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133.偽王

「どうします」

 ピアノが尋ね、

「様子を見る」

 アキオの答えにうなずいた。


「ミーナ、見えているな」

 アキオが虚空(こくう)に呼びかける。

 少女の小さな髪飾りと、アキオのアームバンドを連携させて、ジーナ城には、すべての映像と音声が伝送されているはずだ。

「ええ、みんな、ずっと見てるわよ」

 間髪かんはつを入れないミーナの返事に、ピアノが少し慌てる。

「みなさん――やはり見てましたか」

「まあ時々ね。あんたのきれいな水着姿はじっくり拝ませてもらったよ」

 ユイノの声だ。

「ミーナが邪魔するなっていうから黙ってたけどさ」

「よくいうよ。見ながら泣いたり笑ったり、一番忙しかったのはユイノじゃないか」

「シジマ!」

「話はあとだ」

 アキオがさえぎる。


「やっと魔王に会えた。見ていてくれ」

「破壊の魔王ね」

「そうだ」


 噂によると、魔王のタイプは2種類に分類でき、ひとつは街を消し去る壊滅(かいめつ)の魔王、他方は街を壊し人々を傷つける破壊の魔王だった。


 おそらくサンクトレイカの街を壊滅かいめつさせる()()()()()は存在しないのだろう。

 何らかの強力な武器か、集団でシュテラを破壊したあと、近くの街に魔王がやったと噂をばらまいているのだ。


 そのうえで、人々の記憶に()()()()を刻むために、不定期に破壊の魔王が現れて、住民を傷つけ街を破壊する。


 今、シュテラ・バロンに現れた魔王も、自分の存在を人々に印象づけるように、不快な笑い声をあげて、あたりを威嚇いかくしていた。


 供として、若い女を4人連れている。

 一人は銀髪でもう一人は黒い髪、金髪と灰色の髪の者もいた。

 彼女たちも、色とりどりのマントを身にまとっている。


「黒い髪、黒いマントの男、どことなくアキオに――」

「似てません!」

 ミーナの言葉を皆がさえぎる。

 インナーフォンに響く少女たちの声と、直接(ちょくせつ)、耳に聞こえるピアノの声が重なってかしましい。

「あの者は、瞳が灰色ではないですか」

 ユスラがいきどおる。


「それに、周りの女性たちの服装も変です。服のすそが短すぎます。あれでは、少し動くだけで下着が見えてしまうではないですか」

 ヴァイユの声だ。

「だが、あれぐらいの(たけ)をアキオは喜ぶかもしれぬぞ」

「え、そうですか、姫さま」


「――みんな、そろそろ黙りなさい」

 ミーナの言葉で、全員が口を閉じる。


 円形広場サーカスに、シュテラの衛士たちが駆け込んできた。

 20人を超える男たちが魔王と女たちを取り囲む。

「どうやって、あの人数を相手にするんだろう」

 キイの声だ。

シュテラ内は、魔法が使えないからね」

「アキオ――」

「おそらく奴が使うのは、魔法でも剣でもないだろう」

 最初の爆炎は、M84(スタングレネード)に似たものだった。

 つまり、こいつらは――


 女たちがマントをはだけると、予想通り、その手には銃器が握られていた。

 ソーンオフ(短銃身)・ショットガンだ。デザインはスプリングフィールド67Hに酷似(こくじ)している。

 アキオの脳裏に、ノラン・ジュードの仲間が使っていた銃器が蘇った。


「まずいな」

 そういって、円形広場サーカスに向かって駆け出す。

 放置すると衛士たちは全滅するだろう。


 彼は、すぐ後ろをピアノが追ってくるのに気づいた。

「ウサギ、君は広場の外で――」

「嫌です」

「なら、ロング・コートにしてフードを(かぶ)れ」

「はい」


 彼が広場に入ると同時に、女たちが発砲動作に入った。

 アキオは、休憩用に置かれた椅子をつかんで、続けざまに衛士たちに投げつける。

 ピアノも同様にした。

 椅子は、衛士たちに当たって、彼らをなぎ倒す。

 その上を、散弾が派手な音を立てて通り過ぎていった。


 衛士たちも、多少怪我はするだろうが、死ぬよりはよいだろう。


 女たちは、慌てず、アキオに向けてSO(ソーンオフ)ショットガンを撃とうとした。

「許しません」

 ピアノの声と共に、彼女の怒りを乗せた巨大なテーブルが、立て続けに女たちに激突した。

 バラバラになった木片と共に、女たちも数メートル吹っ飛ぶ。


 そのまま、黒マントの男に走り寄ろうとした少女は、数メートル後方に弾き飛ばされた。

 床に落ちてから少し滑り、広場の壁に当たって止まる。

 その上から、乾いた音と共に、銃弾が降り注いだ。


 魔王が唇の端を吊り上げて笑いながら、サブマシンガンをピアノに向けて撃っているのだ。


 アキオは、マントをはだけた男の手に、銃身を2本持つ大ぶりな銃が握られているのを見た。


 サブマシンガンM16に、アンダーバレルショットガンM26MASSを付けた、いわゆる()()()()()()銃に似た武器だ。


 建物侵入時に、どんな鍵でも破壊して解錠かいじょうできるショットガンを、マスターキーになぞらえ、さらに戦闘用サブマシンガンを組み合わせて、()()()()()()()()()に併用できるのが、その名の由来(ゆらい)だ。


 おそらく、近接対人きんせつたいじん攻撃に有用なショットガンと、中近距離攻撃に適したサブマシンガンを同時使用できる、魔王にふさわしい武器として男に与えられたのだろう。


 もちろん、そんな思考は一瞬のことだ。


 アキオは相手の武器を目にした刹那せつな、コートから麻酔用の銀針を取り出そうとし――倒れたピアノを見て――わずかに目を細めると針をしまった。


 爆発のような音を立てて、魔王にジグザグに走り寄ると、アキオは右手でマシンガンの銃身バレルを持ち、ショットガンの銃口に左肘を当てた。


 黒マントの男の余裕の表情は消し飛び、散弾銃ショットガンの引き金をガク引きする。


 だが、ショットガンの散弾エネルギー程度では、ナノ・コートは貫通せず、強化されたアキオの体を押し戻すこともできない。


 男は恐怖に目を見開き、続いてサブマシンガンを撃った。

 撃ち続ける。


 しかし、すでにアキオの指で上方に()()()()()()()から放たれる銃弾は、彼には向かわず、虚しく虚空に消えていくだけだった。


 アキオは、銃を持つ手首をつかんで握りつぶし、絶叫を挙げる男の(あご)を外すと、こめかみを弾いて気絶させる。

 地面に落ちた銃を足で蹴りつけ、広場の壁に叩きつけて破壊した。


 背後に近づく気配に向かって尋ねる。

「大丈夫か」

「はい。少し驚いただけです」

 ピアノが答えた。

 ショットガンとサブマシンガン程度では、彼女に傷を与えることはできない。

 それは分かっていたが、彼は意識の喪失(そうしつ)を心配したのだ。


「武器を集めてくれ」

 ピアノが身体強化した速度で銃を集める。


 その頃になって、倒れていた衛士たちが起き上がり始めた。


「一度、街の外に出る」

「わかりました」

 アキオは、男を消防夫搬送ファイアーマンズキャリーの要領で担ぎあげると、凄まじい速さで通りを走り、壁を乗り越えて街を出た。


 午前中に、街を眺めた丘まで来ると、男をおろす。

 すでに、陽はかなり西に傾いていた。

 遅れてやってきたピアノが、銃を地面に置く。


「破損の少ないひとつを除いて、残りは向こうの木の根元に埋めてくれ」

「はい」

「埋めたら、そのまま、呼ぶまでそこにいてほしい」

「――」

「ウサギ」

「はい」

 少女が去ると、アキオはAIを呼んだ。

「ミーナ」

「わかってるわ。今から、音声と画像を見るのはわたしだけよ」

 彼がこれから行う行為は、できれば、少女たちには見せたくはない。


 アキオは気絶している男を見下ろした。

 大柄で、酷薄(こくはく)そうな尖った鼻と薄い唇の男だ。

 年齢は30前後だろう。


 アキオは、男を木にもたれさせて座らせると、かたわらに膝をついて、おもむろに左手の指を折った。

 反応が薄いので、さらに折る。

 4本折ったところで男が目を覚ました。


「質問がある。答えたくないならそれでもいいが――」

 最後に残った指を、小気味よい音と共にへし折る。

 音を立てて折るのは、骨伝導で響く不気味な振動で恐怖感を増すためだ。


 彼自身は、戦時中もあまりしたことがなかったが、拷問を()()()()()は数限りなくある。

 いわば、アキオは拷問のスペシャリストだ。


 男の眼を(のぞ)き込んで、(あご)をはめてやり、尋ねる。

「どこから武器を手に入れた」

 作っているのはニューメアで間違いはない。

 問題は、この魔王騒動を誰が演出しているかだ。


 男は話さない。


 アキオは、黙って男の左肩を外した。

 ゴキ、と良い音が夕闇に響く。

 骨伝導を通じてなら、さらに良い音が鳴ったことだろう。

 男は、うめき声を発した。

「大丈夫だ。まだ死なない」

 アキオは、ブラブラになった腕を男の右肩に乗せて言う。

「誰の命令だ」

 脂汗を額に浮かべた男は首を振る。


 アキオは、右の指を折った。

 先ほど手首を握りつぶしたが、指にはまだ神経が通っているようだ。

 男が短く叫び声をあげる。

 つまらぬ駆け引きをする気はない。

 アキオは、立て続けに3本の指を折った。


 こいつは、ピアノを銃撃したのだ。

 躊躇(ちゅうちょ)斟酌しんしゃくも必要ない。

 指の次は、両手両足、あばらの順にすべてへし折るつもりだ。

 痛覚が麻痺しない程度に、インターバルを空けて続ければ、やがて口を割るだろう。

 人は痛みと恐怖に弱いものだ。


 さらに、隣の指をつかんだアキオの虚無(きょむ)的な目を見て、ついに男が悲鳴を上げる。

「待て、待ってくれ、いう」

「駆け引きはなしだ」

「あ、ああ。俺の雇い主は、メルヴィル・ド・コント」

「ということは、つまり――」

「そうだ。サンクトレイカ王、エネラ・サンクトレイカだ」

「お前は、何者だ」

「俺は傭兵だ。背丈と黒髪が魔王に似ているということで雇われたらしい」

 そう言って、男はアキオを見る。

「あ、あんたは、何なんだ……あんたが本物の魔王なのか?髪の色は黒じゃないが」

 男の言葉を無視してアキオが尋ねる。

「名前を聞いておこう」

「ヤライだ」

「魔王になっているのは、ヤライ、お前だけか」

「俺の知らないところにも魔王が出ているから、少なくとも俺以外に何人かはいるだろう」

「武器は、メルヴィルが渡したのか」

「そうだ」

「アキオ、この魔王が連れていた魔女たち――」

 ミーナの声に答える。

「カマラやユスラ、ピアノに似ていたな」

「つまり、サンクトレイカ王が、アキオと(ユスラ)を魔王と魔女に仕立てようとしているのね。エストラのうわさを聞いて」


 その後、いくつか細かい質問をしたが、末端の雇われ傭兵であるヤライは詳しいことを知らないようだった。


 最後にアキオが尋ねる。

「ヤライ、西の国の魔王もお前の仕業(しわざ)か」

「い、いや、俺はあの国に行ったことはない」

「分かった」

 彼はうなずいて、ヤライの肩をはめてやった。


 次いで、取り出した注射器(エア・インジェクター)を男の首に軽く当てる。

 ナノ・マシンほどではないが、骨折と打撲に即効のある薬剤、および麻痺薬が体内に注入される。

 ヤライは気を失った。


「ピアノ」

 アキオが呼ぶと、少女が銃を持ってやってきた。

「この男を街に運んでくる。君はセイテンの準備をしておいてくれ」

「わかりました」


 アキオは、再びヤライを担ぐと、シュテラの壁を乗り越えて街に入り、先ほどの円形広場サーカスまで走って、女たちを連行する衛士の真ん中にヤライを投げ入れた。

 そのまま走り去る。


「これで収まると思うか」

 今回の騒動を聞いて、メルヴィルや王が計画を中止することを期待して彼はミーナに尋ねた。

「ダメでしょうね。でも、魔王騒動の黒幕が分かったのは進歩よ。対策も立てられる」

「そうだな」


 丘では、ピアノが迷彩を解いたセイテンと共に待っていた。

 走ってきたアキオは、少女の前で立ち止まる。

「すみましたか」

「ああ」

「色々ありましたね」

「最後は騒がしかったな」

「本当に……」

 夕陽に色づく(シュテラ)を見下ろしてピアノが微笑む。

「怪我はないな」

「はい」

「楽しかったか」

「はい!」

 ピアノは彼に飛びついて胸に顔をうめ、しっかりと抱きしめてくる。


「歩いて、走って、泳いで、ケスラに乗って、食べて――闘いました……今日の出来事は忘れません」

「記憶は――」

 アキオは、少女の顎を持ち上げ、ひとみのぞき込んで続ける。

「まだまだ増える」

「はい」

 甘い口調で言って、ピアノは眼を閉じて唇を彼に向ける。

 わずかに躊躇(ちゅうちょ)した後、アキオは少女を持ち上げて唇を合わせてやった。

「アキオ」

 彼を見上げて名をささやく少女の顔は、夕陽に彩られ、見たことがないほど輝いて見えた。

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