125.城攻
アキオは、城の前に広がる庭園の入り口で立ち止まった。
エストラル城は、王都北寄りの小高い丘の上に建っている。
庭園の先には広場があり、その向こうに城門が見えていた。
城の左右と後方は切り立った崖になっていて、侵入者を固く拒んでいる。
「次はあれじゃな」
シミュラが、アキオの首から手を放して地面に足を降ろしながら言った。
髪の色は金色に戻している。
「メルクから、城内へ手引きできる者の名を聞いておくべきだったか」
「不要だ」
「なぜだ」
「時間が惜しい」
「――そうだな」
シミュラはアキオの言葉を理解する。
城内に、メルクの息の掛かった者が残っていたとして、助けを受けるためには、その者に接触し、さらに信用させねばならない。
その方法は迂遠すぎる。
そういった人頼みの方法は、強行突破できる力の無い者のやり方だ。
アキオなら、簡単に真正面から乗り込んで、城を破壊し、ギオルを殺し、王を救い出すことができるだろう。
だが、おそらく、その方法を彼はとらない。
そんなことをすれば無駄な死者が出るからだ。
そうなれば、かつての王族であり、今も国を愛している自分が悲しむことを知っているからだ。
「アキオ」
シミュラは彼の手を握りしめる。
「それで、これからどうするのだ」
「これだ」
アキオは、肩に担いだ荷物を降ろし、中身を取り出した。
「それは」
アキオがいつも所持するP336とは違う形の、武骨な拳銃を見て、少女が首を傾げる。
「巻取銃だ。いわゆる、パイル・ショットだな。パイルを打ち込んで体を引き上げる道具だ。侵入作戦には役に立つ」
少女はうなずいたが、『いわゆる』といわれてもよくわからない。
「で、そっちは」
「見たことはあるだろう」
そう言いながらアキオはコートのベルトに黒鞘の長剣を差した。
「そうではなくて、おぬし剣を扱えるのか」
シミュラは、アキオが剣を手にするのを見たことがない。
アキオは首を振った。
彼が得意なのは銃剣だ。
戦うだけなら、コンバット・ナイフの方がよほど慣れている。
「銃だと殺してしまうし、目立つ」
彼はそういうと、アームバンドに触れ、ふたりのコートの色をアドバンスド・マルチカム迷彩にした。
「音を立てないように俺についてきてくれ。できるな」
「わかった」
アキオは、庭園の外縁を大きく右に迂回しながら、城の断崖を目指して樹林を進んでいく。
何度か巡回の兵士と行き会ったが、うまくやり過ごすことができた。
慎重に進んだが、20分ほどで城の直下に到着する。
彼らのいるところから、崖は80メートルほど上方に続いていて、その上に城壁が見えていた。
アキオが、アームバンドに触れると、今度は、OIE=不滅の大地作戦柄のデジタル迷彩にコートの色が変わった。
パイル・ショットを、崖と城壁の境界あたりに向け、撃つ。
ほぼ無音で、長さ30センチほどの杭が打ち出され、崖に突き立った。
杭からは、ナノ強化ワイヤーが銃まで伸びている。
本来は、単分子ワイヤーを使いたかったのだが、ジーナの施設では、まだ大量生産ができないので断念したのだ。
「シミュラ」
アキオの声で、少女が、さっきと同じように首に抱き着く。
あたりの様子を伺ってから、彼はパイルの巻き上げボタンを押した。
小さな唸りと共にワイヤーが巻き取られ、二人は素晴らしい速さで崖を上っていく。
杭が近づくと、アキオはワイヤーを持って強く引き、その勢いを利用して片足で杭の上に乗った。
リリース・ボタンを押してワイヤーを切り離し、パイル・ショットから2本目の杭を打ち出す。
杭は城壁の見張り台下部に突き刺さった。
再び、ワイヤーを巻き上げ、今度は見張り台の中に飛び降りた。
身をかがめてあたりを伺うが、誰もいない。
「ここがどこかわかるか」
ワイヤーをリリースしながら、少女に尋ねる。
コートの色も元に戻した。
「わかるぞ。何度も思い出し、夢にみた場所だ――こちらだ、アキオ」
先に立って走り出す少女を追いかけ、彼も走った。
城内に入ると、意外なほど足音が響くため、声をかけて速度を落とさせる。
途中から、シミュラの指示でアキオが先導し、城の護衛を何度かやりすごしながら、東塔まで進んだ。
思ったとおり、城の上層に行くにつれ護衛の数は減っていく。
そのために、わざわざ崖を上って城の上部から侵入したのだ。
15分ほどで東の塔の幽閉所前に到着した。
階段の陰から覗くと、幽閉扉の前は広い空間になっていて、5人の屈強そうな兵士が、無言であたりを睥睨している。
「さて、あの者どもをどうするかだな」
シミュラが言うと同時に男たちが倒れた。
「行こう」
アキオが、投げ残した銀針を、コートにしまいながら言う。
「殺したのか」
「眠っているだけだ」
「だが――」
シミュラが心配そうな顔をする。
街の外でみたように、魔獣でも眠らせる銀針だ。
人間なら薬が強すぎて死んでしまうのではないか、そう彼女は思っているのだ。
アキオが、少女の肩に手を触れて言う。
「大丈夫だ。この薬剤は――」
そう言ってから、カマラが言っていた言葉を思い出す。
「魔獣に厳しく人に優しい」
シミュラが吹き出した。
「何なのだ、それは」
「うまく調整しているということだろう」
そう言いながら、彼は男たちの傍で膝をつき鍵を探す。
一瞬で気を失ったためか、受け身が取れず、男たちのほとんどが前歯を折っていた。
シミュラもやってきて服を探る。
「あったぞ」
少女が鍵束を見せ、立ち上がって扉に走り寄った。
「こっちだ」
二つある扉の一つを覗いて叫び、鍵を開ける。
扉を開いて中に飛び込んだ。
「シャルラ!」
アキオも続いて中に入る。
それは、牢らしい簡素な部屋だった。
大きさは10メートル四方ぐらいで、塔の最上階なのに窓はなく、壁に数か所だけ、明かり取り用らしき小さな穴が開いているだけだ。
壁際に木造りの粗末なベッドがあり、そのうえで痩せた男が横になっていた。
シャルラ王だろう。
「しっかりしろ」
少女が王を抱き起す。
シャルラ王は、40代半ばの男で、衰えてはいるが整った顔をしていた。
「あなたは……」
「おまえを救いにきたのだ」
問いかける王に少女が答える。
アキオは近づくと、王の胸に白いパッドを張り付ける。
カプセル・プローブを改造したヒト用検査機器だ。
アーム・バンドで数値を確認する。
「シャロルを……」
王の言葉にシミュラが応える。
「どこにおるのだ」
「隣に……」
シミュラがうなずき、部屋を出ていく。
アキオは、バッグを降ろすと、中から各辺が10センチ程度のキューブを取り出して、アームパッドで操作を行った。
これは、プローブの数値を受けて、自動的に薬液を調合する機械だ。
カマラとシジマの共同製作の装置で、ロボ・メディックという名前らしい。
これまで、すべての医療行為をナノ・マシンのみで行ってきたアキオのために、ガンマ2に加えられた新装備だ。
「父上」
質素な服を着た幼女が、シミュラに手を引かれて駆け込んでくる。
年は6、7歳というところだろうか。
黒紫色の髪をしていて、その顔は、幼いながらも驚くほどシミュラに似ている。
少女は、体を起こした王にすがりついた。
宰相ギオルは、こんな幼い子供を独りで幽閉していたのだ。
その時、ピン、とキューブから音がして、真ん中から半分に割れて蓋が開いた。
アキオは、中から長さ8センチほどの銀色のスティックを取り出す。
ジェット・インジェクター、つまり注射器だ。
王の首筋に当てると、シュッと音がして調合された薬液が注入された。
「どうじゃ」
シミュラの問いかけにうなずく。
「問題ない」
プローブが示したバイタル・サインでは、疲弊はしているものの、重篤な疾患は認められなかった。
シャルラ王は、すぐに元気になるだろう。
アキオは、一度、部屋の外に出て、倒れている男たちを隣の部屋に運び込んだ。
目が覚めるのは数時間後だろうが、念のためだ。
彼らには、後で用事もある。
部屋に戻ると、少し元気を取り戻したらしい王が、髪を黒紫色に戻したシミュラの手を取って涙を流していた。
アルドスの魔女が生きていたことが、理解できたのだろう。
シャロル王女もしっかりシミュラに抱きついている。
アキオは、彼らの話を邪魔しないために、バッグを持って隣の部屋に移動する。
適当にひとりの男を選んで、薬剤をインジェクターで注入し覚醒させた。
目覚めた男の喉元に、剣を突きつける
「ギオルはどこにいる」
「し、知らん」
この男も、シミュラの国の兵士だ。
殺すつもりはない。
アキオは、剣で、男の被るヘルメットの顎紐を切断すると、さらに剣先でヘルメットをひっかけて宙に飛ばした。
空中にあるヘルメットを、剣を閃かせて布のように切り裂く。
男の目が恐怖に見開かれる。
再び、喉元に切っ先を近づけ、アキオは言った。
「ギオルはどこにいる」