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106.分析

「座ってくれ」

 部屋に戻ると、アキオはカマラをテーブルにつかせた。


 背筋を伸ばして姿勢よく座る少女は、まったく血で汚れていない。

 死体に触れたはずの手さえ美しいままだ。

 部屋への道すがら、その理由を尋ねると、コマハを検視する前に、ナノ・コクーンを展開させて身体を覆ったのだという。

 コクーンの新しい使用方法に、アキオは感心する。


「体調は、気分は悪くないか」

 彼の問いにカマラが吹きだした。

「大丈夫です。本当に、アキオはわたしを子ども扱いしてばかり――」

「そうじゃない」

 首を振るアキオに少女は手を触れ、

「それよりも、お話しておかねばならないことがあります」

「あれは自殺だった、か」

 少女は、緑の目をいっぱいに開いて彼を見て――爆発したように大笑いをする。

「あはは」

 これにはアキオの方が驚いた。こんなカマラは見たことがない。

 少女は、目の涙を拭きながらアキオをポンポンたたく。

「まさか、アキオがそんな冗談をいうなんて……驚きです」


 彼としては、本気でそんなことは思っていなかったが、実はそれほど冗談でもなかった。

 やろうとすればできるのではないか、それぐらいの気持ちだ。


「できないのか」

「心臓は自分で(つか)み出せるかもしれませんが、手足全部を自分で引きちぎるのは無理です」

 アキオはうなずき、尋ねる

「それで、何を見つけた」


 ここは、シェイプ・シフターであるジュノスが30年前まで暮らし、今また彼女を連れ戻した謎の多い館だ。

 どこの組織かは、まだわからないが、そこの住人が並みの人間だとは思えない。

 まして、わざわざあるじと血のつながらない子供を、外部から連れてきて養子にしているのだ。

 何らかの能力を持っているのは間違いないだろう。

 いずれ、機会を見つけて彼らを挑発(ちょうはつ)し、能力を確かめようと考えていたのだが、今回の事件のおかげで、期せずして兄弟のひとりの身体を調べることができた。


「アキオは、彼ら兄姉きょうだいが、わたしたちと一緒に食事をしないで、先にコブ・ルームに行ってしまった時にいいましたね」

「ああ」

「わたしたちと一緒に食事ができない理由があるのではないか、と」

「そうだったな」

「その通りでした」

「食事が一緒にできない理由――」

「コマハの胃は、縮小してほとんど口から食事を取ることができなくなっていました。検視の時に殺害時間を特定しましたが、それは、水分以外に、すこしだけ胃に入っていたラルトの消化具合から判断したのです」

「ラルト……」

 確か、キイが、ガブンでたべていた果物だ。

「おそらく、それは嗜好品しこうひんとして食べたものでしょう。主食ではありません」

 つまり、コマハは、あのしっかりとした体格を食事なしで維持していたのだ。

「検視の時に調べたのですが、屋敷内と違って、地下洞窟内のPS濃度は通常の800倍を越えていました」

「――つまり、そういうことか」

「はい、コマハは、シミュラと同じ、シェイプ・シフターへの道を歩んでいたのです」

 特殊な処置を受けたWBでイニシエーションされ、PSを、直接、肉体に変える不老の生き物。

 兄姉きょうだい全員がPS濃度の高い洞窟内で暮らしていたということは、彼らは同じ処置を受けていたことになる。

「だから、敵は、身体の核である心臓とWBをつかみだして殺したのでしょう……」


「コマハのWBクマムシは見つかったか」

 それが手に入れば研究が進む。

「いいえ」

 申し訳なさそうにカマラが応える。

「心臓は、死体の横で完全に破壊されていたので……」

「そうか――他には」

「はい、もうひとつ、コマハの筋組織に強化魔法ザグレフ発動時の兆候(ちょうこう)が表れていました」

「ということは――」

 アキオの言葉を受けてカマラが続ける。

「犯人に襲われて、コマハは強化魔法ザグレフを発動し、抵抗したものの、すすべなく殺されたのでしょう」

「高濃度のPSのせいで強化魔法ザグレフが暴走したのでは」

 かつて、アルドス荒野で、女傭兵エルミは濃密過ぎるPSのために強化魔法ザグレフを暴走させて動けなくなっていた。

「濃いといっても通常の800倍ですし、おそらくコマハは、その濃度に慣れていたと思われます」

「つまり、犯人は濃度800倍のPSで発動した強化魔法ザグレフ使(つか)いをものともせず、その手足を千切って心臓をえぐりだしたということか」

「アキオ、まさかジュノスが……」

 カマラが青ざめる。

「可能性はある。だが、今の段階ではわからない」


 その時、扉が軽くノックされる。

「入れ」

 アキオの言葉に応じてドアが開き、シスコが入って来た。

 手に毛布のようなものを持っている。

「どうした」

「親父さんが、あんたたちと一緒にいろって。その方が安全だろうっていうのさ」

 カマラが微笑む。

 シスコは見張りの役目を押し付けられたのだ。

 ザシンは、彼女が口を滑らす心配より、アキオたちの行動を監視させることを優先させたのだろう。

 シスコは空いている椅子に座ると、布を体に巻き付けた。

「カマラ」

「なにかしら」

「あんたたち、怖くはないのかい」

 アキオは、少女が小刻みに震えていることに気づいた。

「兄さんは、コマハはすごく強かったんだよ。兄姉きょうだいの中で一番……」

「そう――」

 アキオがカマラに目で合図する。

「シスコ――わたしと一緒にベッドで横になりましょう」

 少女がベッドに座って誘う。

「え、でも、そんなことできないよ。まして、あんたたちは新婚なんだし」

「いいから貸せ」

 アキオは、シスコから布を取り上げると、少女をベッドに押しやる。

 すでにベッドに横になっていたカマラが、シーツを上げてシスコの手を引いた。

「ああっ」

 そのまま、ベッドに転がったシスコを、カマラがシーツごと抱きしめた。

「捕まえた」

 歌うように言う。

「い、いいのかい」

 シスコが申し訳なさそうにアキオを見た。

「いいさ」

 アキオは椅子に座って腕を組む。


「シスコ」

 カマラが、まだ震えている少女を、もう一度抱きなおす。

「なんだい」

「あなたのお兄さんはゴランより強かったの」

「ああ、2体ぐらいなら勝てたらしい。そんな人が殺されたんだ。いったいどんな怪物だろう」

「あなたにいいことを教えてあげる」

 カマラが、シスコの耳にささやく。

「アキオは、素手でゴラン10体を倒せるのよ」

「え」

 シスコは目を()()()()()()()と、ぷっと吹きだした。

「もう、カマラったら……旦那を信じるのは可愛いけど、そこまでいったらアキオが可哀そうだよ」

「本当よ」

 カマラが言いつのろうとして、

「それくらいにしろ」

 アキオにさえぎられる。


「もう寝てもいい時間だ」

 アームバンドを見て、アキオが言う。

 04:00時だ。

 かれは、メナム石の光量を絞って、部屋を薄暗くした。


「そう、そうだね」

 シスコが言い、

「なんか、申し訳ないけど嬉しいよ」

「気にしないで」

「気持ちいいね。カマラ、あんたがあったかいから。いい匂いもするし」

「シスコ、あなたも暖かい」

「ほんとに嬉しいよ。シュテラで暮らした6年間はずっと独りだったし、館に来てからも独り部屋だから、こんな風に、体温を感じることなんてなかったんだ」

「そうなの――でも、ソマルにいた時は違うでしょう」

「ああ、ソマルで暮らした10年が一番楽しかった。親はいなかったけど、友だちがいて……」


「なぜ、ソマルを出てシュテラに――いえ、話したくなければかまわない」


 シスコは、カマラの胸に頭を当てて、つぶやくように言う。

「死んだんだ」

「死んだ?」

「そう。みんな、死んだんだよ」

 隠すことに耐えきれなくなったように、シスコが叫ぶ。

「あたし以外は、みんな……みんな死んでしまった」

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