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117.画策

 光が明滅するのを感じてアキオは目を覚ます。


 目を開けると、服をつけたカマラが、純白のナノ・コートを羽織るのが見えた。

 朝日が樹々の間から()して、彼の前でカマラがコートを(ひるがえ)した時の光の反射が目に入ったらしい。


「おはよう、アキオ」

 彼に気づいたカマラが、澄んだ声で呼びかける。

「おはよう」

 答えながらアキオは苦笑する。

 自分も衰えたものだ。

 兵士時代の彼なら、カマラが身動きしただけで目を覚ましたことだろう。


 これについては、かつてミーナが少女たちに対し、彼女たちが感じる色の話をした時に説明したことがある。


 彼の体内に、複雑な新旧多種バージョンのナノ・マシンが混在することが原因だと。


 つまり、異なるナノ・マシンの集まりそのものが、彼の身体からだを守るために、まるで集団的知性、疑似AIのような働きをして、少女たちがそばにいる間は彼の緊張を(ゆる)めているというのだ。


 アキオは、まだそのことを知らない。


「昨夜はだらしなくてすみませんでした」

「気にするな」

 アキオは、アームバンドで少女のバイタル・サインを確認する。

 昨夜調べた時もそうだったが、彼女の体調は万全だ。


 時刻は7時半を回っている。

 ふたりは、手早く食事をとると、テントを撤収てっしゅうして、オルビスと共にザルドに積んだ。


「行くか」

「はい」

 アキオとカマラは迂回うかい路を通って進み、岩石が道を(ふさ)いでいる場所まで戻り、シュテラへの道を選んだ。


 山道をザルドで進んでいると、その穏やかな揺れもあって眠くなってくる。

 この星のケルビやザルドは、ある程度の方向と速度を指示してやった後は、ほぼ彼らの本能に任せて進むことができるので、かなり人の負担が減るからだ。

 これは、最初にラピイの馬車に乗った時に思ったことだった。


 山道を抜けて道がよくなると、アキオたちはザルドをとばす。


 そのおかげもあって、あまり急ぎはしなかったが、昼すぎにはシュテラ・サドムに到着する。


 街門がいもんでオルビスの遺体を運んできたことを告げるが、特に問題なく中に入ることができた。

 手続きしている間に、門の近くで手持無沙汰てもちぶさたにしていた少年にコインをやって、シャルレ農園に知らせに行かせる。


「運んできたわたしたちが、いうのはおかしいかもしれませんが、もう少し疫学えきがく的に遺体の搬入(はんにゅう)に注意を払うべきだと思います」

 あっさりと門を通されたカマラが形のよい眉をひそめる。

 一応、彼女の提案で、オルビスの遺体に細菌やウイルスが存在しないことは確認してある。


 ザルドを進め、農園が近づいた頃、数名の男女が向こうから走ってくるのが見えた。

 エルドが先頭だ。後ろにメイビスの姿も見える。


伯父おじさん」

「兄さん」

 口々に叫びながら、アキオのザルドに走り寄る。

 最後に若い男数人が、戸板のようなものをもってやって来た。


 アキオは、オルビスをザルドから降ろし、戸板の上に乗せる。

 アームバンドに触れてコクーンを解除した。

 破裂音と共に黒いカバーが消滅し、目を閉じた老人が姿を現す。

「兄さん」

 メイビスが死体に取りすがった。

 兄の死で頭がいっぱいで、アキオが見せた奇妙な道具は眼中にないようだ。

「どうして……ボナムが間に合わなかったのかい」

 メイビスの問いに、道が崖崩れで(ふさ)がれていたことをカマラが説明した。

「違う道を探して、遠回りしたわたしたちが小屋についた時には、オルビスさんは、もう亡くなられていたのです」

「手間をかけさせたね」

 メイビスが頭を下げ、

「それで……見つけた時の様子はどうだったんだい」

「はい、ベッドで横になられていました。眠ったまま亡くなられたのだと思います」


 実際は、彼が全力で愛し、愛された美しい女性に看取みとられて死んだのだが、それを伝えることを、彼も彼女も望まないだろう。


「苦しまなかったんだな」

 エルドが伯父の死に顔を見てつぶやく。

「そうだろうね。こんなに穏やかな顔をしてるんだから」

「では行こう」

 エルドにうながされ、男たちが戸板の四隅をつかんで持ち上げ、歩き出した。

 その後を、アキオたちがザルドの手綱たづなを引いて歩いていく。


 農園に着くと、直ちに必要な人が呼び集められ、埋葬(まいそう)が行われた。

 神の代理人や儀式の執行(しっこう)者を必要としないため、簡素かつ迅速(じんそく)に埋葬は終わる。


 アキオたちが参加した前回同様、死者に対する声掛けと温かい涙が流されだだけだ。


 コクーンを解除した時にナノ・エンバーミングも停止したため、オルビス老人は(おだ)やかに土に(かえ)っていくだろう。


「エルド」

 アキオは、オルガの手を引いて先を歩く農場主に声を掛けた。

 振り返った男に尋ねる。

「馬車の車軸が折れたあの日、何かおかしなことはなかったか」

「おかしなこと」

「なんでもいい」

 エルドは少し考えたが、

「とくにおかしなことは……ああ、そういえば、街門がいもんで、長い間止められたな。いつもはそんなことはないのに」

 カマラがアキオを見る。

「あの時、折れた車軸はありますか」

「え、ああ、あるよ。薪にしようと置いてあるはずだ。見たいのかい」

「はい、見せてください」

 少女の希望で、農場の事務所に帰ったエルドが使用人の一人に命じて、事故で折れた車軸を持ってこさせた。


「アキオ」

 ひと目見て、すぐにカマラがアキオに車軸を渡した。

 彼にも、少女のいいたいことが分かる。

 車軸の折れた部分には、わずかながら斜めに切り込みが入れてあったのだ。

 明らかに、何らかの衝撃が加わった時に、折れるように細工がしてある。

「事故の時に、馬車を動かしていたのは、あなたですか」

 カマラが尋ねる。

「いいや、ケルソという奴だ」

「話はできますか」

「無理だな。あいつは、もう行っちまった」

シュテラを出たのですか」

「もともと繁忙期はんぼうきだけ、手伝ってもらう流れ者の農夫だったんだよ」

「そうですか――」


 アキオもカマラも、さほど落胆(らくたん)しない。

 ケルソという男を、捕まえ締め上げても、それほど情報は得られないだろう。

 それより、街門(がいもん)で時間調整までして、アキオたちをシャルレの一家と知り合わせ、馬車を壊し、エルドに怪我を負わせて、彼らに薬を届けさせようとした組織が存在した事実の方が重要だ。


 そいつらは、アキオたちが、ジュノスに会うように手の込んだ画策をしたのだ。


 少女の手がアキオの手を包み込む。

〈ザシンたちと別なドラッド・サンクの一派いっぱだと思いますか〉

 言葉を用いない会話が始まった。

〈まだわからない。だがドラッド・サンクではないな。あの組織はジュノスが作ったものだろう〉

〈そうです。それについては、あとでジュノスからの情報と共にお話ししますが〉


「あんたたち、お昼はまだだろう」

 背後から、葬儀を終えて、幾分(いくぶん)明るさを取り戻したメイビスが話しかける。

「はい」

「あたしたちも、まだなんだよ。一緒に食べて行っておくれ。オルビスを連れてきてくれた礼もしないといけないからね」

 ふたりは、礼については固辞こじしたが、昼食はいただくことにして、食堂に向かう。

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