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016.景観

 翌日、アキオたちは朝遅くに目を覚ました。


 キイが昨夜の残りで朝食を作ってくれる。

 朝からなかなかのボリュームだ。

 今は酒ではなく、水をカップから飲みながらキイが宣言する。

「食べたらすぐに服を買いに行くね」

 アキオはうなずいた。

「そうだ、出かけるときに、扉が壊れたことを伝えないと」

「それは直しておいた。鍵が掛からないと困るだろう?」

 キイがため息をつく。

「便利なもんだねぇ、ナノクラフトは」

「手と道具で直したんだ。君が顔を洗っている間に」

あるじさまは器用だ」

「その呼び方はよしてくれ」


「アキオにも渡しておくよ」

 食事が終わると、キイがそう言って、ベットの下から貨幣の袋を取り出した。

 金属音をさせながら、中身をテーブルの上に広げる。金貨だ。

 色と輝きの違いで3種類ある。いずれも一辺が1.5センチほどの四角い形状で、中央に穴があいていた。

「金と銀、この世界の貨幣もやはり貴金属か。いや、ひとつだけ卑金属が混ざっているな。これは……ニッケルか」

「なんだって?」


 おおまかに言って金属は、化学変化しにくい順に、金、白金、銀、銅、鉛、スズ、ニッケル、コバルト、鉄、クロム、亜鉛、アルミニウム、マグネシウム、リチウムとなり、安定している金、銀、白金を貴金属と呼び、銅以下を卑金属と呼ぶ(銅を貴金属扱いする場合もあるが)。


金属の在殻中の存在比、つまり惑星上に存在する割合は、ジーナ出発時に調べた限り、地球と似ていたはずだ。

 希少価値があり、見た目が美しく化学的に安定している貴金属を貨幣にするのは理にかなっている。


「いや、なんでもない。でも大きさと形が似ているから間違いそうだ」

「色が違うだろう?それに穴の形が違うからわかるんだ。重さも違うしね。値打ちのある方から、金色の四角い穴がブライ、銀色で三角がスタン、銀で丸いのがニックだ。その上にピント銀貨もあるが、高額なので普段は使わない」

 ピント銀貨、金と銀の上位貨幣なら、おそらく白金プラチナだろう。

「金貨に穴が開いているのは珍しいな」

「そうか?触るだけで何かわかるし、細いロープでまとめることもできて便利だぞ」

「紙幣、紙の金はないんだな」

「紙は金貨のかわりにはならないよ」


 アキオはうなずく。この世界は、まだそういう時代らしい。


 アキオの生まれた時代、すでに地球では通貨の電子化で、ほとんどの人々は現実の貨幣を知らなかった。

 彼自身は、少年兵時代に従軍した西アジアの辺境地帯で紙貨幣が使われていたので使ったことがある。長く使われたそれは、黒ずんで膨れ上がり、とても紙とは思えないシロモノであったが。


「じゃあ、これを渡すよ」

 そういいながら、キイが一日分の金として数枚のブライ、スタン、ニックをよこす。

 10ニックで1スタン、4スタンで1ブライだそうだ。

 アキオはうなずいて、金を受け取る。

 実際の貨幣価値は、キイの買い物を見ていればわかるだろう。

 

 コートを身に着けて宿を後にする。

 朝から通りは賑やかだった。

「人が多いな」

「シュテラ・ナマドで大市おおいちが開かれるから、その影響でこっちの商売も盛んになっているのさ」

「大市っていうのは?」

「年に四回開かれる大きなバザールだよ」

 ちなみに、一年つまり公転周期は382日であることが、キイから教わって分かっている。


「こっちだ、アキオ」

 さらに、人混みがひどくなると、キイがアキオの手を引いた。

 通りを眺めながら楽しそうに歩いていく。

「これから行くのは、『ピーゲル』という店だ。別に高級な店じゃない。中の下というクラスの店だな」

「なるほど」

 興味のないアキオは生返事を返す。


 昨日、馬車で通った道を逆に歩いて、目抜き通りに向かった。

 地面は土が強く固められていて歩きやすい。

 コツコツとキイのヒールの音が通りに響く。

 建物の多くは宿屋と同じ、緑色の石でできているようだ。

 材料強度と重量の関係からか、建物の高さは高くない。

 せいぜい3階建てが限界のようだ。


「この店だ」

 外から見るだけでは、服を売っているとは思えない建物にキイが入った。

 大量のメナム石で照らされた店内は、衣料品店というより、雑貨屋という感じだった。

 中央の台には様々な雑貨が置かれ、壁に作られた無数の棚には服が畳まれておかれている。

 よくわからないが、マネキンやトルソーといったヒトガタに服を着せて展示するということはなさそうだ。

 すぐに店員らしき女性が近づいてくる。

 この店は、男女両方の服を売っているようだ。

 キイは店員に導かれ女性衣料の方へ連れていかれる。


 アキオには男性店員がついた。

「どんな服になさいますか?」

 店員が尋ねるが、アキオは服のことなどまったくわからない。

「少し見て回るから、放っておいてくれ」

 そう言って、動きやすそうな服を手に取って選んでいく。


 三着ばかり選んだところで、早々に自分の服を決めたキイがやって来た。

 アキオの選んだ服を見て、それは全部作業用と狩猟用だ、と却下する。


「さすがだな」

 結局、すべてキイ任せで服を選んだアキオが通りに出て感心した。

 服は買ったものに着替えて、着ていたコートなどは袋にいれて持ち歩いている。

「なにがだい?」

「あんなに早く君が自分の服を選ぶとは思わなかった。もっと迷うと思っていた」

「普通は迷うんだろうね――」

 キイは女性らしい顔に、男っぽい微笑みを浮かべる。

「だが、スピードは大事さ。トロトロしていたら、有事発生の際に命を失うからね」

「有事……」

 アキオは呆れた。本当に中身は傭兵のままだ。

 だが、そう言ってから、キイはふっと笑い、

「実は、前から、生まれ変わって可愛くなったら着ようと思っておおよその服を決めてたんだ。その頃は夢だったけど」

「そうか」

「しかし、店員が、わたしに次々と服を着せようとするのでまいったよ」

 ここでもアキオはミーナの助言に従う。

「きっと店員も、きれいな生き物に、色々な服を着せてみたかったんだろうさ」

「口がうまいね!」

 キイが袋を持たない方の手で、アキオの背中をバンバンたたく。


 いま、彼女は、街中で着るための細身で薄いジャケットにひざ丈のスカートを身に着けている。

 裾から伸びた美しい足が履くのは、パンプスではなくショート・ブーツだ。

 アキオは、上下黒のタートル・ネックとパンツを着ている。

 キイの選択は合理的で、アキオの趣味と一致するため、なんの問題もない。


「もっとも、急いで服を選んだのには、もうひとつ理由があるのさ」

 キイが笑顔で言う。

「なんだ?」

「せっかく服を買ったんだ、早く飯屋で昼飯にありつきたいだろう?起きるのが遅かったから、もう昼だ」


「金は残っているのか?」

 キイに連れられ入った店でテーブルに着くと、アキオは尋ねた。

「宿代も服の代金も結構するだろう。あの剣を売るだけで、それがあがなえるとも思えないが」

「実は、マクスが、彼女に渡したわたしの財産の一部を持ってきてくれたんだ。とりあえず、それを借りておいた。あとで返すつもりだ。だから、しばらく金の心配はいらないよ」


 食事は肉が主体だったが、野菜らしきものもあった。

 主食は、固焼かたやきのパンのようなものだ。この世界では、酵母菌による発酵をおこなっていないらしい。


「行きたいところがあるんだ」

 食事を終えて、通りに出るとキイが言った。

 アキオは、先に立って歩く彼女の後ろをついていく。

 全員とはいわないが、すれ違う人たちの多くがキイを見て振り返る。

「人気があるじゃないか」

 アキオが冷やかすと、それを聞いたキイが後ろを向いて驚いたように答えた。

「ああ、そうか。みんなわたしを見てるのか」

「そうだ」

「気がつかなかったよ。今までもわたしが歩くとみんな振り返って見てたから。違う意味でね。子供なんかは走って来て体を叩いたりしたもんさ。今はそれがないから妙な感じがしていたんだ」

 そういって、キイはアキオへ手を伸ばす。

 最初、その意味がわからなかったアキオだが、すぐに彼女が手をつないでほしいのだろうと気づく。

 アキオはキイの手をとった。


 道は徐々に上り坂になった。

 最後はかなりの急坂きゅうはんだ。


「ここさ」

 彼女が指し示す先には、木製の大きなやぐら、塔とよぶべきだろうか、が、そびえ立っている。

 ガブンの街の背後は丘になっていて、その上に塔が立っているのだ。

「さあ上ろう」

 キイがうながす。

 強力な脚力で、二人は楽々と塔を登っていく。

 ほどなく、アキオと彼女は頂上に立った。

 そこは見張り台兼展望所になっているらしい。


「いいだろう!」

 眼前に広がる景色を指さして、キイが叫ぶように言う。

「宿屋は知らないが、ここには何度か来たことがあるんだ。だから、アキオにこの景色を見せたかった!」

 丘と合わせて地上200メートルはある塔の頂上からは、遠く雪をいただく高山と足元の樹林、そしてそれほど遠くない距離にある2つの街が見えた。


「いい眺めだ」

 そう言いながら振り返ると、優しい眼をして景色を見つめるキイの姿があった。

 風に流され、陽光に輝く金色の髪を片手でおさえて、無心に彼方を見ている。

「美しいな……」

 思わずアキオはつぶやいた。

「ああ、いいところだろう。わたしはこの景色が一番好きなんだ」

 見当違いの返事をするキイに微笑み、もう一度アキオは言う。

「本当に、綺麗きれいだ」

 この世界の景色、風の匂い、陽光、そしてその中にいるキイ――


 アキオは、単純な人の美貌に価値を感じない。

 だが、今、キイが見せる表情は、無為の自然と相まって、強く彼の心を揺さぶった。


 アキオが長く過ごしてきた戦場と研究所には色がなかった。

 しかし、この世界は豊饒ほうじょうで鮮やかな色彩に満ちている。


 世界は残酷だ。

 それでも、時にそのお返しのように優しい姿を見せることがある。


 アキオは目を閉じて、この光景を脳裏に焼き付けようとした。


 何十年、何百年が過ぎ去っても、鮮やかに、この瞬間を思い出せるように。

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