

「あんたが助けに来てくれた時、『俺のダンサー』っていってくれたのを」

「覚えがないな」

「まったく、あんたって人は――」

 ユイノは呆れたようにいい、

「いいさ。これからあたしは、みんなのために踊る。けど、まず一番にあんたのために踊ることにするよ」

「ありがとう」

 アキオは素直な気持ちで礼を言った。


「こっちこそありがとう!」

 ユイノは叫ぶように言って、 

「アキオ!アキオ!アキオ!」

 彼の名を呼びながら、きつく抱きしめる。

 なおも、しがみついてグイグイ胸を押し付けてくるユイノの髪の毛をくしゃくしゃとかき回し、アキオは彼女を引き離してベッドに座らせた。


 自分もその隣に座ると、テーブルに手を伸ばして封筒を手に取る。

 ユイノに差し出す

「なんだい?」

「見てくれ」

 うながされてユイノは封筒を開く。

「これは!」

「君の新しい通行文だ。若返ったから、今までのは使えないだろう?これがあれば各地のシュテラに行ける。ユイノも、しばらくこの街を離れた方がいい。申し訳ないが、名前は勝手に決めさせてもらった」

「新しい名前――ユイノ・ツバキ?」

「まったく新しい名前にしようかと思ったんだが、もとの名前と重なった方が間違えずにすむかも知れないと思って、ユイノにした」

 脳裏にキイの得意顔が浮かぶ。

「違う方がよかったか?誰にも教えていないと言ってたから大丈夫だと思ったんだが」

「前の通行文の名前はカメリアだったし、あたしの本名がユイノだって知ってるのは、ダンクぐらいだから、これでいいよ」


 アキオは、ユイノの言葉でダンクの視線の意味を知った。

 通行文を頼んだ時、彼は、その名前で新しい通行文が誰の物か気づいたのだろう。


「家名のツバキっていうのはなんだい?」

「遠い俺の国の言葉で、カメリアという花の別名だ。その名前に嫌な思い出があったなら、申し訳ないが」

「昨日も言ったろ、あたしは、今までの人生の先をこれからも生きていくんだって。たとえ若くなったって、それは同じさ。だからカメリアという名前は捨てたくない。それをアキオの国の言葉に変えて、家名にしてくれたって言うんなら最高さ。ありがとう!」

 そういって、並んで座ったアキオに再び抱きつく。

「アキオ、アキオ、ああ、何だろうこれは?名前を呼ぶだけで嬉しい!」

「なんだか――全開だな、ユイノ」

 アキオがあきれる。

「今思うと、やっぱりさ、あたしは、ずっと年上だったのを気にしてたんだよ。でも、いま、あたしは若くてあんたより年下だ。だから、やりたいことを、やりたいようにやるんだ!」

 そう言って、アキオに頬ずりする。

 そのまま、下にずれてアキオの胸に顔をうずめる。

 途端にユイノは静かになった。


 見ると、スヤスヤと気持ちよさそうな寝息を立てている。


 アキオは、ユイノを抱き上げてベッドに寝かせた。

 抱きつき、大はしゃぎした結果、足の付け根までめくれ上がったスカートと、はだけた胸元を整えてシーツをかけてやる。

 数カ所の骨折治療と若返り操作レジュイヴァネーションにより、全身に蓄積された疲労が一度に彼女を襲ったのだろう。

 今まで、よく元気に抱きついてはしゃいでいたものだ。


 アキオは、あどけない顔で眠るユイノの頬を指でつつく。

 悩みから解放された彼女の爛漫らんまんさは、アキオにはまぶしい光だ。


 それは、椿カメリアというより、向日葵サンフラワーともいうべき明るさだ。


 満開フルブルームの花の輝き――


 ユイノの髪を撫でながら、目を閉じたアキオの前に、かつてドニエプル川渡河(とか)作戦で目にした一面の向日葵畑ひまわりばたけが広がるのが見えた。

 血まみれの激戦地であったはずなのに、思い出すのは不思議と静かに風で揺れる満開の向日葵ひまわりだけだ。

 その色はモノクロームだが……


「ううん、アキオ……」

 夢を見ているのか、眉をひそめながら探るように手を動かすユイノの手を握る。

 安心したように、彼の手を巻き込んでユイノは微笑んだ。

 再び、深い眠りに落ちていく。

 少女になった踊子ダンサーの寝顔を見ながら、アキオは考える。

 明るさと若さを取り戻した彼女の踊りは、これから、この冷酷な世界に生きる多くの人々に元気と希望を与えることだろう。

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