229.絶望
カイネが、その連絡を受けたのは、悪魔を捕らえる罠の最終地点である、ドッホエーベ荒野においてだった。
ここ数年、極端に不安定になっている、この世界の太陽フレアの影響で、連絡がとれないままニューメアを離れて、作戦の最終調整を行って3日目のことだった。
通信内容は、
「高い城内に、侵入者あり、アルメデ女王が誘拐されました。その際、隔離室Dのカプセルが破壊されたとのことです」
「なんだって」
そう言ったきり、カイネは言葉を失った。
隔離室Dのカプセルには、キルスが眠っている――
それまで会話をしていたマイスを置いて、彼女は連絡艇へ向けて駆け出した。
「カプセル内の人物は無事か」
走りながら尋ねる。
「お待ちください」
そういって、通信相手は、向こう側で誰かと会話をし、
「失礼しました。カプセルの一部が破壊されただけで、内部の人物には、直接の被害はないそうです」
「わかった。また連絡する」
「緊急発進、すぐにニューメアに戻るんだ」
カイネは、連絡艇に乗り込むと、操縦室に向かい、定期チェックをしていた操縦士と副操縦士に命じる。
優秀な兵士でもある二人は、余計な質問を口にせず、最低限のチェックを行うと滑走路の最優先使用を申請、許可を受けて高速艇を緊急発進させる。
カイネは、発進指示を出したあと、機体中央部にある客室ソファに崩れるように座り込んだ。
侵入者は悪魔自身か、彼の配下の者に違いない。
延命措置のリミットが近づく女王を奪いに来たのだろう。
それは予期していたことだ。
そのために、ナノ・マシン対策の雷球を発射するガーディアンを城に待機させていたのだ。
しかし――
カイネは拳でテーブルを叩いた。
ナノ強化された身体の力で、激しい音がして強化合板の天板が真っ二つに割れる。
なぜ、わざわざ隔離室Dの、キルスの再生補助カプセルが破壊されなければならないのだ。
ナノ・マシンが体内にある限り、いきなり死ぬことはないと思うが、あの状態のキルスが再生補助機能を失えば、さらに体がダメージを負うことになるだろう。
どうして、眠ったままのキルスを。
なぜ――もう一度、そう考えてカイネは苦い笑いを口元に浮かべた。
考えられる理由は、ただひとつだ。
悪魔が、彼の研究所に爆縮弾を打ち込んだ当事者に、20年を経て制裁を加えたのだ。
あの男のやりそうなことだ。
カイネは、操縦席につながるインターフォンのスイッチを入れると命じた。
「速度を上げろ、最大巡航速度で高い城に戻る」
「了解しました」
直後、彼女はさらなる加速を体感する。
通信機を取り出してみると使用不可の文字が表示された。
通常ならば、飛行中は自動的に連絡艇の無線装置に接続されて、本国と通話可能なのだ。
「ニューメアと通信ができないぞ」
カイネは、インターフォンのスイッチを入れて操縦室に話しかける。
「再びフレアの状態が不安定になっているようです。一時的なものだと思いますが」
「――通信が回復次第、知らせてくれ」
「わかりました」
数分後、副操縦士が、通信回復を知らせてきた。
「つなげ」
通信機から、しばらくノイズが流れた後、男の声が響く。
「衛士長のヤドルです。宰相さまがおられない間、一時的にわたしが指揮をしています」
「君か」
カイネが安堵の声を出した。
城内で、本物のキルスの存在を知る数少ない部下の一人だ。
「人払いは?」
「してあります。現場を封鎖して、箝口令も敷いています。キルスさまを目撃したものは、一室に閉じ込めて隔離中――ですので秘密は守られています」
「よくやってくれた。経緯を報告してくれ」
衛士長は簡潔に事態を説明した。
外部からの侵入者、推定一名が本物の女王を誘拐し脱出、その際に衛士が、賊を手引きした女王の身代わりの娘を銃撃、現在意識不明の重体、そして本物のキルス宰相は――
「なんですって、もう一度いいなさい」
言葉遣いが、カイネのものになるのも構わず彼女が叫ぶ。
「カプセルが破壊されて、キルスさまはお亡くなりになられました」
高い城上部に作られた小型発着場に着くと、カイネは、機が完全に停止する前に緊急脱出ハッチを爆破して飛び出した。
「キルス宰相」
声を掛けてくる大臣たちを無視して、メインタワー125階にある隔離室Dへ向かう。
部屋の扉を開けて中に飛び込む。
室内には、男がひとりいるだけだった。
ヤドルだ。
「宰相」
カプセルに駆け寄るカイネに、男が声をかけるが、彼女は返事をしない。
「宰相さま」
再び、彼が呼びかけるが、彼女は半分以上破壊されたカプセルの、半透明の蓋にかろうじて表示されるバイタル・サインの数字が、すべてゼロであることを確認して、呆然となっている。
「しばらく一人にしてくれ」
彼女の言葉に従ってヤドルが出て行くと、カイネは、リスト・バンドに手をやって、少女の姿に戻った。
カプセルの蓋を開け、傍らに膝をついて、冷たいキルスの頬に手を当てる。
しばらく、そのまま動かない。
やがて、絞り出すような声で彼女は言った。
「キルス・ノオト、ずっとあなたが好きでした。初めて会った時、あなたはわたしの挨拶を見て美しいと――そして最後の会話で、マドライネという本名を良い名だといってくれた。今度会う時には、何かを告げると――」
少女は愛おし気にキルスの髪を指で整える。
「でも、それを聞くことは叶わなくなりましたね」
カイネは、優しく触れていた、氷のように冷たい恋人の頬から手を離すと立ち上がった。
キルスの冷たさが移ったように冷ややかな声を出す。
「父アダム、メイヒルズ、そしてキルスも――悪魔は、わたしの大切な男をすべて奪っていく」
彼女が虚空に向けて放つ言葉は徐々に大きくなる。
「あの男だけは許さない。あなたがいなくなった今、悪魔を生かして捕まえる理由はなくなった」
カイネは、虚無的な笑顔を、美しい頬に浮かべてつぶやく。
「そして、わたしが生きる意味も、この世界が存在する意味もなくなった――」
再びリスト・バンドに指を触れ、キルスの姿に戻ると、通信装置を取り出して、ある男を呼び出す。
「キプロス」
「はい、キルスさま」
「例のものの用意は」
「はい、いつでも準備はできております」
「では、弾道ミサイルの発射待機を――」
「弾頭は」
「爆縮弾に変更」
「了解しました」




