111.乱戦
「ジュノスか」
「彼女が本体です」
アキオの問いに、カマラが答える。
「この少女から話は聞きました……オルビスを、彼をよろしくお願いします」
女の言葉にアキオはうなずき、
「君がドラッド・グーンそのもの――さっきの言葉だと両性具有か」
「わたしには性がないのです」
「ジュノスを子孫といったが――不老不死ではないのか」
生物として、死ななければ子孫を残す必要がない。
ジュノスは微笑み、
「この次元では死にます。現に、わたしの本体は5万年前に死んで、いまは、このジュノス体のみ、それも――」
そういって、掌をメナム石の光にかざす。
その手は脈を打つように、透明、不透明を繰り返していた。
「存在が希薄になっているのです」
「聞きたいことがある」
「わたしも、伝えねばならないことがあります」
その時、地下空間に凄まじい叫び声が響いた。
ロウズが怪物の首を引きちぎったのだ。
首を失った巨体を、ローズはプールに蹴り飛ばす。
怪物は、深いプールに落ちていった。
ロウズは、手にした首も投げ込むと、両手を突き上げ、聞くに堪えない勝利の雄叫びを上げる。
「よくやった、ロウズ」
頭をふって立ち上がりながら、クラノが叫んだ。
ロウズが彼を見て、次に、茶色いガラス玉のような眼が、ジュノスの横にいるシスコを捉える。
「シ、シスコ、なぜぇ、なぜ、そこにいるぅ」
活舌の悪い、野太い声で叫びながら、ロウズの巨体がシスコに迫る。
アキオはP336を抜くと、躊躇なく撃った。
機銃のような速さで連射する。
轟音が空間内に轟き、ロウズの巨大な肉体を穿っていく。
拳銃型とはいえ、レイルガンの威力は凄まじく、肉体を吹き飛ばした弾丸は、壁面に当たって、見かけ上の大爆発を起こしていく。
二重分身でないシェイプ・シフターには、シミュラのような核がある。人間部部といってもいい。
それを破壊すれば、彼らは死ぬのだ。
文字通り、細かい肉片に変えられてロウズは動かなくなった。
「ロウズ!」
クラノが叫ぶ。
「よくも……貴様も殺してやる!」
胸に手を当てると、異音を発しながら、クラノは変形を始めた。
ロウズより速く、さらに巨大な異形となる。
妹を抑えてシーズの候補者になるだけのことはあるようだ。
「アキオ、ここのPS濃度は3000倍近くあります。気をつけて」
カマラの言葉にうなずくと、彼は周りの人間に被害が及ばないように走りだした。
充分に離れると振り向く。
そこへ、クラノの巨大な拳が襲い掛かった。
怪物が、走りながら肉体を伸ばしてアキオを殴ったのだ。
とっさに腕で受けたアキオだったが、巨大なエネルギーは殺しきれず、体ごと後方に吹っ飛ぶ。
前腕の骨は粉微塵に砕け、肩は脱臼する。
飛ばされながら回転し、足から壁に接地すると、そのままクラノの斜め前に向けてジャンプした。
戦闘の前にナノ身体強化を行い、全身の修復ロボットは最大活性状態となっているため、空中にいる間に腕と肩は修復されている。
アキオが跳ねるのを見て、クラノは内心、ほくそ笑んだ。
飛び道具を持つ相手に対してのジャンプは愚策だ。
放物線を描いている最中に攻撃されたら避けようがない。
彼は、再び巨大な拳を振り上げると、飛んで来るアキオの軌道上に向けて拳を放った。
もの凄い速さで腕が伸びていく。
だが、拳は彼に当たらなかった。
直撃する直前に、アキオが壁に向けてP336を撃ったからだ。
ワン・フィンガーで無反動アンカーを解除しておいたレイルガンは、ロケット噴射さながらに、凄まじい勢いでアキオの進行方向をクラノに変えた。
一瞬の出来事に、シェイプ・シフターが彼を見失う。
アキオは回転しつつ怪物の直上に達した。
親指で、無反動アンカーのノッチを上にあげて再び機能させると、体を捻ってクラノの頭頂部から真下に向けてレイルガンを撃つ。
右肩と左肩へも連射する。
見事に頭部が焼失し、両腕が左右に吹き飛んで、クラノの質量は五分の一程度になった。
アキオは、近づく壁を緩やかに蹴って、静かに着地した。
クラノを見る。
今の攻撃で、シェイプ・シフターの巨体内で、核のありそうな部分はすべて破壊したはずだ。
だが、クラノは倒れなかった。
異様な叫び声を上げると、その巨体は瞬く間に修復される。
直前にロウズの死にざまを見た彼は、自身の肉体の位置を巧妙に移動、隠蔽しているのだろう。
まだ戦いは続きそうだ。
アキオは、P336のマガジン・リリースボタンを押して、弾倉を自重に任せて落下させると、一挙動で予備マガジンと交換した。
捨てたマガジンには、2発の残弾があったが、戦闘中にマガジン交換の隙を作る愚を避けるために敢えて無視する。
「アキオが、ゴラン10体と戦って勝つといったのは、本当だったんだね」
凄絶な戦いを目にしたシスコが、カマラの腕につかまりながら、かすれた声で言う。
「そう。アキオは誰にも負けません」
少女は断言する。
だが、実際、彼女は歯がゆかったのだ。
カマラの持つ銀針は、主にナノ・マシンの効果で敵を倒すが、シェイプ・シフターにナノ・マシンは通用しない。
力を貸そうにも、彼女の戦闘力では、アキオの足手まといになるのが関の山だ。
いま、眼前で繰り広げられているのは、地球の古書に記されたダビデとゴリアテの戦いに似ていた。
ダビデは、滑らかな石を投擲して巨人を討ったが、クラノはレイルガンを何発受けても倒れない。
彼女はP336の残弾が、今交換したマガジンで最後なのを知っていた。
せめて、それを何とかしなければならない。
カマラは、シスコの肩を優しく叩くと、ゆっくりと動き出した。
今や、クラノは腕と足だけでなく、全身いたるところから、ハリネズミのように肉針を伸ばしてアキオを攻撃し始めていた。
さすが通常の3000倍のPS濃度だ。
おそらく、好き放題に肉体を創造できるのだろう。
それを止めるには、PSを無くしてしまえば良いのだろうが、まさかポアミルズ胞子消滅器を使うわけにはいかない。
この高濃度下では大爆発を起こしてしまうからだ。
考えられる対策は、コクーンを使ってクラノを包みPSを遮断することだが、これもなかなか難しい。
コクーンの強度がそれほど高くないからだ。
クラノの連続攻撃を止めるため、アキオはレイルガンを撃つ。
P336の残弾数が少なくなる。
そろそろ勝負にでる時だ。
アキオは、身体強化を最大限にし、クラノに向けて走った。
見ているものの目から彼の姿が消え、バババッと地面に向けて銃を連射したように舞い上がる土煙がクラノに向けて近づいてゆく。
アキオが踏み込む度に、地面に深い穴が穿たれているのだ。
シェイプ・シフターの巨体が、ぐらりと揺れて倒れそうになる。
怪物の直前に現れたアキオが、右足を蹴り払ったのだ。
だが、クラノは、全身から出した肉柱で不気味に体を支え、そのままアキオに強烈な蹴りを繰り出す。
かろうじて直撃を避けたアキオは、足を鉄棒がわりに回転して上に乗り、そのまま走ってクラノの胴体に向かう。
戦いを続けるうちに、彼は、クラノの本体、核の位置がだいたいつかめてきたのだ。
クラノは、核の位置を移動させながら戦っている。
だが、戦闘の経験不足ゆえか、その動きには、時折、不自然さが感じられた。
微妙に、体の一部を庇うような動作を繰り返しているのだ。
今この瞬間、クラノの核が、左足の付け根付近にあるとアキオは確信していた。
彼がその場所を知っていることを、クラノに知られてはならない。
知ってしまえば、一瞬で核を移動してしまうだろう。
右足の上を駆け上がり、なぐりつける腕をかいくぐってジャンプすると、アキオは、P336の全弾を、シェイプ・シフターの巨大な胴体、左足の付け根付近に打ち込んだ。
クラノの動きが止まる。
「やったか」
気が緩んだわけではないが、敵の様子をうかがった、その一瞬の隙をついて、クラノの巨大な拳がアキオを直撃した。
強烈な打撃に満足な受け身をとれず、そのまま彼は地面に激突する。
数度バウンドして地面に転がったアキオは、血を吐きながら上半身を起こした。
無数の骨が砕け、重要臓器がいくつも破損しているのがわかる。
シェイプ・シフターの腹部に空いた穴から、何かが姿を見せていた。
クラノ本体だ。
体の半分ほどを失っているが、それも急速に修復されつつある。
完全には倒しきれなかったようだ。
クラノがアキオを見た。
血まみれの顔で、酷薄な笑顔を見せると、巨人が立ち上がり、アキオに向けて近づいてくる。
「おまえだけはぁ、この目で、捻り潰されるところを見ておかないとなぁ」
金髪の悪魔は、巨人の腹部に開いた穴から身を乗り出して大声で笑う。
シェイプ・シフターは、その巨大な手をアキオに向けて伸ばしてきた。
アキオは、何とか立ち上がる。
体中が悲鳴を上げていた。
せき込むと大量に吐血し、ふらつく。
彼は、近づく巨大な手を睨んだ。
目は閉じない。
絶望もしない。
残弾数ゼロのP336を握りしめて、ただ、何か打つ手はないかと考え続けている。
その時――
「アキオ、受け取って!」
澄んだ声に振り向くと、少女が美しいフォームで何かを投げるのが見えた。
身体強化をしたのか、その物体は、放物線ではなく、黒い糸を引くようにアキオに向けて一直線に飛んでくる。
弾倉だ。
さっき、彼が排出したものに違いない。
アキオは、P336のマガジン・リリース・ボタンを押して強く振った。
弾倉が飛び出した銃把孔に、回転せずまっすぐに飛んできたマガジンを突き挿し、そのまま足に押し付けてスライドさせ弾丸を装填する。
銃を水平に構え、最後の残弾2発を、哄笑するクラノ本体に向けて打ち込んだ。
一瞬で、クラノの体は消滅する。
シェイプ・シフターが倒れると同時にアキオも倒れた。
「アキオ」
カマラとシスコが走ってきた。
その後ろをジュノスがやってくる。
彼女は、抜け殻のようになったザシンの手を引いていた。
「大丈夫ですか」
カマラが彼を抱き起こす。
「飲んでください」
そういって、蓋をワンプッシュして発熱させたジェルボトルを渡そうとする。
彼の腕がうまく動かないのを見て、カマラは自らジェルを飲み、口移しでアキオに飲ませた。
2本続けて飲ませてもらったアキオは、三本目のジェルを口に含もうとするカマラを止め、自分の手でボトルを持った。
体温の低下は激しいが、以前の戦いで得た教訓からナノ・コートに装備したバッテリーによる発熱機構が機能して、体を強烈に加熱し始めている。
アミノ酸類とカルシウム、それに熱があれば、急速に体は回復する。
3分もしないうちに、アキオは立ち上がることができた。
立ったまま、さらにジェルを2本飲む。
血に汚れたナノ・コートも清潔な状態に戻っていく。
「終わりましたね」
がっくりと膝をついているザシンを身ながらカマラが言った。
「親父さん……」
シスコが、その肩に手をかけるか迷っている。
「残念ですが、まだ終わってはいないようです」
ジュノスが、静かに言った。
皆が彼女の視線をたどり、一斉にプールを見る。
プールサイドに、大きな指がかけられ、何かが上がってこようとしていた。
やがて、巨大な顔がのぞき、その中で光る青い瞳がアキオたちを捉える。
「最初のシェイプ・シフターか」
アキオがつぶやいた。
「あれは完全なヒトガタジュノス体です。内部に核はありませんし、さきほどの破壊程度では消滅しません」
ジュノスが告げる。
「つまり――」
アキオが、いつもの口調で言う。
「最終ラウンドの始まりだ」