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175.虎穴

 未明(みめい)に、アキオは眼を覚ました。


 彼の左右でピアノとキイが安らかな寝息を立てている。


 ナノ・ファイバーを通じて、洞窟内に引き込まれた月明かりが窓から差し込み、少女たちの寝顔を優しく浮かび上がらせた。


 いつものように、彼の身体は、やさしい人の温もりで温められている。

 キイは、アキオの胸の上に(ほお)を乗せて眠り、ピアノは彼の腕を胸に抱き込むようにしつつ、アキオの足に自分のももを乗せて足を絡ませている。

 相変わらず、すこしでも密着度を上げようという寝方だった。


 お互いが、ナノ・マシンで強化されているから、疲れずに眠ることができるが、一般人ならとても普通に寝ていられない体勢だろう。


「う……ん」

 少女たちが、ほぼ同時に声を上げ、眠ったまま、さらに密着度を上げようと動く。


 アキオは、頭もとに置かれたアームバンドに手を伸ばし、ナノ・マシンに命じて、明け方までふたりが目を覚まさないようにした。


 少女たちの中でも、ふたりは特に感覚が鋭く、気づかれずに部屋を後にすることができないと考えたからだ。


 バンドのバイタル・サイン表示で、ふたりが熟睡したのを確認すると、彼はキイの頭をそっと持ち上げ、ピアノのからめた足を外して起き上がる。


 全裸の少女たちにシーツをかけると、ふたりの髪を手できながら、声に出さずに謝った。


 数分後――

 アキオは、ザルドを駆ってジーナ城を後にした。


 月明かりのもと、暗視強化した視力でザルドを操り、荒れた夜道を駆けさせる。

 ザルドは、もともと暗視能力の高い生物なので問題ない。


 出かけることを、ミーナには昨夜のうちに伝えてあった。


 しばらく前にミストラが言っていた、サンクトレイカと西の国の動きを探るためだ。


 時間が惜しいので、ざっと調べて昼過ぎには城に戻るつもりだった。


 敵に、科学知識を持つニューメア王国がいることがわかったので、無線は使えない。

 暗号化で内容は秘匿ひとくできるが、ジーナ城の場所が特定される可能性があるからだ。


 戦争をしかけるわけではないので、武器装備は、P336とナノ・ナイフ、銀針のみのβ1(ベータワン)にしている。


 しばらく穏やかに走って街道に出ると、アキオは疾風はやてのように、ザルドを駆り始めた。


 目指すのはシュテラ・ナマドだ。


 距離として適当であったし、おそらく、どのシュテラにも、彼を探す組織のエージェントが配置されていることだろう。


 だから、彼は、いつものように髪の色を変えずに、黒いナノ・コートのまま街を歩こうと考えていた。

 そして、接触してきた者を締め上げて情報を聞き出すのだ。


 やがて、空がしらんで、朝焼けに雲が薄紅(うすくれない)に輝き始めた。

 まちが近づき、人通りが多くなる。


 アキオは、ザルドをつぶさないためと、人々から怪しまれないために速度を落とした。


 シュテラ・ナマドの街門がいもんで少し並び、通常の手続きでシュテラに入る。


 ザルドを引いて、目抜き通りを歩き、目についたバルドに向かった。

 店の外にザルドをつないで中に入る。


「何になさいますか」

 注文を聞きに来た男に、適当に朝食らしきものを頼む。


 すでにアキオは、自分を見つめる複数の視線を感じていた。

 届いた朝食をさっさと食べ終わると、金を払ってアキオは店を出る。


 ザルドを置いたまま、目抜き通りから脇道に入り、人気のない裏道に向かって歩いた。


 通りの中ほどまで進んだ時、アキオの手がひらめき、手元で連続して金属音が響いた。


 石畳いしだたみに転がった複数の投げナイフが、甲高かんだかい音を立てる。


 声を掛けられると考えていたが、予想に反していきなり襲われたのだ。

 さらに、複数の矢の風切かざきり音が背後から迫るのを感じて、アキオはナノ・ナイフを再び振るった。

 第二、第三波の攻撃をすべて退しりぞけると、足音が近づいて、男たちが彼を取り囲んだ。


 アキオはナノ・ナイフをシースにしまう。


 敵に、科学技術を持つ者がいると分かってから、シジマがアームバンドに新しい能力を付け加えてくれた。

 相手が、武器その他の近代兵器を持っているかを感知する機能だ。

 有効範囲は半径20メートル程度だが、それだけあれば充分だった。

 それによると、男たちは、この世界の、ただの暗殺者に過ぎないようだった。


 アキオは彼らの攻撃を待たなかった。

 素手のまま、男たちに走り寄り、一人ずつ片付けていく。


 おそらく、この世界ではかなりの手練れなのだろうが、所詮しょせんは、ただの人間に過ぎない。


 雷球アラメイを有効に使えば、彼を苦しめることぐらいはできるだろうが、今は、対策をほどこしたナノ・コートを着用しているし、なにより、ここは魔法の使えないシュテラの中だ。


 たちまち襲撃者全員を気絶させると、通りの奥に立つ頭領リーダーらしき男に声をかけようとして――


 首の後ろにひやりとした冷気を感じて、アキオは横っ飛びに身を伏せた。

 彼の元いた空間を()()()通り過ぎ、後から衝撃波が耳を叩く。


 電磁投射砲レイルガンだ。

「よく、あれをかわすな」

 感心したような声が路地に響き、彼の数メートル手前に、いきなり人影が現れた。


機械化兵メカナイズド・ポーンか」

 アームバンドが発する振動で、敵が全身を電子化された機械化兵であることを知ったアキオがつぶやいた。


「そうじゃない、俺は不死兵(Iソルジャー)だ。意味は知らんが」


 アキオは、地球の一部の国で機械化兵をイモータル・ソルジャー、Iソルジャーと呼んでいたことを思い出す。

 男は地球語を知らないのだろう。


「やめろ、アレク。きさまは後詰ごづめだろう。前に出るな」

 リーダーが男を叱責しっせきする。

「前衛が全部やられちまったから、俺が出たんだろう、サンドル」

「彼とは、話をするだけでいいといわれている」

「話はするさ、こいつを倒してからな」

 そう言って、アレクと呼ばれた男は続ける。

「魔王、おまえ強いな。噂通りだ。この体になってから、満足に闘える相手がいなかった。少し(こぶし)で相手をしろ」

 そう言って、手にしたレイルライフルを石畳に置いた。


 アキオは表情を変えない。

 戦場にいると、必ず一定数いっていすうは、こういった兵士がいる。

 戦闘狂カムプフ・ファナティカルと呼ばれる、一種の狂人だ。

 相手をするのは面倒だが、珍しくはない。


 彼は、P336に手をかけたが、思い直して、ナノ・コートを伸ばして指先まで絶縁した。

 素手で機械化兵の相手をするために、久しぶりに全身をナノ強化する。

 男を殺さない方が、サンドルと呼ばれたリーダー格の男と話がしやすいと判断したのだ。


「いいねぇ。その、俺が負けるわけがないという態度」

 言い終わるやいなや、アレクの姿が視界から消えた。


 彼は、最大限に加速した身体能力で、魔王の眼前に近づき、渾身の力を込めたパンチを放ったのだ。


 アレクの体内に埋め込まれたセンサーは、魔王がただの人間であることを示している。

 要は、多少、反射にすぐれた人間に過ぎない。

 噂では化物のように強いそうだが、それは、相手が彼のような()()()()()()()ではなかったからだ。


 だが、次の瞬間、彼はおのに起きたことに驚愕きょうがくすることになる――


 勝利を確信した瞬間、彼の視界が回転し、手ひどく壁に打ち付けられたのだ。


 一瞬、何が起こったか理解できなかったが、体内の行動記録アクション・ログには、起こった出来事が記録されていた。


 彼は、魔王によってパンチを払いのけられ、あごに拳の一撃をくらい、膝を崩されて、最後に腹に受けたりで弾き飛ばされたのだ。


「く、くそ」

 壁から離れて足を踏み出そうとし、アレクは、自分が壁に打ち付けられたのではないことに気づいた。

 彼は、石畳の上に寝ていたのだ。

「何が、どうなった」

 ()()()()()()アキオの攻撃にアレクはうめく。



 アキオは、床に伸び、身体を起こそうとして果たせないアレクの姿を見下ろした。

 機械化兵の最大の欠点は、脳が生身であることだ。

 衝撃緩衝ショック・アブソーブされているが、それにはおのずから限界がある。


 想定以上の衝撃で脳を揺らされると、たとえ三半規管を機械化されていても、知覚機能が異常をきたすのだ。


 だてに、自らも機械化兵として、数多あまたの戦場で戦って勝利を収めてきたわけではない。


「それで――お前はどうする」

 アキオが問うと、サンドルは肩をすくめた。

「もともと、君に危害を加えるつもりはない。あれはアレクが勝手にやったことだ」

 そういって、ゆっくりとアキオに近づく。

「それに、彼にしても、君が魔王かどうか確かめただけなんだ。少しやりすぎたようだが――わたしが受けた命令は、シュテラにいて、君が現れたらこれを渡せというものだった」

 そう言って、封をされた円筒を差し出す。


 アキオは、黙ってそれを受け取ると、封を開けて中の紙を取りだした。

 ざっと目を通す。

「西の国の者か」

「どうかな――返事は今でなくてもいい。期日に指定の場所にさえ――」


 アキオは、サンドルの言葉を最後まで聞いていなかった。

 背を向けて目抜き通りへと歩き出す。


 その背後に、まだ起き上がることのできないアレクの声が投げかけられる。

「魔王、今回は俺の負けだが、次は違う。待っていろ」


 アキオは振り返らず、薄暗い路地から朝陽の眩しい目抜き通りへ足を踏み出すのだった。

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