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102.晩餐

「どうぞこちらへ」

 部屋に呼びに来た黒服の男のあとについて、ふたりは長い廊下を歩いた。

 食事に向けて、カマラは白基調(ベース)の、アキオは黒基調(ベース)の服に着替えている。

 

 しばらく歩くと、廊下の右手に凝った装飾の施された扉があった。

 ここが食堂(ダイニング)らしい。

「お入りください」

 男がドアを開けて言う。

 ふたりは中に入った。

 細長い部屋の内部には、ほの暗いメナム石の明かりが灯され、その中央には、これも細長いテーブルが置かれていて、すでに4人の男女が座っていた。


 一番端が50歳前後の白髪しらが交じりの男だ。

 その隣が20歳ぐらいの金髪できつい眼の男、ついで大柄な同年輩の黒髪の男、そして(くり)色の髪で茶色の瞳の18歳ぐらいの女だ。


 ふたりは、案内されるままテーブルに歩く。

 すでに席に着いている4人の向かいだ。


 椅子を引いて、カマラを先に座らせようとすると、全員の眼に興味が走った。

 今さら気づいたが、この世界では女性の椅子を引く慣習はないようだ。

 地球文化しか知らないカマラは、全く動揺せず、アキオがゆっくりと押す椅子に腰かけて、皆を見回しにっこりと微笑む。


 アキオが座ると、年長の男が口を開いた。

「ようこそストーク館へ。わたしはザシン・ストーク。このやかたあるじです」

「ご厚情こうじょう、感謝いたします」

 世事せじうといアキオは、時間をかけてカマラが指話しわで教えた通りに挨拶する。

「このようなひなびた場所ゆえ、ろくなおもてなしもできないが、どうかくつろいでお過ごしください」

「ありがとうございます」

「紹介しておきましょう。これはわたしの子供たちです。手前から、クラノ、コマハ、ロウズ、あとひとりいますが、少し遅れているようです」

「わたしの名はアキオ、こちらが――」

「妻のカマラです」

 少女がアキオの腕をとって微笑む。


「なんと美しい方だ。あなたがお(うらやま)ましい」

「はい」

 言ってからアキオはカマラを見た。

 少女の期待に満ちた目を見て続ける。

「自慢の妻です」

「まあ!」

 カマラが甘い声を出し、腕を巻き込むように締め上げる。

 これぐらいやっておけば、彼らも美しい妻に目がくらんだ愚か者として油断してくれるかもしれない。

 カマラもそれが狙いだろう。おそらく。


「さて」

 ザシンがアキオたちを見て言う。

「わたしたちは、先に食事をすませてしまいましたので、隣のコブ・ルームでくつろがせていただきます。食事のあとでお越しください」

「わかりました」


 ザシンたちが出ていくと、カマラが腕を離して、テーブルの下で手を握った。

 指が動き出す。

〈わざわざ食事時間をずらすのは、おかしくないですか〉

〈偶然か、一緒に食事ができない理由があるのかもしれない〉

〈わたしも偶然は信じません。ひとりだけ遅れているとか。どんな人なんでしょう。それにどんな料理がでてくるのかしら。毒は〉

〈すぐにわかる〉

 そう伝えて、アキオはカマラの手を離した。


 少女が振り返ると、奥の扉が開いて、給仕らしき男が、料理の皿を乗せたワゴンを押して来るところだった。

 同時に、アキオたちの入ってきたドアから、赤毛の少女が飛び込んで来るのが見える。


「アルム、親父おやじたちは」

 息を切らせて少女が尋ねる。

「コブ・ルームに移られました」

「なんだよ!もう少し待ってくれてもいいじゃないか」

 そこまで言って、少女はアキオたちに気づいた。

「あれ、あんたたちは」

「ゲストの方たちです」

 黒服の男、アルムというらしい、が説明する。

「はじめまして。わたしはカマラといいます。こちらは主人のアキオ」

 カマラが挨拶をした。

「はじめまして。あたしはシスコ」

 ペコリと頭を下げて、少女はアルムがきれいに片付けたアキオたちの向かいの席に座る。

 紅い髪に大きな青い眼、適度にそばかすのある顔は、美しいというよりコケティッシュな魅力がある。


「あたしにも夕飯ゆうめしたのむよ」

 アキオたちに近づくワゴンを見てシスコが言った。

 さらに、給仕が、ふたりの前に皿を置くのを見て少女が叫ぶ。

「今日はドリスか。やったね」

 そう言ってから、あらためてカマラを見る。

「あんた、きれいだねぇ」

「え」

「あたしが今まで見た女の中で、一番きれいだ」

 そういって、ぱっと立ち上がるとテーブルの上に身を乗り出して、顔をカマラに近づける。

 まじまじと少女の顔を見て言う。

「化粧も何にもしてないじゃないか。なんだい、そのまつ毛の長さは。こりゃ反則だね。世の中、不公平だよ。ご主人、あんた果報者かほうものだよ。こんなきれいなもん毎日見て暮らせるんだからさ――あ、あたしは気にしないで先に食べ始めておくれよ。あたしは、来るのは遅いが食べるのは早いから」

 機銃マシンガンのように言葉を連射する少女に気圧けおされ、目を丸くするカマラをみてアキオは微笑む。


 昨日、今日の2日間だけでも、カマラは幾度となく美しいと言われ続けてきた。

 だが、実際、美しい綺麗だといわれるたびに、彼女は困惑していたのだ。


 今回の旅に出るまで、カマラは、アキオとジーナ城の少女たち以外の人間とは接したことがなかった。


 最初に話した時、彼女は女性美を黄金比で説明してみせたが、ミーナの言うところ、彼女は一般的な『女性の美しさ』を、まだ理解していないらしい。

 長らく独りで暮らした後、急速に知識を増やした弊害がそこにも表れている。


『まわりが美人ばかりだから理解できないのも無理はないだろうけど――だから今度の旅は、彼女が自分の美しさを認識する好機チャンスでもあるのよ』

 出発の前に、ミーナはそう言っていた。

 余談だが、その時、アキオは彼女(ミーナ)に、

「自分が美しいと知ることは重要なのか」

と、尋ねて呆れられている。

確か、キイの時には、反対のことを言っていたはずなのだが。


 アキオたちは、食事を始めた。

 ひと通り料理を食べると、カマラと目を合わせ、うなずく。

 どうやら毒は入っていないようだ。


 遅れて運ばれてきた料理を、手をすり合わせながら笑顔で待っているシスコを見て、アキオは思った。

 彼女は、どことなくユイノに似ている、と。


 カマラがテーブルの下で、そっと彼の手を握った。

 指話で話しかける。

〈彼女、ユイノさんに似ていますね〉

〈そうだな〉

 カマラも同意見のようだ。

 髪はユイノほど真紅(しんく)ではないが、人懐ひとなつっこいところや、開けっぴろげなところは、ユイノそのものだ。


「それで、どうして、こんなところに?」

 地球のミネストローネに似たドリスを食べながら、シスコが尋ねる。


 カマラは、ザシンたちに話した経緯をもう一度繰り返した。

「そりゃ災難だったね。湖の道は細いから危ないよ――そうか、あんたたち、シュテラ・サドムから来たのか……」

「知っているの?」

「あたしは、あのシュテラの出身さ」

「そうだったの……」

「わかるさ、あんたの考えていることは。あたしは、ほか兄姉きょうだいたちと毛色が違うと思ってるんだろ」

「いえ」

「いいって、実際そうなんだから。あたしたちは血はつながってないんだよ。みんな、いろんな場所から引き取られてきた子供だからね。似てなくて当たり前なんだが……あたし以外は全員が10年以上ここで暮らしてるからね」

「そうなんですか」

「みんなとっつきにくいだろ。あたしは半年前に来たんだけど、あんな洞窟に住んでたら――」

「シスコさま」

 アルムが声をかける。

「なんだい」

「お食事が終わられたら、お客さまと一緒にコブ・ルームにお越し下さいとのことです」

「ああ、わかったよ」

 シカゴは、少し残っていたドリスをかきこむと、先に食事を終えていたアキオたちに言う。

「じゃあ、親父おやじさまに挨拶をしに行こうかね」

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