126.制圧
「ゴ、ゴアメスが紙みたいに……」
歯の欠けた口で、男が呻く。
エストラの戦闘用ヘルメットはゴアメスというらしい。
重量と音から考えて金属製なのだろうが、アキオが地球で使っていたケブラー製とは違い、ナノマシンで自動研磨されている剣にかかると呆気なく寸断できる。
脅しのデモンストレーションとしては上々だろう。
「――隣の奴に聞くか」
アキオが刃先を少し動した。
「ま、待ってくれ……王を、シャルラ王を殺したのか」
「俺たちは、王を解放しにきた」
「なんだと」
男が表情を変える。
「ギオルは、謀反を起こそうとしている」
「そうだったのか」
怒ると思った男が、妙に腑に落ちた顔になった。
「わかった。話そう」
男の名は、ナニエルといった。
ギオルに王の監視を任せられてはいたが、命令に従っていただけだと言う。
「俺にも、なぜ、弱って意識を失っておられる王を、ここに閉じ込めるのかわからなかった。ただ、王を狙う者がいるから、厳重に警備せよと命じられたのだが……」
「シャルラ王は、すでに目を覚ましている」
アキオは隣室にナニエルを連れて行った。
「シャルラ王、シャロルさま」
ナニエルは、ベッドに駆け寄り、跪く。
気に病んでいたシミュラが健在であると知り、薬剤も効いてきた王は元気を取り戻しつつあった。
シミュラとシャロルから話を聞いていた王は、ナニエルに、ギオルが謀反を起こそうとしていることを告げ、宰相を捕縛するように命じる。
「しかし、奴はいま王都にはおりません」
ナニエルの話によると、宰相ギオルは、エストラの政都ダオルコントで行われる、シャルラ王退位を決める会議に出席するために、2日前から王都を留守にしているらしい。
政都については、以前に、シミュラから聞いたことがあった。
エストラには、王都オルトと、政を司る政都ダオルコントの二つの中心都市があるのだ。
トルメア共和国に吸収される前の米国のように、経済、文化を担うニューヨークと政治を担うワシントンDCに分かれているわけだ。
「奴はいつ帰る」
「明日の昼に、城に戻ると連絡があったそうです」
「隣の部屋に寝ている奴で、信用できるのは誰だ」
「ムランとノルムです」
アキオは、ナニエルを連れて隣室に行き、二人の男を起こした。
残る二人はナノ・ストリングで縛りあげて、ベッドに転がしておく。
「これからどうするのだ、アキオ」
「ゴミ掃除だな。ひと通りきれいになった時点で、王に事情を説明してもらう。それでいいか」
アキオは王に確認を取る。
「もちろんです。大姫さまが、あなたの言葉は自分の意思と仰られましたので」
「そうだ、アキオに任せておけば、何も心配はないぞ」
「わかりました」
アキオは、王に、もうしばらく、この部屋で王女と過ごすように言い、
「我慢できるか」
床に膝をついて、シャロルと目線を合わせて尋ねる。
「はい。シャトラさまと――アキオさまにすべてお任せいたします」
彼は、姫の頭に手をやる。
「あまり、子供のころから、ものわかりをよくするな」
そう言って立ち上がると、護衛のひとり、ムランに言った。
「王命でメルクを解放して、城に連れて来られるか」
「できますが……」
「城内のことは心配するな。おぬしたちが城に着く前に、掃除は終わっているはずだ。メルクに関しては――わたしの名を出せばいうことを聞くだろう」
アキオに代わってシミュラが断言した。
ムランが王の顔を見る。
「行け」
簡潔な王の言葉に、ムランは最敬礼をすると部屋を出て行った。
「さて――まず、主要なギオルの手の者を捉えて牢に入れる。それでよいな、アキオ」
彼がうなずくのを見て続ける。
「残りの掃除はギオルが来てからでよいだろう」
「しかし……シャトラさま、城内にギオルを信じる者は数多くおります。頭の固いエゴニ魔法長をはじめ――」
ノルムが抗議するのを、シミュラは顎に指をあて、
「そうじゃな――牢が足りねば、縛って広間に転がしておかねばならんな」
「いえ、そうではなく、一騎当千の魔法使いが揃っているのです」
「ああ――」
シミュラは興味なさそうにつぶやき、
「大丈夫。アキオは誰も殺さぬ。では、案内せよ。時間が惜しい」
「姫さま!」
「強い者順に連れていけ、そこで、おぬしたちは、面白いものを見ることになるだろう」
「大姫さまの仰るとおりにせよ」
力を取り戻しつつある王のひと声で、ノルムは黙った。
アキオは、ベルトに差した剣を抜く。
柄の端につけられたスイッチに触れ、剣を刃引きにし、切れ味をなくした。
「では、行きましょう」
先導するナニエルとノルムについて、アキオとシミュラは部屋を出ていった。
王女シャロルは、父王の手を握りながら、大姫シャトラの美しい後ろ姿をじっと見送る――
シャロル・エストラは、王女として生を受け7年間、何不自由のない生活を続けてきた。
生母は彼女を生むと間もなく死んだが、顔も知らない母を、特に恋しいとは思わなかった。
彼女には素晴らしい父王がいたからだ。
幼女の目に映るエストラは、美しく豊かな国だった。
教育係のエルミンが教える、王国が食料不足に悩んだ歴史も今は昔、ヤルに代表される家畜が、魔法によって何も食べずに肥え太り、人々は日々笑顔で暮らしている。
宰相ギオルが彼女に語る、この国の唯一の悩みは、王国の端に住むアルドスの魔女だった。
それは恐ろしい化け物で、街道を行くキャラバンを襲い、人をさらって、殺すこともあるらしい。
幼女は、その恐ろしい怪物を、いつの日か敬愛する父王が討つと信じて疑わなかった。
もし、父の代でそれが叶わぬなら、必ず自分が本懐をとげるのだ。
だが、その決意を告げた時、喜ぶと思った父王は、なぜか悲しく寂しげな顔になった。
そして、その日は突然にやってきた。
魔女に奪われた、西の国へ送る宝物を取り戻すため、王国の誇る魔法部隊1万2千名がアルドスに向けられたのだ。
そして、見事に魔女を討ちとった。
だが、その頃から、父王の顔色は悪くなり、床に伏せることが多くなった。
心配した彼女は、その理由を何度も問いただし――ついに真実を聞き出した。
年齢の割に聡い幼女は容易に理解したのだ。
豊かなエストラは、ひとりの王女の犠牲によって成り立っていたことを。
そして、魔女として独り、100年の孤独を生きた彼女の先祖シャトラ姫が、宰相ギオルの策略で殺され、それが父王の心を蝕んでいることを――
その後、野心をむき出しにしたギオルによって、孤独に塔に幽閉されてからも、幼女の心は折れなかった。
わたしには、シャトラさまの血が流れている、この程度のことに負けるわけにはいかない。
あの方が築いた豊かな国を、ギオルごときの自由にさせてはならないのだ。
だが、王女の健気な決意もむなしく、ある日、塔にやってきたギオルが、扉越しに、これからシャルラ王の王位を奪うためにダオルコントへ行くといった。
次に会う時には、お前はただの小娘になっているだろうと。
不思議なことに、宰相は、父王より子供の彼女を恐れているように見えるのだった。
不安のうちに時が流れ、そして、ついに牢の扉が勢いよく開けられた。
だが、そこに立っていたのは、憎きギオルではなかった。
彼女と同じ、黒紫色の髪をした美しい女性だ。
「シャロルだな。おぬしと父を助けにきた。わたしはシミュラ――」
そう言って、その人は――不思議なことに幼女である彼女にはそう見えたのだが――とびきり可愛く微笑んで、信じられない言葉を続けた。
「わたしはアルドスの魔女、かつてのエストラ王シュルラの妹シャトラ、シャトラ・エストラだ」
それから先は、夢をみているようだった。
隣の部屋に行くと、黒づくめの殿方が父王の手当をしてくれていた。
大姫シャトラはその人を、わたしの王と呼び、すべてを任せよと言う。
そして、ふたりが、城を取り戻すために部屋を出でいくとすぐに――
城内から、もの凄い爆発音と振動が響き始めた。
シャロルは、牢から出ると階段を走り降り、光取りの穴から中庭を覗いた。
都オルトは、シュテラで唯一といっていい、マキュラつまりPSの存在する街だ。
当然、場内の戦いは、魔法を使ったものになる。
すさまじい光、おそらく百を超える雷球と火球が交錯し、土煙が舞い上がる中を、黒い影が駆け回るのが見える。
すぐに音は、次々と場所を変え、城中を移動して行った。
怖くなったシャロルは部屋に戻り、父王に抱きつく。
しばらくすると、
「なかなか、よい運動になったではないか」
楽しそうな女性の声が聞こえ、シャトラ大姫と彼女の黒い王が、まるで散歩でも終えたかのように戻って来た。
「大姫さま」
我慢できずに、はしたなくもシャロルは抱きついてしまう。
「おお、おぬしは小さくて柔らかくて可愛いのう」
反対にシャトラ姫に抱きしめられ、嬉しく、恥ずかしくなったシャロルが顔をあげると、遅れて部屋に戻ってきたノルムが、呆然として王に報告するのが見えた。
「魔法部隊の精鋭、第一、第二、第三小隊壊滅しました。全員、気を失って倒れたところを、ナニエルの指揮で地下牢に収容中です――なんというか……不思議なものを見せていただきました!」
そう言って、アキオに最敬礼する。