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010.戦士

 ジーナを後にして、アキオはデータ・キューブ探索の旅に出た。

 南に向かう。

 もう一度飛行ログを詳しく解析した結果、キューブの落下地点はジーナの南方320キロあたりということが分かったのだ。

 最初は、元の世界で飛んでいた進行方向データから、西に向かっていると考えていたのだが、この世界に飛び込んだ時点でほぼ90度向きが変わり、赤道付近から真北に向かって飛行中に、荷物を落下させたことが判明した。

 よって、これから320キロ南下する。

 そのあたりなら、かなり温暖な土地であろうし、集落、街さえあるかもしれない。

 当初は考えなかったキューブの盗難の心配もする必要があるようだ。

 ともかく、すでに行動指針は立っている。

 まずこの世界の住民と接触し、友好関係を築き言葉を学ぶのだ。

 ついでに、この世界の移動手段を見つけ、通貨があれば、これも手に入れなければならないだろう。

 問題は山積しているが、ひとつずつ解決していけばなんとかなるはずだ。

 そう思いながら、アキオはナノ強化された体で雪原を歩き続けた。

 先ほどから雪が減り、樹林が多くなってきていた。

 南に向かっている証拠だ。


 アキオの旅は、初日は問題なく過ぎた。

 小休止の際に、例の黒犬、ミーナはブラック・ウルフと名付けていた、が、3頭ばかり襲ってきたが、アキオの構えるアサルト・レイル・ライフルRG70の前では、ただの肉塊にすぎなかった。


 南下したために、白夜は終わりかけていた。

 日没後の薄暮はくぼが長く続くものの、はっきりと夜が訪れるようになっている。

 ちなみに、ミーナの観測によると、この星の自転周期、つまり一日は、おおよそ24時間35分。体感的には誤差範囲だ。アーム・バンドはそれに合わせて時刻表示をするように設定してある。

 星座が元の世界とまったく違うので、公転周期(1年の長さ)は不明だ。

 それは、現地人と接触すればわかるだろう。


 時刻をみると午後九時を過ぎていた。

 荷物を降ろしてテントを張る。

 野営地の周りにビーコンを設置した。

 夕食のレーションを食べるとミーナに定時連絡を行う。

 カマラについての話題は出なかった。

 初日の走破距離は60キロだ。

 足元が悪いのと、ところどころ巨大な崖があって道を迂回しなければならないので、思いのほか直線距離が稼げなかった。迂回距離を加えると200キロ近く歩いている。


 2日目、早朝に目を覚ましテントを撤収する。天候は晴れだ。

 荷物をパックし、ザックの上にソーラー・バッテリーを広げた。陽光がきつくなってきたので、それを利用して蓄電するためだ。

 ナノ・マシンに電気は不要だが、通信やヒート・パック、アサルト・レイルガンの使用には電力が不可欠だ。

 忘れ物がないのを確認し、歩き始める。

 しばらくして、身体がほぐれてきたので軽く走り始めた。

 気温が上がり、雪が減るとさらにスピードを上げる。

 まばらだった樹々の密度が濃くなり、すれ違う動物も多くなるが、ブラック・ウルフのような怪物とは出会わない。

 樹林の中には道も見当たらないが、雪がほぼ消えたので走りやすい。

 アームバンドの時刻表示を見る。

 走り始めて二時間だ。


 さらにスピードを上げようとした時、強化しておいた聴覚が叫び声を拾ってきた。

 アキオは進路を変え、まっすぐに声の方へ向かう。

 道と思しきものが見えた。

 今度はそれに沿って声の方向へ走り出す。

 今までの悪路に比べたら、道の走りやすさは段違いだ。

 30秒ほどで森林が開けた場所に到着する。

 そこには凄惨な光景が展開していた。


 巨大な木製の乗り物らしきものが横転し、血の匂いが充満している。

 地面は血の海だ。

 しかし死体は1人も見当たらない。

 いくつか剣らしき武器が落ちているだけだ。


 そして――


 広場の真ん中に、4体の怪物がいた。

 白い体毛に紫の斑点、巨大な体躯。

 カマラと出会った時に闘ったやつだ。

 ミーナはゴングと名付けている。

 ゴングたちは、一人の戦士を取り囲んで、襲いかかっていた。

 戦士だと思ったのは、変わった形の鎧を身に着けていたからだ。

 大剣をふるってゴングの攻撃を防いでいる。

 ゴングには劣るものの、戦士もなかなかの体格をしていた。

 鎧の下からのぞく筋肉は、はちきれんばかりに膨れ上がり、手にした大剣を振るたびに競走馬のそれのように美しく脈動する。

 深く顔を覆う兜をかぶっているために、表情はわからないが、目庇まびさしの下で光る眼は闘う意思にあふれていた。

 わずかに見える口元には笑みの名残が刻まれている。

 兜から流れ出る長い髪の毛は、まばゆいばかりに豪奢ごうしゃな金髪だ。


 アキオが到着してから、もう20秒ばかり、戦士はゴングたちの攻撃をしのいでいた。

 アキオは感心する。

 ゴングと闘ったからこそわかる、あの剣士は最強の戦士だ。ただの人間ならゴング4体と闘って3秒ともたない。


 叩きつけた大剣がゴングによって弾かれ、戦士がバランスを崩した。

(いけない)

 アキオは我に返ると、RG70を肩付けした。

 続けざまに4連射する。

 4体のゴングの頭部は一瞬で霧散した。

 戦士は、突然、首から血を噴き上げるゴングをみてあっけにとられていたが、銃を構えるアキオに気づくと剣を掲げて挨拶した。

 返り血に濡れる顔の中で、白い歯が光る。


「危ない!」

 アキオの声は戦士には届かなかった。

 林の中にいたらしい5体目のゴングが、突如として木の上から飛び出し、戦士を襲ったのだ。

 咄嗟にアキオはRG70の引き金をガク引きした。

 狙いは外れずゴングの頭が吹っ飛ぶ。

 だが、振り回された巨大な腕は、そのまま戦士の顔に激突した。

 吹っ飛ばされた戦士のもとへ、アキオは走り寄る。

 戦士はゴングの爪で顔をえぐられて瀕死の状態だった。喉も切り裂かれている。

 一目みてアキオは胸をなでおろした。

 顔と喉を破壊されただけで、脳は強靭な兜に守られて無事だったからだ。

 脳にダメージがなく、生きていれば何の問題もない。

 アキオは、ナイフを取り出すと無造作に手首を切り裂き、戦士の血まみれの顔に振りかける。

 治療処置は早いほうが良いので、パックに入った予備のリストラー・マシンを使わず、自身の血液を使ったのだ。

 投入したナノ・マシンが瞬時に活動を開始するはずだ。


 もう一度、傷の様子を見たアキオは、ポーチから小さなプラスティック・スティックを取り出して蓋を開け、中の粉を戦士の顔にかけた。

 傷口の大きさから、彼の血に含まれるナノマシンだけでは足りないと考え、マシンを自己増殖させるため、材料であるシリコンと希少金属を投入したのだ。


 アキオの開発したナノマシンは炭素とケイ素、そして微量の希少金属レアメタルでできている。

 現在のナノ・テクノロジーでは、物質の元素変成はできないので、ケイ素など必要な元素は直接与えなければならないのだ。


 ナノ・マシンが体内に拡散し、心拍数が安定したことを確認するため、首もとで脈を確認しようとしたが、首筋がまだ血まみれなのを見て、鎧の隙間から胸に手を差し入れた。

 アキオの表情がわずかに動く。

 戦士は女性だった。


(さて、どうする)

 顔と喉が完全に破壊されているので、これからナノ・マシンで修復するのだが、どのような顔と声にするかを指示しなければならないのだ。

 アキオの身体のように、あらかじめ各データを精密に測定してあれば、たいていの傷は元通りに直すことができるが、この女性戦士のように、元の顔や声がわからない場合は、何かのモデルを元に指示してやる必要がある。

 遺伝子解析をもとにして、元の顔に戻せなくもないが、すぐにはできない。


 おまけに、遺伝子に沿って再現したところで、元の顔や声になるとはかぎらないのが問題だ。

 「何だか違う」顔になることが多いのだ。

 それこそが、人が遺伝だけで形作られているのではない証左なのだが。


 とにかく今は、女性戦士だ。

 ナノ・コントローラーのメモリには、かつて解析された身体データがいくつかプリセットされている。

 当然、実在した人間のデータだ。

 個人情報保護的には問題かもしれないが、今となっては、他世界の人物データなので使っても構わないだろう。


 一つだけ問題があるのは、モデルを顔と喉だけ抽出して適用できないことだ。

 要するに、プリセットの身体データを使う時は、顔だけでなく、体型も与えられたデータのものになってしまうのだ。


 だが、アキオはほとんど逡巡せずにコマンドをアーム・バンドに打ち込んだ。

 とりあえず助ける。不満があれば、あとで修正すればいい。それが彼の基本方針だ。

 アキオは、女性戦士の兜と鎧を脱がせ、血まみれの服も取り去って全裸にする。

 女性戦士の肉体は、女性とは思えないほど大柄で、素晴らしい筋肉をしていた。

 それが彼女固有のものか、彼女の種族のものなのかはわからない。


 地面にシートを敷いてヒート・パックを置き、その上に戦士を寝かせて、胸の上から、もう一つヒート・パックを置いた。

 これで、ナノ・マシンは、全力で仕事ができるはずだ。

 アキオは戦士の体を見つめた。

 見る間に彼女の顔と喉の傷が治り、体型も変化し始める。

 しばらくその変化を観察してから、アキオはザックから取り出したナノ・ブランケットで戦士を覆った。

 殴られた衝撃で飛んでいた彼女の大剣を拾い、鞘に収めて女性から少し離して置く。


 地面に転がっているその他の剣は、まとめて木製の乗り物の陰に隠した。


 アーム・バンドに触れて、ミーナを呼び出す。

「何かあったの?」

 定時より早い連絡にミーナが問いかける。

「目的地に向かう途中、不時着地から180キロの地点で、現地人と遭遇した」

 続けて、おおよその経緯を説明する。

「すると、その女性にプリセット・データを使ったのね」

「顔は微妙だからな。ナノ・マシンでただ修復してもおかしくなる」

「そうね。解析してDNA通りに再生しても、顔は以前のものとは何か違ってしまうものね」

「だから、プリセットの002を使った」

「なんですって?002!アキオ、それが誰のデータか分かっているの?」

 ミーナの声が裏返る。

「知らない。001が男だったから、リストの2番目、最初の女性データの002を使っただけだ。どうせ、金にあかせてデータをサンプリングさせ、俺のナノ・テクノロジーで長生きしたがるような金持ちの一人だろう」

「002は、あなたが直接にサンプリングした女性ひとよ。覚えてないの」

「記憶にないな――いや、たしか、ラボの量子解析器をもうひとつ欲しかったから引き受けた、ミーナが強く勧めた仕事だな――醜い女性だったのか?この世界の美の基準がはっきりしないが――だとすると、この戦士には悪いことをしたな」

「醜くはないわ。というより、美しい人よ。地球で一番美しく聡明な人――」

「なんだそれは?」

 アキオは呆れた。

「美人かどうかは主観だろう?俺にはよくわからないが」

「今のはキャッチフレーズ。『地球で一番美しく聡明な人』が世界を救う」

「そんな言葉を聞いたことがあったな。しかし、もうずいぶん前の話だ。量子解析器は100年近く使っているはずだし。おそらくその女性は死んでる」

「アキオ――」

 ミーナはため息をつくような声を出し、

「彼女はトルメア共和国女王アルメデよ。まだ地球で生きているわ、美しく若いままで」

 アキオの脳裏を透明な美貌がよぎる。

「思い出した。100年ほど前に延命ナノ処置を施した貴族だ。すっかり忘れていた。たしか、120年リミットのナノ処置だから、いずれにせよもうすぐ死ぬだろう。そんなことより、少し問題があるんだ」

「地球最大の王国の女王のそっくりさんを作るより問題なことがあるの?」

 アキオはミーナの言葉を無視し、続ける。

「この女性は、大柄で筋肉が良く発達した戦士体型をしていた。おそらく戦士としては理想的な体だったろう。だから、今回、女性体型になって悲しんではいけないと思って『重ね合わせ』を行ったんだが――」

「あれはまだ実験段階だったでしょう」

「このあいだ完成させた。あの方法なら体型は変わっても筋肉量は変わらないから、力も強いままで良いと思ったんだが――今、筋肉量を測ったら、もとの三倍になっていた」

「なんですって!」

「まあ、戦士としては理想だと思うから、それほど問題はないと思う」

「問題はあるでしょう。質量は保存されるのよ。アルメデ王女の体型をわかっているの?アキオ、あなたは怪力で体重100キロの麗しい女性をつくってしまったのよ!」

 アキオはアーム・バンドを見る。

「いや、体重は120キロだな」

「よりによって、アルメデのそっくりさんだなんて――」

 その時、女性が身じろぎした。

「どうやら目を覚ましそうだ。通信はこれで終わる」

 アキオは小柄になった女性にかがみこんで頬に手を当てた。

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