230.義妹
「第一部隊、もう少し早めに雷球を育てて。第二はそれでいい。第三部隊は火球の軌道を考えて広範囲に敵の動きを遮るように。第四部隊は強化魔法で、長槍を1エクル(20センチ)間隔で範囲200エクル(40メートル)に渡って投擲して」
ヨスル・ド・コントは、淡青色の髪を揺らして命令する。
「しかし隊長」
彼女の背後から声がかかった。
振り返った少女は菫色の瞳で部下を見る。
「槍をそんなにばらまいても、意味がないのではありませんか」
「敵は、考えられないほどの速さで移動できる。わたしたち魔法部隊の武器は、雷球、火球、強化魔法で、威力はともかく、速度に欠ける。こういった場合は、物量で圧倒することが必要だ。襲ってくる暇もないくらいの連携のとれた攻撃が必要なの」
「そんな化物のような人間がいるのでしょうか」
「いるわ。今回の敵の魔王だけではなく、ね」
そう言いながら、ヨスルは、闇の中、彼女の前に立ったフードの人物を思い出す。
メルヴィル以外の、すべての兄弟を殺してきた――
あの夜、彼女の妹、ピアーノは、毒で病み衰え腐りかけ、異臭を発する身体でそう言った。
死にかけた身で、大陸一と呼ばれた暗殺集団シュネルの5人を倒してきたのだ、と。
そして……ヨスルは苦笑する。
わたし自身も、あの子が発する気迫にまったく抵抗できず、殺されるところだった。
――ヨスル、姉さま。今、受けている命令を忘れてくれたら、あなたを殺さずにすみます。
「なぜ」
そう尋ねた彼女に、妹は、どうしても、あの男は自分で殺したい、自分の最期の仕事として、と言った。
――初めて自分から殺したいと思った人なの。
フードと汚れた包帯で顔は見えなかったが、その声音が、まるで恋する乙女のような響きを持っていることにヨスルは気づく。
――兄さまたちは、わたしの願いを聞いてくれなかった。死にかけのわたしでは無理だと思ったのね。
――だから、わたしは証明した。
――わたしから、あの人をとりあげる者は許さない。
そう言って、ふたたび妹は彼女に尋ねた。
――忘れてくださる。
「仕方ないわね。可愛い妹と戦いたくないもの」
そして、胸の中で続けた。
戦っても、たぶんわたしはあなたに勝てないだろうから。
ピアーノは、声をたてずに笑った。
フードの中の包帯から片目だけがのぞく紅い眼を光らせ言う。
可愛くない。わたしは化物――
義妹は、彼女を殺さず去って行った。
本当かどうかは知らないが、ルーナリア公国の姫だったと噂のあるピアーノには、冷酷でありながら詰めの甘いところがある。
後にヨスルは、長兄であるメルヴィルから、妹の言っていたあの人こそが魔王であり、ピアーノは彼によって身体を治療され、魔女になったと聞いた。
その話を聞いたヨスルは確信する。
ピアーノは助けられたから魔女になったのではない。
奇妙なことに――おそらく彼女の義妹、ピアーノ・ド・コントは、暗殺対象者である魔王に憑かれていたのだ。
愛してしまったから、自分の手で殺したいと彼女は考えたのだろう。
時に暗殺者は、対象に対して恋愛に似た感情をもつものだ。
狩人が、狩猟対象である獲物を愛してしまうように。
ヨスルは、ドッホエーベ荒野の空に浮かぶ雲を見る。
彼女の、ピアーノに対する感情は複雑だ。
血はつながらないものの、妹は彼女の5人の兄を殺し、彼女の愛人である魔王は養父サルヴィルを殺した。
結局、魔王とピアーノで暗殺結社シュネルを壊滅させてしまったのだ。
特に愛情を感じたことはなかった父と兄たちだったが、仇はとらなければならない。
だが同時に、ヨスルは、1つ違いの妹、8人の兄弟の中で唯一同性であったピアーノが嫌いではなかった。
魔法を使って暗殺を行う彼女と違い、毒を用いるピアーノは、彼女が止めるのもきかず、毒手に手を染め、毒の許容量を超えて病気になり、家族にも組織にも見捨てられてしまった。
その、自分の命を投げ捨てたような妹の生き方を見て彼女は思ったのだ。
もしかしたら、彼女が、父を亡くし母を亡くし、国さえもなくした姫君であったというのは事実なのかもしれないと。
世が世なれば王であった彼女が、魔王と番うのは、道理であるような気もする。
しかし――ヨスルの顔に微笑みが浮かぶ。
兄から、魔王が多くの魔女と暮らしている、と聞いていたからだ。
あの一途で、激しい、独占欲の強い妹が、他の魔女の存在を許すとは思えない。
案外、放置すれば、彼女が、魔女と魔王すべてを殺して一件落着となるかも――
ヨスルは頭を振って、馬鹿な考えを振り払う。
あの魔王が簡単に殺される存在でないことを彼女は知っている。
実は、彼女は、一度、魔王と対峙し戦ったことがあった。
今回の作戦で、魔法使い部隊を任されたのも、その経験があるからだ。
ずいぶん前になるが、ある夜、彼女は兄サルヴィルに命じられて、預けられていた魔法使いたちを率いて、シュテラ・ナマドの郊外で魔王を待ち伏せたことがある。
その時、魔王は独りではなく、監獄から連れ刺した少年をひとり連れていた。
連続攻撃を仕掛けると、意外に魔王は雷球に弱く、崖に追い詰めることができた。
結局、少年の機転で魔王を川に逃してしまったが、あの時の経験で、彼女は、魔王には広範囲で間断のない魔法攻撃が有効だと考えたのだ。
今度、魔王の姿を見たら決して逃しはしない。
彼が、妹を連れてくるかはわからないが、できるなら魔王だけを倒し、妹は救ってやりたかった。
ヨスルは、流れる雲を眺めながら、深呼吸して荒野の空気を吸い込んだ。
この地の空気はおいしい。
そのせいか魔法使いの魔力も数倍の力になる。
サンクトレイカの魔法使いである彼女は、この地がエストラでいうマキュラ、カマラの名付けたPS濃度の極端に濃い地域であることを知らないのだ。
いずれにせよ、あと数日だ。
ヨスルは、菫色の瞳で荒野を飛び交う雷球を見る。
今度こそ魔王を倒すことができるかもしれない。




