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129.対峙

「たいした人気ではないか」

 徐々に広場に近づく歓声を聞きながらシミュラがつぶやく。

「さすがに、アルドスの魔女を殺した英雄だけのことはある」

 シミュラの言葉を受けて、メルクが言う。

「それも、間違いだと判明しておりますがな」

「あの者は偽物にせもの、張りぼての英雄です」

 シャロル王女が可愛い口調ながら、吐き捨てるように言う。

「ギオルの口車くちぐるまに乗って、大姫(おおひめ)さまを討とうなどと――」

「気にするな、わたしは生きておるのだから」

 シミュラは幼女の頭を撫でる。

「それより問題は――」

「民の気持ちが英雄に、つまりギオル側につくことですな」

 メルクが深刻な顔になる。

「そうだのう」

「奴らが帰るより先に、王命でギオルを解任かいにんしたことを伝えられなかったことが悔やまれます」

「今からでも、皆に伝えれば良いでしょう。父上――」

 シャロルが父の腕にすがる。

「ですが、この様子では、民にきちんと伝わりますまい」

 宰相は悲観的だ。

「兵力で一気につぶしてしまえばよいのです」

 トリルが叫ぶ。

「英雄といえども、たかが数人、ものの数ではありますまい」

「トリルよ」

 メルクが呆れたように軍務伯を見る。

()めるのだ。もし、そのようなことをすれば、暴動が起こりかねぬぞ」

 宰相の心配はもっともだった。

 人々は、通りに出て、熱狂的に彼らの英雄を歓迎しているのだ。

「では、ギオルを狙えばよいでしょう。弓矢で狙えば確実です」

()めよといったぞ」

 メルクにたしなめられ、トリルは口を閉じた。


「ノラン・ジュードは有名なのか。しばらく田舎でのんびりしておったので、わたしは世情に(うと)いのだ」

 シミュラがメルクに尋ねる。

「この数か月の間、シュテラを問わず、国を問わず、各地に出向いては様々な偉業を成し遂げているとの噂です。我が国でも、アルドスの魔女を退治すると聞いて、いち早く駆けつけてきた次第で――申し訳ありません。大姫さま」

 少女は宰相の怪物扱いを気にも留めず、手をひらひらさせて、気にするなという態度をとり、

「ほう、あの者がな。えらくなったものだ……」

「大姫さまはご存じなのですか」

 メルクの問いに、シミュラは困った顔になる。


 もちろん、アキオも彼女もノラン・ジュードのことは知っている。

 ユスラ、ピアノ、キイの三人娘から、しつこいほど聞かされたからだ。

 彼が、ユスラのただ一人の家臣として、騎士の修行に出たことも。


「会ったことはないが知っている。わたしの友の家臣なのだ。あやつは」

 その言葉に、メルクが喜色きしょくを浮かべた。

「ならば、大姫おおひめ様から、ぜひ真実をお伝えていただいて――」

「それは難しいな」

「なぜです」

「さっきもいったように、あやつは、わたしのことを知らぬ。また、わたしとあの者のあるじとの仲も知らぬゆえ、説得は難しかろう」


 いきなり、ユスラの名を出しても、信じてもらえるとは思えない。

 まして、ここにいるアキオが、そのユスラの想い人であるなどといえば、斬りかかってくるのが関の山だろう。

 彼女が「アルドスの魔女」であることを隠していたとしても、だ。


「とりあえず、俺がノランに話をしよう。場合によっては斬りあってもいい」

「アキオ」

「殺しはしない。ユスラの大事な家臣だ」

「そうですね。群衆も、英雄が負けるのを見れば、熱を冷ますでしょう。一番まずいのは、今の興奮状態のまま、ノランがギオルと共に、王を糾弾(きゅうだん)することです。たとえ彼がだまされているのであっても」

 メルクが言い、シャルラ王もうなずく。


 ふたりとも、昨日のアキオの驚異的な強さを見て、彼の一見非常識な案を当たり前のものとして受け止めているのだ。


「そうじゃの。人々は英雄の言動に左右されるものだな――おぬしたちが、ノランを説得するというのは?」

「残念ながら、ノランと私たちは、ほとんど面識がないのです。前回の時も、の英雄の相手をしていたのはギオルでしたので」

「わかった」

 アキオはうなずき、

「とりあえず、俺がでよう」

「わたしも行くぞ」

「しかし、まずは宰相であるわたしが――」

「ギオルとやらは、何をするかわからぬのだろう。おぬしたちでは危険だ。任せておけ」

「来たぞ」


 彼らが話をする間も、ギオル一行は目抜き通りを歩き、ついに広場に到着した。

 ノランたちを先頭に、その背後に立つ、赤髪で中肉中背の男がギオルだろう。


 ノラン・ジュードたちが広場に足を踏み入れると、群衆の熱狂はピークに達する。

 それを後ろで眺めるギオルの笑顔が不気味だ。


 ノランは5人でチームを組んでいるようだった。

 軍編成では、8人以上なら分隊スコードになるが、6人以下ならチームになる。

 男2人と女3人だ。

 ノランの左横に、金髪碧眼の女剣士が立ち、右横には黒髪の魔法使いらしい少女がいる。

 その背後に銀髪の少女と、栗色の髪の屈強そうな大男がマントを羽織って立っている。


「アキオ……なんだか、ノランが連れている女たちは、どこかで見たことあるような気がするのだが――」

「そうか」

 アキオが興味なさそうに答える。

「いやいや、どう見ても、キイとユスラとピアノに似てるだろう、あれは」

「似ていても彼女たちとは違う」

 アキオが当然のことを言う。

「それはもちろんそうだが……」


 やがて、ノランが、数歩前に進んで良く通る声を張り上げた。

「わたしは、()()ノラン・ジュード。宰相ギオル閣下の護衛として、政都ダオルコントよりお供つかまつった」

 ひときわ歓声が大きくなる。

「ギオルさまは、ただの宰相ではない。病弱であらせられるシャルラ王に代わって、さきの評議会で、摂政に任命されたお方だ」

 再び歓声が大きくなる。

「それなのに」

 ノランは、広場の反対側で彼らを取り巻く兵士たちの姿をにらみ、

「この扱いはどうしたことだ」


 その時、アキオとシミュラがノランに向かって歩み出た。

 潮が引くように歓声が消え去り、静寂が広場を包む。

 黒髪、黒いコートのアキオと、金髪、黒紫色のコートの美少女は、多くの群衆にとって、陽光の降り注ぐ朝の広場の喧騒(けんそう)には似つかわしくない、静謐せいひつで異質なものに思えたのだった。

 人によっては、ある種、不気味で忌むべき存在に見えたかもしれない。


「お前は誰だ」

「傭兵だ。シャルラ王に雇われた」

「なぜ、王ではなく、お前が出てくる」

「そこにいる()()()は、信用できぬからだ」

 シミュラが胸を反らして断言する。

「元宰相?」

「昨日付で、そやつは解任されたのだ。幽閉を解かれたシャルラ王によってな」

「幽閉?王が」

「耳を貸してはなりませぬぞ。ノラン殿」

 背後でギオルが叫ぶ。

「昨夜のうちに報告が届いております。そやつは、異常な力を用いて城内で暴れ、わたしの部下を皆殺しにしたのです。おそらく、そこに居られる王は、そやつに脅されておられるのです」

「はっ」

 シミュラが小気味よく笑う。

「王が人質でも取られているというのか。王女も隣にいるというのに。頭を使え、ノラン」

 ノラン・ジュードの眼に動揺が走る。

「おまえの(あるじ)、ユス――」

 その瞬間、アキオはシミュラを押しのけて剣を抜いた。

 後方から飛んできた矢の気配を察知したからだ。


 矢は、一直線に、ギオルに向かっている。

 弾丸ではない。ただの矢だ。

 彼の反射速度なら、余裕で叩き落とせる――はずだった。

 だが、途中で彼の剣は、強い力で斬撃の方向を変えられる。

 ノランが、人としては信じられない速さで抜剣ばっけんし、アキオの剣を弾いたのだ。

 おそらく、アキオが彼の隣に立つ女剣士を不意打ちで襲ったと思ったのだろう。


 矢が、シミュラをかすめるように射られたため、ノランから見えなかったのも一因だ。


 結果として、それが、元宰相の命を奪うこととなった。

 本来なら弾かれるべき矢は、その使命を(まっと)うし、ギオルの胸の中央に突き立った。

 一瞬、広場が静まり返り、ついで悲鳴が巻き起こった。


「ギオル閣下!」

 ノランが叫び、チーム・メンバーが、倒れた男に駆け寄るのを見てから、アキオに剣を向ける。

「よくも閣下を!」

「おぬしは馬鹿か?アキオは矢を落とそうとしたのだぞ」

 シミュラが叫ぶ。

 おそらく、トリルの暴走だろう。

 シミュラは、怒りで目の前が赤くなる。

 とんでもないことをしてくれたものだ。


「俺にはそうは見えなかった。この男が剣を抜いて、シェリルを斬る振りをして俺の注意を引き付け、その間に閣下を不意打ちしたんだ」

「そう見えたか」

 アキオがつぶやく。

「それで、どうする。やるか」


 どのみち、ギオル側についた英雄を倒して、民衆の熱を冷まさねばならないのだ。

 彼は、ノランの誤解など気にも留めていなかった。


「お前が閣下を狙ったのは間違いない。まず、お前を倒してから、後方の者に弓矢の言い訳を聞こう」

 ノランが剣を構えると、彼のチームも攻撃態勢に入った。

「その前に名乗っておこう。俺は――」

 ノランは、剣を構えなおし、誇らしげに言う。

「今は亡きイグナス・サンクトレイカ王女に連なるユスラ姫がただ一人の家臣、騎士ノラン・ジュード」

「馬鹿者が」

 シミュラが嘆息(たんそく)する。

 その、ただひとりのあるじさまの、ただひとりの想い人に貴様は剣を向けているのだ。

「俺は――名乗る名前はない。適当に呼べ」


「アキオ」

 インナーフォンに、ミーナの声が響いた。

「ごめんなさい。ちょっと手が離せなかったの」

「こっちも今、忙しい。話は後だ」

「了解、状況はわかってるから」


「名無しか……では名のないまま、逝け」

 騎士が動いた。

 アキオは、ノランの強烈な斬撃(ざんげき)を受ける。

 弾かれた剣の勢いそのままに、何度も方向を変えて斬りつける手筋はなかなかのものだ。


 ノランの仲間のうち、金髪の剣士はふたりの剣風の凄まじさに割ってはいることができず、黒髪の魔法使いは、アキオの背後から、いくつか雷球アラメイを投げつけていたが、そのすべてが、ナノコートによって地面に流され、無効となっていた。


 彼は適当に数合(すうごう)打ち合わせたあとで、勝負をつけるつもりだった。

 だが――

「アキオ」

 シミュラの叫びと、雷鳴のような轟音と悲鳴が同時に鳴り響いた。

 少し力を入れて、ノランを数メートル弾き飛ばすと、アキオは振り返る。


 彼の眼に、栗色の髪の大男がマントをはだけ、この世界には存在しないはずのショットガン、レミントンM870に酷似した銃を手にしているのが映った。


 そして、肩から先を失って地面に倒れるシミュラと、血を流して横たわる女剣士が見えた。

「シェリル」

 ノランが、女剣士に走り寄る。


 一瞬、アキオの姿が消えた。


 広場に高周波のような音が響くと、彼の姿が、銃を構えた男の前に現れ、銃口から3センチ刻みに輪切りにされたショットガンが地面に転がった。

 ついで、彼の蹴りを食らった大男が広場の端まで吹っ飛ぶ。

 まだ、火器を持っているかもしれないので無力化させたのだ。


 アキオは、シミュラに走り寄り、そっと抱き上げた。

「大丈夫か」

「ああ、少し驚いただけだ」

 状況は分かっている。

 大男がアキオの背にショットガンを撃とうとするのを、シミュラが体を変化へんげさせて防ぎ、その流れ弾が女剣士に当たったのだ。


「ま、魔女だ!」

 静まり返った広場に悲鳴と怒号(どごう)が交錯し始める。


 まずい状況だった。

 真実を知らないエストラ国民にとって、アルドスの魔女は恐怖の象徴だ。

 死んだと思われていた魔女が、王都の広場に現れたというだけで、パニックになっている。

 魔女が、王側にいたこともまずいが、不意打ちによって、ギオルが殺されたのもよくない。

 民衆にとって、ギオルはまだ宰相だったのだ。

「ミーナ」

 アキオは呼びかけ、

「どう収拾(しゅうしゅう)をつける」

撤収(てっしゅう)プランはふたつ――」

 簡潔に話すAIに彼が答える。

「プランBでいこう」

「でも、それでは、あなたたちが――」

「かまわないさ。シミュラ」

 同じく作戦を聞いていた少女に尋ねる。

「わたしは構わぬ。どうせ、わたしはアルドスの魔女だ」

「というわけだ。聞いていたな、メルク」

 彼の問いかけに、王とメルクが答える。

「しかし、それでは、あなたさま方が――」

「いけません!」


 アキオは、血相を変えたノランが、女騎士から立ち上がるのを見、早口で言った。

「いいから合わせろ、彼女の指示の通りに」


「お前、魔女か。生きていたんだな」

 ノランがシミュラに問いかける。

「ああ、魔女だからな。簡単には死なぬ」

 アキオに抱かれたまま、少女が答える。

「よくもシェリルを」

「貴様の仲間が卑怯(ひきょう)にも背中から、わが王を襲ったのではないか」

「わが王?魔女の王、魔王か」

 ノランの言葉に、広場の群衆が騒然とする。

「魔王!」

 皆が、口々に叫び、広場から逃げ出す者も現れる。


 濃いPSのおかげで、すでに元通りの体になったシミュラを地面に降ろし、アキオはノランと向き合った。

 騒がしかった広場も静まりかえり、皆が、英雄ノランと黒い魔王との対峙(たいじ)を見守っている。


 裂帛(れっぱく)の気合と共に、ノランがアキオに斬りかかった。

 数合すうごう打ち合い、体を入れ替え、また打ち合う。

 刃引きしたアキオの剣で、ノランの剣が削られ火花が飛んだ。


 アキオが、わざと肩口とわき腹に隙をつくり、気づいたノランがすかさず斬りつける。

 コートによって裂傷は負わないが、その打撃で彼の体が数メートル下がった。

「アキオ」

 走り寄ろうとするシミュラを止め、アキオが言った。

「もう少しで、エストラを手中に収められたものを」

 棒読みになっていなければよいがと念じながら。

「今日のところは、これで引き下がろう」


 彼が剣を振り上げると、空から人々が聞いたことのないような轟音(ごうおん)が鳴り響き、漆黒の塊が落ちてきた。

 広場に突き刺さる。

 セイテンだ。

 ミーナの遠隔操作でやってきたのだ。


 空気の射出音と共に蓋が開き、赤いビロードの内部が見える。

 広場の者たちにとって、それは、まるで豪華な棺桶だった。


 アキオのバッグを手にしたシミュラが走り寄り、彼に抱きつき、そっと何かを渡す。

「さらばだ、騎士ノラン・ジュード」

 アキオは、そう言いつつ何かを投げつけた。

 うっと、地面に倒れたままの女騎士が声を上げる。

 彼女の肩に銀針が刺さっていた。

「おのれ」

「気にするな、置き土産だ」

 シミュラが笑いながら言い、そのままふたりは棺桶に入り、蓋が閉まった。

 ついで、凄まじい光と音が鳴り響き、一瞬で黒い棺桶は消えてなくなっていた。


「あそこだ」

 誰かが、空を指さす。

 皆がその方角を見ると、黒い塊が、空高く昇っているのが見えた。

 人々は、恐怖の念をもって、それを見送り、

「おのれ、魔王め」

 ノランは、女騎士から針を引き抜いて怒りに燃えた目を向ける。

大姫おおひめさま、アキオさま……」

 シャロル王女は指を組んで、ふたりの英雄に感謝の気持ちを送った。


 ふたりを見つめる様々な思いはともかく、今日ここに、確かにアルドスの魔女を連れた、漆黒の魔王が誕生したのだった。


「アキオ」

 セイテンの中で、シミュラが彼の首に唇を寄せながら言う。

「すまぬ。わたしのせいで、お前が悪者になってしまった」

「いいさ。お前が魔女で俺が魔王、つり合いはとれる」

 少女は、目を大きく見開いて彼の男を見て、きつく抱きしめる。

「あとは、ミーナの作った話に沿()って、王とメルクがうまく事態を収めるだろう」


 要するに、エストラ王は恐ろしい魔王と魔女によって脅され、かつて魔女を殺そうと策を(ろう)したギオルが、今度は魔王の手先となって、国が乗っ取られかけていたところを、王とメルクの機転でギオルを倒し、英雄ノランが魔王たちを追い払った、というわけだ。


「そうだな、ギオルがいなくなれば、問題あるまい。ノランの奴も、あの銀針に、怪我を治す薬が塗られていたことに気づけば……いや、気づかぬか」

 シミュラはあきらめ顔でそうつぶやき、アキオを抱きしめなおす。


螺旋塔スパイラル・タワーには行けなかったな……」

 しばらくして、ぽつりと少女がつぶやいた。

「また行くさ」

「そうだな。でも楽しかったぞ、ありがとうアキオ。王と王女を救ってくれて」

「俺もいい運動になった」

「そうか――」


 それからジーナ城までの30分、シミュラは夢心地のままに、アキオは、どういう経緯でノランたちが銃を手にいれたのか考えながら、それぞれに過ごしたのだった。

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