04
極端な興奮状態と疲労状態に、私は頭が働かずぼんやりし始めた。お陰で涙が止まったのは良いのだけど。
応接室の隣にある控え室に運ばれ、ジェヒューさん手ずから血塗れのドレスを脱がされ、この世界での下着姿になった。急遽呼ばれたらしい衛生兵に切り裂いた部位を消毒され、包帯が巻かれて行く。
「ごめんなさい」
世話される居心地の悪さに謝罪が思わず出る。今は胸がむき出しになって消毒をされて恥ずかしい。上手い具合の縦一文字の傷が乳房の間に赤くある。
「……派手にやりましたね。これは縫うのでは?」
ジェヒューさんの問いに対して衛生兵が顔を顰めて頷く。
「二の腕と、この胸元は確実に縫わねばなりません。手首も二ヶ所、足首にも三ヶ所ほど縫う事になるやもしれません。ですが今は応急処置だけしか出来ませんので、そこはご容赦ください」
「そうだな、仕方ない」
胸元はガーゼを当てて、出血を抑える。みるみる傷を覆って行く大量の包帯が身体を動かし難くさせた。
どうやら私は担架に乗せられ、王宮から出るらしい。担架が来る前にジェヒューさんに話し掛ける。
「ジェヒューさん、ご迷惑を掛けました。申し訳ありません」
「この状況はもう迷惑すら越えているでしょう。サナさんが自傷してくださったお陰で我々は大した被害もなく済みました。ですが、サナさんはこんな深い傷を付けて……死ぬつもりだったのですか?」
もどかしそうな様子のジェヒューさんに、私は出来るだけ淡々と答える事にする。きっと理解されないだろうから。
「私は今までこの国に道具とされて来ました。その扱いに私はうんざりしていました。……まさか私が死ぬその時まで、道具扱いして捨てるとは思って無かったのですよ。こんな死に様、業腹で仕方なくなりました。なら、私が私にとどめを刺すのなら、人として死ねる。……これは死ぬ寸前の僥倖ではありませんか」
納得が出来ないようで、ジェヒューさんは眉根を寄せていた。これは私の死に様のこだわりなだけだから、理解されなくても良い。この国にいいように利用されて、それだけで終わる私とは何だったのか? そう思うと激情と共に気力が湧いた。最後だけでも変えてやる、それだけだ。
私は微笑んで誤魔化す。そして話を変えた。
「そういえば、ジェヒューさんは何時からグントラム帝国へ移動されたのですか? 再会した時はもう驚きましたよ」
「……サナさんが牢へ幽閉されて一年後には、帝国へ亡命してました。チェスター王国の宰相補佐の経歴が皇帝陛下の目に留まり、まさかのグントラム帝国宰相補佐へ任命されました」
「そうだったのですね。お元気そうで良かったです」
ジェヒューさんは私を見て傷ましそうな表情になった。今の私は包帯人間で、その上に毛布をかぶっている。確かに傷ましいかもしれんな。
「サナさんは、足が悪くなってしまったのですね」
「運動不足を舐めてはいけませんでしたね」
「ふざけないでください。何時から足が悪くなったのですか?」
ジェヒューさんの真剣な声に、私も曖昧な笑みを消して答える。
「自覚したのは一ヶ月前、牢から魔術塔への移送の時でした。牛よりもゆっくりとしか歩けず、膝が馬鹿になっている状態でした」
ジェヒューさんの顔が悔しげに歪んだ。
「嗚呼……チェスター国に居る間、もっと私が宰相に取りなして居たら……」
「ジェヒューさんが私にとても良くしてくださっていたのは知っております。けれど、きっとジェヒューさんが宰相閣下にもっと取りなして居ても、状況は変わらなかったと思います。私は人間ではなく、道具として王宮に居たのですから」
ジェヒューさんがぐっと黙り込んでしまった。いやな事を言ってしまった。けれど事実だ。私を人間扱いしてくれたのは僅かな人達。他は道具扱い、珍獣扱い。そんな環境だった。
「……亡命したジェヒューさんが皇帝陛下に話してくださったお陰で、私はこの国から解放されました。お礼を言わせてください」
今までを思うと、この展開は奇跡だな。この現状への一手を指したのは確実にジェヒューさんだ。私は感謝を伝える為に痛む手で彼の手を握った。
「ありがとうございます」
彼は沈黙したままだった。うろうろと目を彷徨わせ、褐色の瞳は私の方を見なかった。ただ手だけは握り返してくれた。
私はその後担架で帝国の本陣まで運ばれ、魔術師によって五つの金の環を破壊し、そこで縫合手術を受けた。あんまり麻酔が効いて居なくて正直辛かった。その後は気絶するように寝てしまったらしい。
傷から熱が出て、結局私は寝込んでいた。その間にチェスター国王クロード・エリック・オブ・チェスターは処刑が決定され、宰相も処刑、以下処罰が次々と決定されて行った。あの女たらしの騎士団長も財産を切り崩さないといけない位の賠償金と、騎士団長の除名処分を受けていた。貴族の身分と、騎士の身分はまだ除名されていないから、軽い方の罰則だと思われる。
そして国からの賠償金も帝国は搾り取り、チェスター国は向こう十年借金地獄に陥るのだとか。
皇帝を交渉の場で殺害しようとした実行者の魔術師は火あぶりにされた。人間爆弾にされた私の処分は、単に巻き込まれたものとして大した罰は無いらしい。一応命を懸けて殺害の企みを阻止したという事で、褒美も少し出るとか。しっかし、何の罰と褒美を私に与えるんだか、あの怖そうな皇帝は。
美麗の王子エドガー・ジョーエル・オブ・チェスターは王様になり、賠償金による借金の返済を勤めて行く形になった。そして今の妃とは別に、皇帝の息のかかった娘を貴妃として送り込まれるという。わー、戦国時代みたい。
更に農民を他国へ逃散させるという統治の不味さを突いて、政治のお目付役も送り込まれ、王国の領地の切り取りも行われる。もう属国化させる気満々の仕打ちだ。帝国こわい。
私はもう、傷の熱に浮かされて何時の間にかグントラム帝国に移動していた事実について行けていない。大体ぼんやりとしていて、馬車で寝てばかりいたら、時折顔を見せてくれていたジェヒューさんに「帝都に到着しましたよ。客室でゆっくり休んで下さいね」と帝城の客室に連れて行かれてしまった。
何だこれ。王宮の軟禁暮らし帝城リターンズ? そんな風に慄いていたら、帝国の皆さんは王国の皆さんよりも優しかった。傷の熱が出なくなると、時折護衛の人が中庭を散歩させてくれるようになったのだ。散歩の内容は、護衛役が私を抱き上げた状態でのものだが。まだ歩かせてはくれないらしい。スクワットして回復したい。抱っこ恥ずかしい。
そして、ベットの上で本を読める位に回復すると、意外な人がお見舞いに来てくれた。私に文字の読み書きを教えてくれた、サルヴァトル・イングラム先生が喜色満面に訪ねてきてくれたのである。
「サルヴァトル先生まで帝国に亡命していたのですか?」
久しぶりの再会に一頻り二人で喜び合い、私が疑問をぶつけると、彼は自身の高い鼻を少し擦った。とても優しげな翠の瞳を細める。
「僕はシアボールドさんよりも後で亡命しました。王国の研究費の締め付けと国の治安悪化で、研究がうまく行きそうになかったので思い切って他国へと渡ったのです。それに、王宮では居心地が悪くなっていたもので……」
「もしかして、それは私に本を渡してくれていた所為での弊害ですか?」
「——そうではないですよ。僕の処世術では対応仕切れなかっただけです」
その言葉振りは否定しきれてないぞ、サルヴァトル先生よ。王宮はなんというか複雑怪奇の魔窟感があったから、人の良さそうなサルヴァトル先生は生き辛かったろうなと思う。そんな中、私と関わってしまったら然もありなんである。
謝りたくなるが、彼は一応否定しているから謝れない。情けない顔になった。だから、私は代わりに感謝を彼に伝えたい。金の環があった手首をふとさすってしまう。
「そうなのですね。大変な中で本を送ってくださってありがとう御座いました。サルヴァトル先生の本が無ければ、きっと牢での閉鎖的な生活を耐えられなかったと思います。心を助けてくださってありがとう」
言葉を尽くしてお礼を伝えてサルヴァトルと握手をすると、彼は涙ぐんだ。
「その事については、貴女に謝らければなりません……。送った本のお礼の手紙に毎回返信出来ず、心苦しい思いをして来ました。薄情な僕をどうか許してください」
「上が手紙のやり取りを禁止していたのでしょう? それは分かってましたから。サルヴァトル先生が薄情ではないことを知っていますから、気に病まないでください。こうして私の手紙だけでも、きちんとサルヴァトル先生に届いていたと分かって嬉しいです」
サルヴァトル先生の両手が私の手を包んだ。力がこもって少し痛いが、それは黙っておく。感極まりつつある彼に、それを指摘するのは酷だ。これくらいなら、異性接触耐性の低さに自信がある私でもセーフだ。
「……ありがとうございます。情け深い方」
赤茶の頭を下げて、サルヴァトルさんはお礼を言う。そして帝国の物語の本をいくつか置いて、面会を終えた。今度は彼の書いた論文を読ませてくれると言ってくれた。
傷口もくっ付き、抜糸を終えた頃、グントラム帝国は戦争の後処理も粗方完了したらしい。チェスター国で会った以来のアタナージウス皇帝陛下が、わざわざ私の住まう客室まで足を運んでくれた。呼び出す立場の人がほいほい現れたので、内心焦っている。
「調子はどうだ。異世界の娘、サナよ」
「皇帝陛下、ありがとうございます。体調はとても良いです」
帝国で一番偉い人が来たという事で、チェスター国以来のドレス姿になった私は、未だ生々しい傷跡で皇帝の目を汚さぬよう包帯を巻いている。
アタナージウス帝はダークブロンドの髪を短めに切っていた。あの王国で会った時には伸ばしていたのに、どういう事だろう。
扉の前で立って出迎えた私をアタナージウス帝はあの偉丈夫の身体でさっさと捕まえると、軽食や茶菓子を用意しているテーブルの席に座らせた。正直恥ずかしい、かなり恥ずかしい。
「へ、陛下、お手数かけました。ありがとうございます」
「これは私的な訪問だ。不敬にもならぬ」
「寛大なお心遣い、かたじけのうございます」
部屋の隅に居る使用人を含め無かったら二人きりの応対に、私は緊張しきりになっていた。身近にこんな偉そうで、いや実際偉くて、喋りも大層な偉丈夫など早々居ない。もう、皇帝こわい。
アタナージウス帝の苦味走った男前な顔は惚れ惚れするくらいだ。狼のような甘くない瞳も、高くて鼻梁の通った濃い顔立ちも、不惑の歳で円熟味が増していて色気が凄い。すごい。
「ふむ。あの時とは全く様子が違うな。まるで借りて来た猫のようだ」
「うう、お恥ずかしい限りです。あれは確かに私の本性の一部ですが、あの時のように相当切羽詰まった状況でないと出て来ぬものです」
「それもそうかもしれぬな。あのような苛烈な姿は、早々見れぬか」
「申し訳ないのですが、その時は私が死ぬ寸前までお待ち下さいませ」
「ふむ、そうか。なら諦めよう」
「かたじけのうございます」
ちょっと詰まらなさそうな顔になったアタナージウス帝に、私は冷や汗をかく。ジェヒューさんに、皇帝対応マニュアルを作って欲しい。今切実に。
「陛下はどのような本性なのでしょうね」
「俺の本性は詰まらぬぞ。どのような状況であろうと、この見たままの姿でしかない」
「動ずる事のない、裏表のないお方なのですね」
「詰まらぬだろう」
「恐れながら、私はそのお姿を好ましく思います」
皇帝の金色に見える瞳が私を射抜くような強さで見つめて来た。偽りを許さない目だ。女関係でも酸いも甘いも噛み分けて来たのかもしれない。偉い人だと、自制心ないと男女関係が爛れそうな偏見がある。
「チェスター国王には煮え湯を呑まされたので、特にそう思うのかもしれません」
私の言葉にアタナージウス帝が皮肉げな笑みを浮かべた。
「——それで命を賭した働きをしたのだな」
「一矢は報いんと、でなければ死に切れず業腹でしょう?」
「ジェヒューは理解出来ぬようだが、俺はその気持ちが分かるぞ。ただな、娘がやるには余りにもやり過ぎだった」
「……残念至極です」
皇帝にも注意され、私は肩を落としながら首元に手をやり、そして戻した。金の環はもう無いのに、癖だけは残っている。その癖に気付く度に冷えた心地になる。
アタナージウス帝は唸るような声で低く笑った。肉食獣のような帝国の皇帝は、面白がるような色を目に浮かべていた。
「そなた、あの国を呪っていただろう」
ぎくりとなる。この男、知ってるんかい。
「……笑って誤魔化したい所ですが、事実ですね」
事実は誤魔化せない。けれども澱む感情は隠したくなって、アルカイックスマイルでどす黒い思いを覆う。
「チェスターの魔術師達の強大な攻撃魔法の動力源と、王都王宮を澱ませている呪いと同一だと知れた時の我等の驚きは、そなたには想像も付くまい。だからこそジェヒューの情報は価値があった。とある看守が、異世界の娘が歌いを持って呪いをかける様を見たという情報と共にな」
「私の魔力の使い道は、そういう物だったのですね。というか看守さん、帝国の方だったのですか……」
新事実に私は笑うしか無い。ウォードさんはそんな素振りは一切無かったから、王国の人だと思っていた。
「看守はグントラムの者では無いぞ。そなたが憐れでならず、此方に寝返る事にした男だ」
「え、そんな、あの人、おくびにも出さずに……」
手首を触り、また金の環がない事に気付いて手を離す。あの真面目で実直な男が、私のせいで裏切りを行った事実に動揺している。
「ふん、看守のことなどどうでも良かろう。そなたの呪いでチェスターの攻略は、困難な部分が発生し、また脆く崩す事が容易になった部分があったということだ。魔術師どもの無尽蔵の動力は忌々しく、王都の火攻めは俺に神の祝福があるのかと思う位に他愛もなく上手くいってしまった」
アタナージウス帝の口元には薄い笑みが浮かんでいる。
「そなたは呪い中で、あの国を火の海にするものを歌ったろう? そうでなければ説明が着かぬ燃え方であった。お陰で王都攻略は年単位で早く決着したぞ」
「……本当に効果があるとは」
「知らなんだか? 効果があると分からずとも遣らねばならぬ程憎んでおったか」
「——狂いたく無かったのです。この身の閉塞に、失望して、生きた屍などなりたく無かった。本だけでは耐えられない時があったのです」
仏像アルカイックスマイルが崩れて表情が苦々しいものになった私に、皇帝は薄く笑ったまま言葉を重ねる。
「既に狂いかけているとは思わんのか? 呪いに呪いを積み上げていく様は、気狂いそのものだと」
「そうかもしれないですね。私はこの世界に来て変質したのかもしれないです。けれど、それを認めたくない気持ちがあります。……私は私である筈なのに」
心が引き攣る。自分の醜い心を指摘する皇帝の言葉は、私の見て見ぬ振りしてきた事実を露わにする。酷い人だ。
「強い憎しみを持つだけで、変質などとは笑わせる。大袈裟に心を捉えるな。打ちのめされた凡夫によくある激情でしかないぞ」
これにはとてもぐさっと心臓に来た。人生経験からなる含蓄のある言葉である。俯くしかない。心が痛い。
「陛下には敵いませんね……。私は己の感情を誇大妄想していたという羞恥を指摘されてはもう、開き直るしかありません。とても恥ずかしいです」
アタナージウス帝の口元の笑みが深くなった。意地悪な顔をしおって。
「良いぞ。踏ん切りがついたか?」
「……はい、ありがとうございます。もっとも恥ずかしさで心が重傷になりましたが」
私の身悶えする恥の告白に、アタナージウス帝は声を上げて笑った。この人、実は笑いの沸点が低いかもしれないな。
「陛下は優しいですね」
笑い声がぴたりと止まった。信じられないという表情が、皇帝の苦味走った顔に出てしまっている。
「久しく聞かなんだ言葉だ。だが、ささやかな遣り取りだけでそう思うのならば、そなたは軽易過ぎるぞ」
「そうですかね。そのような積もりは無いのですが」
まさかの皇帝から心配されるこの状況。お前チョロすぎとな。……あ、ユーイン・ギスカード騎士団長の時を思うとちょっとチョロかったわ私。実例有りで反論不能。
「易々と人の厚意に引っ掛かるそなたを、御すこともせなんだチェスターの愚蒙さに今更驚かされるとは」
はっきり言い過ぎだぞ皇帝陛下。裏表のない人にしても、もう少し歯に衣着せてください。いや、そのお陰で意外に気安い人だと分かったのだけども。
アタナージウス帝は気を取り直す為に、茶菓子を口に放り込んだ。それを見て私もまだ一口も食べていなかったなと気付いて、テーブルの皿にあるメレンゲクッキーらしき物を口に運ぶ。美味。
「ふむ。そういえば、そなたのもとへ足を伸ばした理由をまだ告げておらなんだな。サナ、そなたの今回の戦の賞罰がほぼ決まったのだ」
私的な息抜きでは無かったのか。どんな厳しいものが出てくるか。緊張が湧いてくる。
「……そうなのですね。私的といえど陛下御自らいらっしゃるほどの内容なのですか?」
「そう構えるな。チェスターよりも軽量なものだ」
金色に見える狼の目は鋭い。先程まではお喋りを楽しんでいる様子だったというのに。
「異世界の娘サナ・フクドメの功罪を上げてゆくと、一つ、チェスター国の魔力の源になって戦を困難に招いた罪。しかし、それは止むを得ず王国に利用されたもので帳消しとする。一つ、国家間の交渉の場で皇帝の身を危ぶめんとした罪。これもまた娘の与かり知らぬ内に計画され実行され、娘自身の手によって阻止した為、その罪は軽減とする。一つ、チェスター国攻略に対し呪いを持って容易くした功。一つ、自らの命を懸けて王国の某策を阻止した功。よって軽微な罪一つと、手柄二つだ」
「……何というか、とても寛大な評価をされているような……」
普通ならば、帝国の一番偉い人を危険に晒した罪で死罪に処しても良いだろうに。それどころか陸軍大将や宰相などの要職の者達すら危ぶめたとして、死罪にプラスして苦役や野晒しという罰を加えても良いくらいだ。そんな私のぼやきを無視して、アタナージウス帝は言葉を続ける。
「それに異世界へ問答無用の召喚をされてから、数年に渡る国家的魔力搾取と幽閉の身の上を加味する」
やっぱり内容が寛大というか大袈裟というか。渦中の人間だからそう思うのか? いや、やっぱり何か付与されているだろう、これは。
「異世界の娘サナの賞罰の内容は、一つ、罰としてグントラム帝国から去る事を禁ず。一つ、グントラム帝国での生活の保障を皇帝アタナージウスの名の下に与える。一つ、金貨一〇〇枚を与える。以上だ」
「と、途轍もなく懇篤な賞罰ですね……?」
きつい制裁を食らったチェスター王国との落差を考えて呆気にとられていると、じろりと皇帝に見据えられ、私は慌てて頭を下げた。内々に来た理由を漸く察した。
「有り難く頂戴致します」
先に了承を取っておいた方が、正式に発表する時スムーズになる。政治の根回しと一緒ですな。
「このような手緩い中身になった理由だが、一つ狙いがあるからだ」
「……善意だけでこの褒賞だったら心地が悪いので、正直安堵しました」
「謙虚は良いことだ。狙いは、帝国の技術向上の研究に、サナの膨大な魔力を時々提供して貰いたいということだ。承諾も拒否もそなた次第であるが、如何か?」
「あ、そういう事でしたら全く問題ありません。お受け致します」
もっと凄い条件が出てくるかと思っていたので、寧ろ私に選択できる内容で内心拍子抜けした。なのに、何故かアタナージウス帝も拍子抜けした顔をしている。
「そなたはチェスターがやらかした事を覚えておらぬのか? 我々は魔力のせいで辛苦を舐めたそなたの経験から、サナは諾とせぬと予想しておったものを」
「そう言われましても」
どうやら私が思っている以上に、帝国の人達は私を慮っているようだ。有り難く、けれども申し訳ない、そして面映ゆい。思わず困った顔になった。
「チェスター国は確かに否応無く魔力提供を強制してきましたが、陛下は違うではありませんか。こうして一介の小娘に伺い立ててくださっています。私に選択肢をくれています。その御心が嬉しいのです。ですから、全く違いますよ」
大きな違いだ。私が頷きながら言い募ると、アタナージウス帝は大きな溜息をついた。彼は茶菓子を一つ口にして、腕を組む。逡巡の間を保つための動きだと察してしまった私は、微妙に目をそらす。
「……チェスターの愚蒙愚昧がよくよく分かるな。たったこれしきの心の労すら惜しみ、支配するとは」
そう独り言つ。私は紅茶を飲んで沈黙を更に誤魔化した。あの国は、独りぼっちの異世界人は孤独のせいで寂しがり、金や名誉よりも、何より人との交流を嬉しがる事を感知していなかった。それだけだ。だから私という異世界人はチェスターの王族よりも、グントラム帝国の恐ろしげに見えて気安い皇帝陛下に好感を持つ。それだけなのだ。
「……ふむ。一つ、サナに提案しても良いか?」
「何でしょう?」
私をじっと眺めていた皇帝陛下は、何やら逡巡したあと、さくっと告げてきた。
「このアタナージウス・カルル・フォン・グントラムの世話に……妾にならぬか?」
紅茶を吹き出した。何がどうなって、どうしてそうなった!?