137.歳月
アキオの胸に抱かれて、凄まじい風の音と、奇妙な浮遊感を感じながら、アルメデは叫んだ。
「アキオ、あなたひどいわ」
一瞬、ばっとコートが彼女の顔に強く巻き付けられた。
「何をするの」
すぐに、それは離れ、
「なんだ」
穏やかにアキオが尋ねる。
アルメデは、アキオが彼女の耳を塞いで、ミーナが爆発する音を聞こえないようにしたことに気づく。
「無駄に気を使うんだから」
そうつぶやいて
「どうして、ミーナを犠牲にしたの」
「最善の選択だ」
「彼女は死んだの?」
「難しい質問だな」
激しい横風が体をあおり、アキオが全身で進路を修正する。
「あいつは、ミーナ本体から抽出した分身だ」
「独立型だったわね」
「だから本体は生きているが、あの個体は消滅した」
「わたしとの記憶も消えてしまったということ?」
「一応はそうだが――」
アキオは、アルメデを抱えなおし、
「あいつは、最後にパケットデータで分散送信したといった。つまり、あの時点での記憶データを、細切れのパケットにしてネットに放出したということだ。無数のパケットは、様々な経路を通って世界を巡り、やがて本体にたどり着いて、再統合され、吸収されるだろう」
「だったらミーナは……」
「時間はかかるだろうが、あのミーナの記憶もよみがえるはずだ」
「そう――よかった」
「これがアキオとメデが出会った時の話よ」
ディスプレイ上のミーナが、時折、当時の画像を使いながら話し終わった。
場所は、ジーナ城のアキオの部屋だ。
研究室から出てこないアキオの意識を奪った夜、ミーナの指示で、少女たちが、彼を部屋に運んだ後のことだった。
彼女たち全員が交代で、眠るアキオの胸に手を置いて悪夢を取り除いていた時に、キイがアルメデ女王のことを知りたいと言いだして、ミーナがそれに応えてくれたのだ。
「だって、わたしと同じ姿をした女性なんだろう。知りたいよ」
初めは、なぜか渋っていたミーナは、キイの、そのひと言で折れた。
「しかし、アキオは、昔から強かったのですね」
「それは違うわ、ミストラ」
ミーナが断言する。
「昔の方がずっと強かった、のよ。武器も豊富にあったしね」
物心つかないころから心と体を改造され、その後も数十年、ほとんど休みなしで戦って、その上で、生き残ってきた兵士なのだ――だが、ミーナは、その思いを口にはせず、続ける。
「もちろん、今も強いわよ。多分、地球でもこの世界でも、同じ武器を使った1対1の闘いで彼に勝る者はいないでしょう。彼に勝とうと思ったら――」
「わかります。人質をとるのですね――例えばわたしたちを」
「そうね。そうでなければ、圧倒的物量差で、兵力差で押し切るしかないでしょう。完全装備の彼1人に、レイルガン装備の兵士1万人とかね」
「いやいや、さすがにそれはないよ、ミーナ」
全員が眠る恋人の顔を見る。
それは、他愛もない会話だった。
愛する人の強さを確認しあい、あらためて好きになる、そんなやりとりだ。
しかし――後に、少女たちはこの時の会話を、何度も思い出すことになるのだった。
「それから、そのデータは、どうなったんだい」
気分を変えるように、ユイノが尋ねた。
「今のミーナが、この話をできるということは、うまく再統合されたのでしょうね」
カマラが微笑む。
「それなら、なぜ、女王がここにいないのですか」
ヴァイユが素朴な疑問を口にする。
画面のミーナが困った顔になった。
「いろいろなことが重なったのよ――まず、事件とほぼ同時に、フジサン近辺の旧東アジア地帯が戦闘地域になってね。かなり長く情報統制、封鎖が敷かれてしまったの」
「ああ――」
カマラとシジマがうなずき、
「どういうことなんだい?」
尋ねるキイに説明する。
「戦争が始まると、その付近の電子データ網は、データのやり取りができないように封鎖されるんだよ」
「つまり、爆発したミーナの記憶データは、細かい塊のまま、その地域に閉じ込められてしまっていたということね」
カマラが補足する。
「妻合わせる云々はともかく、救出の話はアキオから聞いたんだね」
ユイノがアキオの胸をさする。
「最後のくだりは、アキオか、アルメデさまから聞かないとわからないからね」
「それがねぇ――」
ミーナがとても機械が発したとは思えない、長いため息をついて、
「極北にいた、本体のわたしは、アキオから、サイモン・ゲゼルを救出したことと、その経緯のあらましを聞かされただけなの」
ミーナは苦笑いし、
「その時、ほんのついでみたいに、捕まっていたミニョンという幼女を救出して、彼女の指名する男と連絡を取って引き渡した、とだけ――」
「あーアキオらしいわ」
「主さまだねぇ――」
皆が呆れたように静かに眠る恋人を見る。
「結局、すべてのデータが集まって、わたしがメデのことを知ったのは10年後だった」
「えっ」
「それはまた――長かったね」
「で、そのころ、女王さまは、すっかりアキオのことを忘れていた、と」
シジマが歌うように言う。
「それはおかしいよ。だったら、なぜ、彼女はこの世界にいるんだい」
「わたしの身体のデータがあるのも変だ」
ユイノとキイが言いあう。
「ミーナ!」
皆がディスプレイを見つめた。
「いいわ。順を追って話すわね」
ミーナはひと呼吸おいて、
「もちろん、事情を知ったわたしはすぐにメデに連絡をとろうとした。でも、それがなかなか難しかったの。だって、その頃には、彼女は地球で最大の国家の王になっていたから」
「ああ」
キイが何かに気づいたように声をあげた。
「『地球で一番美しく聡明な人』が世界を救う、だね」
「そう、その合言葉のもと、トルメアは、地球上の資源枯渇や水不足問題の解決を図るため、頭のおかしな大国や狂信的な小国家を武力と知略で統合、吸収して、本当の地球最大国家となりつつあったの」
「17歳で、そんな成果を……」
ミストラがため息をつく。
「7歳で天才の片鱗はみせていたけど、それから、さらに才能を開花させたのね。それというのも――」
「いうのも?」
「いや、そこはよくわからないのよ」
「えー」
シジマが騒ぐ。
「アキオに抱かれて飛行する間に、いろいろ話をしたみたいなんだけど、後にメデに聞いても笑うだけで何もいわないし、アキオに聞いても、ただの世間話だ、忘れた、というだけで……」
「あー、アキオだね」
ユイノが呆れ、
「きっと、王女の心に火のつくようなことを無意識にいってますね、わたしたちの英雄さまは」
ヴァイユがアキオの頬を撫でる。
「でも、結局、アルメデさまは、アキオに会われたんでしょう」
「そうだろうね。わたしのデータがあるんだから」
ミーナは困ったように笑い、
「そうよ。わたしは約束どおり、彼女に連絡をとった。あの時の彼女の喜びようは――」
「ほら、やっぱり、忘れたり、嫌いになったりしてないじゃないか」
「何なんだろうね、何か呪いでもかけてるんじゃないだろうね、アキオは」
「え、そうですか、10年ぐらい、なんでもありませんが」
「そうですね。会えないと寂しいけれど」
「ユスラ……カマラ、あんたたちねぇ」
ユイノとキイが顔を見合わせる。
「その時に飛行中の話を聞いたのよ。彼女はすぐに極北に来るっていったんだけど、その時、トルメアは拡大戦線真っただ中の大変な時期で、メデは身動きがとれなかった。国を投げ出すことができなかったのね」
「わかります」
ユスラが言い、ピアノがうなずく。
「だから、わたしは、ある入手困難な解析機器が必要だとアキオを説得して、装置と交換に、メデに延命ナノ措置を施すことにしたの。基地に呼んでね。そうすれば、年齢その他の時間を気にせずに、事態が落ち着いてからゆっくりとメデを受け入れることができると考えて……何度か暗殺を仕掛けられていた彼女の身を守ることもできるし」
「よい考えです」
「でも、それはわたしの失敗だった。そのせいで、彼女と同時に、ある男にも処置しなければならなくなったから」
キイが、ぱん、と手を打つ。
「ひょっとして、それは、ミーナが教えてくれた最初の身体データのプリセット001の男かい。確か女性型で1番最初の002が女王のデータだったね」
「そうよ。その001の男、キルス・ノオト。わたしは、彼こそが、実験と称して爆縮弾をアキオの研究所近くに撃ち込んだ張本人だと思っているのよ」