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199.ボーイ・ミーツ・ガール、

 ひと通り話が終わると、アルメデは睡魔に襲われた。


 ジーナ城に来てから、アキオが帰るまで、ナノ・マシンの補助アシストカプセルの中で延命制限リミッターが外され、延命限界に伴う様々な体の不具合を修復されていたのだ。

 眠くなるのも仕方がない。


 アルメデは、うつらうつらしながら、少女たちとの会話を思い返す。


「本当なら、みんなと一緒にお風呂に入って、ナノ・マシンにエネルギーを与えた方がいいんだけどねぇ」

 シジマの言葉に、アルメデは慌てて手を振った。

「さすがに、来てすぐにアキオと入浴というのは――」

「まあ、そうだね」

「こっちの世界のお姫さまだけかい?裸になるのが恥ずかしくないのは。何にしても安心したよ。あたしだけが恥ずかしいのかと思ってたから」


 小柄ながら手足が長く、猫のように柔軟そうな体つきの少女が、嬉しそうに話しかけてくる。

 舞姫ダンサーのユイノだ。


「あ、そうだ。女王さまは、地球のダンスを踊るんだろう」

「ええ」

 世界で水を奪い合った水戦争(ウンディーネ・ウオー)時代(・エラ)以降、王族、貴族のありようも社交ダンスも、いくぶん様変(さまが)わりしてしまったが、王族の(たしな)みとして、彼女もひと通りは踊ることができる。


「ぜひ教えとくれ。今度、アキオと踊ってみたいから」

「えっ」

 自分でも驚くほど大きな声が出て、少女たちは何事かと彼女を見る。

「アキオは、彼もダンスをするのですか」

「うん、よくするよ。頼んだらいつでも踊ってくれるし」


 アルメデは信じられない気持ちで呆然(ぼうぜん)となる。

 アキオが女性とダンスを踊るなんて――


「でもね、あたしたちのダンスは、型にはめた踊りじゃないから。地球ではいろんな種類のダンスがあるんだろう」

「ええ、ワルツやタンゴ、ヴェニーズ(ウインナー)・ワルツ、スローフォックストロットやクイックステップ、それに――」

「うわあ、なんだかわからないけど、面白そうだね。ぜひ、ボクたちに今度教えて!」

「本当に、楽しそうです」

「わたしにもお教えください」

 口々に少女たちがアルメデに声をかける。


「わかりました。でも、アキオとのダンスは楽しいのですか。彼がダンスをする姿が想像できないのですが――」

「すごく楽しいよ。アキオは、どう踊っても受け止めてくれるいいダンサーだからね」

「信じられないほどの一体感を感じられるんです」

「そ、そう」

「ぜひ、お願いしますね、アルメデさま」


「でも、アキオは遅いね」

 シジマが時計をみて文句をいう。

「わたしとキィを置いて、黙って出かけてしまうなんて、ひどいです」

「ピアノがアキオに怒るなんて珍しい――」

「怒ってはいません」

「そのいい方が怒っておるのだ」

 シミュラに指摘されて、ピアノが黙る。


「そうだ、今日は、女王さまがアキオと寝るのでしょう」

「そ、そのようです――」

 アルメデは頬を染め、

「ここに来てすぐに、ど、同衾どうきんするのは、少し、はしたないような気がするのですが」

同衾どうきん?」

 シジマが首をひねり、

「一緒に寝ることよ」

 カマラが教える。


「心配するな。アキオは優しいぞ。こういったことは、余計なことを考えずに、殿方にすべてまかせれば良いのだ」

「アルメデさま、シミュラさまの言葉は無視して構いませんから」

「嫌なら良いのだぞ、アルメデ、本来ならユスラとわたしの番なのだからの」

 シミュラが腕を組んでからかうように言う。

「い、いえ、決して嫌ではありません。シミュラさまは少し意地悪ですね――でも、負けませんよ」

 アルメデも腕を組んで言い返す。

「さすがに、ともに100歳超えの女王対決だね。迫力があるよ」

 シジマが感心する。


「シミュラ、メデ、仲良く、ね」

 ミーナがふたりをたしなめた。

「うむ」

「はい」

「さすがのふたりも、300歳のミーナには勝てないよね」

「シジマ」

「ごめんなさい」


「アルメデさま。一緒に寝るといっても、シミュラさまのように変な意味にとらなくてもよいのです。ただ、一緒に寝れば――」

 カマラが言い、

「そうです、なんというか――おそらく、今宵、アルメデさまが、これまで寝てこられた中で一番気持ちのよい睡眠になると思います」

 ヴァイユが補う。


「気持ち良すぎて眠れぬかもしれぬが――」

 シミュラが笑い、

「冗談は抜きにして、初めて添い寝するにあたって、伝えておくことはあったかの」

「軽く身体強化をすることをおすすめします」

 カマラが言う。

「普段のアキオは目敏めざとくて、すぐ目をさますんだけど、ボクたちが一緒に寝て、体に触れていたら朝までぐっすり寝てくれるよ」

「あやつは長時間温まるのに、ちょうどよい体温をしておるから、風呂代わりにナノ・マシン活性化の良い熱源になるのじゃ」

「確かにそうですね。彼の体温は、温かくて気持ちが良いですから、密着する面積を思い切って広げることをおすすめします」

「それでユスラさまはいつも、アキオに足を(から)めて首に抱き着いているのですね」

「もちろん」

「あとは――ともかく、朝、目を覚ました時の自分の様子に驚かれませんように」

 ミストラが締めくくるように言った。


「はいはい、それくらいにしておいて、メデが真っ赤になってるじゃないの」

 ミーナが止めてくれて、やっとその会話は終わったのだった。



 そして、いま――アルメデはアキオの胸にもたれつつ、眠りに落ちようとしている。


 王族として生まれて137年、異性はおろか、女性とも同衾どうきんしたことなどないのだ。


 少女たちがいうような、はしたない寝方をしないのは当然としても、アキオの温もりを意識したら、とても眠られないだろうとアルメデは思っていた。


 しかし、それはまったくの杞憂きゆうで、目を閉じるだけで、彼女は吸い込まれるように眠りの国へ落ちて行くのだった。



 アルメデは、夢を見ていた。

 何かよくわからない楽しい夢で、彼女はコロコロと笑い続けている。

 こんなに楽しく、うきうきする気分は、ひょっとしたら生まれて初めてかもしれない。

 耳を打つ、大きく緩やかなリズムが彼女の気持ちを、さらにほぐしていく。

 もっと近くへ、もっと温もりを――


 やがて、アルメデはゆっくりと目をさました。

 ナノ・マシンのおかげで、普段から寝ざめは良いほうだが、それとは違う格別に気持ちの良い眼覚めだった。


 ゆっくりと目を開ける。

 窓から差し込んだ朝日に、部屋が輝いていた。


「あ?」

 その時になって、アルメデは自分が妙な体勢で寝ていることに気づいた。

〈ええっ〉

 事態を把握して彼女は心の中で叫ぶ。


 アルメデは、アキオの上着をはだけて、彼の胸に顔をうずめて寝ていたのだ。


 驚いて身体を離そうとし、足を動かせないことに気づく。


 どうしてしまったのか、と足元を見てさらに声にならない叫びをあげた。


 寝る時は確かに着ていた寝間着(ねまき)を脱いで、裸の足をアキオの足に絡めているのだ。

 形の良い太腿が、アキオの足をしっかりと締め付けている。


 ありえない。信じられない。なんてこと。


 あわてて起き上がろうとした彼女の目に、アキオの寝顔が映る。

 彼は、アルメデが見たことのない穏やかな表情で目を閉じ、眠っていた。

 呼吸につれて、ゆっくりと胸が上下している。


 その寝顔を見て、不意に、彼女は、自分の感情が、見事にすっきりと、()()()()()()()()に収まるのを感じたのだった。


 100年を超える人生において、彼女は、ただアキオに会いたい、彼のために生きたいと考え続けてきた。

 なぜそうしたいのか、という理由については深く考えずに――

 ただ、そうしたいからするのだ、そう思っていた。

 ミーナと約束したから、ということもある。


 愛する人、恋人、命の恩人、大切な人、生きる目標を教えてくれた人。

 これまで、言葉で様々にアキオのことを表現してきたが、それは、本当の彼女の気持ちを表してはいなかったのだ。


 だが、彼女は()()()()()()()()

 いま、すっきりと()()()()()()()()

 彼女は、ただアキオが好きなのだ。

 どうしようもなく――

 バカバカしく、当たり前のことのように思えるが、それに気づけなかった。


 アルメデはアキオが好き。



 かつて、ミーナがアルメデに言ったことがある。


 彼女(AI)とアキオは、数百年にわたって大きな世の中の変化を見続けてきた。


 国家の転覆(てんぷく)も、反乱も、革命も、敗戦も裏切りも幾度(いくど)となく眼にし、経験した。


 その果てに、彼女が辿たどりついたのは、この世の出来事で、もっとも単純シンプルで、劇的ドラマティックで、根源的プライモーディアルかつ必要不可欠エセンシャルなのは『ありふれた恋をするボーイ・ミーツ・ガール』こと、という結論だった。


 だが、日々、国を動かす業務に追われ、たった一度の失敗が数万の兵の死に直結する決断を迫られていた当時の彼女には、その意味がわからなかった。



 今、こうして、アルメデ女王から()()()()()()()()になった彼女は、愛しいひとの寝顔を眺めながら、ミーナの言った言葉の意味を理解し、噛み締めていた。


 彼女にとっての本当の幸せは、国をべることでも、戦争に勝利することでも、政敵を打ち倒すことでもなく、愛しい人と腕を組んで街を歩き、つまらないことに笑い、怒り、愛しくなって口づけをし、共に眠り共に目覚める、そんな、()()()()()()をすることだったのだ。


 彼女は暖かい気持ちで心を満たされ、大好きな人の顔を見つめ続けた。


 アルメデには、この幸せが、わずか数日後に、永遠に消え去ってしまうことなど、知る(よし)もなかったのだ。

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