153.出会
さらに二年が経った。
相変わらず、キルスは忙しい。
一年前に勃発したサイベリアとの紛争の、事後処理に忙殺されている。
その局地戦、後にセスア奪回戦争と呼ばれた戦いで、トルメア軍は一時甚大な被害を被って、あわや敗走しかねない状態になったのだった。
当時、突如として進行を開始したサイベリア軍が、王国の東の果てのセスア州を占拠した。
その奪還のために、キルスとスタンは自信をもって最新鋭の王立軍硬化外骨格部隊を投入する。
それがサイベリアのEMP兵器によって使用不可能となったのだ。
単なる木偶として、戦場に突っ立ったままの最新電子化部隊は、敵軍にとって、格好の標的だった。
次々と移動式レイルガン車の餌食となって砕かれていく。
「どうした!」
戦場から遠く離れた作戦本部で監視用ドローンの映像を見たスタンが叫ぶ。
「敵が使用するEMP兵器によって、わが軍の硬化部隊が行動不能になっています」
現場指揮のコルピコ将軍が説明する。
キルスがスタンを見た。
「どういうことだ。硬化外骨格のEMP対策は――」
「当然、対策済みです。おそらく、単なる電磁兵器ではなく、T粒子なみに電子機器を動作停止させる武器だと思われます……くそっ」
スタンが机を叩く。
さらに敵の攻撃は続き、硬化外骨格部隊の背後に陣取った王立軍5千の兵が浮き足立ち、命令系統が乱れていく。
「キルス」
作戦本部で、戦況を見ていたアルメデが口を開いた。
「今後の戦術はどうします」
「残念ですが、撤退させるしかないでしょう」
「駄目です」
アルメデはきっぱりといい、
「今回は、必ずセスア州を奪還しなければなりません。セスアを失うと、王国は、外交、経済で多大な損害を被ります」
「しかし――」
「コルピコにつなぎなさい」
女王は宰相を無視して、将軍を呼び出すようオペレーターに言う。
「つながりました」
「コルピコ、非機械化部隊は?」
「念のために配置してあります」
「使って」
「しかし――」
「命令です」
「――仰せのままに」
戦端が開かれたセスア平原には、多くの樹木が生えていた。
アルメデは、コルピコに直接命じて、あらかじめ、彼女が育成させた非機械化部隊を木陰に潜ませていたのだ。
電子機器をほぼ使用しない重武装兵士の部隊が、位置を変えながら素晴らしい速度でサイベリア軍に連続攻撃を仕掛けていく。
「女王様、これは……」
驚くキルスに女王が説明する。
「以前あなたに、コルピコに命じて兵士を訓練させるといったことがあったでしょう」
キルスは、朝焼けに立つ王女の姿を思い出す。
「あれを実行されていたのですか」
「一部の者を選んで、別枠の軍事教練に参加させただけです。訓練だけなら予算もいらないし、軍全体に影響をあたえることもありませんから」
「しかし、今回のこれは?」
「あなたたちの作戦は正当で間違いのないものです。しかし――わたしは、少し胸騒ぎがしたのです。今回の作戦は、いわば硬化外骨格部隊頼みのものでした。ですから、もし、何らかの妨害を受けた場合を考えて、非機械化部隊を配置するようにコルピコに命じたのです。何も起こらなければ問題はないのですから。失敗回避策ですね。今回は、それが功を奏しました」
「しかし、わたしたちにも相談なしというのは――」
「今回の失敗回避策は、サイベリアに気の緩みがあってこそ機能します。絶対的な火力では、まったく比較にならないのですから。そのために、密かにコルピコに命じて用意させたのです。あなたたちを信じなかったわけではありません。ただ、知っての通り、サイベリアの諜報網は侮れませんから」
そう言われたら、キルスは黙るしかなかった。
モニターで確認すると、硬化外骨部隊さえ封じれば、たやすく勝てると考えていたのか、サイベリア軍は慌てふためいて、少人数の部隊に押され始めていた。
大部分の移動式レイルガン車が破壊され、王立軍が勢いを取り戻し始めている。
情勢は劇的に変わったのだった。
攻撃用ドローンもミサイルも抑止し合って使用不可のため、結局は地上戦の勝敗が戦いの帰趨を決するのだ。
女王の切り札は、電子制御された武器を一切持たない旧時代の兵士たちだった。
彼らは電磁破攻撃の影響をまったく受けない。
機械に頼らず、ただ血を吐くような訓練を受けて複数の重火器を最高効率で連続使用できるだけだ。
だが結局は、その泥臭い攻撃が勝敗を決めた。
トルメア軍はサイベリア軍に勝利しセスア州を奪い返したのだった。
キルスは、かつて見た女王の工夫が、実際の戦闘に役立つことを知って感心し、結果的にセスアを奪還できたことで良しとする。
だが、スタン・ステファノはそうではなかった。
彼は歯ぎしりをして自分の失敗を悔しがったのだ。
身に着けていたヘッドセットを机に叩きつけると、スタンは作戦室を出て行く。
「あいつを頼む」
キルスはエヴァに命じた。
最近、怒ったスタンをなだめるのは彼女の役目になっている。
「はい」
短く返事を返して、部屋を出て行くエヴァの後ろ姿を見て、キルスは思う。
有能な女だ。
だが、自分にはどうしても理解できない存在でもある。
ナノ延命措置を蹴ったこともそのひとつだ。
人間なら、誰しも死ぬのを恐れ、長生きをしたがるはずだろう。
そのことで、改めて、彼は彼女を不審に思い始めていた。
確かに、身元調査は内務卿に紹介された時点で行っていた。
彼女は、ある身分の高い貴族の一員で、なぜか改名はしているものの、その素性に間違いはないのだが――
ノックの音がした。
「入れ」
書類から顔を上げて、キルスが応える。
扉を開けてエヴァが部屋に入ってきた。
その後ろを書類を抱えた少女がついてくる。
キルスが、その娘は、という目でエヴァを見た。
「キルス宰相、以前よりお話していた、わたしの補佐および後継者です。本日よりわたしと共にお仕えします。さあ、ご挨拶しなさい」
少女は、テーブルに書類を置くとまっすぐにキルスを見た。
淡い、なぜか懐かしい気持ちにさせる金髪と青い目の美少女だ。
「初めまして、宰相さま。カイネ・マリアと申します」
そういって、短いながら優雅なカーテシーを行う。
キルスは珍しく鋭利な顔に微笑みを浮かべる。
「美しい挨拶だな。そうか、よろしくたのむ」
少女は、なぜかじっとキルスを見つめる。
キルスも見つめ返した。
もちろん、二人は気づかなかったが、これが100年を超えて共に生きる男女の出会いだったのだ。