155.暗殺
それまでも、何回か暗殺は企てられたが、すべて未然に防いでいた。
だが、今回は相手が悪かった。
彼女を狙ったのは、かつての王位継承権第二位のホルメスだったからだ。
かつての彼は、王位に拘泥することもなく、取り巻きである先王の重鎮たちに担がれて、いやいや他の継承者と対していた。
嫡子でありながら、年の離れた幼いアルメデに声をかけてくれる、優しいホルメスを彼女は嫌ってはいなかった。
そんな彼が、アルメデを手にかけようとしたのだ。
アルメデが女王になって13年、トルメアは、ついに懸案事項であった、サイベリアと並ぶ南半球のアウストラリス帝国を併合した。
厳しい水不足に苦しむ帝国に対し、ネオイオン交換膜による海水のろ過と、空気中の水蒸気を水に変える凝結器を組み合わせた、通称W製造機を無償提供することで懐柔することに成功したのだ。
その祝賀式典で、アルメデとキルスはホルメスから至近距離から銃で撃たれた。
青ざめた顔、乱れた髪のホルメスは明らかに様子がおかしかったが、誰も彼に注意するものはおらず、身体検査もおざなりなままパーティ会場に入り込んでいた。
明らかに第三者の手引きがあったと思われる。
さらに、本来なら女王の傍に控えるはずの護衛官がなぜか彼女から遠ざけれていた。
アルメデに声を掛けながら近づいた彼は、彼女にグロックKE26を向けた。
小型で9ミリパラベラムE弾を用いる拳銃だが、弾丸名にEがつくことからわかるように、弾頭が爆弾製で、着弾とともに爆発を起こし、肉体の広範囲を破壊する武器だ。
発射された弾丸は、咄嗟に身をかわしたアルメデの左腕を吹き飛ばした。
パーティー会場が悲鳴に包まれる。
「姫さま」
近くにいたエヴァが倒れた彼女を突き飛ばし覆いかぶさった。
同時に二発目の銃声が響き、弾丸はエヴァの腹部を貫く。
「エヴァ!」
アルメデの叫びが響き、キルスがホルメスにとびかかった。
「宰相!」
スタンもわずかに遅れてホルメスに体当たりする。
銃声がさらに響き、キルスとスタンも血に染まった。
「やった、やったぞ、これで俺が次の――」
それがホルメスの最期の言葉だった。
遅れて到着した護衛官に頭部を吹き飛ばされてホルメスは即死する。
「エヴァ、エヴァ」
すでに腕の血が止まっているアルメデがエヴァにすがりついた。
「誰か、早く医療班を――」
「や、めてくだ、さい」
その胸にエヴァが手を置いて、止めた。
「もう、手遅れ……です」
「ああ、カイネはどこ?」
「あの子は、家に……います。にぎやかな……場所は……嫌い、なので」
「エヴァ、エヴァ、気をしっかり持ちなさい」
「姫さま……は?」
「わたしは大丈夫、痛みもないし、血は止まってもう再生が始まってるわ」
「すごい……です、ね」
「あなたにも処置を受けさせていたら――」
「駄目、です」
そう言って、吐血で朱に染まった顔に微笑みを浮かべる。
「処置を……受けた……ら、アダムに……会うのが……100年先になって……しま、う。それは……いや。今でも七つも年上……」
軍の医療班が到着して、アルメデとエヴァの様子を見ようとするが、アルメデは手で制した。
女王は正面からエヴァの目を見る。
「エヴァ、もうお別れです。いいたいことをいいなさい」
「姫……さま……やりたいよう……に、おやりな……さい。あなた……は……生きて。賢く……可愛い……メデ、初めて会った……時から……大好き」
エヴァは死んだ。
アルメデはエヴァの目を閉じさせて、冷たくなりつつある彼女の顔に、頬を寄せた。
しばらくそのまま動かずにいる。
やがて――
「彼女を病院に運んで、身体をきれいに修復しなさい。カイネが来る前に」
そう言って後を医療班に任せると、胸を撃たれ、応急処置を受けているスタンの前で座り込んでいるキルスに近づいた。
「大丈夫ですか、キルス」
「はい……あなたは?」
「あの程度の傷では死にません。それよりスタンは」
「心臓近くを撃たれています。なんとか病院までもてばよいのですが」
「急ぎなさい」
「はっ」
スタンを乗せた担架が走り去っていく。
「わたしたちも行きましょう。あなたの傷もそうですが、わたしの手も元に戻りつつあります。見つかるといけないでしょう」
そのまま、二人は王立病院に向かった。
病院で医者に取り囲まれるが、必要ないといって引き下がらせる。
実際、アルメデもキルスも、体温が下がり、寒気はするものの傷は完全に治っていた。
アルメデは、エヴァの病室に向かう。
彼女は――エヴァは、傷跡を修復をされ、身体を清められて静かに横たわっていた。
アルメデは、彼女の冷たい頬に触れる。
最初は、キルスの補佐として出会った。
明らかに貴族らしい女性で、その容姿同様、立ち居振る舞いも美しかったが、時折、彼女とキルスを見る目に冷たい光が混ざることをアルメデも感じていた。
今にして思えば、彼女は、恋人アダムの死の真相を知るために二人に近づいたのだから当然だ。
しかし、やがて、エヴァがキルスよりアルメデと長い時間を過ごすようになると、二人の関係は劇的に変わった。
疎遠な父親、ライバルとしての兄姉しかもたないアルメデにとって、エヴァは姉と呼んでよい存在となったのだ。
そのエヴァが死んでしまった。
アルメデを庇って。
二発目の弾は、明らかにアルメデの頭部を狙っていた。
いかにナノ・マシンによる治癒能力でも、頭を破壊されたらおしまいだ。
それをエヴァは救ってくれた。
結局、アダムとエヴァのふたりとも、自分が殺してしまったのだ――
病室のドアが開いて、カイネが入ってきた。
アルメデは、エヴァから離れる。
「カイネ」
いつものように感情を表さず、呼びかけに応えて少女は軽くうなずき、アルメデの横に立った。
女王は、下がって少女に場所を譲る。
「エヴァは――」
「家で見ていました」
それだけ言うと、少女は養い親をじっと見つめる。
アルメデは、軽く首を振ると、そっとドアを開け病室を後にした。
「女王さま」
廊下に出ると、再び医者が診察をしようとするが、必要ないと言って病院を後にする。
病院の周りは王立軍の精鋭部隊で守られていた。
玄関を出ると、20人ばかりの護衛官に取り囲まれる。
「高い城に戻ります」
アルメデは、凛とした声で宣言した。
半時間ほど、黙ってエヴァの顔を見ていたカイネは、無言のまま踵を返して病室のドアを開け廊下に出た。
暗く静かな深夜の病院を歩いていく。
やがて、目の前に廊下へ明るく光を放つ部屋の入り口が現れた。
近づくとそれは手術室の見学所だった。
何気なく中を見ると、キルスが独りでガラス越しに治療を見つめている。
しばらくその様子を見て、そのまま立ち去ろうとした時、キルスのつぶやきが彼女の耳に入ってきた。
「馬鹿な奴だ。命をかけてわたしを守ってどうする――まさか、孤児院から拾ってやったのを恩に感じてか?」
立ち止まった少女は、キルスの背をじっと見つめる。
「それはお前が役に立つと思ったからだ。まだ投資に見合う見返りが足りない……だから――死ぬな」
カイネは、足音を殺して廊下を歩み去った。
「女王さま、大丈夫ですか」
城に戻ると、執務室に詰めかけた重臣たちが口々に言う。
「ええ、このとおり大丈夫です」
「しかし腕が――」
言いかけた男が、アルメデの腕を見て黙る。
「かすり傷でしたが、ひどい怪我のように見えたそうですね」
アルメデは平然とごまかした。
すでに、彼女とキルスが撃たれた映像は、彼女の命令でかすり傷に改変されて何度も放送されているのだ。
もちろん、居並ぶ重臣をふくめ、実際にその目で目撃した者も多いだろうから、長くはごまかせないだろう。
近いうちに何らかの情報開示はしなければならない。
だが、今は――
アルメデは、彼女を取り巻く男たちを見まわし、言った。
「そんなことより、この件は放置できません。一刻も早く犯人の特定をしなさい」
「ホルメスさまは――」
「もちろん、あの人は、操られていただけです」
「女王さま、新しい報告があります」
メモを渡された国家保安長官が口を開く。
「続けなさい」
「アルロンさまも襲われたそうです」
アルロンは嫡子の長男、つまり、かつての王位継承権第一位の男だ。
「いつですか?」
「パーティー会場から避難される際に複数の男に襲われ、アルロンさまは無事でしたが、護衛官が2人死亡したとのことです」
「分かりました」
アルメデは少し黙り、続けた。
「アルロンの過去半年の行動を洗いなさい。あの銃の使用弾薬は9ミリパラベラムE弾でした。たしか、王国内では手に入りにくいはずです。その線を追いなさい。サウストン卿の私財の動きは探らせてありますね。その資料を直ちにわたしのもとへ。会場で、わたしとキルスのまわりに護衛官がいませんでした。そのものたちは殺害されているかもしれませんが、生きて逃走しているようなら王立軍を上げてつかまえなさい。この件は3日以内に解決します。王国の威信にかけて」
「サウストン卿……彼はアルロンさまの支援者ですが――」
「根拠のある意見があるならいいなさい。聞く耳はあります。そうでないなら、すぐに動きなさい」
静かだが毅然とした口調でアルメデは言い、思いついたように続ける。
「あと、先日調査させた、残り33人の王位継承者の資料もわたしのもとへ。いますぐに」
重臣たちは、アルメデの指示に戦慄を覚える。
彼らは、女王が天才と呼ばれるにふさわしい女性であることは知っていた。
彼女が女王になるまでの、当意即妙な受け答えを聞いていれば誰もが感じることだ。
しかし、彼らは、常にキルス宰相かエヴァを通じて指示を受けっていたため、彼女の本当の頭の冴えを見たことがなかったのだ。
これまでになされた絶妙な施策、外交などは、すべて切れ者のキルス宰相が行っていると考えていた。
だが、彼女が女王になって、初めて発する直接の命令は、鋭く、明確なものだった。
女王は、アルロンとサウストン卿を首謀者と判断し、他の継承者の新たな処置を考えている。
彼女はお飾りの人形ではなかった。
恐ろしい方だ。
女王に逆らってはいけない――
呆然と立つ男たちに、女王は言う。
「どうしました、動きなさい」
「仰せのままに、女王さま!」
重臣たちは声をそろえて返答すると、無言のまま急ぎ足で部屋を出て行った。
残されたアルメデは、窓から深夜の王都を見つめる。
たとえ――
たとえ誰であろうと、自分からエヴァを奪ったものを許すことはできない。
自分の甘さがエヴァを殺したのだ。
彼女は、昨日までの自分の覚悟のなさと決別することを決意する。
彼女と彼女の愛するものに仇なすものは敵だ。
愛する国民、臣下を守るために敵は排除しなければならない。
2日後、王位継承権第一位のアルロンが女王暗殺事件の黒幕として緊急捕縛され、翌日処刑された。
彼が、ホルメスを薬物中毒に陥れ、半洗脳の状態にして女王を襲わせたのだ。
ホルメスに武器を与え、国外に逃亡しようとしていた護衛官ふたりは、軍の特務部隊によって捕縛され、尋問の末、アルロンの名を吐いた。
王国軍需産業の旗手であったサウストン卿は、半年前に勃発したサイベリア局地戦の外患誘致罪で即時死刑、私財は王国没収の上、家族は国外追放された。
他の33人の王位継承者たちも、すべて継承権を完全剥奪され、男女を問わず僧籍にいれられる。
こうして、その後、鋼鉄の処女と呼ばれるようになるトルメア女王アルメデが誕生したのだった。