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110.二重

「親父さん」

 叫ぶなり、シスコが部屋を飛び出していく。

「アキオ、この揺れは」

 少女の後を追いながら、前を走るアキオにカマラが尋ねる。

「地下だな。爆発ではないだろう」

 洞窟内で何かが起こったらしい。


「あたしは、親父さんの無事を確かめるよ」

 振り返ってシスコが言う。

「一緒にいきます」

 

 長い廊下を駆け階段を上がり、シスコは、ある部屋の前にたどり着いた。

 豪華な装飾のついたドアをたたく。

「親父さん」

 返事はない。

「入るよ」

 そう叫びながら、シスコはドアを開け、部屋の中に飛び込んだ。


 だが、すぐに部屋から出て、廊下にいるアキオとカマラに言う。

「いない。いつもなら、この部屋で仕事をしてるんだけど……」

「下に行かれたのでは。さっきの騒ぎは地下で起こったみたいだから」

「そうだね……行ってみるよ」

 カマラの言葉に応えて、再び少女は走り出す。

 いくつもの階段を降り、角を曲がると、昨夜も通った大きな扉が見えた。

 シスコが扉に取り付く。

 少女が重そうなドアを開けるのに苦労するのを見て、

「代わろう」

 アキオが前に出て、あっさりと扉を開いた。


 扉の奥に続く、岩壁むき出しの洞窟そのものといった通路の先から、小さく何かを破壊する音と人の叫び声、そしてうなり声が聞こえてきた。


 アキオは走り出す。

 今、()()()()()のだ。

 この機に乗じて、一気にすべきことをさねばならない。

 身体強化は使っていないが、常人では追いつけない速さで、音の発生源に向かって彼は走る。


 コマハの部屋の前を通り、さらに先へ行く。

 通路は、地下に向かって下降していて、徐々にその幅も狭くなっていた。


 前方の、壁の扉が弾けるように開けられ、館では見たことのない男たちが、次々に飛び出してくる。

 全員が必死の形相ぎょうそうだ。

「何が起こった」

「あ、ば、ば……」

 男の一人を捕まえて聞こうとするが、半狂乱になって会話ができない。

「落ち着け」

「ば、化け物」

 それだけ言うと、男は彼の手を振り切って洞窟を駆けのぼって行く。

「アキオ」

 振り返ると、あとをついてきてたカマラが険しい顔で、リストバンドのディスプレイ表示を見ていた。

「このあたりのPS濃度は通常の2000倍を超えています」

 アキオはうなずくと、いったん閉じた扉を開けて中に入った。


 そこは、思っていた以上に広大な空間だった。

 円柱えんちゅう状のスペースだ。

 壁をぐるっと取り囲んで、無数のメナム石が埋め込まれ、地下とはいえ内部はかなり明るい。

 入ってきた扉から天井まで30メートルはあり、下は薄暗くなって、どれくらい深いのかわからない。


 何かに似ていると思って、アキオは、ダラムアルドス城に似ていることに気づいた。

 やかたの造りといい、この空間といい類似性が高い。

 この円柱空間などは、シミュラのいたプールそのものだ。

 

 そこまで考えて、アキオは理解する。

 もちろん、偶然似たのではない。

 どちらかが模倣もほうしたのだ。

 おそらく、エストラ王国が――


「この形、アキオの報告書レポートにあったダラムアルドス城に似ています」

 カマラが言い、

「ということは、下には――」

「シェイプ・シフターのプールがあるかもしれない。行こう」


 ふたりは、ダラムアルドス城と同じように、円柱の壁面に作られた階段を下に駆け下りていく。

 下っていくにつれ、上からは見えなかった様子が見えてきた。


 床面中央部には、予想通りシミュラのプールのような液体槽えきたいそうしつらえられ、その周りに逃げ遅れたらしい男たちがいる。


 そして、彼らの前には――巨大な怪物がいた。


 体高は、おそらく15メートルを超えている。

 ゴランに似ているが、巨大な瞳の色は青色ブルーで、魔獣のように虹彩こうさいが四角ではない。


「瞳の色、形、皮膚の色――魔獣ではありませんが、シミュラの分身とも違う感じですね」

 冷静にカマラが分析する。

 少女の言うとおりだった。

 聞いただけで見てはいないが、シミュラの魔女は、スライム状のかたまりで、もっと不定形で人間離れしていたはずだ。

 それに対して、この怪物はどうも人間くさい。


 アキオは、視力を強化して怪物を観察する。

 その体からは、シミュラのような分身線がでていないようだ。

 つまり、離れた本体によって操られているのではなく、この怪物自体がシェイプ・シフターということだ。

 予想通りの展開に、彼の表情がわずかに曇る。


 いま、怪物は、眼前のクラノとロウズに攻撃を加えようとしていた。

 彼らの背後にはザシンがいる。


 アキオたちは、背後から彼らに近づこうとした。


 その時、クラノが叫んだ。

変化へんげできるのが、自分だけだとは思うな」

「クラノ、わたしにやらせて」

「できるか」

「見ていて。いくよ、()()()

「え」

 カマラが驚いてアキオを見る。

「落ち着け、彼女は、あそこだ」

 アキオの示す先を見ると、赤い髪の少女は、今、階段の一番上から、下に降りようとしているところだった。

「どういうこと――」

「シスコォー」

 ロウズの叫びが、カマラの言葉をかき消した。

 まるで苦しんでいるように、胸をかきむしる。

 その胸が怪しく発光し始めた。

強化魔法ザグレフの発動時に似ています」

 次の瞬間、ロウズの腕が倍以上に膨れ上がる。

 ついで、胸が、足が、次々と巨大化し、服が破れた。

「あぁー」

 もとロウズであったモノが、低い雄たけびを上げると、一気にゴラン並みの大きさになり、さらに大きくなっていく。

 高濃度のPSを肉体に変換しているのだ。


「なんだか、シミュラのように優美な美しさがないですね」

 カマラは、カメラを通じてプールから伸びる海龍のようなシミュラの姿を見ていたのだった。

「シミュラには100年の経験がある。出来合(できあ)いのシェイプ・シフターとは違うさ」

 アキオの声音に少しだけ誇らしげな調子を感じて、カマラは彼の顔を見直す。

「どうした」

「いえ、なんでもありません」


「あ、あれはなんだい」

 背後の声に振り返ると、シスコが青ざめた顔で立っていた。

「ロウズだ。あの姿を見たことはないのか」

「あれが姉さんの魔法……見せてもらったことはなかった。あんなにすごいなんて……あたしがシーズに選ばれないのは当たり前だ――」

 アキオは少女の言葉を(さえぎ)る。

「カマラ、彼女と一緒に、ジュノスを探してくれ」

 彼は、壁に並んでいるドアを指さす。

「この近くにいるはずだ」

「でも――」

「頼む」

「はい」

 さっき、クラノはシェイプ・シフターをシスコと呼んだ。

 おそらく、アキオは彼女にそれを知らせたくないのだろう。

 その意味は、カマラにはまだわからないが。

「行け、シスコ。ザシンは必ず守る。()()()

「わ、わかったよ」


 少女たちが壁面に向かって走り出すと、アキオはザシンに近づいた。

 その間も、第一のシェイプ・シフターとロウズの戦いは続いている。

 今や、ロウズの巨大化は、怪物と首一つの差まで進んでいた。

 腕も銅も足も太いゴランに似た巨人たちは、すさまじい音を立てながら殴り合っている。

 時折、腕や足を爆裂ばくれつするように広げて相手を包み込むと、そこから煙が立ち上る。

 お互いを喰いあっているのだ。


 それを見て、アキオは苦笑する。

 自分が寝てる間にシミュラに溶かされていたことを思い出したのだ。


「おい」

 ザシンに声をかけると、飛び上がるように驚いて振り向いた。

「こんなところにいないで、早く逃げろ」

「お、おまえ、いや、あなたはなぜここに」

「もう隠すな。お前が俺たちを殺そうとしているのはわかっている」

「そうか、では、もう一度聞こう。なぜ、お前はここにいる。お前たちはなにものだ」

「俺は農夫だ。妻は検視官(コロナー)、ここに来たのは、お前を助けてほしいと、今、シスコに頼まれたからだ」

「バカな、シスコなら」

 そう言って、ザシンは怪物を指さし、

「あそこにいる」

「あれはシスコじゃない」

「シスコだ。さっきまで一緒にいて話もした。間違いない。あいつは、隠れソマルが生んだ化け物だ」

 隠れソマルとは、アキオがソマル・ヌルと名付けたシスコの生まれ里だろう。

「あいつは、人間を憎んでいる。だから、すべてのソマルを次々全滅させてきたんだろう」


 ザシンの言葉に、アキオは表情を変えずに言う。

「お前は知らないのか」

「何をだ」

「優秀なシェイプ・シフターは――」

「シェイプ……何だ。変化へんげのことか」

「そうだ、優秀なシェイプ・シフターは、()()()()()()二重分身ドッペルゲンガーを生み出すことができる。お前が連れ去ったジュノスもそれが――」


「邪魔をするな」

 突然、飛んできた拳を下から殴り払ってアキオがこぼす。


「今のをよくかわしたな」

 そう言いながら、クラノが一歩踏み出し、アキオに対して身構えた。

「もう、殺していいですね。父さん」

「やれ、どうせ、殺さねばならん」

 クラノは笑い、

「受けてみろ」

 そう言って、凄まじい勢いとスピードでアキオに殴りかかった。


 なかなかの威力とスピードだ。

 だが――


 次の瞬間、クラノはプールの(ふち)まで吹っ飛んでいた。

 気を失いかけている。

「息子に何をした」

 ザシンが(うめ)くように言う。

 何が起こったのか、彼には見えなかったのだろう。


「――殴った」

 アキオは答えた。

 特別なことは何もしていない。

 ただ殴られる前に殴っただけだ。

 変化(へんげ)する前の身体能力にも自信があったようだが、クラノ程度の能力なら、地球の機械化兵士の方が、はるかに上だ。


 彼はザシンに向き合った。

「ジュノスとは何者だ」

「知らん」

「人間とは別種なのか。そんな感じが――」


「ドラッド・グーンの子孫、いえ、彼、彼女、そのものに近い存在です」

 アキオがさっと振り返った。

 珍しく表情を変えている。

 これほど接近されるまで気づかなかったのは、久しぶりだったからだ。


 そこには、オレンジ色の瞳をした美しい女が立っていた。

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