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238.崖の光はすべて敵、

「まだ、そんなものを使っているのか」

 (イモータル・)兵士ソルジャーの無残な姿に、アキオがつぶやいた。


 アレクの異常な反射能力の向上と頭部からの大量出血――ナルコティック(N)アクセラレーター()の典型的な症状だった。


 それは、ロシアのサハリン軍事研究所で、ドレフ・ボイシャロフ博士によって開発された脳を直接刺激し反射速度を一時的に上げる合成麻薬の名だ。


 使用し続けると、脳が破壊される劇薬でもある。


 かつて少年のアキオは、モルモットとして開発者である博士から直接その麻薬を投与された。

 本来なら、そのまま死ぬべきところを、ミーナの兄である、サルヴァール・ハマヌジャンによって解放され、かろうじて脳の破壊はまぬかれたのだった。


 しかし、成長期に劇薬を与えられた彼の脳は、その後も戦闘的な機能は向上したものの、主に情緒じょうちょ的な面で深刻な悪影響ダメージを受けることになった。


 さらに、慢性的まんせいてきな頭痛をまぎらわすために、子どもながら、常に薬煙草ジャルニバールをくゆらすことにもなる――


 兵士としての能力は格段に上がるものの、使用後に、脳に深刻なダメージを受ける者が続出したため、後に、N・Aは戦時国際法によって使用を禁じられたが、その後も戦闘力を上げたいと願う兵士によって、地球の闇市場で活発に取引が行われ続けていた。


「そんなものに頼ると――」

「死ぬっていうのか?構うもんか」

 アキオの言葉を(さえぎ)ってアレクが叫ぶ。

「どうせ、走ることさえままならなかった身体だ。魔王(おまえ)と刺し違えられるなら本望(ほんもう)さ」


 そう言って、アレクは、腕、足、胴から一斉に針を打ち出した。

 ノランが使った雷撃針らいげきしんと同じものだろう。


 とっさに、アキオは、身体を斜めにして直撃を避けた。

 針は硬化(こうか)されたコートを滑って背後に飛び去る。


 彼の記憶では、全身が武器の塊である(イモータル・)兵士ソルジャーは、まだまだ飛び道具を隠しているはずだった。


 それらを最大限に使って攻撃されると、かわし続けることが難しくなる。


 さらに、ノランが駆けてくるのを目のはしに捉えたアキオは、右のえりから取り出した単分子ワイヤー用の細杭ナロウ・パイルを硬化させると、アレクの背後の柱に打ち込んだ。

 ナノ・マシンの機能によって、既に高電圧によるワイヤーへのダメージは回復しているだろう。


 指輪に似た単分子ワイヤーのハンドル・リングに指を通すと、手首を回転させて輪を造り、アレクの腕と首を通して一息に引いた。


 派手な破壊音も爆発音もなく、(イモータル・)兵士ソルジャーの首と腕が、あっさりと胴体から離れた。


 さらにアキオがワイヤーを操って勢いよく手元へ引くと、アレクの身体が、きれいな切断面を見せて、5つの塊となって転がった。


 頭部に最低限の生命維持装置が組み込まれている機械化人間は、その程度では死なない。


「なんだそれは、卑怯者め」

 首だけになっても、口汚くちぎたののしり続けている。


 アキオは、敗者を完全に無視して、手首を効かせて、細杭ナロウ・パイルを柱から抜いて、ワイヤーをハンドル・リングに巻き取った。


 そのまま身体の向きを変えて、目前に迫ったノランと向き合う。


 いつのまにか、彼の後ろには、もうひとり、硬化外骨格ハードエクソに身を包んだ兵士が立っていた。

 仮面マスカラを閉じていないので、金髪の美少女であることがわかる。


「どうした、早くさっきのような、騎士らしくない戦い方をしたらどうじゃ」

 空中から声が聞こえ、背後にふわりと降り立つ気配がした。

 シミュラだ。

 そのまま彼の背に寄り添い、優しい温もりがアキオの背中に伝わる。


「おぬしからもいってやれ。騎士ノラン・ジュードは死んだ、とな」

 シミュラは、ノランの背後に立つ少女に声をかけた。

「おぬし、確か、エストラで怪我をした娘じゃな。去り際に打ち込んだ薬はよく効いたであろう」


 ノランは動かない。

 おそらく、アキオの単分子ワイヤーを警戒しているのだろう。


 だが、実のところ、ワイヤーはもう使えないのだった

 絶大な切断力を誇る単分子ワイヤーにも弱点はある。

 耐摩耗性たいまもうせいが低いのだ。

 電流耐性や引っ張り強度は高いのだが、切断に使うとドーピング(導入)させた金属錯体がはがれて、すぐに切れてしまう。


 すでにアキオは、アレクの強化ボディに対して、3度以上ワイヤーを使ってしまった。

 さらに使うためには、使用済みワイヤーを捨てて、張り替えなければならないが、その時間をノランは与えてくれないだろう。


 自分の発言に誰も口を開かないので、さらにシミュラがあおるように言葉を継いだ。


「なぜ騎士ノラン・ジュードが死んだか、おぬしもわかっておろう――そやつは、()()()()()()()()()()()()()()からじゃ。嫉妬で動く()()()()に、わたしの魔王が負けるはずがない。あさましい――」

「黙りなさい」

 少女がノランの前に踏み出すと、素晴らしい速さの斬撃ざんげきをシミュラに向かって放った。


 黒紫色ブラックパープルの魔女も、アキオの前に出て、手にしたケーンでそれを受ける。

 巨大な剣と小ぶりな杖が、力比べをしながら小刻みに震えた。


 シミュラが、硬化外骨格ハードエクソに力負けしないのは、この地のPS濃度が、通常の100倍近くあるからだ。

「ノランへの暴言は許しません」

 険しい表情の美少女に、からかうような微笑みを見せてシミュラが言う。

「ダメじゃダメじゃ、そんな小娘こむすめ丸出しの台詞せりふでは――良い女になりたければこういわねばな」


 そういって、シミュラは力で少女を背後に押しやって数歩下がらせると続けた。


「騎士さまも所詮しょせんは男。男ゆえに気の迷いはあるもの。必ずわたしが他の女から奪い返し、()()()()()()()に戻してみせる、とな」


 少女が言い返そうとした瞬間、ノランが彼女を抱えて背後に跳んだ。

 同時にアキオもシミュラを横抱きにして、先ほどマイスが逃げ去った扉を蹴破けやぶって外に出る。


 その一瞬後、広間上部の回廊に、いつのまにか現れた複数のグレイ・ガーディアンから、巨大な雷球らいきゅうが一斉発射されて、広間の中央ではじけ飛んだ。


「なぜ、俺に任せない」

 シェリルを床に下したノランが、憮然とした口調で回廊の柱の陰から現れたマイスに言う。


「女王さま方が、これ以上をやっても無駄だろうと仰いましたので」

「そんなことは――」

 ノランの言葉をマイスが遮る。

「いずれにせよ、この戦いは、指揮官たるわたしが、一時的に、あなたの我がままを聞いてあげただけ……予想通り一対一での戦いでは魔王に勝つことはできませんでしたな」

 拳を握って黙り込むノランに、重ねてマイスが言う。

「いま、魔王と魔女は、わたしの偽物とキューブを追って、邸宅の外に出ていくところです。いよいよ封印の氷(コキュートス)作戦が始まる――あなたも早く自分の持ち場に戻ってください」




 扉の向こうの通路には、巨大なディスプレイがあり、広間内の様子が写しだされていた。


 通路の中央にはレールがかれ、その上には、流線型の乗り物が停止していて、運転席にあたる場所にはマイスが座っていた。

 助手席にはデータ・キューブが置かれている。


 マイスはアキオたちの姿を見ると、乗り物を急発進させた。


 アキオは、シミュラを抱いたまま、凄まじい速度でそれを追いかける。

 しかし、レールの上を走る乗り物も時速200キロ近い速度を出すため、なかなか追いつけない。

 何回か通路を曲がって、レール上を滑るように走っていく。


 4回目のコーナーを抜けたところで、突然、通路が斜め上に傾くと野外に出た。


 急停止して見回すと、周囲が崖に囲まれた盆地の荒野だった。


 その中央部に付近に彼らは立っていた。



 前を行く乗り物は、外に出たとたんに後部から爆炎ばくえん噴射ふんしゃして空中を飛び、崖の上に着陸する。


 振り返ると、彼らの出てきた長方形の穴に蓋が閉まって、地面に沈んでいくところだった。


「アキオ、なにか嫌な感じがするぞ」

 シミュラの言葉とほぼ同時に、荒野を取り囲んだ崖の上に、一斉いっせいに兵士が現れた。


 (イモータル・)兵士ソルジャー硬化外骨格ハードエクソ兵、魔法使いもいる。

 ものすごい数だ。

 さらにその背後には、無数の戦闘ロボットが控えている。

 それらが陽光を浴びて、眩しく輝いていた。

 その総数は10万を超えるだろう。


 まさしく――


 彼の持った感想を、シミュラが言葉にした。


「崖の光はすべて敵、じゃな」

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