148.高い城の、7
次話との兼ね合いで、一部会話を削除しました。
必ず連絡が届くと信じていた。
だが、一年が経ち、二年が経ち、五年が経つとアルメデは不安になってきた。
もしかして、ミーナの記憶データは、事故で消失してしまったのではないだろうか。
記憶データは消滅しても、本体のミーナに影響はない。
しかし、彼女とアキオを結ぶ線は切れてしまう。
永遠に、アキオは彼女のことを知らないままになる。
彼にとって、アルメデは、ただ行きずりに助けただけの生意気な女の子になってしまうのだ。
なぜ、あの頃のわたしは、あんなにひねくれてミニョンなどという偽名を使ってしまったのだろう。
わたしは、あの時、あの瞬間からずっとアキオだけのアルメデなのに――
地球を滅ぼしかけた不死の悪魔として、世界の国家や様々な集団から狙われながらも、200年の長きにわたり隠れおおせているアキオだ。
如何に大国の女王といえども、彼女が彼を探し出し、連絡を取ることは容易ではない。
考えうる手はすべて打った。
女王になってすぐに、彼女はサイモン・ゲゼルに連絡を取った。
彼は健在だったが、今は引退していたため、会社を引きついだ息子のサイラスが応対してくれる。
詳細は話さず、トルメアの女王として、10年前の救出事件の経緯を尋ねる。
警戒されるかと思ったが、意外にあっさりとサイラスは話してくれた。
サイモン・ゲゼルは、ミニョンがアルメデだとは気づいていないのだろう。
あの時は、アキオの側から連絡を受けたのだそうだ。
電子銃器の開発に使われる、ある精密検査機器が欲しいと言ってきたので、断る口実として、当時誘拐されていたCEOの救出を交換条件に出したそうだ。
すると、あっさりと引き受けて、それ以上にあっさりと救出を果たしたのだという。
もっとも、救い出された当の老人は、扱いが雑だったと怒り心頭だったそうだが――
当時の様子を知るアルメデは微笑む。
だが、SUG社から得られる情報はそれだけだった。
それ以降も、彼女はアキオとの接触を求め続けた。
理由は違えど、諸外国も彼の行方を追っているので、各国に諜報員を潜らせて情報を探ろうとする。
また、サイモン・ゲゼル救出の経緯から、アキオが何らかの入手困難な機器を欲する時のみ、外部と接触することがわかったので、そういった検査機器を収集、開発してリスト・アップし、王国が所持していることを自然な形で公開した。
いわゆるベイトを用意したのだが、利口な獣であるアキオはひっかからない。
「こういうところ、アキオは気が利きませんね」
女王は憤慨するが、どうしようもない。
そういった活動は、当然キルスの知るところとなる。
「あなたは、なぜ、あの悪魔を探しているのです」
キルスはさりげなく尋ねるが、それが彼の最大限の興味の示し方であることを彼女は知っている。
アルメデは、ナノ・テクノロジを用いた不老不死に興味があるからだと答えた。
それが一番無難な答えだからだ。
あの災害以来200年、世間ではアキオの存在を信じていない者も多いが、多少なりとも事実を知る者の間では、彼がナノ・テクノロジを用いて不老不死を実現していることは周知の事実だった。
他のいかなる極小ロボットを体内に注入しても、彼が世界にばらまいた小さな悪魔が即座に攻撃、排除してしまうため、事実上、ナノ・マシンによる医療、治癒、延命措置は不可能となっているのだ。
200年前から、人類は、悪魔の呪いにかかっている、それがナノ・マシン研究の道を閉ざされた科学者の一致した意見だった。
加えて、過去の惨事による精神的外傷から、人々がナノ・マシンに拒絶反応を示すため、表立った研究ができないということもある。
「延命措置を受けることができれば、時間をかけて、トルメアを理想の王国にすることも夢ではありませんから」
アルメデの言葉にキルスはうなずく。
「確かにその通りです」
そして数年後、やっとアルメデはミーナから連絡を受けたのだ。
その深夜、彼女は国家元首同士の連絡に使われる秘匿回線を使って、メッセージに密かに埋め込まれていたアドレスに連絡を取った。
「キルス、あなたは延命措置を受けたいですか」
アルメデが17歳の誕生日を迎えてしばらくしたある日、会議を終えて、大臣たちが出ていった後の、閑散とした部屋で唐突に女王がそう尋ねた。
彼以外にはエヴァがいるだけだ。
「見つかったのですか」
さすがに頭の回転の速いキルスが即座に尋ねる。
「ええ、やっとね」
「本物ですか?」
キルスは疑いを捨てきれない。
延命してやると言われて殺されたのでは笑い話にもならないのだ。
「ええ、間違いなく本物。とりあえず120年は今の若さで暮らせるらしいわ」
「120年……短いな」
思わず口をついて出た本心だが、女王の驚く顔を見て、慌てて言葉を継ぐ。
「例の、もし延命措置を受けても120年以内にする、という各国の申し合わせによる制限ですか」
「そうよ。事実を公表するにせよ隠すにせよ、いつまでも年を取らなければ、いずれ国の内外に知られることになるでしょうから、ルールは守っているように見せたほうがよいでしょう」
「再延命は受けられるのですか」
「先方はそういっているわ」
先方――それが悪魔を指すのは間違いない。
アルメデは続ける。
「いずれにせよ、わたしは受けるつもりです。先日の未来予測シミュレーションでも、デルファイ統計予測でも、今の寿命では王国を軌道に乗せるのがやっとという結論がでていますから」
そこで、女王は、ぱっと顔を輝かせる。
「それに処置を受けることで、過去に受けた傷が完治するそうです。わたしの肩の傷跡も消える――キルス、あなたの足も治りますよ――」
アルメデは、宰相を見つめる。
「一応、あなたの分も頼んでありますが、辞退するならどうぞ」
「しばらく考えさせてください」
慎重な性格を自負するキルスは、そう答える。
「エヴァ、あなたはどうします」
王女の笑顔の問いに栗色の髪の美女は目を見開いて驚く。
「え、わたしですか」
「ええ、3人分依頼をしています」
「わたしは結構です」
「なぜなの?」
あまりの即答ぶりに王女が慌てる。
当然、彼女は受けると思っていたのだ。
「これは、わたしたちの、いえ、わたしの勝手な都合だけど、あなたが年齢を重ねていなくなると、国の事業に支障が出てしまうわ。お願い、延命措置を受けて、わたしたちと一緒にこの国を支えて欲しいの」
エヴァは少し俯くと、美しい微笑みを見せた。
「そうまで思っていただいてありがとうございます――では、こういたしましょう。近いうちに、わたしは自分の後継者をお二人に紹介しようと思っておりました。わたしの家の者です。まだ若輩もので経験不足ですが、その者が成長し、望みましたら延命措置を受けさせていただけませんか」
「それは――たぶん大丈夫だろうけど……」
「お願いいたします」
「あなたはいいの?」
「はい」
その会話を聞きながら、キルスは不思議な気持ちになった。
せっかく若いまま100年以上も過ごせる機会なのに、なんと欲のないことだろう。
思えば、最初に彼のもとに来た時から、この娘は変わっていた。
だが、有能なのは間違いない。
時折、ギクシャクする女王との間に入って、うまく潤滑剤の役目も果たしてくれている。
ただ、ふと気づくと、彼とアルメデをひどく冷たい眼で、値踏みするように見つめることがあり、それが彼には不快だった。
それはともかく――
キルスは、今になって、気持ちが高ぶるのを感じてきた。
一応、即答を避け、間は置いたが断る選択肢はなかった、
せっかく、生意気だった王女を懐柔し、女王にして国を意のままに動かせるようになったのだ。
体力の衰えを感じながらの数十年ではもったいない。
それが、若さを保ったままの100年になるのだ。
素晴らしい!
何者でもなかった自分の名を、さらに深く大きく歴史に刻めるのだ。
「アルメデさま、よろしいのですか」
キルスと別れ、アルメデと執務室に向かいながらエヴァが尋ねた。
「何がですか」
「キルス宰相に延命措置を受けさせることです」
アルメデは、立ち止まってエヴァを見た。
「それは――」
「お仕えして6年余りになりますが、年々、宰相の力が強くなっているように思います。いえ、より正確にいえば、アルメデさまが、宰相に気兼ねしておられるように見えるのです。そして、今回の延命措置――本来なら、受けられるのは女王さまだけなのでは?」
アルメデは、じっとエヴァを見つめ、ため息をついた。
「さすがはエヴァです。よく見ていますね。確かにわたしはキルスに負い目があります。ですが、そのことと国事は別です。この国のために、まだ彼を必要と判断したからです。心配はしないで」
「はい」
「エヴァ、わたしにはあなたも必要なのよ」
「ありがとうございます……ですが、気持ちは変わりません」
「そう、残念だわ」
こうして、トルメア王国の王城、通称、高い城の2人の長命化が決まったのだった。