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023.応報

 翌日、アキオは、エストア王国の情報を集めて過ごした。


 キイから連絡が来た時のために、ダンクにたのんで、ザルス中の宿屋と酒場に情報の連絡網を敷いてもらう。

 ダンクは、快く協力を申し出てくれた、

 昨日の治療によほど感謝しているらしい。

 実際は確実に死に至る病だったのだから当然なのかもしれないが。


 話をするうちにわかったが、ダンクは予想以上の大物で、ザルスにおける裏社会の事実上のナンバー2ということだった。なぜかナンバーワンの名は秘密にされているようだ。

 ダンクは、表向きは宿屋や酒場を経営する実業家だが同時にギャングでもあるらしい。


 昨夜は世間話をするばかりで、詳しいことを話そうとはしなかったが、朝に訪ねた際、酒場の三階にあるダンクの事務室に入ると、彼がただの実業家でないことはすぐにわかった。

 出入りする人間が暴力の空気を匂わせた男たちばかりだからだ。


 いまは、何か問題でも起こっているらしく、男たちはあわただしく連絡を取り合っている。


 アキオは、さらにもうひとつダンクに頼みごとをした。

 その内容を聞いて、一瞬、彼は目を細めてアキオを見つめたが、すぐに了承する。

 アキオはその対価に金を払おうとしたが、ダンクは頑として受け取らず、自分が困ったことがあったら彼に助けてもらうことを条件とした。

 アキオはうなずいた。高い借りになるかもしれないが、その価値がある頼み事だからだ。


 明日はミーナから馬車のパーツが届く日だ。

 距離から考えて、それほど急いで出発する必要はないだろうが、朝のうちに荒野へ向かって出発しようと思っている。



 日が暮れて、アキオはもう一度ユイノに会いに酒場に出かけた。


 思いついて、街角に立つ子供の花売りから花束を買う。


 少年兵時代、年長の軍人たちが、慰問に来たダンサーに精いっぱいの花束を作って楽屋に持っていったのを覚えていたからだ。


 昼間にダンクから聞き出した通り、酒場の裏路地から楽屋に直接通じるドアがあった。

 中に入り、カメリアがいるか尋ねると、

「あ、あんた、カメリアの知り合いかい?」

 若い娘が飛びついてくる。

「カメリアを助けて。今、ジロスのところの連中が連れだしたんだ。借金の話で」

 旅行のために、金を借りたとユイノが言っていたのを思い出す。

 ジロスとは金貸しの名前だろう。

「いつの話だ」

「10分ぐらい前。なんかカメリアは、すごい剣幕でやつらをののしって……あれじゃ殺されちゃうよ。この街じゃ、ダンサーなんか殺されたって誰も気にしないんだ――」


 最後まで聞かず、花束を娘に放り投げるとアキオは楽屋を飛び出した。


(誰も気にしなくても、俺は気にする)


 おそらく、ユイノは自ら殺されようしているのだ。


 恋人の裏切りに対してなんとか均衡を保ち、生へのバランスを保っていた彼女の精神を、昨夜の俺が崩してしまった。


 あの時、彼女にきちんと説明をすべきだったのだ。


 ナノ・マシンに指示して身体強化を行う。髪の毛を赤くし顔の色を黒く変えた。覆面がわりだ。


 網膜の視細胞を、錐体すいたい細胞から桿体かんたい細胞へ変換し、夜目よめが効くように視力を強化する。

 明るい場所で色を認識するのが錐体すいたい細胞で、色は認識できないが感度がよいのが桿体かんたい細胞だ。

 視覚が、暗視装置ノクトビジョンを通したように、色を失い物の輪郭が浮かび上がる。


 風のように狭い裏通りを駆け抜けながら、ユイノを探す。

(あれか!)

 薄暗い路地で、5人の男たちが地面を見下ろして立っていた。

 ジロスという男に飼われているギャングだろう。

 彼らの視線の先にはユイノが倒れている。


 手足が異様な方向に曲り、壊れた人形のように地面に投げ出されているが、あきらかにまだ生きていた。


「なんだ、お前は?」

 男たちは、突然現れたアキオの異様な姿に驚きながらも身構える。

 それぞれが鉄の棒のようなものを持っていた。


 アキオは素早く男たちの間を縫ってユイノに近づき、かがんで傷を調べる。

 指は折られ、手足は何箇所か単純骨折をしていた。鉄棒で殴られたのだろう。

 顔も腫れあがっているが、大きな損傷はない。それを見て、アキオは安堵あんどした。

(もうひとり、女王さまのそっくりさんが生まれたら混乱するだろうからな)

 そうつぶやくが、もちろん本心ではない。

 アキオは、昨夜見た、青く輝く瞳を持つユイノの顔が気にいっていたのだ。

 記憶だけで元通りに戻す自信がない。

 それこそ人生によって作り上げられた美しい容貌かんばせだからだ。

 ポーチから取り出したスティックを彼女の口に当て、ナノ・マシンを飲ませた。


 男たちは呆気あっけにとられたように、それを見ている。


「お前たち、折ったな?」


 指先でユイノの頬に軽く触れ、立ち上がったアキオが、あいさつでもするような口調で言った。


「折ったんだな。のダンサーの手足、そして指を」


 アキオの顔から表情が消える。

 アーム・バンドに触れ、身体強化を解除した。ただの人間相手に使えば即死させてしまう。

 それではダメだ(・・・・・・・)


 ギャングたちが目配せを交わしあい、ひとりが黙ったまま、鋼鉄棒で襲い掛かった。襲うときに声を上げないのは、曲りなりにもプロの証拠だ。


 だが、遅すぎる。


 アキオは右手で大男の手首をつかみ、ひねりあげながら左肘で男の肩関節を破壊する。

 関節を外す、のではなく、骨自体を破砕はさいする完全な破壊を行った。

 感触から、肩峰けんぽう、上腕骨頭、鳥口突起うこうとっき、上腕骨すべてが粉々になるのがわかる。

 そのまま拳で、無造作に前腕部の尺骨しゃっこつ橈骨とうこつを真ん中から叩き折り、流れるような動きで続けて上腕部の真ん中を折る。本来、骨は固いものだが、ちょっとしたテクニックで簡単に折ることができる。続いて反対側の腕も同様に破壊する。複雑骨折した腕から骨が飛び出た。

 男は心臓を悪魔につかまれたような顔になり、痛みに絶叫を上げる。


「まだ寝るなよ――」


 そのまま気絶しようとする男の頬を数回平手で殴り、意識を取り戻させた。骨が折れて鼻血が吹き出る。

 次いで、膝と足を使って、すね、大腿部の骨も折っていく。


神宿かみやどる踊りをするユイノの手足を折ったのだ。こいつらには、彼女の2倍、3倍の痛みがふさわしい)


 最後に、男の両手の指に自身の指を絡め、同時に、一気にすべてへし折った。

 骨伝導で鈍い骨折音が伝わってくる。


 さすがに男は失神した。


 この間、6秒余り。

 あまりのスピードに、何が起こっているのか男たちは把握しきれていない。

 茫然とする別な男の手をつかみ、二人目の肉体破壊が始まった。

 今度は4.5秒で仕上げる。

 恐怖にかられ、逃げようとする男たちは、先に蹴りですねをへし折って動けないようにしておく。

 全員が地面に転がるまでに30秒もかからなかった。


 ナノ・マシンによる身体強化は解除してあるので、今、アキオが使ったのは、軍隊時代に血反吐を吐きながら叩き込まれた近接格闘術だ。

 男たちにとっては、まるで自然の猛威、非情な竜巻に巻き込まれたようなものだったろう。


(どうやら自分は冷静さを失っていたらしい……)

 すべてが終わって、男たちの手足がありえない方向に曲がり、地面に投げ出された軟体動物のようになっているのを見てアキオは思う。


 再びスティックを取り出し、ナノ・マシンを少量ずつ、男たちの口のなかに投入する。


 アーム・バンドを操作して、男たちの怪我が、完全に治って後遺症もなくなるものの、完治してからも間欠的に強烈な痛みが続くようプログラムした。

 細胞分裂数によるカウントで、半年後に体外に自然排出されるよう付け加えてナノ・マシンに書き込む。


 アキオは、力をセーブしなかったことを少しだけ反省する。

 しかし後悔はしない。


 やつらはダンサーの手足を折った。

 この程度の報いは当然だ。

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