239.紅良
辺りを見渡し、シミュラが静かに言う。
「どうやら、罠にはめられたようじゃな」
アキオはうなずいた。
敵は、人間ひとりに対して、滑稽なほど愚直な物量作戦を敷いて来たのだ。
バカバカしいが、彼のようなワンマン・アーミィには有効な手だ。
アキオは、横抱きにしていた少女をゆっくりと地面に降ろすと言った。
「シミュラ――」
「聞かぬぞ。わたしも共に戦う――さいわい、この地のマキュラは豊富だ。いくらでも身体が再生できるから心配するな。シジマのコクーンもある」
そう言って、黒紫色の髪の少女は、手にした噴射杖を掲げるとにこやかに続けた。
「魔女らしく、この箒にまたがって空から攻撃することにするぞ。武器もある」
シミュラはコートの前をはだけると、体内に隠し持っていた武器を取り出してみせる。
まるで魔法のようだ。
ボッと、一斉に断崖で音が鳴った。
雷球が発射されたのだ。
だが、その数が尋常ではなかった。
空を裂く飛行音と共に、数万の光の塊がふたりに襲い掛かる。
しかし、もともと雷球は速度が遅いうえに、今は思考が加速されているため、その速度はひどくゆっくりに感じられた。
シミュラは空を覆いつくす光を見上げ、そっとアキオに身を寄せる。
「アキオ――愛してる。ダラムアルドス城で会ってからずっと」
その、普段と違う少女のような言葉遣いを聞いて、アキオは身体の向きを変え、シミュラをきつく抱きしめた。
「――うれしい」
感極まって、彼の胸に顔をうずめる少女の背中で、アキオはアーム・パッドを操作する。
「シミュラ――」
彼の呼びかけで見上げる魔女の鼻に自分の鼻を当て、アキオは続けた。
「ありがとう――すまない」
「あ」
アキオが身体を離すと、噴射杖が激しく噴射炎を吹き出し、いつの間に括られたのか、ナノワイヤーによって、杖に固定されたシミュラの身体が宙に浮いた。
「君を安全圏に連れて行くよう、噴射杖をプログラムした。おとなしくしていてくれ」
「そんな!ひどいぞアキオ、おぬし――」
凄まじい速さで加速するロケットに連れ去られ、少女の最後の言葉は宙に消えていく。
シミュラを見送ったアキオは、目を動かして空を覆う青白い光の波が怒涛のように押し寄せるのを見た。
かつてドナウ要塞で籠城した際に、夜間、四方八方からミサイルを打ち込まれるのを暗視装置で見た記憶がよみがえる。
今、飛来するのは、ミサイルではなく雷球だが――
一般に、落雷は15億ジュールのエネルギーを持つと言われている。
よって、今、彼に向かって飛んでくる雷球は、概算で数千億ジュールのエネルギーがあるはずだ。
当たるわけにはいかない。
「そろそろ来るはずだが」
彼がつぶやくと同時に、真紅の二輪が地面の一部を吹き飛ばして地下から現れた。
「地下から来るとはな」
パニガーレに飛び乗ってアキオがいう。
「それが一番安全だったの」
女性の声が応えた。
二輪に塔載されたAIだ。
確か名前は紅良。
地上に出ると同時に、アキオはソリトン波を犬笛のように使って、灌木に潜むパニガーレを呼んでおいたのだった。
短距離にしか使えないが、この方法だと電波障害が起こっていても問題なく連絡がつく。
「武器を出してくれ」
二輪にまたがったアキオが言う。
荷台に積んだ武器だけでなく、二輪自体にも強力な武器が装着されているのだ。
「わたしは紅良、そう呼んで欲しい。マスター・シジマの好きな日本画家の娘の名前をもらって――」
「武器を出せ、アカラ」
話し続けるAIをアキオは遮って言う。
加速した感覚の中の会話であっても、そうゆっくりはできない。
「了解」
言葉と共に、パニガーレの排気管を模した部分から大型のレイル・ライフルが射出された。
それを空中でつかむと肩にかけ、アキオはアクセル・グリップを全開まで捻った。
ナノ・マシンによる荒地用スパイクが長く伸びたタイヤは、ほとんどスリップせず、二輪は、カタパルトから打ち出されたように勢いよく走り始める。
爆発的な速さで走り始めたアキオを、空中の雷球の何割かが追尾した。
科学的に作られたものは直線運動しかできないが、魔法使いによる雷球は、術者の意思によって、ある程度進行方向を変えることができる。
直後、耳を聾する爆音が鳴り響き、アキオとシミュラがいた地面に雷球の塊が激突、大地に吸収された。
アキオを追尾する雷球も、激しい音を立てながら連続でパニガーレの走り去った地面に激突していく――
突然、胸騒ぎを覚えたアキオは、輪を急転回させた。
崖で轟音がなると同時に、パニガーレのすぐ傍で連続して爆発的な土煙が上がる。
雷球に続いて、レイル・ライフルの攻撃が始まったのだ。
着弾地点の破壊程度から、爆散する空洞タイプではなく、貫通力を高めた被甲タイプが使われているようだ。
直撃さえ受けなければ被害がない上、路面の荒れが少なくて助かる。
そう思ったのも束の間、すぐに凄まじい勢いで彼に銃弾が集中し始めた。
アキオは、スラロームの要領でジグザクにバイクを不規則に走らせながら、片手射撃を開始する。
断崖に並ぶ敵を、片っ端から撃ちぬいていく。
いつもと違い、大口径のレイル・ライフルなので、一度の射撃機で、ごっそりと敵部隊を間引くことができて効率的だ。
マガジンの交換は、パニガーレの排気管に銃を差し込むことで、アカラが自動で行ってくれるため、アキオはライディングに集中することができる。
少しでも単調な動きをすると、たちまちレイル弾を喰らってしまうため気が抜けないのだ。
攻撃の合間に、データ・キューブが置かれているらしい崖の上に行こうと試みるが、さすがに簡単には行かせてもらえない。
五分後、敵の雷球攻撃は初めのころより少なくなっていた。
レイル・ライフルによる狙撃も散発になってきている。
第1ラウンドは、アキオに分があったようだ。
仕様しているのが、いかに被甲弾といえども、あまりの弾数の多さに、パニガーレが走る背後には次々と大穴が開き、ただでさえ悪い路面状態がさらに悪化していた。
アキオの残弾も少なくなってきている。
そろそろ次の作戦に移るころだろう――
そう考えていると、崖から一斉に、液体が壁を流れ降りるように、兵士とロボットが塊となって荒れ野へとなだれ込んで来るのが見えた。
飛び道具による戦いは終わり、肉弾戦が始まろうとしているのだ。




