107.集落
「どういうことなの」
「あたしが10歳の時、集落が襲われたんだ。ゴランに」
「ゴランを見たのか」
アキオが口を開く。
質問の意図が分からず、カマラはアキオを見た。
「い、いや、でも、ものすごい唸り声がして、人間が吹き飛んでいくのを見た。あたしたち子供だけが洞窟の外に逃がされて……そのあと、必死になっていちばん近くのソマルに逃げ込んだんだ」
「そうだったの」
「ソマルの人たちは、あたしたちに優しくしてくれた。でも、そこも、しばらくして、またゴランに襲われて……」
シスコが肩を震わせる。
カマラは少女の身体を抱きしめた。
「やっぱり、街以外の荒野で、普通の人が暮らすのは無理です」
だが、君は独りで暮らしていた、と言いかけてアキオは止める。
彼と出会った時、彼女は、まさにゴランに殺されるところだったのだ。
沈黙が訪れた室内で、光量を絞ったメナム石が、地球の灯油ランプのように微妙な揺らぎを見せる。
それにつれて、壁にうつったアキオと少女たちの影が、亡霊が踊るように伸び縮みした。
「いくつかあった、残りのソマルも同様に全滅したのか」
静寂を破ってアキオが尋ねる。
「あ、いや、それは……ちょっと違うんだ」
少女が言いよどむ。
「シスコ、無理に――」
「いや、一度口にしたら最後まで話してしまいたい。今まで何年も話さなかったことを……あんたたちに聞いて欲しい。もう、黙り通すのは嫌になったんだ……」
「わかったわ」
「最初のソマルが襲われた時から噂があった。ゴランはあたしを狙ってるって」
「狙ってる――」
「あたしはね、もともと、死に絶えた少数ソマルの中で見つけられて、引き取られた赤ん坊だったんだ。一族は全員ゴランに殺されていたらしい。だから、子供の頃から仲間外れにされてね。たまにいるんだよ、魔獣に狙われやすい人間が」
「シスコ……」
カマラの手が少女の頬に触れる。
「大丈夫だよ。それでも仲良くしてくれる子が何人かいてね。子供の頃はそれなりに楽しかったんだよ。最初のソマルでは……だんだん噂も消えていったしね」
そこまで言って、シスコはしばらく黙った。
やがて、意を決したように話を続ける。
「でも、二つ目のソマルで暮らし始めたころから噂がまた大きくなって……あとで分かったんだけど、親を亡くした仲間のひとりが噂を流していたんだ」
カマラはうなずく。
「家族を亡くした悲しさを、どこにもぶつけられなかったのでしょう」
「まあ、その時も噂どまりだったんだ。仲の良かった子が、かばってくれたりして。でも、さすがに、そこも襲われて同じように逃げ出して、次のソマルにかくまわれたときは、一緒に逃げた子供たち全員が、あたしのせいだといいだした」
シスコは、切なげな顔になり、
「あの時は悲しかったよ。ずっと仲良しだった娘まで、あたしを指さして、あんたが死ねばよかったのに、っていってね」
「それで、どうなったの」
「大人たちも、偶然にしては、何度も続きすぎると考えたんだろうね、残る3つのソマルが集まって、あたしの処分を話し合った」
「処分って……」
「ソマルの犯罪者には2つの行先しかないんだ。独りきりで荒野に追放されるか、殺されるか」
「あなたは犯罪者じゃないわ」
「ソマルに危険を及ぼす者は犯罪者さ」
「それでどうなった」
アキオが先を促す。
「その夜に、もう一度ゴランが現れた。そして、集まったソマルの全員が殺されたんだ。洞窟の奥の檻に入れられていた、あたしを除いて」
「どうやって檻から出た」
「ぐ、偶然、飛んできた机で檻が壊れたんだよ」
「その時、ゴランは見たか、いや、その前のソマル壊滅の時はどうだ」
カマラは、アキオの畳みかけるような質問に、抗議の声を上げようとし――やめた、
アキオがやることには、何か意味があるはずだからだ。
「い、いや、いや、見てないよ。でも、大きな影とすごいうなり声がしていたんだ。あれはゴランだ」
「死体は見たか。洞窟を出る時に」
「見、見た、よ。酷かった。みんな……」
「手足を千切られていなかったか。コマハのように。心臓を抉られていなかったか」
「う、あ、わ、わからない。忘れた。忘れたんだ」
「アキオ」
カマラが、青ざめたシスコを抱きしめて言う。
「そこまでにしてください」
アキオはうなずき、アームバンドで時刻を確認した。
「わかった――シスコ、すまなかった。もう明け方だ。ふたりとも、もう寝ろ」
そういって、メナム石に手を触れ、完全に明かりを落とす。
椅子にもたれて目を閉じた。
翌朝、皆が満足に睡眠をとれないまま陽が登り、差し込む光で部屋が明るくなった。
座ったまま寝ていたアキオが目を開けると、朝陽の中で抱きあって眠る少女たちが目に入る。
ふたりとも熟睡しているようなので、もう少し寝かせようと再び目を閉じた時、軽いノックが部屋に響いた。
アキオは椅子から立ち上がると、入口まで歩き、ドアを開ける。
「おはようございます」
アルムが立っていた。
「食堂に、お食事の用意ができています」
執事も、昨夜はほとんど寝ていないはずなのだが、そんな様子は、おくびにも出さず、まったく乱れのない服装と態度だった。
「わかった。すぐ行く」
アキオは扉を閉めると、ベッドを見た。
ふたりの少女たちは目を覚ましていた。
カマラは平然としているが、シスコは眠そうに目をこすっている。
「おはよう、アキオ」
「おはよう、アキオ、カマラも」
口々に少女たちが声をかける。
「食事の用意ができたそうだ」
「はい」
ベッドから降りた少女たちは、部屋の端にある、洗面所に汲み置かれた水を使って顔を洗う。
「冷たいね」
シスコがすっきりとした笑顔で笑った。
昨夜、独りでしまい込んでいた秘密を話して、心の重荷が降りたのかもしれない。
その後、すぐに、
「あ、あの……」
モジモジし始めるシスコにカマラが言う。
「あ、ああ、先に行って。廊下に出て左に少し行ったところにあるから」
「し、知ってるよ。じゃ、行ってくる」
「カマラ」
トイレに行く少女の姿が扉に消えると、アキオが声を掛けた。
「ついて行って確かめますか」
カマラが答える。
少しだけ、非難するような目になっている。
ザシンの養子になった兄姉たちは、おそらく全員がシェイプ・シフターだとアキオは言った。
ならば、シスコもそうでなければならないはずだ。
PSを肉とエネルギーに変えるシェイプ・シフターは、基本的に食事も排泄もしないから、確かめるなら、今なのだが――
アキオは微笑んだ。
「その必要はない。昨夜、シスコは大量に食事をとっていた」
「そうですね」
シェイプ・シフターは、基本的に多く食べることができない。
シミュラのように、人間として生きようと努力してさえ、食事は少量しか食べられないのだ。
「君は行かないのか」
「それをいいたかったのですか。わたしは3歳の幼児ではありません。そもそも、女性にそんなことを尋ねるものではありませんよ」
「そうか――それはすまない」
アキオは謝った。
彼は、コフを引いてジーナに戻った時と同じ感覚でカマラに声をかけてしまったのだ。
「では、行くか」
戻ってきた少女たちにアキオは声をかける。
「はい」
三人そろって部屋を出た。
食堂に向かいながらアキオは考える。
おそらく、そこにザシンもいるはずだ。
彼にはいくつか尋ねることがあった。
前を歩く少女ふたりの背中を見ながら、アキオは思考にふける。
漠然とした彼の想像が、いま形を成しつつあった。
振り返って、彼を見たカマラの表情がくもる。
自然な様子でシスコから遅れた少女がアキオの手をとった。
指が動き出す。
〈シスコをずっと狙っている怪物がいるということですか〉
〈まだわからない〉
〈彼女を追って、5つの集落を壊滅させた怪物が、この館にもやってきて無差別に人を殺しているように思えます〉
〈そうかもしれない〉
「あいかわらず、仲がいいねぇ」
振り返ったシスコが、手をつなぐふたりを見てひやかす。
「ごめんなさいね。ちょっと手をつなぎたくなって……」
〈彼女は犯人ではありませんよ〉
素早く指を動かすと、カマラは手を放し、シスコと並んで歩きだした。