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112.分身

 シェイプ・シフターが全身を現した。


「カマラ」

「はい」

「全員を連れて上へ行け。しばらく時間を稼ぐ」

「しかし――」

「アキオ、ちょっと待って」

 アキオとカマラのやり取りにシスコが口をはさむ。

「あの子、ちょっと様子が変だよ」


 プールから上がってき来た怪物は、特に狂暴そうな素振りもなく、プールサイドに立って、アキオたちを眺めている。


 その目が座り込んだザシンに止まる。

 ズン、と地響きを立てて近づこうとして、ザシンが四つん這いで逃げようとすると、

「まっ……て、おや……じさん」

 ローズとは違い、訥々(とつとつ)とではあるが女性の声で話しかける。

「寄るな、化け物!」

 ザシンの叫びに、シェイプ・シフターは、少しうつむいて動きを止めた。

 その姿は、どうすべきか考えているように見える。


「シスコ、お前、あいつをなんとかしろ」

 やっと立ち上がったザシンが命じる。

「え、どういうことだい。あたしに何の関係が――」

「あいつは、お前が作り出した分身、お前自身だろう」

「何の話か分からないよ」

「あれは、お前が変化(へんげ)した化け物だ」

 ザシンは目を吊り上げる。

「シーズの用意をしているわたしたちの前に表れて、自分に儀式を受けさせろと騒いだ挙句あげく変化(へんげ)したんだ」

「あたしは、ずっとアキオたちと一緒だったよ。だいたい、あたしは今ここにいるじゃないか」

 ザシンは、近づいて必死に説明しようとするシスコを突き飛ばした。

「黙れ、お前が、狂ったソマルが時間をかけて生み出した化け物なのはわかっている。だからわたしが引き取ってシーズ候補にしたんだ。シュテラでは、何年もおとなしくしていたようだから油断してしまった。わたしの失敗だ」

「な、なにを……」

「わたしが知らないとでも思っていたのか。あいつを使って、お前が、生まれ故郷も、お前を救ってくれたソマルも全滅させたのを」

「そんなことしないよ!」

「いいや、お前は、必要な時だけあいつを作って、仕事が終われば消してるんだ。だから、早く消せ。今すぐに」

「知らない、知らないよ!」


 シスコの叫びに呼応するように、シェイプ・シフターが言葉を発する。

「お……まえ、だま、れ」

 同時に、怪物の足から分かれた肉片が、うごめきながら形を変えていく。

 やがて、それは、ひとつの形に固定された。

「あ……あたし」

 シスコが呆然とつぶやく。

 そこに立っていたのは、シスコと瓜二つの少女だった。

 髪もあるし、服も来ている。

「こいつだ。さっき、こいつが変化(へんげ)したんだ」


 ザシンが叫ぶ。

「親父さん、そんなことをいわないでおくれよ」

 驚くほど滑らかに話す少女に全員が呆気(あっけ)にとられる。

「あ、あんたは、なんだい」

 シスコが尋ねる。

「うるさいね。あんたは黙っときな。裏切りものが!」

「裏切り、どういうことだい」

「あんたが、消してほしいと思ったからソマルを消してやったんじゃないか。助けて欲しいと思ったから、檻から出してやったんだろう」

「し、知らないよ」


「もちろん、彼女は知りません」

 ジュノスがシスコに近づいて言う。

「この(むすめ)は、ドレキに頼らず魔法を使う完璧なシーズなのです」

「シーズとは」

 アキオが尋ねる。

「『適性を備えたもの』という意味です。おそらくあなたは、自分でも知らぬうちに分身を作ってしまったのでしょう。そして、その時の強い願望が分身に転送されて行動原理となってしまっている」

「そんな……あたしの知らない間に――」

「イドの怪物、ですか」

 カマラがつぶやいた。

 それは、無意識の願望が生み出す狂暴なモンスターの名だ。

 おそらく、生まれ故郷でも、そして移り住んだソマルでも、シスコを苦しめる出来事があったのだろう。

 その苦しみが分身を生み出し、その憎しみが人々を殺めた。


「そんなことは、どうでもいいのさ。いまのあたしは、親父さんがいるだけでいい。親父さんに褒めてもらいたい。そのために、シーズになるんだ」

 そういって、分身のシスコが、ザシンに近づく。

「ち、近寄るな」

「なんで、そんなこというんだよ。あたしが必要だっていってくれたじゃないか。親父さん」

「く、来るな、化け物」

 ザシンが叫ぶ。

「親父さん」

「消えろ、化け物!」

「そんなこといわないで……」

「シスコ、早く、こいつを消せ」

「親父さん――もういいよ」

 そう言って、分身が手を一閃(いっせん)させると、ザシンの首が地面に落ちた。

 立ったままの体から血が吹き上がる。


「あんたは嘘つきだ。お前が必要だっていいながら消えろといった。あたしは嘘は嫌いだ。友だちだっていいながら殺そうとしたり、助けたいっていいながら檻に閉じ込める」

「やめて!」

 シスコが叫ぶ。

「もう消えて、消えておくれ。あんたがあたしの醜い願いと憎しみの(かたまり)なら――」


「ジュノス。分身を消した場合、本体に影響は」

 事態(じたい)を静観していたアキオが、オレンジ色の目の女に尋ねる。

「特にないな」

「カマラ」

「はい」

「二人を連れて上に行け。時間は作る」

「了解――あ」

 いきなりアキオに引き寄せられて、カマラが驚く。

 彼は少女を胸に抱くと、首に手をまわしてチョーカーを取った。

「これはもらっておく」

「アキオ」

 彼の考えていることを察して、カマラは青ざめる。

「少しでも早く地上に出ろ」

「わかりました」

 カマラは、呆然(ぼうぜん)とするシスコと、興味深そうにふたりを眺めているジュノスに近づき、手をひいて階段に向かった。


「待ちなよ」

 それを追いかけようとする分身シスコの前にアキオが立つ。

「どきなよ。()()()に好かれてるからって、調子に――」

 分身の頭が吹き飛ぶ。

 躊躇ちゅうちょのないアキオの蹴りが頭部に炸裂したのだ。

 残った少女の体が巨人の足に吸収され、シェイプ・シフターの巨体が動き始める。


「もう少しやろう」

 階段を上っていく少女たちを見ながらアキオが言った。

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