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108.食卓

「眠れたかね」

 昨夜と同じ食卓につき、同じ位置に座ったザシンが話しかけた。

「ああ」

 同じように、その向かいに座ったアキオが答える。

 彼の隣はカマラだ。

 ザシンの隣にはクラノが座っているが、その隣のコマハの席は当然、空いている。

 その横にロウズが座り、隣にはシスコが腰を下ろしていた。

 給仕がワゴンに乗せて朝食を運ぶ。

 アキオが見たことのない料理が乗った皿は、ザシンとアキオ、それにカマラとシスコの前にだけ置かれた。

 もう、クラノたちが食事しないことを隠すつもりはないらしい。

「おふたりは食べられないのですか」

 気を利かせたカマラが、彼の代わりに尋ねる。

「食欲がないそうだ。無理はないだろう」

 ザシンはそう言い、

昨夜ゆうべは申し訳ありまぜん。あんな騒ぎのあとで、突然、娘を部屋に……この子を独りにするのが心配だったのです」


「いえ、お気になさらないでください」

 アキオが口を開く前にカマラが答える。

「三人で、楽しく過ごしましたので」

「カカ、カマラ、変な言い方しないで。一緒に寝ただけだよ。親父さん」

 シスコは慌てるが、それを見たクラノは鼻で笑った。

「一緒にね。兄が殺されたというのに、いい気なものだ」

「兄さん」

「もう、シーズになれないことが分かってるからって、あまり見苦しいことはしないでよね」

 そういって、ロウズはクラノと意味ありげな目配せを交わす。

 アキオは食事をしながら、それを無表情に観察する。

 見苦しいことをしているのは、彼らの方らしい。

 つまらない会話だ。

 だが、意味はある。

 これで、シスコが『シーズ』なるものになれず、おそらくは、クラノがそうなるらしいということがわかった。


「だいたい、この屋敷に怪しいやからを忍び込ませてるのは、あなたじゃないの。知ってるのよ。あなたの一族が皆殺しになったことは。このふたりが、いえ特にこの女が――」

「ロウズ、食事中だ。カマラさん、娘の無礼をお許しください」

 話される会話がまったく聞こえていないようなそぶりで、上品に食事をしている少女が応える。

「何かおっしゃいましたか。この……ヨシベですか、おいしいですね」

 そういって躍らせるように優雅にナイフを使い、可愛い口に運ぶ。

 完全にカマラに無視された女の眼が吊り上がった。

「あんたね。昨日から、お上品ぶってるけど、あたしの眼はだませないよ」

「姉さん」

 シスコがおろおろする。

「お上品……」

 カマラがナイフを置いて小首をかしげる。

「いつも通りにしているだけですが、これが上品なのですか……アキオは上品が好きですか」

 カマラは視線をアキオに移し、甘い声で尋ねる。

「どうでもいい」

 彼の言葉で急に少女は興味を失ったように言う。

「だったら、わたしも、どうでもいいです」

「アキオ、アキオって、こんな、自分の女を血だらけにさせる男のどこが……!」

 女の言葉が途中で途切れる。


 彼女の座る、高い背もたれの椅子の背にナイフが刺さって震えていた。

 ロウズの顔のすぐ横だ。


「失礼、手が滑りました」

 カマラが穏やかに言う。

「あ、あんた」

「ですが、もう一度、()()()()()のことで、失礼なことをいわれたら――」

「あっはっは」

 突然、食卓に笑い声が響く。

「いいねぇ。勇ましい花嫁さんだ。こんな女、俺が欲しいよ」

「クラノ!」

 ロウズの叫びを無視して続ける。

「今のはお前が悪い。こいつらに強化魔法ザグレフをかけたコマハは殺せない。たとえ、ザグレフを三度掛けしてもな。それに、彼女が調べてくれたから、コマハがいつ死んだか正確に分かったんだ。俺たちは感謝しないとな」


「さて」

 食事を終えたザシンが立ち上がる。

「わたしたちは、これで失礼させてもらう」

「はい」

 クラノたちと共に立ち上がったシスコに、ザシンが言う。

「シスコ、お前は、もう少し、この方たちと一緒にいなさい」

「親父さん」

 すがるような眼で、シスコがザシンを見る。

「いう通りにするんだ」

「はい……」

 そう言い残し、肩を落とす少女を残して食堂を出て行こうとする。

 クラノとロウズもそれに続いた。

「ちょっと、いいか」

 アキオがザシンを引き留める。

 彼は息子たちに目配せをして先に部屋を出ていかせた。

 部屋を出るとき、女は燃えるような目で、カマラとシスコをにらみつける。

「カマラ、あんた姉さんを敵に回しちまったね」

「敵――ああ、何か、わたしたちを見てましたね」

 少女は、アキオがザシンと話すのを見ながら生返事(なまへんじ)を返す。

「でも、ヨナスは敵にはなりません」

「姉さんはヨナスかい……」

 シスコが呆れたようにつぶやく。 

 ヨナスは、地球で言うアリのような生物で、取るに足りないものの代名詞だ。


「カマラ」

 やがて、話を終えて、部屋を出ていくザシンから離れたアキオが、彼女に近づきながら声をかけた。

「わかってます。ごめんなさい」

 珍しく硬い声のアキオに、カマラは先手を打って子供のような謝り方をする。

 頭を下げた。

「もう少し落ち着け」

「ですが、あのいい方は、ひどすぎます」


「だからって、いきなりナイフはどうなんだろうね」

 シスコの言葉にカマラが反応した。

「まず、あなたについての言動に腹が立ったのですよ」

 少女はわずかに頬を紅潮させて続ける。

()()()()()()()にあのような暴言を」

「あんたの?」

 シスコが目を丸くする。

「そう。もうあなたはわたしのものです。妹のようなものですね」

「い、妹ね」

 シスコの呆気あっけにとられた顔を見て、アキオは苦笑する。

 おそらく、彼女は、頭はよいが世慣れぬカマラを見て妹のように感じていたのだろう。

 なのに突然のカマラによる妹扱いだ。

 驚くのも無理はない。

 年齢としては、カマラのほうが少し上のはずだが。


 そこで、アキオは、以前ミーナに言われた言葉を思い出し、言った。

「カマラ、人をモノ扱いは――」

「いいでしょう、シスコ。あなたはわたしのもの、嫌ですか」

「い、嫌じゃないけどさ。かえって迷惑だろ。わたしなんか、きれいでもないし、災いを連れてくる呪いっ子だし」

 話の後半部分を少女は聞き流す。

「ほら、アキオ、シスコはそれでいいって。これで決まりましたね。シスコはわたしのもの。わたしはアキオのもの」

 そして、少女は、思わず見ほれるような美しい笑顔を見せて、言う。

「だから、すべてが終わったら、あなたは、わたしと一緒にジーナ城に来るのですよ」

 そういって、シスコの頬を両手で包む。

「いいですね、アキオ」

「――もちろんだ」

 その時、ほんの少しだけ彼の返事が遅れたことを、少女は後に何度も思いだすのだった。


「お、お城って」

「彼女が勝手に呼んでいるだけで、()()の家だ」

 さっと、カマラがアキオを見る。

 高速脱出艇を核とする、あの住処すみかが普通な訳がない。


「で、でも、なんであたしなんか」

「あなたが好きだから。好きになったから」

「好き……あ、あたしも好きだよ。信じられないな。あんたみたいに、お人形みたいにきれいな子から、そんなこといわれるなんて」

 そう言うと、シスコは、ぱっとカマラの手から離れると、

「ちょっと、お茶のお代わりもらってくるね」

 照れ隠しなのか、そう言って部屋を出ていく。


「カマラ」

 少女が扉の向こうに消えると、アキオが口調を変えて言う。

「ザシンから少し話を聞き出せた」

「よく話しましたね」

「あいつなりに、今回の殺人について危機感があるようだ」

「わたしたちを疑っていないのですか」

「疑っているさ。だが、コマハ殺しの犯人とは思っていないようだ」

「シスコと一緒にいましたからね」

「ああ、()()()()シスコが一緒にいてくれた」

 アキオの話し方に、少女は、まじまじと彼の顔を見る。

「まさか、シスコを疑っているのですか」

「いや、彼女は潔白だ」

 アキオは言下げんかに否定し、カマラはヒマワリのように明るい笑顔を見せる。


「よかった……それで、わかったのはソマルについてですか」

「この館は、ソマルと何らかの関係があるようだ。奴も、そこは口が堅かった。だが――シスコが最初にいたソマルについては、少しだが話が聞けた」

「彼女の生まれたところですね」


「これからは、俺の推測も入れて話す」

「はい」

「区別するために、シスコの生まれたソマルを、ソマル・ヌル、単にヌルと呼ぶことにする、いいか」

「続けてください」

「ヌルは、いくつかあるソマルの中でも特殊な集落だったらしい。その存在は謎でとされていたが、(うわさ)話としては、様々な場所で語られ、知られていた」

 アキオは、一呼吸置いて続ける。

「ソマル・ヌル、その特殊さは血の濃さにあった」

「まさか……」

 知識として、その意味を知っているのか、少女の顔が青ざめる。


「ヌルでは魔法使いとしての能力が全てで、長は一番魔法の強いものが代々なったらしい。そして、彼らは、その能力を高めるために一族内の婚姻を繰り返していた」

WB(クマムシ)に手を加えたり、イニシエーションを複数行うという方法ではなく、ですか」

 エストラがシミュラを生み出すために使った方法だ。


「でも、でも、分かります。WBは、最初に使った魔法で固定される。逆にいうと、それは、WBに合わせて体が変えられたともいえます。その変化が遺伝子にまで影響していれば、それを高濃度にかけ合わせることで……」

「ヌルの人数は、常時20人たらずだったらしい」

「この世界では、地球ほど近親婚は忌避きひされていませんが、それでも、そんなことを繰り返せば、必ず無理が――」

「そうだ。だからシスコが生まれたころには、ヌルの人口は10人を切っていたらしい。そして最後に生まれたのが彼女だった。その後、しばらくしてヌルは原因不明に消滅した」

「シスコはゴランによって全滅したと……」

「そうだな。だが噂では原因不明とされている」

「わたしは彼女を信じます」

「ザシンは、館の跡継ぎとして魔法力の強い子供を探していてヌルの存在を知り、シュテラ・サドムで暮らすシスコを見つけた。これが、ソマル・ヌル、シスコの生まれ故郷の話だ。ザシンは、シスコの潜在能力の高さに期待したらしいが、彼女が魔法を使うどころか、WBに対して、アレルギーのような症状をしめしたので、館の後継者、シーズにするのはあきらめたらしい」

「WB、ドレキに対するアレルギーですか……」

「以上だ」


 お茶を乗せたワゴンを押して部屋にやってきたシスコを見て、アキオは話を打ち切った。

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