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154.告白

 カイネをキルスに会わせるのに先立って、エヴァは彼女をアルメデに紹介していた。


 女王は、一目見るなり、

「まあ、これがあなたの――きれいな子ね」

 少女は、それが癖なのか、んだ青い目でじっとアルメデを見つめる。

 エヴァがうながすと、少女は名を名乗った。

「あなた、おいくつ?」

 美しくはあるが、老成ろうせいした雰囲気ふんいきの少女にアルメデは尋ねる。

「14歳です」

「そう――」

 うなずきながら、7歳の自分に向かって、ミーナが同じ言葉をかけた気持ちが、今になってわかった、と内心苦笑する。


「愛想のない子で申し訳ありません」

「良いのです。わたしも、子供の時はそうでした」


 それにしても――

 アルメデは、カイネの髪の色と目の色が、アダムと似ていると思う。

 ひょっとして、カイネはエヴァとアダムの子供ではないのか。



 延命措置を受けてしばらく経って、アルメデは、エヴァがアダムの想い人であったことを知った。


 普段はシャワーですませるアルメデも、激務が続くと、ナノマシンに熱量エネルギーを与えるために、入浴することをエヴァに勧められる。

 そんな時、彼女は、肩に傷があったころのように、エヴァと一緒に湯につかることを好んだ。


 その日、忘れ物をして湯殿ゆどのから脱衣場所に戻った彼女は、偶然、エヴァの衣服に手をふれ、床に落としてしまった。

 ロケットが転がる。

 彼女が、常にその装飾品を身に着けているのは知っていた。

 あわてて取り上げた拍子ひょうしにロケットの蓋が開く。

 そこに彼女が見たのは――

 アダムにエヴァが寄りって笑う写真だった。


 彼女については、再々(さいさい)キルスから、気を許しすぎないよう指摘はされてはいた。

 アルメデも何か理由わけありの女性であるとは思っていたのだ。


 その写真を見て、彼女はそれまでの疑問が氷解する。


 なぜ、彼女が内務卿のコネを使ってまで、なかば強引に、王位継承権最下位で庶子しょしの自分に仕えようとしたのか。


 なぜ、エヴァという名前なのか――


 彼女もキルスも、それが彼女の本名でないことは知っている。

 ただ、血の(ブラッド)復活日(・レザレクション)の恩返しに、彼女を後押あとおししてくれる高名こうみょうな家系の娘であるのは事実なので、あえて目をつぶっていたのだ。

 だが、今、彼女は理解した。

 ()()()()()()()()、エヴァを名乗るのは当然だ。


 おそらく、エヴァは、公にされないアダムの死の真相を知るために、彼の最期の任務であった、アルメデ王女救出の関係者である彼女のもとにやってきたのだ。

 そんな迂遠うえんな方法をとるくらいなら、素直に直接聞いてくれた方が――

 アルメデはその考えを打ち消す。

 いや、キルスに真実を知られたくない自分は、当時、直接尋ねられたとしても、何も答えはしなかっただろう。


 高位貴族の出身であるエヴァは、貴族という者が、弱みになるかもしれないきずを容易にさらさないであろうことを知っていたのだ。


 だから彼女たちに近づいた。

 真実を知るために。


 アルメデは、湯舟に戻ると、湯につかるエヴァを背後から抱きしめた。

「え、あの、アルメデさま」

 やわらかな双丘(そうきゅう)を背中に感じたエヴァは驚く。

「ごめんなさい。長いあいだ待たせて――」

「どうされたのです?」

 彼女は、偶然、ロケットの写真を見てしまったことを謝罪し、

「いま、すべて話します。()()()()()()()のことを」

「姫さま」

 また昔の呼び名に戻ってしまうエヴァに、アルメデはアダムのことを話し始めた。


「そうでしたか」

 聞き終わって、暖かな涙を流したエヴァが言った。

「彼は笑ってったのですね」

 アルメデはうなずく。

「そして、あの処置の時にいた黒髪の男性が、彼の最期の相棒ともだち……」

「そうです」

「ああ、胸のつかえが下りたような気がします」

 エヴァは、天を仰ぐようにして言った。

「アダムが死んだことはわかっていました。どのように死んだかを知りたかったのです」

「ごめんなさい、エヴァ。わたしのせいです」

「いいえ、彼は、彼の望むままに行動し、亡くなったのです。悔いはなかったでしょう」

 エヴァは、アルメデを見た。

「アルメデさま、このことは宰相には知られませんように」

 涙を流しつつ、エヴァが顔を引き締めて言った。

「あなたもそう思いますか」

「はい。おそらく、宰相はあなたをさらわれた汚点をぬぐうために、かねて弱みを握っていた内務卿にあなたの救出を依頼し――」

「エヴァ」

「きれいごとをいっても始まりません。それを知ったアダムが特殊部隊で取り組むべき任務に単独で挑んだ、弟への愛のために」

「おそらくそうでしょう」

「この十数年仕えてわかりましたが、キルスは、めったに表には出しませんが、野望といびつにゆがんだ愛情の激しい(ひと)です」

 アルメデがうなずく。

「そんな彼が、自分のために兄が死んだことを知れば、ゆがんだ方向に感情が出てしまうかもしれません」

「さすがによく見ていますね」

「はい。それが仕事ですから――そして、あなたは、あの黒髪の青年に恋い焦がれておられる」

「15年前、ねて、このまま死ぬといったわたしを、彼は胸に抱いて助けようとしてくれました」

 アルメデは目を伏せ、

「その時、わたしは、彼に向かって、悪党、誘拐魔、人殺し、といい放ったのです。彼は、君の言葉は全部正しい、と答えました。少し寂しそうに微笑みながら――ああ、今でも思い出すたび身の縮む思いがします。それは、後で聞いた彼の半生、決して彼が望んで歩んだものではない人生に対する心ない攻撃、非難の言葉でした。そしてあの日、自分が人より頭が良く、世界で一番不幸だと思って世をねていた7歳の子供は、初めて他者にも人生が、自分以上に苦難の多い人生があることを知ったのです」

「アルメデさま……」

「わたしの話はともかく、あなたに償いをしなければ――」

「その必要はありません。アダムは彼の任務と家族のために命をかけたのですから――ただ、もし、その気持ちをお持ちいただけるのでしたら、後にお目通りさせるわたしの後継者に、延命措置をお願いいたします」

「以前にも約束した通り、かならずそうします」

「ありがとうございます」


 その後継者が、今、彼女の前にいるカイネだった。

 あらかじめ知らされた少女の経歴では、事故で両親を亡くした遠縁の子供をエヴァが引き取ったことになっていた。

 それはキルスが密かに調べさせた情報と一致している。


 カイネがアダムの娘かもしれないと思ってはみたものの、アダムが死んで15年経っている上、彼は亡くなる何年も前から体を機械化していたので、エヴァとの間に生まれた子供が14歳ということはないだろう。

 やはり、資料通り、遠縁の子供を引き取って養い親になっているだけなのだろうか。


 カイネは優秀な娘だった。

 年齢こそ14歳だが、すでに大学までの教育を終えているため、毎日、エヴァについて日常業務をこなし始める。

 仕事の手際てぎわも鮮やかだった。

 エヴァとは、息のあったコンビで次々と仕事を片付けていく。


 ただ、第一印象の通り、カイネはやはり変わっていた。


 ほとんど笑うということがない。

 滅多にみないほどの美少女なのだが、その表情は常に硬いままだ。

 エヴァとの仲はよさそうで、家庭に不満があるということもなさそうだ。

 やはり、親を失って引き取られているということが影響しているのだろうか。


 ある程度、少女が業務に慣れてくると、自然にカイネはキルスにつくようになり、エヴァは、アルメデにかかりきりになった。


 その間も、ミーナとの会話は定期的に続いていた。

「ごめんなさい、まだアキオには伝えていないの」

 AIが謝る。

 研究の多少の進捗しんちょくと実験の失敗の繰り返しで、話をする余裕がないらしい。

「かまわないわ。わたしもまだまだ忙しいから」

「また、2つの大国を併合したのね。すごいわ」

「はやく終わらせないと、そっちに行けないもの。でも、大丈夫。まだまだ時間はあるでしょう」

「そうね」


 そして、3年後、アルメデは命を狙われたのだった。

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