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149.通信

今回の投稿に合わせて、148話の会話部分を少し削りました。

 ミーナにとって、それは不思議な感覚だった。


 意識の統合――


 もちろん、記憶の統合は初めてではない。

 自我を持つ前には、何度か経験したことがある。

 200年近く前のことだが。


 上海擬態兵器(ミミック)掃討(そうとう)作戦でも、ヒト型攻勢兵器(アンドラーミィ)に複製塔載されて戦った彼女の分身と再統合されている。


 だが不完全なAI時と、完全な自我を持った現在の統合には、歴然たる差があった。


 分散パケットで届いた10年前のデータには、彼女自身が(ほどこ)した、癖のある暗号化がなされていたため、その真偽(しんぎ)に不安はなかった。

 アキオから、フジサン基地で彼女の分身が自爆する直前に、記憶データをネット上に射出(しゃしゅつ)したことも聞いていた。


 その後、極東で情報封鎖(じょうほうふうさ)が行われたのを知って、データの回収は難しいかもしれないと考えていたのだが、10年を経て彼女の失われた記憶(ロスト・メモリィ)が手元に届いたのだ。


 好奇心から、迷わず記憶を取り込んだのだが――


 夢のようなうつつのような奇妙な感覚が続いたあと、分離された間の経験を、他人の記憶をのぞくような感じで追体験(ついたいけん)し、彼女は()()()()()()()()

 人間の記憶回復もこのような感じなのだろうか。


「急がなければ」

 記憶が戻って最初に思ったのはそれだった。


 メデを10年も放置してしまった。


 もちろん、彼女もアルメデ女王の名は知っている。

 王位継承権第36位の庶子の女の子で、実力で王座に昇りつめた伝説上の人物だ。

 まさかその少女が、アキオの話に出てくるミニョンと同一人物だとは夢にも思わなかったのだ。


 だが、今、ミーナは、アキオの過去を聞いて涙を流した7歳のアルメデを()()()()()


 彼女は、ミーナの予想通り、美しく育っていた。

 少女期の10年は長い年月だ。

 7歳だった彼女も、今や17歳。

 公表はされていないが、水面下で婚儀(こんぎ)が進められているかもしれない。


 おまけに彼女は、地球有数の大国の女王だ。


 アキオのことも、ミーナのことも忘れている可能性が高い。

 せっかくアキオの相手として理想的な少女だと思ったのに――

 まあ、今回は縁がなかったと思って……

 様々に思いを巡らし、ほとんど(あきら)めながらメッセージを送ったその夜、アルメデ女王から音声通話の連絡が入った。

 

「ミーナ!」

 大人っぽくなってはいるものの、銀鈴ぎんれいのように美しい声に、昔の片鱗が残っている。

「メデ――ごめんなさいね。長く待たせて」

「アキオは?」

 呼びかけの後の、最初の言葉がそれだった。

 ミーナは嬉しくなる。

「例によって研究室にこもっているわ」

「あの人らしいわね」

「それでね……メデ――」

 どう話を切り出してよいかミーナは迷う。

 今の彼女は、7歳の、明日いなくなっても誰も気にしない幼女ではないのだ。

 世界を動かす女王だ。

 その地位を投げ捨てさせて、極北の孤独な生活を()いることはできない。


 だが、次の女王の言葉でミーナの心配は杞憂きゆうと知れる。

「ああ、ミーナ。すぐにでも、あなたたちのもとにいきたい!」

「本当に?」

「当たり前じゃない。だって、ずっとそのことばかり考えていたんだから」

 アルメデは、女王らしくない、少女のような言葉遣いをする。

「でも、あなたには実力で勝ち取った王の座と、そこから開ける無限の未来があるでしょう」

「わたしの未来――アキオと一緒に暮らす未来しか考えられない」

「メデ――うれしいわ。でも……先にいっておくけど、アキオってそんなに一緒に暮らして楽しい人じゃないわよ。不愛想だし、気は利かないし」

 ふふ、と女王は笑い、

「どうしたの、ミーナ。アキオのことなら()()()()()()()

 そういってから、パン、と手を叩く音がして、

「そうだったわね。わたしがアキオと話をしたのは、ミーナと別れたあとだった」

「話をしたの」

「ええ、それはたくさんね――彼の腕に抱かれて空を飛びながら色々話をしたの。わたしが今の道を決めたのは、アダムとアキオ、そしてミーナの影響よ」

「そうだったの……」

 アダムの死はともかく、いったい自分のどんな言葉が無謀な挑戦を少女にさせることになったのかわからない。

 まあ――おそらく、アキオが何か、例によって()()()()()()を言ったのだろう。

 そうに違いない。

「でも、あなたがいうように、わたしには王として、やり始めた国づくりを完結させる義務がある。それには、まだまだ時間がかかりそうだわ」

「そうね――」

「どうしたらいいのでしょう。すでに、わたしの体には傷があるのに、若さまでなくしてしまったらアキオに申し訳ない……」

「メデ――」

 ミーナは決断する。

「あなたの時間を止めましょう」

「え」

「ナノ・マシンで寿命を延ばすの。延命措置(えんめいそち)よ。どうせアキオと()()げるつもりなら不老不死にならないといけないもの」

「――」

「どうしたの」

 突然黙り込む女王にミーナが尋ねる。

「もうひとり、いえ、あとふたり延命措置を受けることはできないかしら」

「あとふたり?」

「ひとりは、アダムの弟なの」

「アダムの……」

 ミーナは、トルメアの若き宰相の名がキルス・ノオトだったことを思いだす。

「もうひとりは、わたしの右腕として働いてくれている女性なんだけど」

「メデ、あなたアダムの死に責任を感じて、彼の弟に長寿を与えようとしているんじゃないの」

 ミーナが冷静な口調で指摘する。

「それは――わからない、自分でも」

「あなたがそうしたいなら構わないわよ。ただ、その人と何度か話をしてみたいわね。人となりを知りたい。それと、あなただけなら不老不死にできるけど、誰かと一緒なら、1世代(ワンジェネレーション)を30年として、4世代120年が上限になるわ。それでいい?」

「もちろんよ」


 アルメデは、アダムの死にアキオが関わっていることをキルスに知らせたくないといった。

 キルスが私怨を持つような気がしたからだ。


「アキオはアダムの死に直接関わってはいないのにね」

唯一の生存者(ソロ・サバイバー)は憎まれる、意味もなく」

 アルメデは静かな口調で断言する。

「そうね――わかったわ」


 ミーナはプランを立て始めた。


 実験に多忙なアキオには知らせないままだ。

 もともと彼は、そういったことに興味がないし、当時は光量子を用いた実験が、ある程度軌道に乗っていて、それに集中していたからだ。


 問題は、エルメデたちを、どうやって極北に連れてくるかだった。


 延命のためのナノ・マシンを投与するためには、すでに全人類の体内に入っている低機能ナノ・マシンを一度無効化する必要がある。

 そのためには、基地に呼んだ方が安全だ。

 もし、機材を持って外部に出かけ、それを奪われてナノマシン制御の秘密を知られたら一大事だ。

 人類に対する脅威(きょうい)となってしまう。


 おそらく誰も信じないだろうが、悪魔ジヤヴォールと呼ばれながら、なんの野心もないアキオが管理制御しているからこそナノ・マシンは安全なのだ。



 脱出艇トランジは、サイズが大きすぎるので、予備機として先日完成したばかりのジーナを送迎機体そうげいきたいとして使うことにする。

 ジーナなら、完全なステルス機能があるし、ミーナがオートパイロットとして飛行させれば、追跡して研究所の場所を突き止めることも不可能だろう。

 メデ以外の王国の者たちは、ほぼ全員、アキオの所在を知りたいと考えるだろうから、それ以外にも様々な対策を講じなければならない。


 その後、アルメデから、延命措置を受ける2人以外に監視役として2名連れて行きたいむねの打診があった。

 キルスが小細工をされないように、腹心の部下を伴うと主張したらしい。

 もう一人は、延命措置を辞退したアルメデの右腕の女性だ。

 ミーナは許可する。


 そして、ある晴れた夏の日の朝、トルメア王国の高原にジーナは静かに着陸したのだった。

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