表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/749

165.回復

「では、再起動させるよ。いいかね」

 青年の身体に対して、何か細かい作業をしていた父が娘に声をかけた。


 少女は、再び分厚いガラスの向こうの隔離室に入れられている。

 だが、その表情に不満の色は無かった。


 隔離ガラスのすぐそばに、さっき彼女が見つけた青年が寝かされ、父によって治療――修理を受けているのだ。


「――この人、怪我をしているの?」

 あの時、ドーム外の騒動に気づいて、走って来た父に向かって、彼女は尋ねたのだった。

「こいつは――どこから来たのだ?」

「わからないわ。ここに倒れていたの。お父さま、この人は怪我を――」

「いや、こいつは機械化兵(メック・ポーン)だ。最前線で戦う下級歩兵(ポーン)だな」

 彼は、馬鹿にした口調で言い、

「怪我をしているわけじゃない。壊れているだけだ。このタイプは脳機能の保護が装備されているから、部品さえ換えてやれば、すぐに元通りになるはずだ」

「わぁ」

 手を叩いて喜ぶ娘に、一瞬、和やかな気分になりながら、カヅマ・ヘルマン博士は努めて怖い声を出した。

「それより、お前は、すぐに部屋に戻らないといけないよ。いったい、どうやって抜け出したのか――」

「ごめんなさいね、お父さま。でも、わたしは嬉しい。だって――」

 少女は両手を広げて空を仰いだ。

「生まれて初めて、外の世界を見たんですもの。素晴らしいわ――それに、お父さま以外の人間も見つけたし……」

 そう言って、動かなくなった青年を見つめる。

「こいつが人間と呼べるかどうか……」

 博士はつぶやいて、

「とにかく、早く部屋に戻りなさい。わたしは、ヴァーサ(汎用)・ボットで、こいつを運ぶから」

「わかりました」

 そういって、少女は研究所に戻りかけ、

「その人の治療……」

「修理だ」

「修理は、わたしが見える場所でやってね」

「わかった」



 そして、今、彼女の見つけた青年の治療――応急修理が終わって、父が目を覚まさせるところなのだ。


 少女は、わくわくする気持ちを抑えきれずに父を見る。

 パチッと何かがぜるような音がして、小さな火花が飛んだ。

 

 青年がゆっくりと目を開ける。

「おはよう」

 少女が言った。

 ガラス越しではあるが、マイクを使って声は届くようになっている。

 青年は返事をしなかった。

 彼女を見つめ、ゆっくりと目だけ動かして、あたりを見回している。


「お前の名前は」

 博士が尋ねた。

「もう、気づいているだろうが、一応言っておくと、お前の運動機能は完全に停止してある。発声装置は使えるから、聞くことにだけ答えろ」

 だが、青年は黙ったままだ。


「名前を聞いている。ここは軍の機関ではないから、生ぬるい国際条約は通用しない。わたしが気に入らなければ、すぐに外に放りだすぞ。今の外気温は零下60度だ。たちまち、お前の予備バッテリーは底をつき、生身の部分も凍結するだろう」

 博士の脅しを聞いても、やはり青年の無表情はかわらなかった。


 生来せいらいかんの強いカヅマ・ヘルマン博士は、本当に、このままクズ鉄兵士を外に放り出そうかと考えたが、そんなことができるはずがなかった。


 長らく渇望かつぼうしていた、()()()()()()()()がやっと手に入ったのだ。


 きちんと実験するには生身の部分が少ないようだが、なに、彼がかつて研究資金稼ぎに開発した、様々なクローン技術を使えば、手足や内臓など、ある程度の部品がそろった人間(まが)いの生き物にはなるだろう。

 その後で、彼が、今必要としている新しいナノ・マシン開発の実験対象として使えばよい――



 その後、少女と博士が色々話しかけても青年は黙ったままだった。


 博士は、腹立たしげに装置を操作して、兵士の意識レベルを下げて眠らせた状態にし、彼のわずかに残った生身部分からDNAサンプルを取ってクローン培養に回した。


「お父さま……」

 兵士の首に内蔵されたカプセルに、脳の栄養分である複合濃縮ブドウ糖液を注入し、手押し車に似た自動運搬装置オートキャリーに乗せて、博士が第二隔離室に向かおうとすると、少女が呼びかける。


「その人は、話せないの?」

 博士は首を振った。

 発声器官は壊れていなかったし、簡単に調べた限りでは、脳もダメージを受けてはいないようだ。

「そんなことはないよ。ただ、こいつは、話したくないんだろう。兵士には、よくこういったタイプの者がいる。わたしたちを敵だと思って、一切の情報を漏らさないようにしているのだよ」

「つまり、あの人は、良い兵隊さんということね」

「そうともいえる……」

 博士は、そう言い残すと少女に背を向けて、第二隔離室へ向けて歩いて行った。

 その横を、兵士を乗せた自動運搬装置オートキャリーがついて行く。



「それにしても、あなた話さないわねぇ」

 少女が、自動運搬装置オートキャリーの台の上に、上半身だけの状態で置かれた青年に向かって呆れた声を出した。


 彼が発見されてから数日が経ってる。


 毎朝、第二隔離室から出された兵士は、自動運搬装置オートキャリーに乗ったまま、彼女のガラスのすぐ前に置かれることになっていた。


 兵士に向かって、彼女は様々に声を掛けるのだが、彼はまったく反応しない。


 青年を発見して以来、彼女は、ガウンや、入院患者のような貫頭衣かんとういタイプの服をやめている。

 今日は白いブラウスと、ひざ丈の赤いスカートを身に着けていた。


「音は聞こえているんでしょう?」

 やはり反応はない。

「大したものだわ。まるで人間じゃないみたい――見かけのことじゃないわよ。見かけだけなら、わたしも人間には見えないものね」


 そういって、少女は、乳白色の仮面をつけた姿が、彼によく見えるように、くるっと回った。

 スカートが遠心力で持ち上がり、美しい円を描く。


 だが、青年は無表情なままだ。


「もう、可愛い服を着る甲斐がないわね」

 少女は頬を膨らませる。


 一週間が経ち、その日も、無駄に声を掛けていた少女のもとに、博士がカメラのような丸いものと、そこから伸びたコードがつながった機械を持って来た。


 たしか、青年が倒れていた時、身につけていた装置だ。

「お父さま、それは?」

「これはAIだよ。誰か個人が作ったものだろう。既成(きせい)部品ハードウェアとライブラリを、ほとんど使わずに組み上げてある。このサイズの性能としては大したものだ」

 そう言って、兵士の傍らに装置を置く。


「彼が作ったのかしら」

「それはないだろう」

 博士はそう言うと、

「話しかけてごらん。こいつは、その男よりよほど人間的だ」


 父に勧められて、彼女はマシンに話しかけた。

「こんにちは」

「はじめまして」

 即座に返事がある。


「あなた、お名前は?」

「わたしの名はクマリ・ハマヌジャン。しかし、現在は、ミーナクシーと名乗っている」

「ではクマリ」

「ミーナクシーと呼んでほしい。それが創造主の希望だ。ミーナでもよい」

「創造主はこの人?」

「違う。創造主は、わたしの兄、サルヴァール・ハマヌジャン。知識を収集し、人と会話し、自我を獲得することを最終目標として設定された人工知能(AI)だ」

 そういって、AIは少し沈黙し、

「ここは、軍の施設ではないな?」

「ええ、個人の研究所よ。どこの国にも所属していないわ」

「極北にあるということか」

「まあ、頭が良いのね。なぜここにきたの」

「答えられない。軍事に関係すること以外なら話す」

「お前は、軍の備品か」

 博士が尋ねる。

違う(ネガティブ)。さっきもいった。わたしは、兄、サルヴァール・ハマヌジャンが私的に創造したモノだ」

「お父さま、うちのAIとまったく違うわ」

「認めたくないが、そいつの方が、はるかに優秀なようだ」

「わかったわ、ミーナ。では、今からいろいろ尋ねるから、話せることだけ答えてね」

肯定(イエス)


 そうして、AIミーナと少女の長い会話が始まったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ