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179.靴下

 無事、パーティ会場に(まぎ)れ込んだふたりは、特定の人間につかまらないよう、回遊魚(かいゆうぎょ)のように、巨大なパーティ会場を動き回って時間をつぶす。


 女性たちは、マキイをちらちらと見ているが、その身体の大きさに恐れをなしたのか、声はかけてこない。

 また、若い男たちも、熱い視線でマクスを見つめるが、マキイが、彼女を懐に抱くようにして歩くのを見ると、(あきら)め顔で離れていく。


「今後の予定だけど」

 マクスがマキイを見上げて小声でささやく。

「計画通りに、城内にある弓手ゆんでの団の宿舎か酒保しゅほを探って、毒屋ベネヌに話を持ち込んだ男を探すよ」

 マキイの言葉にマクスはうなずいた。


 毒屋ベネヌの話では、彼の(もと)にカスゲの毒を依頼したのは、左の髪が白く、右頬とあごきずのある男ということだった。

 傭兵団の男たちは、何かしら身体に傷を受けているから捜しやすい。


「今の時間なら、まだ食事をしている者もいるだろう。もう少し待って、酒保しゅほに集まるのを待った方がいいね」


 銀の団でもそうだが、傭兵団の陣営にある酒保しゅほは、物を売るだけではなく、安く酒を飲ませるバルドの役目もになっている。


 通常なら、傭兵が城外に呑みに出ることもあるだろうが、今日のように、持ち主がパーティーを開く際には、有事に備えて城内に待機するのが一般的だ。


「いかがですか?」

 トレイに酒を注いだカップを乗せて、ふたり同様、回遊魚のように客たちの間を泳ぎ回って移動していた黒服の男が声をかけてくる。

「ありがとう」

 そういって、マキイとマクスは酒を手にした。

 酒も飲まず、歓談(かんだん)もせずに、パーティ会場にいるのは不自然だからだ。


 いわゆる、壁の花、として部屋の隅に立つことも可能だが、それをすると、マクス目当ての男たちが群がることになるのは必至ひっしだろう。


 ふたりの手元から、強烈な薬草ニグヨブの香りが立ちのぼって、注がれた酒がアルコール度数の強いシロネ酒であるのがわかる。

 

 カップを手にするや否や、マクスは酒を飲み干しトレイに戻した。

 男は一礼して、再び客の波間に消えて行く。


 マクスはマキイからカップを受け取った。

 続けて飲みながらマキイに言う。

「ほら、サイラス伯爵の登場だよ」



「ちょっと待って――」

「どうしたんだい、ミーナ」

「なぜ、あなたばかりお酒を飲んでるの」

「だって、マキイさんは、お酒が飲めないから」

「そうだったの」

「今は、ナノ・マシンが体内にいるから、いくら飲んでも大丈夫だけど、昔は、小さなカップに半分飲んだら眼を回していたね」

 そういって、シジマは可愛く笑い、

「そこは、身体は大きくても可憐な乙女だったんだなぁ――ボクはいくらでも飲めたんだけどね。だから、ああいった場合は、ボクが酒飲み係なんだよ」

「意外ねぇ。まだあなたたちには、色々とわたしの知らない秘密があるのね。これから先、新たに知っていくのが楽しみだわ――ごめんさいね、続けて」



 痩身そうしん白皙はくせき、尖った顎髭あごひげを生やした男が、会場に作られた壇上に現れた。

 サイラス伯爵だ。

「みなさん、本日は、ようこそ我が――」

 伯爵の言葉を聞き流してマクスが言う。

「そろそろ時間も頃合いだと思うよ」


 マクスの言葉にうなずいて、マキイが酔った彼女を介抱かいほうするていでベランダに連れ出そうとしたその時、後ろから千鳥足で近づいてきた男が、マクスにぶつかった。

「あ」

 揺れたコップからこぼれたシロネ酒が、とっさに身を引いたマクスの足にかかり、少女の白い靴下を薄緑に染める。

「あー失礼、謝罪を――」

 呂律ろれつの回らない口調の男にマクスが言う。

「大丈夫です。謝罪はお受けしました」

 早口でそう答えると、急いでベランダに出る。


 人気ひとけのないベランダに置かれたテーブルにカップを置いてマクスが嘆いた。


(ひど)いよ、()りに()って、シロネ酒が靴下にかかるなんて。もう、匂いが取れない」

「わたしだったら、刺激で足が赤くなるね」

「ついてないや――でも、まあ、起こってしまったことは仕方ないね。気持ちを切り替えて行きますか」

「ああ、行こう」

 ふたりは、身軽にベランダを超えて、庭に降り立ち、警護する男たちの目をかすめて弓手ゆんでの団の酒保しゅほに向かった。


 一流の傭兵だけあって、マキイは完全に気配を消して歩いている。


 マクスはその背後を歩く。


 やがて、月あかりのもと、ひと際明るくメナム石で照らし出された建物が見えてきた。


 見つからないように、窓辺に近づいたふたりは、そっと中をのぞく。


 しばらくして、マキイがささやいた。

「いたね、どうやらあいつのようだ」

「どこ?」

「左端のテーブルの向こう側、右から3番目」

 教えられた場所を見ると、確かに、毒屋ベネヌが言った複数の特徴と一致する男が、陰気な顔で酒を飲んでいた。

「確定だね」


 彼らは、裁判を行おうというのではない。

 傭兵の流儀りゅうぎとして、ある程度の確証が得られたら、銀の団が受けたものと同程度のダメージを、直接、弓手ゆんでの団に与えるつもりなのだ。


 もし、死人が出ていたら、こうはならなかっただろう。


「さあ、それでは始めますか」

「ああ、始めよう」

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