121.半年
「アキオ、シジマ!」
辺り一面、鮮やかに黄色い花畑の中で、麦わら帽をかぶって花を摘んでいた少女が立ち上がって呼びかける。
輝くような笑顔だ。
「カマラ!」
それに応えて、元気に返事をする少女に手を引かれながら、彼はかぐわしい香りを放つ花畑を歩いていった。
そのすぐ後ろを、シミュラとユイノが躍るように軽い歩調でついていく。
ここは、ジーナ城の地下に作られた広大な菜園空間および庭園だ。
ナノ・テクノロジーを応用したファイバー繊維によって、外部から導かれた太陽光が、天井から燦燦と降りそそぎ、まるで楽園のように光り輝く景色が広がっている。
さらに、ナノ・コクーンを換気弁として、温度=分子運動の差でより分けて取り込んだ外気が加速され、コアンダ効果によって洞窟全体にいきわたり、心地良いそよ風となって庭園を吹きわたっている。
花畑の隣では、様々な作物が実っていて、そこでは、白いつば広帽をかぶったピアノとユスラがパオカゼロの収穫をしていた。
「なぜ、お姫さまふたりが、そんな手作業をしてるのさ。この間、ボクが作ったマシンを使えばいいのに」
シジマが可愛らしく口をとがらせる。
「自分たちの食べるものは、自分たちで収穫したくはありませんか」
ユスラが微笑んでいう。
「そういうものかな」
「別に姫さまがパオカゼロを刈り取ってもいいじゃないか」
「ユイノは食べるだけだからね」
「し、失礼な」
「踊って、食べてるだけじゃあ、冬が来たらアリさんに頼ることになるね」
「アリ?」
「地球にいるヨナスに似た生き物のことさ。働き者の代名詞だよ」
シジマが説明し、
「取るに足りない存在、という意味もありますね」
花束を胸に抱いたカマラが微笑む。
「ああ、その話は知っています。アリとキリギリスですね。地球の寓話です」
そういってピアノが、帽子のつばを持ち上げ、にっこり笑う。
それを眺めていたアキオは、あることに気づいて驚いた。
先ほどから、少女たちの会話に微妙な違和感を感じていたのだが、それが何か、やっとわかったのだった。
彼女たちは、地球語を使って会話している。
「どうしたの」
インナーフォンにミーナの声が響いた。
アキオが驚いた理由を話すと、AIは笑う。
「かなり前から、みんなで会話するときは、地球語を使っているわよ」
「そうか」
「研究ばかりして、あまり彼女たちと話をしないから気づかないのよ。だから、楽しませてやってね。今日は、これからピアノとお出かけでしょう」
「時間が――」
「約束したでしょう。治療法の研究はすればいい。でも、彼女たちとの時間は犠牲にしないって」
「そうだったな」
昏睡したカマラを連れ帰った夜から半年が経っていた。
さいわい、少女はすぐに意識を取り戻したが、それ以来、彼とミーナは、ヴァイユやミストラを含めた少女全員を、ジーナ城に留め置いている。
いつ、どこで昏倒するかわからないし、体調管理を徹底させたかったからだ。
仕事のあるミストラたちには申し訳ないが、何より生命を優先させたい。
ありがたいことに、少女たちは不満もいわず、それどころか、嬉々(きき)として毎日を過ごしているようだ。
皆で相談しつつ、日々、城内を住みやすく改良し、シジマの作った重機を使って居住区域を広げ、シャルレ農園からもらった作物を育て、収穫する。
本当に、たいしたものだった。
彼女たちは、近づく死の恐怖をものともせず、元気に楽しく生きているのだ。
あの日、帰城してすぐに、彼とミーナは、城の少女たちに、彼女たちの置かれている状況を伝えたのだった。
死に至る病に罹っているのだ、と。
実のところ、恐慌状態になるとは思わなかったが、もう少しショックを受けて落ち込むと思っていた。
少女たちの誰もが、アキオのように常に死ぬ覚悟をしている兵士ではないのだ。
だが、案に相違して、全員が落ち着いて事実を受け止めてくれた。
皆に話した後、就寝前にピアノが彼を捕まえて言った言葉が、彼女たち全員の気持ちを代弁していたかもしれない。
「アキオ。わたしたちは、誰もが一度は、ほぼ死ぬか、死んでいるのと同じ生活をしてきた者ばかりです。ですから死は恐れません。それに、アキオが必ず解決方法を見つけてくれる、そうでしょう」
「そうだ」
「でも、研究に没頭するあまり、わたしたちを放置するのはダメですよ」
こうして、彼の起床と就寝の時間、および定期的な少女たちのと外出が、総意によって決められたのだった。
今も彼は、最低でも週に一度は行う、と決められた朝食後の散歩をしているところだ。
「だって、そうしないと、アキオは研究室に閉じこもってばかりで、ボクたちが頑張って作っているお城を見ないじゃないか」
城での生活が2か月を過ぎたころに、シジマのひと言で、彼の散歩が追加された。
馬車停の方角から、キイが歩いてきた。
「あ、主さま」
彼を見つけて声をかけてくる。
アキオは立ち止った。
寿命で死にかけているアルメデ女王と同じ声、おそらく同じ姿の少女を見つめる。
「な、なんでそんなにじっと見るんだい」
「――きれいだからだ」
アキオは、ミーナに耳打ちされた通りにいう。
「そ、それは、ありがとう」
そのまま、彼はキイの手をつかんで引き寄せ、尋ねる。
「調子はどうだ。意識は」
「大丈夫だよ、主さま……心配しないで」
少女は豊かな金色の髪を、おだやかな風に揺らしながら笑顔になる。
ナノ・マシンによる意識障害、アキオとミーナが、キラル症候群と名付けた病は、マシンの注入時期が早いほど、そして肉体修復程度が大きいほど速く進行することが分かっている。
その点から、カマラ、キイ、シジマ、ピアノの4人がもっとも病の進行が著しいはずだった。
「よいな、おぬしたちは」
突然、シミュラがアキオに後ろから抱きつく。
「あーっ、また姫さまが勝手なことを」
シジマが騒ぐ。
「よいではないか。わたしだけなのだぞ。アキオに心配してもらえないのは」
「あら、わたしもよ」
「そうだったな、ミーナ」
そのまま、シミュラは、手を伸ばしてアキオをグルグル巻きにする。
最近の彼女は、自分がシェイプ・シフターであることを隠さない。
「アキオ、わたしも可愛がるのだ。こんなことができるのは、わたしだけだぞ。もし――」
そういって、いたずらっぽく、呆気にとられる少女たちを見まわし、
「おぬしが、わたしを女として扱ってくれたら、この体で、娘たちには想像もできない甘美な体験をさせてやれるのだが……」
「もう、なにをいってるんですか、姫さま。ユイノも止めて!」
だが、シジマが頼りにするユイノは、顔を赤くして、甘美、体験とつぶやいていて、ものの役には立たない。
「何をいってるんだい、姫さま。あんた、100年生きてたって男を知らないだろ」
キイの言葉に、ぱっとアキオから離れたシミュラが破顔一笑する。
「まあ、そういうことだ。これは願望だからな」
「まったく、アキオとエストラに行ってから、ずっとこんな調子なんだからね。困っちゃうよ」
「あたしたちに話してくれた以上の、何かがあったんじゃないかと思っちまうね。本当に」
復活したユイノがため息をつく。
「何もないさ、なあアキオ」
コケティッシュに笑うシェイプ・シフターを見ながら、アキオは、4か月前に、シミュラをエストラに連れて行った際の一連の出来事を思い出すのだった。