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189.妄執

「おう、嬢ちゃん、久しぶり。メイヒルズの命日以来だな」

 スタンが、ベッドから半身を起こして挨拶する。

 彼のものに似てはいるが機械的な声だ。

「入院されていたんですね」

「さすがに120を超えるとキツイな。眼も悪くなりやがって、声帯にもガタがきたから、大々的に機械化して、ついにこんな二枚目の顔に戻っちまった」

 そういって自分の頬を軽く叩く。

 よく見ないとわからないほど精巧にできているが、スタンの顔は模造皮膚イミテーションスキンで覆われた作り物になっている。

 若々しい顔だ。

「あまり違和感がないですね」

「そう見えるか?医者に任せたら技師と組んで俺の20代の顔を使いやがった。文句をいってやったら、100歳引いたら20代でしょうって、そんな計算アリか?」

「元帥はまだまだお若いですよ。今では認知症系の疾病(しっぺい)も根絶されてますし――」

「『元』元帥な。一般人の平均余命(よめい)は90年と少し、それを30年超えてるんだぜ。生身は頭だけったって、もうそれも寿命さ。認知症はなくても幻覚は見えるし、時々意識を失なうから、こんなところに閉じ込められちまった。気力もやる気も衰えてるからな。面倒だから表情を作るスイッチは切ってある。不愛想なのは勘弁してくれ――ところで」

 スタンは、無表情のまま身体を起こし、小声でカイネに言った。

「今日、嬢ちゃんを呼んだのは他でもない」

 さらに声の音量を落として続ける。

「本気で、女王は悪魔(シヤヴォール)んとこへ行こうとしてるのか」

「そのようです」

 能面のようなスタンの表情に負けず劣らず無表情な美少女が答える。

「で、宰相はどうしてる」

「苦しんでおられるようです。隠そうとはされていますが」

「あんたはどうしたい」

「え」

 わずかにカイネの表情が動く。

「わたしの意見など」

「この間もいったよな。メイヒルズが死んで54年経つ。嬢ちゃんは、それ以前から今まで、ずっと宰相が好きだったんだろ。あいつ(メイヒルズ)を好きな部分とは別な場所で」

「わかりません」

「まったくなぁ、宰相にしろ嬢ちゃんにしろ、100年生きてても、色恋沙汰いろこいざたについちゃ思春期の若造以下だからな。いったいどこで間違えればこうなるのやら――いっとくぜ、嬢ちゃん。あんたがメイヒルズを好きなのも宰相が好きなのも、どっちも間違っちゃいない。俺はもうすぐ死ぬからな。これは遺言(ゆいごん)と思って聞いてくれ。今ある恋に向かって突っ走れ、だ」

「恋、ですか」

 カイネが、初めて聞く言葉のように繰り返す。

「お嬢ちゃんはどうしたい?彼女が悪魔(シヤヴォール)のところに行っちまえば宰相はフリーだ。女王はもう延命措置は受けないといったんだろう?だったら、宰相には20年、あんたには29年の余命(よめい)があるはずだ。その時間をふたりで使うのもいい手だろう――しかし」

 スタンは、さらに声を小さくして顔をカイネに近づけて(ささや)く。

「俺には、俺の別な思惑(おもわく)がある。なんとしてもメイヒルズのかたきを討ちたい。方法はある。軍を辞める前に、元帥の権限で開発させていた爆縮弾(ばくしゅくだん)がこのあいだ完成したんだ」

「元帥……」

「嬢ちゃんにだけはいっておく。俺はそいつを悪魔(ジャヴォール)の研究所に打ち込もうと思ってる。止めるなよ、これはもう決定事項なんだからな。問題は――」

 スタンが言葉を切る。

 (たくま)しく若々しい機械体(マシンボディ)の上に乗った無表情な顔からは、122歳の男の感情は読み取れない。

「問題は、爆縮弾を撃ち込むタイミングを、彼女が()()()()()、どちらにすべきかということだ」

「まさかあなたは――」

「俺は100年あまり、この国のために働いてきた。だが、正確に言うと、国に仕えていたんじゃない。俺が仕えるのは、後にも先にもキルス宰相だけだ」

「ですが、あの人は」

「そう、女王に恋している。100年以上前からな。今になって自覚するというのが信じられないが、それもあの人らしくて俺は好きだ」

 スタンは、カイネの肩をつかんだ。

「要は、俺が仕えたのは国でも女王でもなくキルス宰相だけだってことさ。女王は好きでも嫌いでもない。立派な神輿(みこし)だと尊敬はしてるがな……彼女の間違いは、好きになる男を間違えたことだ――それで、お前はどちらが良いと思う?」

「わたしは――」

 カイネは言いよどむ。

「わたしは、女王は死なない方が良いと思う。エヴァが愛し宰相が愛し、そして多分、わたしも愛している人だから」

「それでいいのか?」

「はい」

 スタンは、表情の変わらないマスクをカイネに向けてじっと見つめる。

「わかった。女王が奴の許へ行く前に決行する」

「研究所の場所はわかったのですか?」

「この数十年調べてきたんだよ。嬢ちゃん。女王が、奴との連絡に使う秘匿ひとく回線は、いやらしい迂回(うかい)と切り替えを何度も自動で繰り返す仕様でな、そっちからは辿たどれなかった。だが、一度だけ、向こうから品物を送ってきたことがあってな、5年ほど前だ。これも、かなりややこしい手順で届けられたんだが、さすがに物の流れだけは、ある程度追えた。それで奴の研究所の位置が、極北の半径50キロ地点に限定されたのさ」

「南米ではなかったんですね」

「ああ、何を好んでそんな寒いところに(ひそ)んでいるのかはわからないがな。まあ、悪魔の考えることは俺たちには理解不能さ」

「半径50キロ――」

「そう、半径50キロだ。爆縮弾を使えば、誤差を考えても研究所ごと一帯を蒸発させることができる……これでメイヒルズの、エクリアの(あだ)を討てる、討てるんだ――」

「元帥――」


 カイネは、まさに能面のような表情で、繰り返しつぶやくスタンを見た。


 常識で考えれば、それほどの爆発を極北で起こせば、それが引き起こす生態系と地球自身への影響が尋常ではない規模になることは容易に想像できる。


 だが、スタンの頭からは、そのことがすっぽりと抜け落ちているようだ。


 おそらく、()()を奪われた、あまりに強い無念さと脳の老化による妄執(もうしゅう)が重なって正常な判断がつかなくなっているのだろう。


 止めなければ――キルス宰相に伝えれば、きっと、あの人はスタンを止めるだろう。


 彼女はそう思うが、同時に、メイヒルズを奪った男を消し去りたい、という感情が沸き起こるのを押しとどめることができなかった。


 そして、何より彼女を心底(しんそこ)(おのの)かせたのは、自分の中にある、アルメデ女王を悪魔(ジヤヴォール)(もと)に行かせてからの方が……という声に気づいたことだった。

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