140.聖夜
その夜、アキオは、少女たちと食事をとるために指定された時間通りに研究室を出た。
昨夜、不規則になっていた食事時間を守るようにミーナから注意されたからだ。
食堂は、居住エリアの1階にある。
内部の装飾は、ストーク館のような、この世界で一般的な長方形の部屋に長方形のテーブル、薄暗い照明といった典型的なものではなく、暖炉はあるものの、なぜか地球の1950年代の中流家庭を模した家庭的な造りになっていた。
いつもなら、どこからともなく、ひとり、ふたりと現れた少女たちが、彼の手を引いて一緒に食堂に向かうのだが、今日は誰も現れない。
不審に思って、彼はアームバンドを見た。
全員に装着させているアリスバンドからの脳波の状態を確認し、誰も意識喪失していないことに安堵する。
静かな廊下に靴音を響かせながら、アキオは食堂に着いた。
ドアを開けるが、内部は真っ暗だ。
「ハッピーバースデー」
「メリークリスマス」
明かりがつくと同時に、一斉に声が投げかけられ、クラッカーらしきものが鳴った。
紙吹雪が舞う。
アキオは表情を変えない。
バイタルを確認した時に、少女たちが食堂に集まっていることは分かっていた。
ドアを開ける前から、少女たちの気配があるのも知っていた。
だが――
「ほら、やっぱり、驚かないじゃないか」
「いいえ、分かりづらいですが、あの顔は驚いている時の顔です」
「まったく、分かりにくい男だのう」
少女たちのぼやく声を聞きながらも、実際、彼は驚いていた。
彼女たちの全員が、赤い帽子に赤と白の上着、そして見たこともないほど短いスカートをはいて、きれいな足を惜しげもなくさらしていたからだ。
「それで――その服は」
「おぬし、知らんのか?これだから軍人バカは仕方がない」
シミュラが腰に手をあて、ばっと片足を椅子に乗せて誇らしげに胸を張る。
短いスカートから伸びた足のラインが美しい。
「馬鹿だなんて、姫さま」
「あ、あの、奥まで見えてますが……」
「もちろん、サンタですよ、アキオ」
少女たちが口々に言う。
「サンタ――」
彼もサンタクロースは知っている。
兵士時代は知らなかったが、彼女に教えられたからだ。
実際、彼女につきあって、クリスマスを祝ったことさえある。
「今日は地球の暦上でクリスマスなのよ」
ミーナの説明にアキオはうなずいた。
地球の暦などすっかり忘れていたが……
「そうか、それで、誰の誕生日だ」
少女たちの誕生日祝いは、判明しているものについては随時行っている。
今夜は誰の誕生日でもなかったはずだ。
「キリストさま」
悪戯っぽくそういって、ミストラが腕に抱きつく。
「嘘です。アキオ、あなたの誕生日ですよ」
「いや、俺の生まれた日は――」
「分からないのは知っています」
「そうじゃないんだよ、主さま」
「今日は、アキオが、この世界にやってきた日なのです。だから、この世界での誕生日……」
ユスラが微笑み、ミーナが続ける。
「正確にいうと、一年前の、今夜の夜中に爆縮弾が発射されて、アキオが転移して――」
「明日のお昼に、わたしの命を救ってくれるんですよ、アキオ!」
そう言って、珍しくカマラが、皆の前で愛情全開モードで、空いている腕に抱きついてくる。
「爆弾の発射された日はクリスマスだったのか」
「ええ、あの男のやりそうなことでしょう」
今、気づいたが、ディスプレイ上のミーナもサンタの衣装をつけている。
「どうじゃ、アキオ、似合っておるか」
シミュラの言葉に、少女たちがにこやかに微笑んで、それぞれにポーズをとった。
アキオは苦笑する。
神の存在しない星で、神の御子という者が生まれたお祝いをする矛盾に。
「あなたの考えはわかるわ。でも、これは宗教行事じゃなく、ただのイベントだから」
ミーナが、彼の考えを読んで説明する。
「楽しければいい」
アキオの返事に、ミーナがにっこり笑った。
「どうせ、アキオは何もわからないだろうから、わたしが説明するわよ」
ミーナが少女を見まわし、
「まずカマラね。見てのとおり、赤主体で、首と袖、そしてスカートの裾が白のワンピースタイプね。オーソドックスだけど、ミニスカートから伸びる足がきれい」
少女が優雅にカーテシーをする。
「ユイノは、わたしのデータにあった、フラメンコ風のサンタドレスにしたわ。椿姫、いえカルメンって感じでいいでしょ」
いつもはひどく恥ずかしがる舞姫も、ダンス用にアレンジされたドレスを着ることで、気持ちが舞台モードになっているのか、優雅に微笑んで、きれいにピルエットを決めた。
「ユスラは、肩の部分がショートケープになっているわ、さすが王族。ノーブルな感じが強調されて素敵ね」
黒髪の少女は、艶やかな髪を揺らして会釈する。
「ピアノは上下がセパレートのサンタ服よ。髪と目の色との兼ね合いを考えて、白と赤の配色は逆にしてあるの。透明な美貌に白の服がよく似合ってるでしょ。あと、彼女の希望で、帽子ではなく大きめのフードにしたのよ」
深く被っていたフードを外して、ピアノがにっこり笑った。
「キイは、掟やぶりのチューブトップよ。ショルダーベルトがないから、きれいな鎖骨がよくわかるでしょ」
見られることに、まだ慣れない少女は固まったままだ。
「ミストラは、チャイナドレス風ね。ミニスカートじゃないけど、スリットは腰まで入ってるから、これもなかなかでしょ」
少女はくるりと一回転して微笑んだ。
「シミュラは――見てのとおりよ」
「ミーナ、説明をせんか」
「もう、サンタの服装じゃないみたいだけど、赤のタンクトップに超ミニのスカートね」
「どうせ、アキオは、風呂と変わらないと思っておるのだ」
そういって、アキオの腕に抱き着く。
「シジマも――もういいわね」
「なんだよ、せっかく頑張ったのに」
「あんたね、はじめのアレは、さすがにないだろう」
「なんでだよ、せっかくミーナが教えてくれたのに、男はやっぱり裸エプロンが――」
「そ、それはともかく、ご覧のように、ショートパンツにロング・ブーツ、そしてロング・グローブがボーイッシュな雰囲気に似合ってるわ」
「でも、髪は腰の下まで伸ばしてあるんだ」
そういって、美少女は緑の髪をひと揺れさせる。
その様子からは、とても彼女が、科学技術が無いに等しいこの世界で、ほぼ独力で光量子測定器を作り上げる技術者であるとは思えない。
いくら、ミーナがその理論と機器の青写真を示したとしてもだ。
「はいはい、そして、最後は、今夜の真打ち、ヴァイユよ。意外でしょう、アキオ。恥ずかしがり屋の彼女が一番露出が多いの。紅いマントを羽織ってるけど、その下はビキニとミニスカートでお臍が出てるんだから」
ヴァイユが、顔を真っ赤にして、妙な恰好に身を曲げながら、身体をアキオから隠そうとする。
「アキオ」
ミーナに促されて、アキオは少女に近づいた。
「よく見せてくれ」
そういって、じっと見つめる。
少女はもう、全身真っ赤だ。
「よく似合っている」
「はい。ピアノがアキオと泳いでいるのを見て、わたしも似た服を着たくなったんです」
そういってうつむく少女の頭を、彼は撫でてやる。
「さあ次はケーキだよ」
ユイノの合図で、厨房から大きなホールケーキが運ばれる。
その上には、巨大なロウソクが3本乗っていた。
「これは」
アキオの問いに、ミーナが答える。
「見た通り、ロウソクよ、アキオは300歳だから、1本100歳」
「どうやって作った」
通常、蝋は石油を分離して作るが、この付近に石油はない。
「シャルレ農園からもらったグレの身を茹でてロウを作ったのよ。獣油から作るより香りがいいから」
「手間がかかっただろう」
「アキオのお祝いのためだからって、みんなが交代でね」
ミーナが笑い、
「さあ、消して」
要望に応じて、アキオはロウソクを吹き消した。
「次は料理だね」
「今日はね、各々が、それぞれが料理を持ち寄っているのよ。アキオに食べてもらおうと思って」
「だが、俺は――」
「アキオが、料理に興味がないはの知ってるわ。でも、だからこそ、これを機会に味に興味を持ってほしいのよ」
そういって、ミーナが合図すると、次々とアキオの前に料理が運ばれてくる。