138.支配
「え、そいつって……」
「アルメデさまのお付きの者でしたね」
「お兄さまが王女救出で亡くなった」
「その通りよ」
「なんで、そいつまで寿命を延ばすことになったんだい」
「それはつまり、そういうことでしょう」
「そうでしょうね」
ユスラとピアノがうなずき合う。
「なんだい。わからないよ。姫さまたち」
キイがふたりの手を取る。
「兄の命を縮めた償いですよ」
カマラが答え、
「つまり、アルメデさまは、ミーナにいわれたことを忘れていなかった、ということですね」
ディスプレイ上のミーナが、ぐっと返答に詰まった顔になる。
「自分のために命を落としたものを忘れるな、ですか」
「だから、兄の命の分も、弟に長生きをさせたい」
「ミーナもアキオなみに影響力が強いですからね」
ヴァイユの言葉にミストラもうなずく。
「いや、でも、それって100年以上まえのことだからさ」
キイがかばう。
「反対はしなかったのですか?」
カマラの言葉はもっともだ。
この世界でもそうだが、地球でも、寿命を伸ばすというのは、大変なメリットがあったはずだ。
それを簡単に施してよいのだろうか。
もっと慎重に相手を決めなければならないのではないのか。
「あの時、アキオは特に反対しなかったわ。よっぽど量子解析器が欲しかったのね」
「ミーナは?」
「一応、反対はしたわ。なんだか嫌な感じがして」
「嫌な感じ?」
「キルスとは、何度か音声会話したのよ。その時にね」
「でも、結局了承したんでしょう」
「そう」
「そして、王女は、男連れでアキオとミーナの愛の巣に乗り込んできた、と」
「シジマ!」
少女たちから非難の一斉砲火をうけ、小柄な少女は黙る。
だが、ミーナは、その騒ぎを気にも留めずにつぶやいている。
「あの時の直感を信じておけば良かった……」
「アキオは勘を信じないものね」
「王女は……その頃は女王ですか、彼女は何もいわなかったのですか」
「そう、メデは完全に彼を信じていたわ。実際、キルスは有能だったし――でも、後になってわかったの、彼は、彼女を支配したがっていた」
「支配?」
「キルスは、女王を愛していたのですか」
「どうかしら。おそらく、そんな単純な感情じゃなかったと思う。ただ、彼は彼なりにメデを大事に思っていたとは思うわ。だから、彼女もできるだけ彼の考えに沿って――」
「わからないなぁ」
シジマが遮り、
「支配しようなんて男のどこに、大事にしようって気持ちがあるのさ。ボクは男だったし、男の中で暮らしていたからわかるけど、誰かを服従させようとしたり、支配しようとする男は、自分が弱いことを知って、それを隠そう、ごまかそうとしている男だよ。本当に強い男は――」
そういって、少女はアキオの額に口づけし、
「女を支配しない。女が何をやっても気にしない。黙っていうことを聞いてくれる」
そう言って、意外に豊かな胸を張る。
「アキオを基準に考えるのはどうかと」
「そういえばシジマ……街に出た時、主さまの背を低くさせたんだってね」
「違うよ」
「違うの?」
「アキオに少年兵の頃の歳になってもらったの。まあ、結果的に背もボクよりちょっと高いだけになったけど」
「え、少年、アキオの……」
一瞬、それぞれの少女たちが、各々の顔に浮かんだ、その手があったか、という表情に気づき顔を赤らめる。
「シジマ、あなた天才ね」
「ふたりで手をつないで歩いていたら、いろんな奴が、からんできてね。みんな、どうなってるか分からないって顔で吹っ飛んでいくの」
緑の髪の美少女は、コロコロと可愛く笑う。
「そういうところ、主さまは容赦ないからね」
「とにかく、そのキルスって奴は、女王さまを大切には思っていないね。彼女の力を使って、自分の欠けている何かを補おうとしているのさ」
「そう決めつけるのはどうかねぇ」
「いいえ、結果から考えたらシジマの意見が正しいわ」
「そうなのかい、姉さん」
「続きを話して、ミーナ」
「そうね。まず、彼が一緒に基地に来たことで、アキオにメデのことを話せなくなってしまったの」
「あらかじめ、アキオには、いってなかったのですか」
「フジサン基地の記憶が蘇った頃、ちょうどアキオの研究が重要局面に入っていたのよ。だから、わたしは独断でメデに連絡をとったんだけど――」
「研究に没頭したら、アキオは何も目にはいりませんからね」
「それに、メデからアキオには自分のことを教えないで、と釘をさされていたの。わたしたちの前で、あの基地のことも話題にしないでって。フジサンでの出来事をキルスに知られたくなかったのでしょうね」
「でも、アキオは、王女をキルスに引き渡してるじゃない。その時に会ってるでしょう」
「その時も、迎えの人との待ち合わせ場所から、メデがアキオを先に返してるの」
「つまり、アキオは無報酬で助けたってこと?」
「それは重要ですか?」
「シジマ、アキオがお金をもらって人を助けたことがありますか」
「あります!」
ヴァイユとミストラが口をそろえて言った。
「わたしたちがそうです」
「つまり、わたしたちには、ちょっと特色があるということですね」
ふたり以外の少女たちが首をふる。
皆、彼が金銭目当てで助けたのではなく、結果的射に金が払われただけだと知っているのだ。
「でも、なぜ王女はそんなことをしたのでしょう」
「それはね、たぶん、わたしがアキオの軍隊時代の話をしたからよ――彼が唯一の生存者として、作戦中死亡した兵士の家族から憎まれた話を――」
「なるほど、わかりました。見かけ上、アキオはアダムさんを犠牲にして自分だけ生き残っているように見えますから」
「今思えば、アキオが遺族から恨まれていたのは事実だけど、それを、メデには教えるべきではなかったわね」
ミーナは言葉を継ぐ。
「彼女はキルスがアキオを恨むと思ったのね。だから、アキオはメデがミニョンであるとは知らないで処置を施したのよ」
ミーナは言い、
「わたしも悪かったわ。ナノ処置をすれば、時間はいくらでもあるから、そのうちにふたりを会わせて……と思っていたんだけど、キルスのブロックはなかなか堅固で崩れなくて、とうとう100年の月日が流れてしまった」
「つまり、それほど長い間、真実をキルスに隠していたということは、女王が何かのきっかけで彼の本質に気づいたということだね」
「ええ、たまに交わす通信でも、彼女はそう言っていたわ」
「ミーナ!」
「それはいけません!」
「なに?」
「そんな男が、女王の通信を見逃すわけないじゃないか」
シジマが断言する。
「一応、気をつけてはいたし、暗号化も――」
「ミーナ姉さん。あんたらしくもない。わたしでもわかるよ。そいつは、きっと壁に穴をあけてでも、あんたとの話を聞いていたはずさ」
「女を支配したがる男は、情報もすべて知りたがるもんだよ」
「なんだか、シジマが男研究の専門家みたいなことを言い出してるね」
「だから、ボクは、男だったっていってるでしょ。女にはうまく隠すけど、男にはそういった性格をむき出しにして自慢する奴が傭兵にはいるんだよ」
「確かにいるね、そういうやつ」
キイも同意する。
「まあ、ふたりとも、少ない情報で、そう先走ってはいけませんよ」
「でも、姫さま。知っていたからこそ、延命措置の終わりが近づくころに、アキオを殺そうとしたんじゃないの」
シジマの意見にミーナが続ける。
「実をいうと、わたしもそう考えているの。正確なところは、メデから聞かないとわからないけど」
「ミーナ姉さん、勝手に姿を使っているわたしは、姫さまに合わせる顔がないけど、だからこそ、どうにかしてあげたいよ」
真剣なキイの顔をみて、ミーナが、うふふと笑う。
「な、なんだよ姉さん」
「それは、あなたがメデを知らないからそういうのよ。あの娘はね、もっと大きいの」
「胸が?あいた」
シジマが、ユイノに頭を押さえられる。
「大きいわけないよ。顔も体も同じなんだから」
「女王さま――助けたいわね。わたしたちも同じ気持ちよ、キイ」
ユイノがきっぱりと言う。
「なんとか連絡をとって、ここに来させて、メデの延命リミットを解除したいわね」
「どうして、リミットなんか、かけてあるの」
「当時の地球では、何人かいる国家元首たちの申し合わせで、もし違法の延命措置をうけるとしても、上限は120年という不文律が出来上がっていたの。もっとも、それがなくても、キルスが同時に受けるから、片方だけを制限解除にすることはできなかったんだけど」
「またキルスか……祟るなぁ」
ミーナは、神も幽霊も存在しない星で、つぶやかれるシジマの地球らしい表現に苦笑する。
「でも、そのキルスって人、いったい何がしたいのでしょう」
ヴァイユが首をかしげる。
「そりゃ、主さまを殺したいんだろうね」
「でも、そんなことをすると、すぐに寿命がきて死にますよ。姫さまもキルスも――ミーナ、確認ですが、アルメデ王女もキルスも延長は120年だったのですか」
「そうよ」
「期限がきたらどうなるの、ミーナ、すぐに死ぬの?」
カマラが尋ねる。
「そう。期限が過ぎたら急激に老化して死ぬわ」
「つまり、17歳で処置を受けて120年たったら、17の続きで老化が始まるのではなく――」
「そう、すぐに死ぬの」
「じゃあ、急がないと姫さまが――」
少女たちが一様にうなずくのを見てミーナが微笑む。
「あなたたちのそういうところ、大好きだけど、いいの?またライバルが増えるのよ」
「ライバル?」
ユスラが、少しポカンとした表情を見せる。
天才少女のこういった表情は貴重だ。
「ああ、そうともいえますね。でも、たぶん、わたしたち、みんな誰もそう考えていませんよ」
「じゃあ、どう考えるの」
「7歳で出会って、120年間もずっとアキオを好きでいてくれる、強力な彼の味方が増えると考えるのです」
全員がうなずき、ミーナは絶句した。
これほどまでに、少女たちの思考の中心は自分自身ではなくアキオなのだ。
「それに、地球人のアルメデ女王なら、キラル症候群は関係ありませんから、最悪、シミュラさま以外のわたしたち全員が――」
「やめて」
「黙るのじゃ」
ミーナとシミュラが同時に叫ぶ。
「おぬしたち、それは、アキオを信じていないということだぞ」
それまで、沈んだ顔で、言葉少なに皆の話を聞いていた黒紫色の髪の少女が怒気を含んだ声を出した。
「はい、すみません」
「とにかく、なんとか女王さまに連絡をつけるのが第一目標だね。そうすれば、よくわからないキルスの性格も教えてもらえるよ」
「でも、気をつけなければなりません」
「そうね、ピアノ。この間の再会で、ミーナがその某という男もこちらに来ていることを確認しているものね」
ミストラが、名前を呼ぶのも嫌だとばかりに言い捨てる。
「それについては、計画があるの」
「さすが姉さんだ」
「アキオの手を煩わさないように、ボクたちが手伝うよ」
「お願いね」
そう言って、ミーナは、話をしながらもアキオの体に触れ続ける少女たちを見ながら微笑む。
「でも、本当に不思議ね。地球でのアキオなら、たとえ電撃で気絶させられたとしても、身体に触れられたら絶対に目をさましていたわ。よほど、あなたたちを信頼しているのね」
「そうだと嬉しいのですが」
「いや、それ以上に、喜んでくれているとボクは思うよ。だって、さっきから、部屋中にきれいな色が舞ってるじゃないか」
「色?ああ、あなたたちには見えるものね」
「本当にきれいなんだよ。この色を見られるだけでも、ナノ・マシンを入れた甲斐があるね」
「そうだよ。あたしもそう思うね」
「あなたたちは……」
ミーナは、少女たちの屈託のない笑顔を見て、アキオが、一日でも早くキラル症候群の治療法を見つけ出すことを祈るのだった。