119.襲撃
「本当にありがとうよ」
農園の入り口まで見送りに出たメイビスがアキオたちに頭を下げる。
「あんたが見つけてくれなければ、兄さんはまだあの小屋で寝たままだったよ。エルドも助けてもらったし、あんたたちには世話になりっぱなしだね」
「いえ、わたしたちこそ、こんなにたくさんの貴重な種や苗と、それにお金まで」
「少しだけだよ。初めの金額だとあんたたちが受け取らないから……」
「お気持ちだけで充分です」
カマラがにっこり笑う。
こういったアキオの苦手なやりとりを、少女が代わりにやってくれるのはありがたい。
「何かあったのかい」
カマラが、オルガと若者たちに呼ばれて離れていき、名残を惜しまれるのを見ながら、メイビスが尋ねる。
「あの娘、ずいぶん大人っぽくなったじゃないか。はじめは、オルビスを見つけたことが原因かと思ったけど、どうやらそうじゃないみたいだね」
「そう見えるか」
「ああ、出かける前は、きれいで可愛かったけど、良くも悪くも子供こどもしていたのに、ほんの数日ですっかり落ち着いて、まるで大人の女みたいになっちまった」
アキオは、理由は分からないが自分もそう思う、と言う。
「ま、いずれ子供は大人になるものさ。おっと、もうあんたの奥さんなんだから、子供じゃない。それはわかってるんだけどね……ちょっとひっかかったのさ。気に障ったら許しておくれ」
アキオは、幼女たちとの別れを終えて、戻ってきたカマラと共にザルドに騎乗した。
別れを惜しむシャルレ農園の人々に手を挙げるとゆっくりと走り出す。
時刻は午後四時を少し回ったところだ。
もう1日、シュテラ・サドムに宿をとるか迷ったが、このまま城を目指すことにする。
本来なら、農園との交渉と街の散策をいれても3日あれば往復できる行程だ。
あまり遅くなると城で待つ少女たちが心配するだろう。
そろそろ、太陽フレアによる通信障害から復旧するとは思うが、それを待つより、直接帰った方が早いという判断だった。
ストーク館での出来事やジュノスのことなど、皆に話すことも多くある。
街門を出ると、ふたりはザルドの速度を上げた。
人通りの多い街道だけに、よく整備されている。
もうすぐ陽は暮れるだろうが、ザルドに無理をさせなくとも、それほど遅くない時刻に城に到着できるだろう。
道幅は広く、人通りも少なくなったため、ふたりは並んでザルドを走らせる。
アキオは、隣を行くカマラを見て、城を出た時の朝日を浴びた少女の生き生きとした笑顔を思い出す。
今のカマラも、やはり笑ってはいるが、それは満面の笑みではなく、笑顔の上にひと刷毛悲しみの色を重ね塗った感じの微笑みだ。
「どうしました」
少女が涼やかな声で尋ねる。
「いや」
アキオは、言葉を濁し、空を仰いだ。
落陽に照らされる空には、黒く厚い雲が広がりつつある。
ここ数日は良い天気に恵まれたが、これからひと雨くるかもしれない。
徐々に夕闇が濃くなるのに合わせて、アキオは暗視を強化する。
道は山に入り険しさを増していた。
右手には高い絶壁が迫り、左手はかなり高い断崖となっている。
念のために、少女に暗視強化を指示しようとしたその時、
「アキオ!」
カマラが叫ぶ。
同時に、彼にも、銀の針が糸を引きながら飛んでくるのが見えた。
とたんに、ザルドが前につんのめって倒れ、アキオたちを振り落とす。
猫のように身体を捻りながら地面に着地した彼の横を、目を開けたままのザルドが滑って行く。
前足に銀の針が刺さっていた。
もう死んでいるようだ。
針には毒が塗られていたのだろう。
アキオの背後には、カマラが着地している。
ふたりが会話を交わす間もなく、崖の上から火球と雷球が飛んできた。
「アキオ」
もう一度、カマラが呼びかける。
この意味は明らかだ。
どう対処するかを彼に尋ねているのだ。
彼は答えた。
「敵だ」
そういって、P336を引き抜いて、崖の上に向けて連射する。
複数飛んできたアータルが衝撃波で消し飛び、その先の襲撃者に着弾する。
肉が弾け消滅する反射音が聞こえた。
雷球は、ナノ・コートのままぶつかり地面に放電させる。
カマラも、ナノ強化した腕力で、銀針を弾丸並みのスピードで放つ。
たちまち、敵の気配が半数以下になった。
その時、
「待て」
そう叫びながら、一つの影が崖を滑り降りてきた。
5つの影がそれに続く。
「カマラ」
アキオは、有無を言わせず銀針を投げようとするカマラを止めた。
「そうです。話を聞いた方が得だと思いますよ。お互いに」
道に降り立った、中背の男が近づきながら言う。
あたりは暗いが、暗視強化した目には、その姿がはっきり浮かびあがっていた。
男は貴族然とした服装をしていたが、頭の上を尖らせた奇抜な髪型と顎ひげが、胡散臭い印象を与えている。
「得というのは」
アキオが尋ねた。
殺すのは情報を引き出せるだけ引き出してからだ。
アキオは、こと切れている2頭のザルドに目をやる。
ミストラとヴァイユのザルドだ。
この一事だけでも、彼の中で男たちの死は決定事項だ。
だが、男は思わぬ言葉を口にした。
「あなたは、ゼビスが欲しいのでしょう」
「ゼビス」
「四角くて、空からエストラに降ってきたモノですよ」
「データ・キューブか」
「ええ、そのデータ・キューブです。欲しいでしょう」
「西の国か」
「理解がお早い。その通りです。わたしは西の国のマイス・フィン・ノアスという者です」
あっさりと男が言う。
「わたしたちは、アレをエストラから手に入れました。それをあなたにお渡しするというのです。魔王さま」
彼は男を見た。
だが、何も言わない。
「そのかわり、その娘を渡していただきたい」
「なぜだ」
「それは、あなたには関りがないことです」
「そうだな」
言いながら、アキオは、P336をノアスに向ける。
「いやいや、それはお止めになった方がよいと思いますよ」
「本当に西の国の者か確証がない」
「そうですねぇ」
ノアスは顎髭を撫でながら、考え考え言う。
「ポカロで死んだ、伝承官のサリルに接触していたのは、わたしでした、といってもダメですか」
アキオの銃は不動だ。
ノアスの頭に狙いをつけている。
「いえいえ、ご存じのように、ポカロへ、誘拐したエクハート君を連れていく手伝いをしたのはニューメアです」
「どこまで知っている」
「知っておくべきことまで、ですよ」
アキオは、馬鹿らしくなってきた、
素性の不確かな男と言葉遊びを続けるつもりはない。
データ・キューブが欲しければ、力づくで城に乗り込んで奪うまでだ。
理由は分からないが、カマラを渡すなど論外だ。
引き金を引こうとして、アキオは背後で人のもみ合う音を聞く。
銃口を動かさず振り返ると、今までいなかった6人目の男によって、カマラが抱きすくめられていた。
気を失っているようだ。
男が、カマラのこめかみに銀針をあてる。
「さて、どうしますか」
ノアスの問いに、アキオは銃をおろした。
「こちらに投げてください」
彼はP336をノアスの足元に滑らせる。
男はそれを拾うと、彼に銃口を向けた。
「わたしたちに必要なのは、その少女なのです。あなたはどうでもいい……苦労しましたよ。あなたがどうやったのか、あの極北の洞窟から連れ出してしまわれたから――」
「おまえたちが、閉じ込めていたのか」
「それも、どうでもよいでしょう。あなたの集めた女たちが、街で記憶の伝承について、知りたいといっていたので、サリルと接触し――」
ノアスは嫌味たらしく肩をすくめ、
「さらにあなたが、ゼビス、データキューブ、ですか、あれを探しているのを知って、エストラから手に入れたのですよ。交渉に使えるかと思いましてね」
口舌滑らかなのは、完全に、彼を殺すつもりだからだろう。
カマラを抱えた男がノアスの背後に立った。
「それもこれで終わりです。お別れです。さようなら」
そういって、ノアスは引き金を絞った。
弾は出ない。
当然だ。
P336は、P226と違って20世紀の旧式兵器ではないのだ。
アキオの持つ兵器は、すべて彼の体内のナノ・マシンが安全装置となっていて、ナノ・マシンの認証を得ないと稼働しない。
「役立たずめ」
ノアスは、銃を地面に叩きつけ、男たちに言う。
「殺しなさい」
アキオは動けない。
男が、まだ、カマラのこめかみに針を突きつけているからだ。
アキオの眼前に、巨大な火球が発生する。
雷球なら、少々大きくても接地回避できるのだが、P336のない今、あの大きさの火球による攻撃には、相当なダメージを覚悟しなければならないだろう。
「やれ」
ノアスの声と共に、火球がアキオに遅いかかった。
その時、銃声が響き、カマラに針を突き付けていた男が倒れる。
アキオは動いた。
逆転の可能性を信じて、最大限にまで強化しておいた身体能力を使う。
地面に転がった石を蹴り飛ばし、カマラに近い男のひとりの頭を消し飛ばした。
路面に穴を穿ちながら走り、P336を拾いあげると、ノアスに向けて発砲する。
部下が男を押し倒し、自分が身代わりとなって消滅した。
意外に素早い身のこなしで、ノアスは残りの部下と共に崖の下に飛び降りる。
アキオは崖下を覗くが、暗視強化した目でも奈落の底は見通せなかった。
街道には、3人の死体とカマラが残った。
アキオは少女に駆け寄る。
カマラが気を失っているだけなのを知って安堵する。
おそらく、先に少女が気絶して、それから男が彼女を捕まえたのだろう。
昏倒の理由は分からない。
ぽつり、と少女の顔に水滴が落ちる。
雨が降り出したのだ。
アキオは、コートのフードを伸ばすと少女の頭を覆ってやる。
そして――空を仰ぎ、自分を助けた存在を見た。
そこには、この世界に有り得べからざるもの、小型の戦闘用ドローンが浮かんでいた。
このマシンが、カマラを捉えていた男を撃ったのだ。
「何者だ」
アキオが誰何する。
ミーナのようなAIではないだろうが、マシンを操作しているものが聞いているはずだ。
「たぶん、名前をいっても分かってくれないでしょうね。あなた、冷たいから」
ドローンから返事がある。
女の声だった。
美しいが、少し年を経た感じの声だ。
珍しくアキオが眉を寄せる。
やがて、これも珍しく逡巡したアキオが、頭に浮かんだ名前を口にした。
「キィか」
言ってから、すぐに自分でもそうではないと気が付き、言いなおす。
「アルメデか」
「うれしいわ、アキオ。覚えていてくれたなんて――120年ぶりね」
「120年……」
彼女に延命ナノ措置を施したのは100年前だ、つまり――
「わかった?わたしは20年前に、地球からこの世界にやってきたニューメア王女アルメデ。延命のリミットが来て死にかけている、ね」