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136.王女

「たぶん、アキオでも、かなり手間取ると思うわ。だから時間はたっぷりあるわよ」

 AIの軽口に、ミニョンは黙ったままだ。

 しばらく経って、

「アキオは馬鹿よ。あなたも」

 幼女は、胸のミーナを強く抱きしめた。

 暗い密室の中で、カメラのパイロットランプだけが輝いている。


「なぜ?」

「わたしなんかのために残って……お爺ちゃんといっしょに脱出できたのに」

「それはできないわ。ミニョン――いえ、王女アルメデ」


 幼女は、腕の中の球体を見つめた。


「――知ってたの」

「あなたが36分の1といった時にね。たしかトルメアの王子王女は、合わせて36人よね」

「アキオは……」

「彼は知らないわ。今の世界情勢に興味がないから。だから、代わりにわたしが知ってるのよ」

「ふふ」

「なに?」

「あなたたち、一心同体なのね。うらやましい。わたしも欲しいな。わたしを必要としてくれる人を」

「あなた、本当に7歳なの?データではそうなってるけど――」

「ああ、データね……じゃあ、知ってるわね。わたしの上に7人の嫡出子(ちゃくしゅつし)と28人の庶子しょしがいるのを。わたしは、父と、兄の家庭教師との間に生まれた最後の庶子しょし。王家においては36分の1の命だけど、実際は――存在しないのと同じ重みの人間よ」

「それは、わたしのデータとはちょっと違うわね。18歳をかしらに、36人いるトルメア王家の中で、あなたは一番頭が良いはず。実際に話をしたらそれがよくわかるわ」

()()、ね。そんなもの王家では気持ち悪がられるだけよ。王は政治にうとくて女好きなくらいがちょうどよいのよ……父みたいにね」

 幼女は辛辣しんらつだ。

「だから、さっきは、本当にあの部屋に残ろうと思った。わたしなんて、生きていたって意味はないから。庶子に無駄に子供を作らせて、王家を不安定にさせないために、結婚もさせてもらえないだろうし、もちろん王にもなれないから」

「あなたの値打ちは、王位継承には関係ないわ」

 ミーナは言い、暗視ビジョンで幼女を見て続ける。

「それに、あなた、すごく可愛い。大きくなったら大変な美人になるはずよ」

「ありがとう、とはいえないわね。そんなものに値打ちはないもの……アキオだって、興味はなさそうじゃない」

「アキオは――ごめんなさい。彼は、いろいろ特別だから……でも、あなたのことは気に入っているはずよ」

「そうかな」

「あなたに対するアキオの言動から、それが分かる。普段は、誰に対してもゲゼルに見せたああいう態度だもの」

「あれが普通なの、すごいな……わたしを気に入ってるって、本当?」

「本当よ、わたしにはわかる」

「なぜ――ああ、あなたたちは一心同体だものね」

「やっぱり頭がいいわね」

「だから気味悪がって誰も近づかない。話をするのは、キルスぐらいだもの」

「キルス――男性ね。友だち?」

「誤解しないで。国から与えられた役人よ。10歳も年上のおじさん」

「ふふ」

 ミーナが笑う。その歳でおじさん扱いはひどい。


「17歳で王女(づき)なんて優秀なのね。嫌いなの?」

「どちらでもないわ。彼は彼なりにわたしを大切にしてくれるけど、それは仕事だから。ノオト家は代々――」

「ちょっと待って」

 AIが強い口調で叫んだ。

「キルスの苗字はノオトなの?キルス・ノオト」

「そうよ」

「キルスにお兄さんは」

「国の役人をしている人がいるわ、名前は……たしかアダム」

「――」

「どうしたの?」

 急に黙り込んだミーナに、王女が心配そうに声をかける。

「ミーナ――」

「ミニョン」

「なに」

「やはり、あなたは生きなければならないわ」

 突然、厳粛(げんしゅく)な口調になったAIに幼女はとまどう。

「あなたは王家に生まれた。それはあなたの責任じゃない。でも、あなたの存在によって、好むと好まざるとに関わらず、人の命が動いてしまうことがある」

「急にどうしたの」

 王女は驚く。

 ミーナはしばらく黙り、

「さっき、わたしたちの盾になって死んだ人がいたでしょう」

「ええ……」

「彼は、トルメアの諜報員エージェントよ。名前は、アダム・ノオト――」

「あ」

 (さと)い王女はそれだけで、すべてを悟ったようだった。


「彼とは、このビルに侵入する直前に出会ったの。てっきり、彼も、サイモン・ゲゼルを救いに来たと思っていたのだけれど――」

「救出対象は、わたし?」

「彼は、救いに来た人物は、自分を重要人物だとは思っていない、といっていたわ。あの老人を見たでしょう。彼は自分こそが、救われる値打ちのある人間だと全力で思っていたわね」

 ミーナは間を置き、

「アダムは、あなたを救いに来て死んだ……それは()()()()()兵士ソルジャー諜報員エージェントが任務中死ぬのはよくあることだし、納得ずくだから。でも、助けられた方は、それを忘れてはいけないとわたしは思う。助けてくれと頼んだ覚えはない、と逃げるのは簡単だけど」

「ミーナ……」

「おかしいと思っていたのよ。兵士でもない彼が、チームを持たず、重装備で単身救出にくるのは――あれは、おそらく」

「弟のキルス()()で頼まれた」

「そう――でも、勘違いしないでね。あなたは、彼の死に責任を感じる必要はないのよ。周りが勝手にやっていることなのだから。ただ、忘れないで欲しいの。自分を救うために消えた命があったという事実を……」


 アキオは、常に救う側だった。

 だからこそ、彼女は思うのだ。

 せめて、救助対象にだけは、消耗部隊エクスペンダブルズに関心をもってもらいたいと。

 まったくの犬死だと思わず死んでいけるように――


 幼女は目を(つむ)っている。

 おそらく、アダムの死にざまを思い出しているのだろう。


「だから、あなたは生きなければならない。生きて、大きくなって――」

「大きくなって?」

 王女が大きな青い目を見開いてミーナを見つめる。

「アルメデ姫、あなた、アキオをどう思う?」

「どうって……強い人ね。変わってるけど」

「好き?」

「え」

「ごめんね。変なことを尋ねたわ」

 AIは、10歳上のキルスをおじさんと呼ぶ王女に、自分勝手に、無理を言っていることに気づいたのだ。

 アキオに生身の女性、幼女だが、を妻合(めあ)わせる初めてのチャンスに冷静さを欠いてしまっている。

「無理よね、彼はあなたより200歳も年上だから――」

「200歳!どういうことなの、ミーナ、聞かせて、彼の、アキオのこと」

「聞きたい」

「ええ」


 ミーナは語り始めた。

 彼女は、()()()()()()()、彼の生涯を他人に話したのだ。祈るような気持ちで――


「そして、今も彼は極北で研究を続けているの――」

 ミーナが話し終わっても、王女は黙ったままだった。

「姫さま」

 彼女の胸元に落としていた視線を上げたミーナは驚く。

「あなた、泣いているの」

「――そんな人生……(ひど)すぎる」

 王女は流れる涙をぬぐいもせず言う。

「彼自身はそう思っていないようだけど」

「わたしは、自分が(ひど)い運命に生まれついてしまったとずっと(なげ)いてきた。でもそれはただの自己憐憫じこれんびんに過ぎなかったのね。それが、今わかった」

 ミーナは驚く。

 いかに天才とはいえ、これは7歳の幼女の思考ではない。

「不幸比べをしちゃだめよ。そんなつもりで話したんじゃないから」

「わかっているわ。でも、その話を聞いて理解できた。アキオの冷静さも、激しさも、優しさも、そしてあの茶色ブラウンの眼に浮かぶ不思議な色も……あれは――悲しみ」

「彼が怖くなった?」

「怖い?なぜ」

「戦いで多くの人の命を奪った人だから。そして、170年前に世界を滅ぼしかけたから」

「戦争で人は死ぬものよ。それに世界は滅びてはいない、だから問題なんかない。怖くもない」

 王女は、王族らしく毅然(きぜん)として言い切り、

「それより、わたしは恥ずかしい、ミーナは、はっきりいわなかったけれど、アキオを(だま)して極北に追いやったのは、トルメアね。わたしの先祖が彼を死地に追いやった」

「彼はそんなこと気にしてないわ。覚えてもいないでしょうね」

「それで――」

 王女が瞳を上げる。

「え」

「さっき、あなたがいいかけたこと。わたしが生きて、大きくなって……その次は」

「やっぱり、ダメよ」

「いって」

「じゃあ、先に聞かせて、あなた、アキオが好き?会ったばかりでこんなことを――」

「好き、たぶん、だけど」

「そう、なら嬉しいわ。今話したように、アキオは年を取らないの。それでね、もし10年たって、あなたがまだ彼のことが好きなら、彼のもとに来て欲しいの。わたしが必ずあなたを呼ぶから」

「わかった」

「無理はしなくていいのよ。アルメデ姫」

 王女は、優しくミーナを撫でる。

「メデ、そう呼んで。いつか親しい人にそう呼んでもらうのが夢だったの」

「わかったわ、メデ――あ、アキオが制御室を制圧して、回路をクリップしたわ――OK。すぐに彼は戻ってくるわ。脱出よ」


 まもなく、カバーが開けられ、暗闇に慣れたふたりに、まばゆい光が当たる。

「待たせたな」

「大丈夫よ。たっぷり女の子の会話(ガールズトーク)ができたから」

「そうか」

 アキオは、ミーナを身体に装着する。


 再び王女を抱き上げ、コートの中にいれようとすると、ほんの少しだけアルメデは抵抗する仕草(しぐさ)をみせた。


「どうした」

 ほんのり頬を染める幼女に彼が尋ねる。

「ちょっとだけ、恥ずかしい」

「まあ」

 ミーナが笑う。

我慢(がまん)しろ」

 そう言って、容赦ようしゃなくアキオが抱き込む。

「行こう、一階下だ」


 アキオは階段への扉を開け、飛ぶように駆け降りる。


 緊急ハッチは開いていた。 

 彼は、アームバンドに触れて、コートをウイングスーツに変える。


「行くぞ」

 飛び出そうとした瞬間、通路の両側から、膨大(ぼうだい)な数の監視センチネルマシンが殺到した。


「アキオ、このままだと、飛び出した背後から狙い撃ちにされるわ」

「だが、他に方法がない」

「わたしを置いて行って、EMPB(電磁波爆弾)を使うから」

「ミーナ!」

 アルメデが叫ぶ。

 アキオは、ミーナを床に置いた。

「分かった。俺たちが出てから5秒後だ」

「了解」

 続けてミーナが言う。

「メデ!さっきの話、アキオに伝えられなくてごめんなさい。でも任せて。必ずあなたに連絡する。信じて」

「ずっと待ってるわ、わたし、大きくなるから。ミーナ!」

「アキオ、極秘パケットでデータを分散送信したわ」

「そうか、()()()()()


 ミーナを通路に残し、アキオが飛び出した。

「メデ、いい子に育って――」

 5秒待って、ミーナは内部回路を組み替え、自身を強烈なEMP(電磁波)爆弾として自爆する。


 監視センチネルマシンは、EMPですべて機能停止し、ついでミーナ内部のナノ電池を利用した強烈な爆発によってビルの一部ごと吹き飛んだ。

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