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124.漆黒

「アキオ、こっちだ」

 手を引いて前を歩く少女に彼はついていく。


 今、シミュラは正体を隠すため、王族の髪色である黒紫色(こくししょく)の髪を金色(ブロンド)に変え、大きな水晶のついた髪留めでまとめている。

 それは、ミーナたちに映像を送るカメラでもあった。


 賑やかな通り、そこに並ぶ様々な出店(でみせ)

 目に映る景色は、かつてアルドスの魔女であったシュミラが、彼に見せたものとほぼ同じだ。

 ただ、微妙に違う感じがするのはなぜなのか、と考えていると、

「どうした、おぬし、妙な顔をしておるな」

 立ち止まって、()()()()()()少女の顔を見てやっと気づいた。


 あの時の彼は、シミュラの思惑おもわくで少年の姿に変えられていたのだった。

 当然、身長も、今のシミュラぐらいであったため、視点の高さがまったく違って、見える景色も異なり、それが違和感となっていたのだ。


 だが――

「通りは賑やかだが、皆の表情がどことなく暗い」

 彼は、もうひとつ感じていた違和感の方を口にした。

 シミュラは、アキオと繋いでいた手を指先に移動し、指で会話を始める。

〈おぬし、なぜだと思う?〉

〈おそらく、国王シャルラが病に倒れ、宰相(さいしょう)ギオルが国政を好きにしている事への不安によるものだろう〉

〈食料その他は、不足していないように見えるがな〉

〈王に会ったことは〉

〈ない。魔女は、エストラには来られぬからな。だが、顔は知っておるぞ〉

()()()()()()()の記憶だな〉

〈妙な物言ものいいをするな。わたしの男はおぬしだけだ〉

〈まず、王におまえが無事に生きていることを教えてやろう〉

〈メルクに会うか〉

 アキオはうなずく。


 一般的に、潜入先の情報が(とぼ)しければ、とりあえず敵を捕まえて尋問(じんもん)を繰り返し、中枢(ちゅうすう)に近づいていく方法をとるのだが、今回は、ミストラが手に入れた情報を渡されているから、やりやすい。


 いま、シミュラが口にしたメルクとは、元副宰相(さいしょう)のシャルラ王側の人間で、現在は宰相ギオルの画策(かくさく)によって役職を解かれ、屋敷に軟禁(なんきん)状態になっている男だ。


 最初に、この男に会えば、次の行動指針も立てやすくなると思われた。


〈メルクの屋敷を知っているか〉

曾祖父(そうそふ)とは話もしたことがあるが、住処(すみか)は知らぬ〉

〈そうか〉


 ミストラの情報網でも、国交をほぼ断絶しているエストラの元副宰相の住居まではわからなかったようだ。


 どうするか――

 美少女と手をつないで、店をひやかしつつ歩くていよそおいながらアキオはあたりを探る。


 衛士(えじ)がひとり、通りを巡回するのを見つけ、

「君はここにいろ」

 口に出してそう言い、彼は少女から離れようとした。

「おぬし、あの男を()()()()()メルクの屋敷を聞き出そうとしておるな。ダメだダメだ。それでは大事おおごとになる。わたしに任せろ」

 シミュラはアキオを抑えて、素早く彼から離れると、衛士えじに追いついた。

 声をかける。


 振り向いた男に頭を下げ、胸に手を当てて、何かを必死に言いつのっている。

 涙まで流しているようだ。

 男が、通りの向こうを指さし説明する。

 少女は、何度も頭を下げつつ、アキオのもとに戻ってきた。


 衛士はしばらくシミュラの後姿うしろすがたを見送っていたが、やがて巡回を再開して去っていった。


「わかったぞ」

 シミュラが笑う。

「どうやった」

「田舎娘を演じた。メルクの屋敷で働いている姉に、親が病気で倒れたことを伝えに来たが、前に一度来たきりで場所がわからぬ、とな」


 アキオは、あらためて少女を見た。

 客観的に見て、シミュラは美少女だろう。

 今は金髪になっているが、このような明眸皓歯めいぼうこうしな容姿の娘が、田舎暮らしでできあがるとは思えない。

 よく衛士が納得したものだ。


「なんだ。どうした」

 少女が笑顔を、不審顔ふしんがおに変えて尋ねる。

「いや、よくやった。案内してくれ」

「初めからそういえばよいのだ」

 シミュラは、嬉しそうにアキオの手を引いて歩き出す。


 この間、すべてを見聞きしているはずのミーナは、珍しく沈黙を保ったままだ。


 メルクの邸宅は、目抜き通りを北に進んで、左に折れた地区の一角にあった。

 身分が高いだけあって大きな屋敷だ。

 あたりも閑静かんせいな住宅ばかりで、路上に人影は見えない。


「どうするのだ。夜まで待つか?」

「早い方がいい」

 そう言って、アキオは、少女を抱くと身軽に塀を飛び越える。



 イニシオス・メルクは、現王を支持する王党派おうとうは重鎮じゅうちんだ。

 曾祖父そうそふの頃から、代々エストラ王の宰相として国に仕えてきたが、彼の代で、その座をギオルに奪われ、メルクは副宰相の地位に甘んじることとなった。


 そして、今、病床についたシャルラ王に代わってまつりごとを行う野心家のギオル宰相によって、五十にして副宰相の地位も奪われ、屋敷に蟄居ちっきょさせられている。


 落ち着きなく自室を歩き回りながら、ギオルへの呪いの言葉を吐き散らしていた彼に、執事が、午後のお茶を持ってやってきた。


 彼は不機嫌そうに、立ったまま執事の動きを見守る。


 テーブルにカップを置いて執事が部屋を出ていくと、再び、室内を歩きまわろうとして、バルコニーへ通じる扉のカーテンが揺れるのに気づく。


「誰だ!」

 彼が叫ぶと、正反対の方角から声がした。

「敵ではない。だから、静かにしてもらえればありがたい」

 女性の声だ。しかも若い。

 メルクが振り返ると、執事が出て行ったばかりの扉の横に、ふたつの影が立っていた。

 ()()すバルコニーを見た直後なので、目が暗さに慣れず、その容姿までは判別できない。

「イニシオ・メルクだな」

 一瞬、声を上げて人を呼ぼうと考えたメルクだったが、声の主の落ち着きようと、その声音(こわね)に何かを感じて思いとどまる。

「何が目的だ」

 とりあえず尋ねてみる。

「シャルラ王がどこにいるか教えてほしい」

「なぜ、シャルラ様が()()()()()()()()知りたいのだ」

「言葉遣いが気に入らんか。すまぬな。メルク」

わきまえよ、わたしをそのように呼んで良いのは王族だけだ」

 少女が、クックと笑う。

「そうして尊大にふるまうのは、アルシオと同じだな。目の色と髪の薄さも」

「何を馬鹿なこと――」

 メルクの言葉が途中で止まる。

 彼女の言葉を聞き、部屋の暗さに慣れた目が、シミュラの姿を捉えたからだ。

「このままでは、わからぬか」

 少女がそういうと、彼の目の前で金色の髪が黒紫色こくししょくに変わった。

「なぜ、なぜ、わが曾祖父の隠し名を知っている」

「本人に聞いたからだ。わたしの名を明かそう。シャトラ・エストラだ。もう一度聞く、我が一族の現王シャルラはどこにいる」

「そんな、あり得ない」

 男の膝が震えだす。


 少女は、ゆっくりと彼に近づき、(ささや)くように言った。

「だが、あり得るのだ。わたしはアルドスの魔女、エストラ王シュルラの妹シャトラ」

「なぜ、あなた様がここに」

「おお、認めてくれるか。なに、シャルラが、わたしを殺したと気に病んでいると聞いてな。元気なところを見せにきたのだ。わたしの用はそれだけだ」


「その、となりのお方は」

「ダラム・アルドスからわたしを救ってくれた男だ。夫、いや、()()()()()でもある」

「あなた様の……」

「教えても、失うものなど何もないぞ。ただ、シャルラが元気になり、娘のシャロルの命が助かり、ギオルが――おそらく、おぬしの願い通りになるだけだからな」

「わかりました。お教えしましょう。ですが、とてもお会いすることはかないますまい。わたしにはお手伝いはできませんし」


「場所を教えるだけでいい。あとはこっちでやる」

 初めて、少女の横に立つ男が口を開いた。

 黒い髪、焦げ茶色(ダーク・ブラウン)の瞳に黒づくめのコート。

 まるで漆黒の闇が人の姿をとって、そこに立っているような男だった。

「わかりました。エストラル城の東の塔にある幽閉所です。おそらく王女さまも同じ場所に……」

「なんだ、あそこか。わかった」

「どこだ」

「城を正面から見て左手に見える塔の最上部だ。子供の時によく入り込んで遊んだものだが、あれは幽閉所であったか」

「シャトラさま!」

 メルクがひざまずく。

 今のシミュラの言葉で確信をもったのだろう。

「あなたさまのおかげで、この国は飢えから解放されました。にもかかわらず、わたくしどもは……」

「もうよいのだ。おぬしたちにも事情があったのだろう。今のわたしは、この――」

 そういってアキオの腕に抱きつき、

()()()と共にあって、これまでの不幸すべてが帳消しになるほど幸せなのじゃ。だから気に病むな」

「は、はい」

「では、行ってくる」

 少女はそういうと、ベランダまで歩き、背伸びして王と呼んだ男の首につかまった。

 男が少女の腰に手をやって支えると同時にふたりの姿が消える。


 バルコニーに飛び出したメルクが下を見ると、凄まじい速さで、黒い影が人通りのない通りを城に向かって走って行くのが見えた。


「アルドスの魔女と――黒い王……漆黒の魔王、か」


 メルクは呆然とつぶやくと、いつまでも、ふたりが走り去った通りを眺め続けるのだった。

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